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クリエイター名 |
月海歩人 |
サンプル
心
酒場のカウンターで若い男が酔い潰れている。 少年とも見れる幼い顔をした新米冒険者はなおも酒を求めて、傍らのグラスに手を伸ばす。 「いいかげんにしときな、ケイン」 カウンター内に陣取っているいかつい口髭をたくわえているのマスターが、グラスを拭く手を休めずにケインを諭した。 「ただ、酒を飲み浴びても何も変わらんぞ」 その説教じみた言葉を聞いていないのか、無視してケインはグラスを引き寄せると、残ったウィスキーを一飲みしようと口に運ぶ。 だが、その手を掴む黄色い獣毛に覆われた腕が阻んだ。 レイ。虎型の獣人。二足歩行で人間と同じように振舞うが、外見は動物と同じ、獣人。 「どうしたんだ? まったくおまえらしくないな」 「‥‥‥うるさい、ほっといてくれよ」 レイの手を振り解くケイン。 はたから見ると、ただの酔っ払いである。 「どうも、テオといざこざがあったらしい」 そう呟くと、マスターはあとはおまえに任せた、といわんばかりに黙々と自分の仕事をする。 間もなく酒場は閉店時間だ。 客もあと1人、2人いる程度でその人たちもそろそろ自分の寝床に戻ろうと腰をあげている。 「へぇ〜、テオとね。珍しいな、いつも仲がいいおまえらが」 「別にいいじゃないか‥‥‥」 からかいを含んだようなレイの言葉に、ケインは力無さげに答える。 別に喧嘩をしたわけじゃない。 別に仲違いをしたわけじゃない。 別に嫌い合ってなんかいない。 どうしてテオは途中で去っていったのだろう? 別に‥‥‥‥‥。 「ふぅっ‥‥‥ったくよぉ、一人でうだうだと酒を飲むぐらいなら、はっきりと決着を着ければいいだろぅ? そんなんじゃ、まるで飲んだくれのオヤジだぜ」 「レイ、みたいに?」 「をいっ、俺はまだ若いぞっ!」 「そう言っても、仕草がオヤジ臭いよ」 「黙れ、お子様」 顔は笑いながらも四つ角を浮かべながら、両手の拳でケインのこめかみをぐりぐりと押して反撃する。 「痛いっ、痛いよっ!」とレイの魔手から逃げようとするケイン。その風景は、いつも通りの日常だった。 攻撃する手を緩め、ケインを首に手を回すと、「なぁ、どうするんだ?」と視線で問うた。 「行くよ‥‥‥テオのところに」 そう、理由を尋ねるために。
『黒き咆哮』 つい先日発見された洞窟にはそう名前付けられた。 冒険者が集まる街、ドゥームシティ周辺では数多の洞窟・遺跡・古神殿があるが、全てのものが把握されているわけではない。 この洞窟のように偶然によって次々とダンジョンが発見される。 この『黒き咆哮』は多数に分岐された枝道に加え、道自体がぐねぐねと曲がっており、迷路としての難度は高い。 それに加え、出現するモンスターの数が多く、遭遇頻度がかなり高いときた。 モンスターの種類は獣型がほとんどで、キマイラやマンティコアのようなレベルの高いモンスターがかなりのパーセンテージを占め、総合的に『黒き咆哮』のダンジョンとしてのレベルは最高クラスに属す。 このダンジョンに挑んだ冒険者は今までのところ、全て入り口付近で断念しているか、中で死を遂げている。 「というダンジョンで、ここに入る奴は命知らずか、自殺願望者だってよ」 嬉しげにレイは谷の奥に獰猛に牙を向いている入り口の前でそう説明した。 「やけにはしゃいでるな」 長身のバウンティ・ハンターが、口に咥えた煙草を投げ捨てた。 「そりゃそうだろ? これだけの難関でまだ誰も手をつけていないのだったら、豪華な秘宝が眠っているに違いないし♪」 ふぅっ、と軽く溜息を吐き、バウンティ・ハンター―――ソルディスという名の友人―――はブーツの底でまだ火の点いていた煙草をもみ消した。 「レイさんは命より、お宝の方が好きなんですね」 逞しい体つきながらも、武器は腰に差したショートソードのみという青年、魔術師のスレイが苦笑する。 この二人は『黒き咆哮』に挑戦するために、レイが誘った冒険者だ。 流石に登場してからすぐに、最高難度を誇るダンジョンに二人だけで挑むのは無謀としか言えない。 それに、ケインはまだ新米と言っていいほどの実力だ。 まだ四人だけでは心もとないかもしれないが・・・ 「とりあえず、中に入る前に‥‥‥光の王よ、その左手から放つ聖光で我らを守り給え‥‥‥ホーリー・シールド」 ソルディスが掲げた左手から白く暖かい光が四人を包んだ。 「へぇっ、聖魔術か。神官や聖戦士でないのに使えるのか」 「まぁな。昔取った杵柄だ」 何事もないように、答えるソルディス。 レイの言ったように、聖魔術を扱えるのは神官や聖戦士などに限られる。 何かわけありなのだろうか。 「じゃあ、中に入ろう」 とにかく今は前に進んで、テオに会いたい。 率先してケインは洞窟に立ち入った。
シャッ! 次の瞬間、3m近い巨体の熊の首筋から多量の血液が流れ、どうっと倒れる。 「ソニック・インパルスッ!」 すぐに横に退いたレイと入れ替わり、ソルディスが渾身の一撃をモンスターの群れに放った。 ソルディスのロング・ソードから放たれた気は一直線に獣たちを貫通し、一撃で何体かを葬る。 「エナジー・ブリッド」 「とぉっ!」 二人が打ち漏らしたモンスターは、スレイの魔術とケインの攻撃で倒し、もう立っている者は四人だけとなった。 「ま、こんなものだろ」 「必殺剣か。凄いもんだな」 初めて見た必殺剣の威力に素直に感想を述べるケイン。 「俺は、俺は?」 「レイはただ頚動脈を掻っ切っただけでしょう?」 「レイも凄いよ。急所を狙って一撃で倒すなんて」 「では、私は?」 期待するようにケインに問うスレイ。 「アレは単純な魔術じゃねぇか」 「仕方ないでしょうが。あなたたちを巻き込んでもよかったのですか?」 既に数え切れないほどの戦闘をしているはずなのに、三人とも疲れが見えず、呑気にじゃれあっている。 (「俺はもう言葉を交わすのがやっとだというのに」) ケインは三人の力量に目を見張り、己の力のなさを実感する。 「さぁっ、サクサクといこうぜっ!」 バンッ、とケインの背中を叩いたレイは、更に奥へと進もうとする。 「少し休みましょうよ〜」と、スレイは嘆願するが、ソルディスによって即座に却下される。 「駄目だ。テオに会おうとするなら、早く進まないと追いつけなくなる。テオ一人とはいえ、あの一匹狼は抜群の戦闘能力で進んでいくからな。こっちがもたもたしていると追いつけるものも追いつけなくなってしまう」 「ま、あいつが戦った後を追っているから、道は間違えてないはずだな。それに、その行きつく先はこの洞窟の主だから‥‥‥フッフッフッ‥‥‥」 財宝をもう手に入れたつもりなのか、一人笑うレイ。 「だけど、追いつくことができるのかな‥‥‥?」 「次第に距離はせまってきていると思いますよ。ほら、私たちが戦闘に入る前にモンスターの残骸が転がっていて、血が新しかったでしょう?」 確かに、道の真中に転がっている肉片を発見した時にモンスターに襲われたのだ。 新しい死体であったため、血の匂いに引き寄せられた獣たちに襲撃された。 ケインたちもこのままだと、新しい襲撃者に襲われてしまうだろう。 スレイは一口水筒から水を飲むと、「行きますか」と仕方なさそうに皆を促した。
「ほー、結構広いところに出たなぁ」 あれからまた何度なく巨大な猛獣たちを退け、一行が突き進んだ先は、広く開放された空間だった。 天井まで10m程、広さは城一つが入るかと思うほどだ。 壁際は自然にできた段差が上まで続いており、まるでコロセウムのように見える。 「おいっ、中央でデカブツとやりあっているのはテオじゃないか?」 ソルディスが示した先には、緑の両翼を持ったもの、ドラゴンと孤軍奮闘している狼型の獣人、テオの姿があった。 幾度となくドラゴンの牙・爪による攻撃を受け、全身から赤い血が流れ出している。 テオ愛用の武器、セスタス(両腕に取り付ける刃)の片方は折れ、折れた刃の行く先は竜の右目に突き刺さっていた。 「このままだと、やられちゃいますね」 「加勢しに行くよ」 スレイの言葉を聞き、ケインは真っ直ぐにテオの元へと走り寄る。 続々と三人も追い、格闘家・戦士・賞金稼ぎ・盗賊・魔術師がドラゴンの前に立ちはだかった。 横目でケインたちを確認すると、ただ一言 「何しに来た」 「あんたに会いにだよ」 お互いぶっきらぼうに、気まずく言葉を交わす。 「‥‥‥そうか」 ただ一言答えると、再びドラゴンと向かい合った。 片方しかない刃を持って構える。 「手出しするな、と言っても聞かないんだろうな。おまえたちは」 振り向かずに背後のケインたちに向かって言った。 「もちろんっ!」 「その身体で生き残れると思ってるのか?」 「俺は俺の目的があるんでね」 「一人より皆で戦った方が楽ですからね」 思い思いに言葉を発すと、五人はドラゴンに向かって駆けて行った。 敵が増えたことを認識したドラゴンは一息吸い込むと、炎のブレスを一同に放つ。 直線状に伸びる赤い火炎の舌が一同に襲いかかる。 五人は散開し、それぞれ攻撃を行った。まずはスレイが詠唱を始め、残る四人が攻撃を放つ。 「ソニック・ブラスト」 まずはソルディスが剣先から音速で走る気の塊を放つ。 ドラゴンの先制を防ぎ、後に続く攻撃を有効にするためだ。 狙い通り、足元に剣風が炸裂し、ドラゴンの歩みを封じる。 「見えざる刃よ、凍れる風よ、全てを死に追いやる嵐よ」 詠唱はまだ続いている。 「てやぁっ!」 ケインはドラゴンの足元に向かって青竜刀を薙ぎ払い、注意を自分に向け、返す刀で突き刺す。 斬った時に吹き出た血が雨のように降り注ぎ、ケインの全身は真っ赤に染まる。 降りかかった血はケインの視界を妨げ、次の攻撃に移る前にほんの僅かな空白が発生する。 それを狙ったかのように、背中の翼がケインに襲いかかり、簡単に壁まで吹き飛ばされる。 「我が敵を打ち滅ぼすために我が前に集えっ!」 そして、更なる攻撃を仕掛けようとした瞬間、スレイの魔術が発動した。 「ウィンター・フォールッ!」 キンッ! ドラゴンを覆うように白い靄が発生したかと思うと、空気が一瞬で凍った。 超低温の空気は流れ落ちる鮮血を凍らせ、肉を鋭く突き刺し、鱗ごとドラゴンの全身を空気中の水分で凍った氷膜により、動きを止める。 「さて、俺もいいところを見せないとなっ!」 何時の間にかドラゴンの頭部近くの岸壁に忍び寄ったレイが、鋭く光るダガーを残った左目に突き刺す。 暴れまわるドラゴンから敏捷に飛び降り、安全なところまで退くと、テオが黒い閃光のようにうなだれたドラゴンの頭まで駆けた。 「これで終わりだ」 顎から脳天に向かって突き上げ、更に奥まで切り裂く。 口腔を串挿しにされたドラゴンは叫びを上げることもできず、喉の奥からブレスを吐くことも塞がれ、ただ音を発するのみだ。 頭部に突き刺さったままのセスタスを下まで引き降ろし、飛びのくテオ。 黒い獣毛は浴びた鮮血によって、赤黒く見える。 今気づけば、元々軽装だった鎧が粉々になっており、その姿は‥‥‥獣。 ドウッ! 血に狂った獣は地に倒れたドラゴンから離れる。 「テオ‥‥‥」 無事なのを確認すべく、テオに駆け寄るケイン。 満身創痍な姿だが、特に深い傷は負っていないようだ。 「大丈夫‥‥‥なのか?」 それだけしか言えなかった。 もっと言いたい事、聞きたい事があった。 どうしてあんな去り方をしたのか。 自分の事をどう思っているのか。 「あぁ、何とかな」 「あのさ‥‥‥」 「ないっ! どこにも見あたらねぇぞっ、俺のお宝がぁ〜っ!」 何とか理由を聞き出そうとしたケインの言葉を遮るように、レイの絶叫が洞窟内を響き渡される。 声の元を見やると、騒ぐように大きな障害物となった死体を漁り、洞窟内を走り回って宝物を探し求めるレイの姿があった。 「レイぃ〜」 険を含んだ眼でレイを睨み付けるケイン。 それに気づくことなく、「ないっ、ないっ」と騒ぐレイ。 その様子を見て、ソルディスは呆れたように、スレイは微笑ましく眺めている。 ぽんっとテオの大きな手がケインの頭にかぶせられた。 「仲間がいたとはいえ、よくここまで来れたな」 「ああっ!」 「いつまでも子供だと、弟みたいなものだと思っていたのにな」 「‥‥‥ずっと弟だと思っててよ」 「ん?」 「俺はテオの事が好きだし、離れたくない。だから、テオが黙って何処かへ行ったと知って、辛かった」 「‥‥‥そうか」 「どうして?」 「‥‥‥おまえの事を大事な弟だと思っていた‥‥‥だから、おまえにあんな事をして、俺はどうかしているんではないかと‥‥‥」 「‥‥‥‥‥」 「それにな、俺は常に危険を求めている。強い奴と闘いたい。命を賭けた戦闘がしたい。だから‥‥‥おまえをいつか巻き込んで、危険に晒してしまうのではないかと、不安だった」 「‥‥‥俺は‥‥‥」 俯いてた顔を上げ、ケインは真っ直ぐにテオの瞳に視線をあわす。 「俺はいつまでたっても弱くない。テオの足手まといには決してならない。それに‥‥‥俺は嫌じゃなかったよ。ちゃんと最後までして欲しかった」 そう言うと、顔を赤くしてケインは後ろを向き、出口に向かってスタスタと歩き出す。 「ふん、これで夫婦和解は終わったか?」 「この場合、兄弟喧嘩と言った方がいいと思いますよ?」 「似たようなもんだろ」 ソルディスとスレイは好きなように言うと、ケインの後を追うように洞窟を抜けようと歩み始めた。 「‥‥‥兄弟喧嘩、か」 独り笑うと、テオも同じくこの場を去ろうとする。 「ちょっと待ったぁっ!」 「ん? 何だ?」 いつのまにか背中に張り付くように、レイが眼をギラギラさせて立っていた。 「財宝は?」 「探してないようだったら、元からないんじゃないのかい?」 「がーっ! それだと俺が来た意味がねぇじゃないかっ!」 「こんな時もあるだろう」 「だーっ! ただ働きかいっ!」 「何だ、ケインの手助けに来たのではないのか」 「それもあるが、一番の目的はお宝だーっ!」 頭を抱えるように唸る、レイ。 それを無関心に見てたテオだが、用がもうないと判断し、再び足を動かしはじめる。 それを見て、バッと今度は文字通り背中に張り付くようにレイはテオに飛び掛った。 「せめて、あんたが支払ってくれよな?」 「悪いが、今は金欠病だ」 軽く振り払うと、テオはさっさと闘技場を去って行った。 去り行く狼の戦士の後姿を見つめながら、虎獣人は叫び声を洞窟にこだまさせた。 「バッカヤロォーッ! 今回も収入なしだぜーっ!」
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