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クリエイター名 |
水貴透子 |
Cafe・ラテへようこそ
Cafe・ラテへようこそ
「今日もラテに行く?」 「もちろん! 行くに決まってるじゃない♪」
大学の授業を終えて、帰宅準備をしてたのだが、近くから聞こえてきた声に手を止めた。 彼女達が言う『ラテ』とは最近大学の近くに出来たオープンカフェの事で、美味しいスイーツと愛想の良い店員さんが人気の元だと友人が言っていた覚えがある。 (そういえば‥‥最近レポートを書くのが忙しかったから行った事なかったなぁ‥‥) 興味はあったけれど、行く時間が見つからずに『オープン記念』と書かれたチラシがバッグの中に入ったままになっている。 「‥‥うん、行ってみよう。最近レポートばかりだったし、気分転換に美味しいものでも食べよう」 独り言のように呟き、私は『Cafe・ラテ』へと向かった。
※※
「うわ‥‥カフェってこんなに人が多いものなの?」 大学から歩いて10分程度の所に『ラテ』はあり、そこは人で溢れ返っていた。 (‥‥あれ、何で女の人ばかりなんだろう。男の人ってあんまりカフェとか来ないのかな?) オープンカフェというだけあって、決して広いとは言えない敷地に西洋風の椅子やテーブルが並べられていて、白いパラソルが日よけに使われていた。 「いらっしゃいませ、お一人様ですか?」 椅子やテーブルを見ていた時に、突然話しかけられて「はぅっ!」と大げさに肩を震わせながら勢いよく後ろを振り返る。 すると、そこにはにこにこと笑顔で、黒く長い髪を後ろで一つに括った男の人が立っていた。服装を見る限り『ラテ』の店員さんなのだろう。 「あはは、そんなに驚かなくても! 今は満席なんだけどもう少ししたら席が空くと思うからメニュー見ながら待っててね」 店員さんはそれだけ言い残すと「オレンジシフォンまだー?」と小さな小屋の中へと入っていった。その小屋の中でケーキや軽食を作っているのだろう。 「何か‥‥ここに女の人だけって言う理由がわかったかも」 周りを見れば『美味しいスイーツ』目当てに来ているお客さんより『愛想が良くてカッコイイ店員さん』を目当てに来ている人が多いようだ。 「涼くーん♪ これ美味しいってカナちゃんに伝えてー」 フォークにシフォンケーキを刺して見せながら、さっきの爽やか君に話しかける女の人の姿があって「涼くんって言うんだ」と何気なく呟く。 「カナって‥‥ここのパティシエさんは女の人なんだ」 メニューに載った写真を見ながら「凄いなあ」と言葉を付け足しながら呟く。メニューに載った写真はどれも綺麗に飾られており、女性らしさが伺えた。 (それにしても‥‥私の案内まだかなぁ‥‥私より後に来た人が席についてるのは気のせいかな) どうしよう、考えて込んでいる時に「おい、涼! そこの客さっきから立ったまんまだぞ! 後の奴を先にすんなよ!」と小屋の窓を開けて、金髪のベリーショートでいかにもガラの悪そうな人が大きな声で叫ぶ。 「あ! ごめんね! カナちゃんありがとう!」 涼の言葉に「え」とメニューと金髪ガラ悪お兄さんを見比べる。 「ん? あぁ、意外でしょ。こ〜んな可愛いケーキとか作るのがあ〜んなガラの悪そうな人で」 ぽかんとしている私に涼が面白そうに話しかけてくる、それを聞いていたのか「聞こえてるぞ!」とさっきより怒りを含めた口調でカナが叫ぶ。 「ごめんごめん、さ、此方へどうぞ。メニューはお決まりですか?」 私はそのまま一人用のテーブルに案内され、涼はおしぼりとお冷を置きながら問いかけてくる。 「えと‥‥それじゃあオレンジシフォンとアップルティーをお願いします」 言い終わると同時にメニューを閉じて、涼に返すと「少々お待ちくださいませ」とウインクをしながら、先ほどのガラ悪お兄さんがいる場所へオーダーを運んでいった。 (なるほど、ああいう所が女の人ウケしているんだね‥‥) お冷を一口飲みながら心の中で呟く。 そこで一つおかしな事に気づく。 (‥‥店員さんは2人?) 溢れかえるほどに客がいる事に対して『ラテ』の制服を着ているのは涼とカナと呼ばれる男性の2人だけだった。 しかしカナは料理をする側であり、接客は涼1人でこなしている。 「オレンジシフォンとアップルティー」 ボーっと1人で接客をこなす涼を見ていると、少し乱暴にオーダーした物がテーブルの上に置かれる。 運んできたのは接客態度抜群の涼ではなく、絶対にウェイターは務まらないであろうカナだった。 「‥‥ンだよ」 「え‥‥と、どうも?」 はっきり言ってカナのような男性は苦手であり、運んできたのならば早く何処かに行ってほしいというのが本音だった。 「何で疑問系なんだよ」 カナはため息混じりに呟くと「ごゆっくりどーぞー」とやる気の無い声で言葉を付け足して、小屋の方へと戻っていったのだった。 「‥‥‥‥おいし」 薄い橙色のシフォンケーキを花の形に盛られているクリームにつけて食べる、オレンジの甘酸っぱさと生クリームの甘さが程よく口の中に広がって、とても美味しいものだった。 「‥‥ん?」 今まで騒がしかったのにえらく静かになったと思えば店内には私を含めて3人程度しかいなかった。 「あ、ここは時間制でさせてもらってんだよ。あと雨の日はお休み」 人がいない事を不思議に思っているのが分かったのか、涼がテーブルを拭きながら心の中の疑問に答えてくれた。 「雨の日は休み? 何で?」 目を瞬かせながら問いかけると「外にしか席がないから」と簡潔に言葉を返してくる。 しかも涼の声ではなく――少しドスの聞いた低い声は‥‥。 「片付け終わったの? カナちゃん」 そう、ガラ悪お兄さんのカナが涼の代わりに言葉を返してきたのだ。 「まぁな、あー疲れた」 (‥‥何でわざわざ椅子を持ってきて、ここに座るの〜?) 周りを見渡せば既にもう人は私しかいない状況。カナがここに来るまでに客の清算を終わらせてきたのだろう。 「ごめんなさい、急いで食べるから‥‥」 慌ててオレンジシフォンを口に運ぼうとすると「気にしなくていいんだよ、どうせ終わりなんだから」と涼がにこやかに言葉を返してくる。 (貴方達は気にしなくても、私がここから早く帰りたいの!) 口では決して言えないけれど、心の中では大音量で言葉を返す。 (しかも何か睨んでるし〜‥‥) ジーッと自分を見ながら何かを考え込んでいるカナの表情は眉間に皺が寄っていて、お世辞にも『笑顔』とは思えず、逆に鬼の形相にも見える。 「あぁ、お前何処かで見たと思ったら――何日か前に電車でババアに席を譲って――断られてた偽善者か!」 ぽんと手を叩いて呟いた後、カナはその時の状況を思い出したのか大きな声で笑い始めた。 確かに数日前に電車の中で電車に揺られてるお婆さんに「代わりますよ、どうぞ」と席を譲った事があった。 だけど‥‥「年寄り扱いするんじゃないよ! 失礼だね」と大きな声で断られてしまったのだ。 「ぎ、ぎぜんしゃ‥‥」 カナの言葉に引きつった表情をしていると「ちょっと! カナちゃん!」と涼がフォローに入った。 「いくら本当の事でも、そんなにはっきりと言う事はないじゃないか」 「ほ、本当って‥‥」 「おい、涼‥‥お前気づいていないっぽいから言っとくけど、俺の言葉よりお前の方が酷いと思うぞ。わざわざ『本当の事でも』って強調するあたりが」 カナの言葉に私が首を縦に振ると「ほら」とカナが悪戯っぽく笑いながらテーブルに肘をついて視線だけを涼に向ける。 「えぇ! そ、それは『断られた』部分の事を言ってるんであって決して『偽善者』の部分には言ってないんだよ!?」 焦りながら涼が話しかけてくるが「焦る部分が余計に怪しーんだよ」とカナにからかいの言葉を投げられている。 「偽善――私はそんなつもりは無いけど、悪い事ですか?」 フォークをテーブルに置き、俯きながら呟いた私の言葉に、二人は冗談めいた表情をぴたりと止めた。 「悪くはないと思うよ、逆に良い事だと思うし」 涼は「ね?」とカナに賛同を求めるように問いかけると「そうだな」とカナも目を伏せながら呟く。 「だけど覚えておきな、人に良くしようって思ってる奴の九割は相手を下に見てる奴なんだぜ」 カナは言葉を終えると立ち上がり、まだ残っている椅子やテーブルの片づけを始めたのだった。 「え〜っと、あんまり気にしないでいいからね。カナちゃんはあんな事があって誰にでもあんな感じだから」 「‥‥あんな事?」 涼はハッとして「あ〜‥‥そろそろ片付けるからゴメンね」と慌てて話を変えるように両手を顔の前で合わせて謝ってきた。 「あ、ゴメンナサイ。初対面、しかも初めて来た客なのに突っ込んだ事を聞いちゃって‥‥」 「や、こっちこそ。良かったらまた来てよ、カナちゃんの腕はさっき食べたシフォンケーキで分かってるでしょ」 「はい」 首を縦に振り、椅子から立ち上がると「そういえば名前なんて言うの?」と涼が名前を聞いてきた。 「茂吉です」 「‥‥シゲヨシさん、それは苗字! 俺は名前を聞いたの、なーまーえー」 「あ! あゆむです。茂吉あゆむ」 「あゆむ‥‥OK、あゆちゃんね。俺は真倉 涼っての。ちなみにあっちのガラ悪が御蔵坂 要でカナちゃん」 涼は一瞬だけ表情を曇らせ、自分とカナの紹介を行う。表情も曇りに少し違和感を感じたけれど、その時のあゆむは深く気にしていなかった。 「それじゃ長々とゴメンナサイ。オレンジシフォン美味しかったって御蔵坂さんにも伝えてくださいね」 ぺこりと頭を下げて『Cafe・ラテ』を後にしたのだった。 (それにしても‥‥御蔵坂さんにあった『あんなこと』って何だろう) 家に帰った後も、何故か気になりバッグを適当に放り投げてベッドに身を沈めながら慌てた様子で話をはぐらかす涼の姿を思い出していた。 「‥‥明日も行ってみようかなぁ‥‥気が向いたら」 ごろりと寝返りを打ちながら呟く。
※※
「うわぁ、やっぱり多いなぁ‥‥」 次の日の講義が終わって『ラテ』に行ってみると、やはり昨日と同じく女の人で賑わっていた。 「ねぇ、カナちゃん。ここが終わったら一緒に遊びに行こうよ」 香水の匂いがキツくて派手な格好のお姉さんが、小屋の窓からカナを誘っている姿が見えた。 「はいはい、そういうのは注文してから誘ってくれる?」 小屋の窓から見えるカナは女性に視線を向ける事なく返事をしている。 (あれ‥‥何か私の時と態度が違わない?) 昨日、自分に向けられた態度と女性に向けられる態度の違いに、あゆむは少しだけ苛々とした感情が自分の中に渦巻くのが分かった。 「ふふ、本当にあたしと遊んでくれるなら何でも注文しちゃうわよ? いっそのことカナちゃんを注文しちゃおうかなぁ」 別に二人の会話を聞きたいわけではないのだけれど、待つ人用に作ってある椅子が小屋のすぐ隣なのだ、嫌でも耳に入ってくる。 (私の案内、まだかなぁ‥‥盗み聞きしてるみたいで凄く気が引けるんだけど‥‥) はぁ、とため息を吐いた時に「あゆちゃん、昨日ぶり!」と涼が手を挙げながら挨拶をしてくる。 「‥‥‥‥あゆちゃん?」 それまで女性の言葉にも手を止めなかったカナが、調理する手を止めて此方を訝しげに見ながら呟く。 (‥‥見ながらって言うより『睨みながら』って感じがするのは気のせい〜?) 少し引きつった笑いを見せながらも「こ、こんにちは」とカナに話しかけるがプイっと顔を背けながら再び調理をし始める。 「ねぇ‥‥あゆちゃんって」 女性があゆむを見ながら呟くと「あ、私です。あゆむって名前で‥‥」とあゆむは女性に言葉を返す。 「へぇ、貴方の名前――あゆむって言うの」 先ほどカナと話していた女性が口元に手を当て、笑いを堪えるようにしながらあゆむに話しかけてくる。 「あの‥‥私の名前が何か?」 あゆむが少し戸惑いながら問いかけると「何でもないのよ、何でもね」と意味深な言葉を返してきた。 「さ、あゆちゃん。今日は何を食べてく? もう少ししたら席も空くと思うから先にメニュー決めちゃいなよ」 涼がメニューを渡しながら話しかけて来て「あ、ショコラタルトとダージリンを‥‥」と言葉を返す。 「了解、カナちゃん。ショコラタルト宜しくね」 「‥‥あぁ」 何故か先ほどより不機嫌になったカナを見ながら女性は可笑しそうに笑みを漏らしていた。 それから暫くして席が空き、あゆむは一人用のテーブルに案内されてボーっとしながらテーブルをじっと見ていた。 「は〜い♪ ショコラタルト&ダージリンお待たせしましたぁ〜」 軽やかなステップと共に涼はテーブルにショコラタルトとダージリンを置く。 「さっきはゴメンね〜、何か重苦し〜い雰囲気になってさぁ」 「いえ、気にしてませんから」 言葉を返しながら『嘘、凄く気にしてる』とあゆむは心の中で呟く。 だけど『気にしている』なんて言ったら優しい涼の事だから凄く困ったような顔をするに違いない。 「あゆちゃん、すっごく気になるって顔してるよ?」 クックッと笑いながら涼が呟き「あゆちゃんだったらいいかなぁ」と考え込みながら呟く。 「ね、ここが六時で終わりなんだけどその後は暇? あゆちゃんが気になってる事を教えてあげるよ――カナちゃんには内緒でね」 涼は人差し指で内緒のポーズをしながら呟き「じゃ、この先に居酒屋あるから六時半にそこで待ち合わせしようよ」と言葉を残して注文を受け取りに別のテーブルへと歩いていった。 「六時半‥‥これを食べても一時間くらい時間が余るなぁ‥‥本屋でも行こうかな」 前から買おうと決めていた本が発売されている事を思い出し、あゆむはショコラタルトを食べて「ご馳走様でした」と清算の為にカウンターへと向かう。 「あの、これ代金です」 ショコラタルトとダージリンのお金を置くと「あぁ」とカナが短く呟き、レジへと打ち込む。 「さっきは悪かったな、あからさまに機嫌悪くして」 そう言ってカナはレシートと一緒にピンクのリボンで口を閉じられた手のひらサイズの白い袋を渡された。 「‥‥?」 袋とカナを交互に見比べると「さっきのお詫びだよ、余りモンで悪いけどな」と顔を背けながら呟く。 「ありがとう、ございます‥‥」 少し驚きながらも礼を言うと「ん」とカナは言葉を返してあゆむを見送ったのだった。
「‥‥びっくりした」 ラテを出た後、少し赤くなる顔を隠すように俯きながら歩き、近くの公園のベンチに腰を下ろす。 (結構子供みたいに笑うんだ‥‥) 渡された時の悪戯っぽい笑顔を思い出し、あゆむは顔が赤くなるのを感じていた。 「そういえば、何だろこれ」 渡された白い袋を見ながら呟き、ピンクのリボンを解くと中から甘い匂いが鼻を擽るように立ち込める。 「‥‥クッキー‥‥」 中からは黄金色に焼かれたクッキーが幾つか入っていて、思わず笑みがこぼれる。 「こんな可愛いラッピング、あの御蔵坂さんがどういう顔しながらしたんだろう」 ピンクのリボンは綺麗に飾られていて、白い袋も可愛らしく工夫されている。常に仏頂面のカナがどんな顔をしながらラッピングをしたのかと思うとこみ上げてくる笑いを堪える事が出来なかった。 「あ、本を買いに行かなくちゃ」 ピピ、と六時を知らせる時計の通知音に気づき、あゆむは慌てて本屋へと向かい、目当ての本を購入して待ち合わせより少し早くなったけれど涼と待ち合わせした居酒屋へと向かったのだった。
「あ、あゆちゃ〜ん。こっちこっち」 約束した時間より十五分ほど先に着いて、適当な場所に座って本でも読んでいようかなと考えていた時に大きな声で呼ばれて、周りの人間の視線を集中的にあぶる。 「こ、声が大きいですよ」 周りの遠くから笑う声にあゆむは下を向いて、小走りで涼の所へと向かった。 「あ、ゴメンゴメン。何食べる――ってそれ‥‥」 涼が指差したのはカナに貰ったクッキー、バッグの中に入れて形が崩れるもの嫌だったのであゆむは手に持って移動していたのだ。 「これは御蔵坂さんから貰ったんですよ、余りモンで悪いけどお詫びって」 ふぅん、と言いながら涼は中身を見て「クッキー?」と問いかけてきたので、あゆむは首を縦に振る。 「余りモンってカナちゃんは言ってたんだよね? おっかしいなぁ、うちのメニューにクッキー使うようなのあったっけ」 首を傾げながら呟く涼に「え?」とあゆむは聞き返すが、涼には聞こえていないようだ。 「ま、いっか。何か食べよ〜‥‥ちなみにあゆちゃんはお酒は――飲める年だよね?」 「‥‥失礼ですね、私を何歳だと思っているんですか」 じろりと睨むように見上げれば「ごめんごめん」と笑いながら涼は謝ってくる。 「そういえばこんな所に居酒屋があったんですね、いつも通るけど気づかなかった」 控えめに看板が置かれ、その看板が放つ淡い光に視線を向けながら小さく呟く。 「そ〜お? 気づかなかったのはあゆちゃんが『気に掛けよう』としなかったからじゃない?」 涼の言葉に「確かにそうかも‥‥」と短くあゆむは言葉を返す。あゆむはお世辞にもお酒が得意な方ではないし、たとえ友人に誘われても飲みに行く事は滅多にしない。 「この居酒屋にはよく来るんですか?」 中に入り、店員に案内されながらあゆむが涼に問いかけると「うん。三人でよく来てた」と言葉を返す。 「‥‥三人? それに来てたって過去形‥‥」 「ん〜、とりあえず食べるもの注文してから話はしよっか」 涼は店員に「レバニラと厚焼き玉子、そんでビール」と注文して「あゆちゃんは?」とメニューを見せながら問いかけてくる。 「あ、私はウーロン茶を、あんまり飲めないんで」 「かしこまりました、少々お待ち下さい」 店員は頭をさげると、奥へと下がり「ここの厚焼き玉子、絶品なんだよ」と笑顔で話しかけてくる。 「そういえば、御蔵坂さんとは仲が良いんですね、一緒にカフェをしているんですよね?」 あゆむの言葉に「ま、簡単に言えば双子の兄弟って所かな、俺が兄貴でカナちゃんが弟」と爆弾発言をさらりとした。 「あぁ、兄弟。だから仲が‥‥えええぇっ!」 お冷を飲みながら驚くあゆむに「ははっ、あゆちゃん変な顔」と涼は意地悪っぽく笑う。 「だ、だって苗字が‥‥」 そう二人は苗字が違う、涼は真倉でカナは御蔵坂、涼が昨日言ったのだから間違いは無い。 「親の離婚。俺達が10歳の時に離婚して俺は母親、カナちゃんは父親に引き取られてね。だから苗字の違う双子ってワケ。二卵性だから顔が特別似てるってワケじゃないから普通は気づかないよね」 あはは、と笑いながら涼が呟き「レバニラと厚焼き玉子です、あといいちことウーロンお待たせしました」とテーブルの上に置きながら店員が話しかけてくる。 「さ、食べよ――あ、まずは乾杯だね。何に乾杯しよっか? 俺とあゆちゃんの初デート乾杯?」 「で、デートじゃないですよっ」 「え〜〜、俺はデートだと思ってたんだけど?」 おどけながら呟く涼に「そ、それより話って」とあゆむが話題を変える為に呟くと「‥‥あゆむ」と涼はポツリと呟いた。 「え?」 突然名前を呼ばれて驚いていると「あゆちゃんじゃないよ」と涼が苦笑交じりに言葉を返してくる。 「緒方歩夢、カナちゃんの元恋人だよ――そしてカナちゃんが今でも想い続けてる女性」 涼の言葉にちくりと胸が痛んだような気がして「‥‥へ、へぇ」と上ずった声で言葉を返す。 「き、綺麗な人だったんですか? 今日、御蔵坂さんに話しかけてたみたいな‥‥」 「う〜ん。確かに綺麗だったけどラテにいた子はカナちゃんの一番嫌いなタイプだよ」 呟きながら涼は一枚の写真を財布から取り出してあゆむに見せる。その写真には三人の人間が写っていて、一人は今よりずっと髪の毛が短いけど涼、そして涼に似た面差しの優しそうな男性、その男性に腕を絡ませながらピースをしている女性が写っていた。 「これは俺、こっちがカナちゃんで、この子が歩夢だよ」 涼の言葉に「え?」とあゆむは再び写真に目を落とす。この優しそうな男性がとてもカナと同一人物には思えないからだ。 「カナちゃんはあれから変わっちゃったんだ。歩夢があんな事になってから――」 ずきん、と先ほどより強い痛みが胸を襲う。写真を見ればどれだけカナが歩夢という女性を好きだったのかが見て取れる。 「もしかして‥‥亡くなられたとか、ですか?」 恐る恐る問いかけると「ううん、生きてるよ。結婚して子供もいる」と涼が言葉を返してくる。その言葉に安堵のため息を漏らすと「ふふ」と涼が自嘲気味の笑みを見せながら言葉を続ける。 「だけどね、カナちゃんと俺の知ってる歩夢は死んじゃったんだよ」 呟いた後に涼の見せた影のある笑みに「‥‥え?」とあゆむは聞き返すように呟く。 「歩夢はカナちゃんと待ち合わせてて、居眠り運転の事故に巻き込まれたんだ。歩夢は奇跡的に助かったけど‥‥一切の記憶を失ってたんだ。俺の事も、もちろんカナちゃんの事も」 あゆむは返す言葉が見つからないまま、涼の話を聞くしか出来なかった。何か口を挟むという事が許されないような気がしたからだ。 「あれからカナちゃんと俺、毎日見舞いにいったよ――だけど『思い出せないの、ごめんなさい』って歩夢は何度も謝った。でもカナちゃんは‥‥いつまでも待つからって毎日毎日見舞いにいって」 そこで言葉を止めた涼を不審に思い「真倉さん‥‥?」とあゆむが俯いた涼の顔を覗きこみながら問いかける。 「最後に会いにいった日、歩夢は医者と話してたんだ――『いつまでも待つだなんて気持ち悪い、逆にあの人が怖いの』って」 「そんな、酷い‥‥」 いくら記憶を失ったからと言って自分を愛してくれている人に対して言う言葉ではない、あゆむは言葉を付け足しながら呟く。 「そこでカナちゃんは笑いながら、涙をぼろぼろ流しながら『さよなら』って言ったんだ――あんなガラ悪くなったのもそれからだったなぁ。苦手な筈の酒を浴びるように飲んで、毎日バーのゴミ捨て場に倒れてるカナちゃんを迎えにいくのが日課だったな」 その時の状況を思い出したのか、涼は苦笑しながら呟く。 「でもさ、カナちゃんてば手先は器用だし、料理センスも抜群でね、自暴自棄になってるカナちゃんを変えたくてカフェをしてみないかって誘ったんだよ」 最初は断られたけどね、と涼は笑いながら話を続ける。 「でも何度も誘っているうちに、カナちゃんも折れてくれて一緒にカフェを始める事にしたんだよ。俺らの父親は死んでるから、多少なりとも遺産があったし、カフェくらいなら何とか出来る金額があったからね」 「そう、だったんですか――」 あゆむは厚焼き玉子を箸で刺しながら呟く。 「きっとカナちゃんがあゆちゃんを苛めるみたいな態度するのは‥‥歩夢と似てるからだよ」 「似てる? 私と歩夢さんが?」 写真をもう一度見るが、似ている部分はなく、全てにおいて自分以上の彼女に少しだけ劣等感を感じた。 「容姿じゃないよ、中身がそっくり。お婆さんに席を譲って断られたりとか、自分より後に来た客が案内されても何も言えないとか」 「ふ、二つ目は真倉さんが悪いんじゃないですか!」 あゆむが納得いかないと言うように反論すると「そうだっけ? 細かい事は気にしちゃ駄目だよ」と笑いながら流される。 「だから、きっとカナちゃんはあゆちゃんを見てるとあの頃を思い出すんじゃないかな」 涼は呟き「そこで質問」とあゆむの前に手を出しながら「何で俺はこんな事を言ってるんでしょう?」と質問を投げかけてきた。 「一つ・あゆちゃんならカナちゃんを変えてくれるかもと思ったから、二つ・俺があゆちゃんに好意を寄せてるから、三つ・その両方」 さぁどれだ、涼の言葉にあゆむは顔を真っ赤にして「え、え?」と状況を把握出来ていないのか目を瞬かせながら呟いている。 「正解は三番。確かにあゆちゃんならカナちゃんを変えてくれるんじゃないかと思った。カナちゃんは俺の大事な家族だし――だけどその変えてくれる人が、カナちゃんの恋人になっちゃうのは嫌だ」 「こ、恋人って‥‥私達は昨日会ったばかりだし――」 「でもカナちゃんはきっとあゆちゃんを気に入ってるよ。じゃなきゃ何日も前の出来事なんて覚えてる筈がないもんね。ヤだなぁ、カナちゃんがライバルなんて――だから先に抜け駆けしちゃうよ」 返事は? と問いかけてくる涼の言葉に「‥‥あ、あの、私は‥‥」と返す言葉が見つからなくて困ったように呟くあゆむに「返事はいつでもいいから」と涼は言葉を返した。 「‥‥ともうこんな時間か、そろそろ帰る? 送っていこうか」 「い、いえ――駅からすぐですから、大丈夫です」 そ? と涼は言葉を返し、二人分の清算を済ませると居酒屋から出た。 「んー、何か冷たい風が気持ちいー」 「真倉さん、私の分のお金‥‥」 財布からお金を出そうとすると「いーよ、好きな子にお金を貰うわけないっしょ」と言葉を返され、あゆむはまた顔を赤くする。 「それじゃ、またラテにも来てよね」 ばいばい、と手を振りながら涼は帰っていった。 「‥‥御蔵坂さんの意外な過去、それに真倉さんからの意外な告白――今日は色んな事があって疲れちゃった‥‥帰って寝よう」 あゆむは涼に告白された時のドキドキを胸に感じながら、カナの過去を聞いた時に感じた胸の痛みの事も忘れる事が出来なかった。
※※
「‥‥朝かぁ」 カーテンの隙間から差し込んでくる太陽の光にあゆむはベッドから降りて小さなため息を吐く。 「結局まともに寝れなかったなぁ」 昨日は色々あって早く寝ようと決めていたあゆむだったのだが、ベッドに入っても寝付く事が出来ず、結局眠りに落ちたのが朝の六時ごろだったのだ。 「うぅー‥‥なんか頭いたい」 寝不足のせいなのかズキズキと痛む頭を抑え、頭痛に拍車をかけるように鳴り響くアラームに「もー‥‥」と愚痴るように呟きながらストップボタンを押した・ 時間を見るとぎりぎりで「ヤバイっ」と慌ててあゆむは準備を始める。 「朝ご飯はパンでも食べよう」 独り言のように呟くと大学の近くにあるパン屋へと入って、適当なパンを二つほど取ってレジへと向かう。 「あれ、あゆちゃん?」 「!!」 ふいに涼の声が聞こえてあゆむは思わずパンを落としそうになる。 「‥‥っぶねぇな。気をつけろよ」 パンが地面に落ちる前にカナがキャッチして「はぁ」とあゆむは安心のため息を吐いた。 「おはよ、あゆちゃんもここで朝ご飯?」 清算を済ませた後、外で涼に話しかけられ「はい、朝ご飯を作る時間がなくて」とあゆむは苦笑しながら言葉を返す。 「あ、昨日はクッキーありがとうございました。美味しかったです」 あゆむが思い出したようにカナにお礼を言うと「ばっ‥‥」と涼を見ながらカナが声を荒げそうになるが「俺は知ってるよん、カナちゃん」と涼は可笑しそうに言葉を返す。 「余りモノだなんてカナちゃんも素直じゃないねぇ〜」 「‥‥何でお前が知ってンだよ」 「昨日居酒屋にご一緒したんですよ、その時に――」 あゆむが答えると「昨日?」とカナは眉間に皺を寄せながら涼を軽く睨む。 「‥‥お前、確か好きな女が出来たから一緒に遊びに行って来るって――」 カナの言葉に「そ、だからあゆちゃんが俺の好きな人〜♪」と涼はあゆむに抱きつきながら言葉を返した。 「‥‥‥‥そうか、結構似合ってるんじゃね? 涼はタラシだけど女にゃ優しいからな」 思わぬカナからの祝福に「でしょでしょーってタラシ言うなぁ!」と涼はあゆむを抱きしめながら笑いながら言葉を返す。 「でも涼、そろそろ離してやれよ。時間がねぇんだろ」 カナの言葉に「あ、ごめんっ」と涼は手を離しながらあゆむに「頑張って」と呟きながら見送った。 (何で‥‥こんな気持ちになるんだろ‥‥御蔵坂さんの言葉が――――痛い) 涼の言葉を聞いて『嬉しい』と思うよりもカナの態度や言葉に『悲しい』と感じる自分がいる事をあゆむははっきりと自覚していた。 「あ、の‥‥それじゃ、私は行きますから」 あゆむは頭を下げて、大学の方へと走っていく。 (‥‥私が好きなのは、真倉さんじゃない――御蔵坂さんなんだ‥‥) その気持ちに気がついた時、あゆむの心の中にあるのは恋をして嬉しいという気持ちではなく、自分を好きだと言ってくれる涼に対しての『罪悪感』だった。 「‥‥もう、ラテに行くのは止めよう――そうすれば、もう考える事もしないですむ‥‥) その日から、少し遠回りだけれど正門からではなく裏門から駅に向かうことにした。正門から出れば『ラテ』の前を通る事になる。 きっと通りかかれば涼の事だから話しかけてくるだろう、その時に返す言葉が見つからないので結局は避ける――あゆむは逃げるという選択をした。 (これでいい――これ以上、ラテに行ったらきっと私は‥‥) その日の夜、私は初めて声を殺して泣いた。
※※※
ラテに行かなくなってから、一週間が過ぎようとしていた。 「わぁ、やっぱり可愛いなぁ」 久しぶりにふらりと雑貨屋へと立ち寄り、可愛い小物を見ながら一人呟いていた。 (あ、この指輪可愛い〜) ふと目に留まった指輪を手にとって見ていると「お気に召しましたか?」と女性店員が話しかけてきた。 「あ、はい。何かお店の雰囲気とこれだけ違ったから‥‥」 店内の小物は西洋風で纏められているのに、指輪は何処かアラビア風の印象を受けた。 「これはうちで作っているものなんですよ、それぞれ模様や形が違って、同じものは存在しないんです」 女性店員の説明に「へぇ‥‥」と指輪が入れられているケースを見ながら呟く。確かに似たような模様や形はあるけれど、どれもが微妙に違っていて、彼女の言う通り同じものは存在しないという事が分かる。 「いらっしゃいませ」 その時、店内に客はあゆむ一人だったのだけれどもう一人客が入ってきて、女性店員は優しげに挨拶をする。条件反射とでも言うのだろうか、あゆむも入ってきた客を見て、驚きに目を見開く。 (‥‥‥‥御蔵坂、さん、どうしよう、何か言わないと変かな) 「こ、こんにちは。御蔵坂さんもこういう雑貨好きなんですか? ちょっと意外ですね」 あは、と苦笑しながらあゆむが話しかけると「‥‥俺じゃなくて店用の小物な、俺が好きなわけねーだろ」とぶっきらぼうに言葉を返される。 「すみません。ご注文いただいたものはまだ出来ていないんです。明日には届くと思うんですけど‥‥」 女性店員は申し訳なさそうに頭を下げてカナに謝る。 「別にいつでもいいッスよ、急ぐわけでもないし、とりあえず届いたら連絡下さい」 それじゃ、とカナは言ってあゆむの腕の引っ張りながら店内を出たのだった。 「あ、こ、これ――ごめんなさい」 あゆむは引っ張られる中、慌てて手に持っていた指輪を女性店員に返し「またのご来店お待ちしております」と女性店員は頭を下げて二人を見送ったのだった。
「あの! 腕、痛いんですけど‥‥」 あゆむが少し大きく言うと「あ、悪ぃ」とカナは手を離す。 「えっと、急ぐんで‥‥失礼しま――」 頭を下げてあゆむが帰ろうとすると「何で避けてんの?」とカナが短く呟く。 「べ、つに‥‥避けてなんて――」 あゆむがしどろもどろで呟くと「嘘だね、じゃあ何でラテに来ないわけ?」とカナが煙草を吸いながら言葉を返してくる。 「それは‥‥別に行こうと行かないと私の勝手、でしょう」 「涼に返事もしないまま? あいつヘコんで仕事にめっちゃ支障が出てんだけど」 「‥‥‥‥」 あゆむは俯きながら黙っていると「もしかして俺のせい?」とカナが顔を覗きこみながら問いかけてくる。 「それより――御蔵坂さんはどうなんですか? 真倉さん心配してましたよ?」 話を変えるように話しかけると「‥‥恋愛なんてウザイだけだな」と遠くを見ながらカナは言葉を返してきた。 (‥‥その視線の先には――きっと歩夢さんがいるんだ‥‥) 「忘れられるからですか?」 呟いてハッとした、その言葉を聞いてカナも咥えていた煙草をポロリと地面に落として驚いたようにあゆむを見る。 「おま――歩夢の事を聞いたのか?」 「‥‥ごめんなさい」 別に涼が話してくれたのだから謝る必要が無いのは分かっていたが、何となく謝ってしまった。 「別にいいけど。それより涼はどうすんの? 思わせぶりな態度のままは止めとけよ」 (貴方にとって私はどんな存在ですか。私ばかりがこんなに好きで――) 「馬鹿みたい」 ポツリと口を出た言葉に「あぁ?」とカナが少し苛立ちを見せたような口調で此方を見る。 「私は貴方が好きなんです、御蔵坂さん」 その言葉を呟いた瞬間、冷たい風が二人を吹き抜ける。 「――――は?」 「私は貴方が好きなんです、御蔵坂さん」 先ほどと同じ言葉を再び呟く。 「あのなぁ、涼と付き合いたくないからって俺を引き合いに出すなよ」 「違う、引き合いとかじゃなくて‥‥私は貴方が好きなんです」 呟いて涙が溢れ「お、おい」とさすがのカナも焦ったようにあゆむを宥めようとする。 「とりあえずラテに来い、このままここで泣かれると俺が悪モンじゃないか」 泣き始めるあゆむを連れて、カナはラテまで小走りで行く。 その様子を見ている人物がいる事にも気がつかずに――。 「‥‥あゆちゃん、カナちゃん――」
※※※
「今日が雨でよかったな」 小屋の窓から外を見ながらカナは小さく呟く。外を見ればしとしとと降り続ける雨。 「あのさ、涼に聞いたンなら分かるだろ。俺はもう誰も愛さないし、好きにもならない――ずっと続く恋や愛なんてないんだよ、いずれ風化して忘れる」 自身の経験からなのだろう、呟くカナの表情はとても痛々しいものだった。 「俺は別にお前が嫌いなワケじゃないけど、誰かと付き合うのは嫌なんだよ――もう、あんな思いはしたくないからさ」 大好きだった人に忘れられて、しかも酷い言葉を言われ、別の男と結婚して今は幸せに暮らしている。 「どんなに好きでも、どんなに愛し合ってても、未来の事は誰にも分からないんだよ」 な、とカナは諭すように呟くと「‥‥カナちゃん」と小屋の扉が開いて、全身びしょ濡れの涼が入ってきた。 「涼――」 「あゆちゃんも久しぶり♪ 傘を無くしちゃってさぁ〜、水も滴るイイ男?って感じっしょ」 雨に濡れた顔、でもきっと泣きそうな表情から涼が無理している事が分かる。 「もー、カナちゃんてば素直じゃないな〜。あゆちゃんの事を気に入ってるんでしょー?」 涼の言葉に「俺は別にこんな女は好きじゃない!」とカナが少し声を荒げて叫ぶ。 「‥‥あ」 叫んだ後にカナは『しまった』というような表情であゆむを見る。 「ごめ、なさい――かえります」 あゆむは涙を流しながら小屋から出ていき、キィキィと扉の軋む音だけが小屋の中に響いていた。 「カナちゃん。本当にいいの? 折角俺が諦めつけてきたのに、俺に遠慮していいの?」 いつものようなおどけた口調ではなく、はっきりとした口調で涼はカナに話しかける。 「諦め‥‥ってお前、もしかしてさっき――」 カナは涼の言葉に、先ほどの事を思い出す。 「見てたよ、あゆちゃんがカナちゃんの事好きって言ってたの。カナちゃんも気づいてるよね、あゆちゃんの事をどう思ってるか。歩夢と重ねてるんじゃない、あゆちゃんが好きなんでしょ」 「‥‥‥‥」 「確かに歩夢の事はカナちゃんにとってショックだったと思う、だけど臆病風に吹かれて、そのままでいいの?」 涼の言葉にカナは黙ったまま椅子に腰掛けて外を見る。 「――その程度の思いなら、もうカナちゃんに遠慮はしない。俺が力尽くでもあゆちゃんを貰うよ」 それでもいいんだね、と涼が念押しをすると「――ごめん、兄貴」と言ってカナは椅子から立ち上がり、そのままあゆむを追いかけた。 「兄貴、かぁ。カナちゃんに兄貴って呼ばれると何か気色悪ぅ――へへ」 涼はカナが出て行くのを見て、自分の瞳に浮かんでくる涙を服の袖で乱暴に拭ったのだった。
※※※
(くそっ、トロそうな女のに何でこんなに足が速いんだよっ!) カナはラテを出てから、あゆむを探す為に走り回っていたが、意外にもあゆむの走る速度が速かったのか完全に見失ってしまっている。 「他は何処探せばいいんだ? っつーか家に帰ってたらどうしようもねぇじゃねぇか。俺、家なんて知らねぇぞ」 頭をガシガシと掻きながらカナが苛立ちを含ませた口調でぶつぶつと呟いている。 「――――止めて下さい」 聞き覚えのある声がカナの耳に入ってきて、そっちへと視線を移す。するとそこは駅の裏口で、最近ガラの悪い連中が屯している場所でもあった。 「‥‥あの馬鹿、まさかこんな場所にいるワケ――あったか」 路地裏に足を踏み入れながら一人呟いていると、数人の若い男に絡まれているあゆむの姿を見つけた。 (‥‥三人、か) カナは男達の人数を数えながら「そいつ、俺の連れなんだけど」と話しかけながら近寄っていく。 「あぁ?」 お約束の展開通りに若い男達はカナを睨みながら言葉を返す。 「俺のオンナだから触るなって言ってんだよ」 カナは言葉を返すと同時に一人の男の顔面を殴る。 「な、何しやがんだ、てめぇ!」 仲間を殴られたことで、他の二人が一斉にカナに襲い掛かる。 「あ、あぶな――」 あゆむが叫ぼうとした時、カナは男の拳を避けて腹部を蹴り、振り向き様に二人目を殴り飛ばして、決着はあっという間に終わった。 「‥‥ばーか、俺に喧嘩売るなんて百万年はえーっつーの」 カナは三人の男を片付けた後「とりあえず此処から離れるぞ」とあゆむの手を引っ張って、近くのファミレスに入る。 そして席に着いた後、カナは開口一番で「ばっかか、お前は!」と少し大きめの声であゆむに話しかける。 「あんな場所で何してたんだよ! 私誰かに襲って欲しいの♪ って言ってるようなモンだろうが!」 「わ、私は襲って欲しいなんて言ってません! それに何で御蔵坂さんが来るんですか、助けて欲しいなんて私は言ってません」 あゆむの言葉に「何だと、てめぇ‥‥折角助けてやりゃ、素直にありがとうもいえねぇのか」とカナは呆れたように呟き、メニューを見ている。 「‥‥何で、来たんですか――」 「俺の事、好きだって言ってたくせに」 「言ってません」 「言ったろ、私は御蔵坂さんが好きなんです――だっけか」 カナの言葉にあゆむは顔を真っ赤にしながら「言ってません」と俯きながら小さく答える。 「別にいいケドね。あ、チーズハンバーグ二つね」 カナは店員にチーズハンバーグを二つ頼むと「二つも食べるんですか」とあゆむは眉を寄せながら問いかける。 「あほか、お前の分だよ」 「私はチーズハンバーグがいいなんて言ってません」 「それは俺が好きだからに決まってるだろ」 「自己中心的ですね」 「まあな」 そこで一度会話を終えて、二人は互いの顔を見つめあい、そして笑う。 「ぷ、どういう会話だよ、俺ら」 カナの言葉に「本当ですね」とあゆむも笑いながら言葉を返す。 そして少し気まずい沈黙が続き「さっきは悪かったな」とカナが気まずそうに小さく呟く。 「いいえ、嫌いな相手から告白されても御蔵坂さんが困るのは当たり前ですから」 あゆむが苦笑しながら呟くと「嫌いじゃねぇよ」とぽつりとカナが言葉を返した。 「むしろ逆だ。トロそうな所もお節介なくらいの偽善ぶりも俺は好きだけどな」 カナの言葉にあゆむは嬉しいと思う反面、悲しいという気持ちも確かにあった。 「‥‥それは歩夢さんを思い出すからですか? 真倉さんに言われました――私は歩夢さんと似てるって」 あゆむの言葉にカナは舌打ちしながら「最初はな」と短く言葉を返した。 「最初は歩夢と似てるって思ったからイラついた。だけど見てれば歩夢とは全然違うんだよな――そのうち好きだなって思った‥‥ケド涼が好きなのも知ってたからよ」 カナの言葉に、あゆむは顔を赤くしながら黙って言葉を聞いている。 「涼に遠慮してた、だけど――涼に言われた。その程度の想いなら力尽くでもあゆちゃんを貰うって――それ聞いて、気がついたらラテを出てお前を追いかけてた」 ぽつり、ぽつりと呟かれるカナの言葉を聞いて、あゆむの顔は更に赤みを増す。 「一度しか言わねぇからな」 カナは咳払いをすると「俺と付き合え」とあゆむに向けて言葉を投げかける。付き合って、ではなく『付き合え』という辺りがカナらしくてあゆむは思わず笑みを浮かべた。 「はい」 あゆむは自分に出来るだけの笑顔で言葉を返した。 「あの、御蔵坂さん――お願いがあるんですけど」 あ? とカナはチーズハンバーグを頬張りながら視線だけをあゆむに向ける。 「私のこと――あゆむと呼ぶのは止めて欲しいんです。その‥‥」 歩夢の事を思い出すから、という言葉が口から出ずに「あの。その」と繰り返していると、あゆむの意図が分かったのか「分かったよ、あゆ」と言葉を返してきた。 「その代わり俺の事も『御蔵坂さん』と呼ぶのは止めてくれ、カナでもいいし、要でもいいし」 「カナメン」 ぽつりとあゆむが呟くと「それは却下」とカナが言葉を返し、また二人で笑い合う。 「そーいや、俺の昔の姿知ってんだろ? そっちに戻せっていうなら戻すけど?」 昔、という言葉にあゆむは少しだけ考えて「いいです」と首を横に振った。 「何で? 今の俺、自分で言うのもなんだけどガラ悪いだろ」 カナの言葉を聞いて「私が出会ったのは今のカナさんですから」とあゆむはにっこりと笑って言葉を返す。 「‥‥嬉しい事、言ってくれんじゃん」 照れたようにカナは顔を逸らし、正式に付き合う事になったと涼に報告を行う為にファミレスから足早に出てラテへと向かったのだった。
※※※
カナとあゆむが付き合う事になってから、少しだけ変わった事があった。 一つはラテに女性店員が増えたという事。 「おい、あゆ! あっちの客の注文受け取って来いって!」 カナが小屋から顔を覗かせながら大きな声で叫ぶと「今から行く所ですっ!」とあゆむも負けないくらいの大きな声で返事をする。 「ねぇ、カナちゃ〜ん。今日終わったら一緒に遊ぼうよ」 キツイ香水に猫撫で声の女性の言葉にピクリとあゆむが視線を移す。 それに気づいたカナは可笑しそうに笑いながら「それは無理」ときっぱりと断った。 「え〜、何でぇ〜?」 「俺には可愛い彼女がいるからさ、俺が遊びに行くと拗ねるんだよ、それも見てみたいけど、はっきり言ってお前――俺のタイプじゃないんだよな」 カナは笑みを浮かべながら女性に呟き「何よ!」と女性は顔を真っ赤にしてラテから出て行った。 「ひゃー、カナちゃんも言うねぇ。愛されてんじゃん、あゆちゃん――でも俺の横はいつでも空いてるからね、寂しくなったら俺のところに――」 涼があゆむを口説くように話していると「涼! さっさと持っていきやがれ!」とカナの怒鳴り声が聞こえる。 「はいはーい、嫉妬する男はやだねぇ」 涼は可笑しく笑いながら呟き、客のところにコーヒーとケーキを運ぶ。 あゆむはラテの店内を見渡しながら「この幸せがずっと続けばいいな」と小さく呟いた。 「続けばじゃなくて、続かせるんだろ。馬鹿」 カナの声が聞こえて後ろを振り向いた瞬間に触れるだけのキスをされる。 「か、カナさん! 此処はお店!」 「見えやしねーよ。それに知らないの? 男も女も恋する時は下心があるからなんだぜ?」 カナは呟きながらあゆむの手に『恋』という字を描く。 「な、恋の下には心がついてんだろ? というワケで覚悟しておくよーに」 カナはそれだけ言葉を残した後、再び小屋の中へと入っていく。 その後にはへたり込んだあゆむの姿を不審に思う客と涼、そして本気に取っていると小屋の中で笑いを堪えるカナの姿があったのだった‥‥。
END
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