t-onとは こんにちは、guestさん ログイン  
 
総合TOP | ユーザー登録 | 課金 | 企業情報

 
 
クリエイター名  神無月まりばな
出奔の日

【サンプルを聖獣界ソーン用のものに差し替えてみました。お暇なときにでも】

出奔の日

 ぼくの背に、翼はない。
 武の国エル・ヴァイセの世継ぎの王子として、それが致命的な欠陥であることは自覚していた。
 だから、13歳の誕生日の今日、女宰相マリーネブラウに呼び出されたときも、こう言われるだろうことは予測できていたのだ。
「この国に於いて、王とは空を飛翔して軍に采配をくだす大将軍のこと。従ってクラウディオ殿下のような不翼の王子が玉座に就くことは認められませぬ。よって次期国王はアルフォンス殿下に……これは貴族議員たちの総意であり、陛下も承認を下されました。おわかりいただけますね?」
 反論はできない。するつもりもない。
「陛下の承認」なんて、しょせん、有名無実に過ぎないとわかっていても。
 父上は公認の愛人でもあるマリーネブラウのいいなりだし、貴族議員たちだって、議長のゲオルクがあの女に頭が上がらない以上、右にならえだ。
 ――こんな国、出て行ってやる。
 ずっと、そう思っていた。
 あの内戦――前宰相のデューク・アイゼン公爵が、ゲオルクとマリーネブラウが仕掛けた罠によって、配下のキマイラ騎士団ともども、異世界に亡命したときから。
 いつもぼくのことを心配し、気に掛けてくれていたデュークも、騎士団長ファイゼも、まるで弟でも構うかのように接してくれた騎士、ポールも、みんなみんな……『東京』へ行ってしまった。
 ぼくも『東京』に亡命しようかと思わなくもないけれど、あそこは不可思議な異世界でありすぎて、かえって空間を繋げるゲートがつくりやすく、遠いけれども近い場所だ。その不安定さは、ぼくには馴染めない。
 だから――もし、出奔するのなら、別のところがいい。
 強い力を持ち、しかし武におごらない王の治める国がいい。
 たとえば、かの聖獣王のしろしめす――
「……よくわかりました。どうぞアルフォンスを宜しくご指導ください。あの子はぼくよりひとつ下なだけですが、まだまだ幼くて」
「ご立派なお言葉、痛み入ります。ですが、ご心配には及びませんわ。アルフォンス殿下は、王太子にふさわしい黄金の翼をお持ちです。陛下も、それは将来を楽しみにしてらっしゃいますのよ」
「もうお話は終わりですよね。失礼します」
 女宰相の勝ち誇った笑顔にうんざりし、話を遮ろうとした。が、まだ退出させてはくれなかった。
「そんなにお急ぎにならないでくださいまし。もうひとつ、お伝えしたいことがありますのに」
「何でしょうか」
「クラウディオ殿下は、アイゼン公爵家のフランチェスカさまと特別にご親密でいらっしゃるようですのね」
「特別ってほどじゃ。フランは友達で、同じ師について勉強している仲間です」
「あの、得体の知れない『魔道錬金術』のお勉強……。それにつきましては、後日中断の手続きをしていただくとして」
「そこまでの管理をする権利は、あなたにはないでしょう? フランはとても才能のある魔道錬金術師ですし……。僭越ですよ、マリーネブラウ」
 睨みつけてみても効果はなく、女宰相は素知らぬ顔で本題に入る。
「フランチェスカさまとは、早急に、絶縁くださいませ。もう、個人的にはお会いになりませぬよう」
「どうして」
「あのかたは、王太子さまの後宮にお入りになることが決まりました。もっとも、アルフォンス殿下は未だ年少でらっしゃいますから、後宮施設が機能するのは数年後でしょうけれども」
「後宮って……仮にも公爵家の姫ぎみが? 王太子妃に遇するのが筋じゃないんですか」
「あのような下町風の、蓮っ葉な言葉づかいをなさるかたが姫ぎみとは大仰ですこと。公爵家に正式に迎え入れられただけでも幸運ですのに、後宮入りなんて名誉この上ないことですわ」
 フラン――フランチェスカ・アイゼンは、先代の公爵がユニコーン属のメイド長との間にもうけた庶子だ。
 歯に衣着せぬはきはきした物言いに、おえらがたの貴族連中は顔をしかめている。けれど、彼女が公爵家に引き取られてきたときから、ぼくとは妙に気が合った……というか、喧嘩友達だった。

 ――ねえ、クラウ。あんたって、本当はすごくきつい性格のくせに、聞き分けのいい王子さまのふり、してんのね。……疲れない?
 ――別に。我慢しているつもりはないよ。きみみたいに考えなしな発言をしたり、無計画な行動を取ったりするよりは、合理的だと思うけど?
 ――うわ。子どものくせに生意気。
 ――どっちが子どもだか。半端じゃないお兄さんっ子のくせに。あんなにいつも、ぴったり後ろをくっついて歩いてちゃ、デュークだって迷惑だよ。

 ぼくとはまあ、そんな感じだけれど、フランは、めかしこんで微笑んでいれば人目を惹く可愛い姫ぎみだから、憧れている騎士たちも多かったはずだ。
 特に熱心だったのは騎士団長のファイゼで、フランが16になったあたりから、結婚を前提に交際を申し込んでいたらしい。
 ……ただ、フランは異父兄のデュークをとても敬愛していて、この世界にだって異世界にだって、お兄さま以上の男性はいないわ、と断言してはばからなかったから、結果は火を見るより明らかで――
 結局、騎士団長の求婚は、断られてしまったようだ。
「フランは、後宮入りを納得したんですか?」
『あの』フランが了承するわけないだろうと思いながらも、聞いてみる。
 案の定、マリーネブラウは忌々しげに吐き捨てた。
「いいえ。使いの者に手当たり次第にものをぶつけたあと、ぷいと外出なさったようで……。ですがこれは決定事項であって、フランチェスカさまのご意思は関係ございません。はねっかえっりな態度や蓮っ葉な言葉は矯正の必要がありますわね、忙しいこと――あら、どうなさいました? クラウディオ殿下?」
「……何でも、ありません」
 突然、背中に激痛を感じた。ほんの数秒我慢すれば、それは去っていく。このところ頻繁に起きていので、もう慣れてしまった。
 おそらくぼくには、先天的な病気があるのだろう。だから父上やアルフォンスのような、神鳥ガルーダにふさわしい翼を持ち得ず、フランを守ることも出来はしない。
「顔色が、随分お悪いようですわ。どうぞ、お大事に」
 含みのある視線を背に受けて、ぼくは慌ただしく宰相の部屋を退出した。

  † †

 蒼い雲が月光を遮り、王宮の庭に陰を落とす。
 いちばん端に、申し訳程度に設けられているぼくの部屋は窓が小さくて、月が隠れれば闇に沈む。
 燭台に灯りをともすのもおっくうで、暗闇に目を慣らしたままぼんやりしていると。
 銀色の竜巻のような、来訪者がやってきた。
 大荷物を抱え、メイドの服を着て。
「クラウ? ああ、いたいた。この部屋って外れにあるから条件悪いけど、見咎められずに出入りするには重宝ね」
「……フラン。なにその格好」
「変装よ。お母さんの形見のメイド服」
「よけい目立つ気がする」
「しーっ。辛気くさい顔してないで、さっさと荷物をまとめなさい。……逃げるわよ。アルフォンスは悪い子じゃないけど、後宮なんて冗談じゃないわ。あんただってこのままじゃ気が済まないでしょ?」
「逃げる……って、どこへ?」
 突然のことで、ぼくは茫然としていた。それは、いつかこの国を出るつもりではあったけど、もっと周到な準備をしてからのことで、少なくとも、今ではないのだ。
「わかんない子ねぇ! あんた、前々から言ってたじゃない。聖獣界ソーンに行くに決まってるでしょう。あたしたち、ソーンで工房を開くために魔道錬金術の勉強をしてきたんじゃないの?」
「そうだけど、でも、ぼくの技術はまだまだで」
「あんたの作る品は、もう十分売り物になるわよ。それに、天才魔道錬金術師のあたしがついてるから大丈夫! あたしは武器を、あんたは防具や護符を作るでしょ、で、お店が繁盛して資金がたまったら、ルゥ・シャルム公国から飛び切り強い軍隊を借りてゲオルクとマリーネブラウの政権をぶっつぶし、国王陛下には御退位いただいてあんたが王座に就くのよ!」
 フランは手早くぼくの荷物をまとめ、クローゼットから勝手に服を引っ張り出して旅支度を調え始める。
「壮大な計画だけど、荒唐無稽だね。そもそも、ぼくは王にはなれないよ。できそこないだから」
「あんたはできそこないなんかじゃ――」
 言いかけて、フランははっと窓の外を見る。耳を澄ませば、衛兵のざわめきと、駆けつけたらしい王宮近衛隊の鎧の音が聞こえる。
「ごめん。やっぱりメイド服は目立ったわ。つけられてたみたい」

「この足で後宮に移動なさるのであれば、今夜のことは不問に伏しますわ、フランチェスカさま。さあ、こちらへいらして。貴婦人にふさわしい装いに改めませんと」
 外へ出るやいなや、ぼくたちは、ものものしい鎧の群れにぐるりと囲まれた。その中心を割って、マリーネブラウがゆっくりと進みでる。
「お生憎様。これはお母さんの正装なの。あんたなんかより数百倍、上品で綺麗で頭が良くて貴族の子弟にもてまくってたんだから」
 フランは一歩も引かず、マリーネブラウを睨みつける。
「あたしはこの国を出るの。クラウと一緒に」
「……宜しいでしょう。そうしますとあなたさまは、年若い王子を誘惑なさって出奔を持ちかけたふしだらな姫で、クラウディオ殿下は、王太子の後宮に入るべき女性を横取りなさった反逆王子ということになりますね」
「そう思いたいのならそれでも結構だけど、クラウを悪く言うのはやめてよね。この子、頑固なくらい真面目なんだから」
(何とかしてこの囲みを突破するわよ、いいわね?)
 振り向きざま、フラウが小さく言う。ぼくもさすがに覚悟を決めて、身構えようとして――
 ……しゃがみこんでしまった。
「ちょっと、クラウ? だいじょうぶ? しっかりしなさい」
「……背中、が」
 焼けつくように、痛い。
 ぼくの背をさすりながら、フランが何度も頷く。
「……翼が生える、兆候ね。クラウは他の王族より、ちょっと成長が遅いだけだったのよ。それはマリーネブラウも、ゲオルクだって、たぶんわかってたんだと思う」
 フランは腕を伸ばし、その指先をマリーネブラウに向けた。
「あんたとゲオルクは、この子を恐れてるのよ。赤い瞳の王子は『乱世の覇王』の相。そして覇王とは、この国に変革をもたらすもの。良くも悪くも、根本から」
「何の事か、わかりかねますわ」
「あんたたちは駆逐されるわ。この子が成長し、鮮やかな緋色の翼で飛翔できるようになったなら」
「夢物語ですわね。お謝りになるなら、今のうちですよ? あなたさまがいかに有能な魔道錬金術者でも、物理的な攻撃魔法はお使いになれないはず。闇のドラゴンにすら打ち勝った『陽光の聖女』マリーネブラウと、王宮近衛隊の包囲を破れまして?」
「……むかつくわ。お兄さまを裏切っておいて、何が『陽光の聖女』よ、幻獣サラマンダー!」
(もうちょっと我慢してね、クラウ。今すぐ、何とかするから)

 激痛に、気が遠くなる。フランの声が、夢の中の神託のように聞こえる。

 いつか、あんたが奪われてきたものを取り戻すがいいわ。大いなる炎の翼を得た、そのときに。
 だけど、それは今じゃない。
 今は――退きましょう。あたしが、守るから。

「幻獣グリフォンの力もて、我、火の精霊に告ぐ。我のかいなに集い、炎の縄となれ。幻獣サラマンダーと近衛隊を呪縛せしめよ!」
 フランの両手から、呪文とともに放たれたグリフォンの羽根は、金色に輝いて宙を舞う。
 思いがけぬ魔法の発動に、マリーネブラウは息を呑み――近衛隊ともども、炎の縄に拘束された。
「グリフォンの炎縛魔法――キマイラ騎士団の団長しか使えないはずのものを、どうして」 
 
 フランは、銀色の髪を揺すり、ユニコーンへと変化した。
 ようやく背の痛みが治まったぼくは、荷物を抱えて立ち上がる。
「フラン。今の魔法は……?」
「説明はあと。早く背に乗って。突っ走るわよ!」 
 
  † †

「つまりねえ、以前、ファイゼからもらった羽根を使ったのよ。それだけ」
 国境を越えてすぐ、フランは人間の姿に戻った。荷物を抱え、ぼくと並んでてくてく歩く。
 ここはエル・ヴァイセとルゥ・シャルムの緩衝地帯だから、追っ手がやってくる心配は、もうなかった。
「羽根なんて貴重なもの、よくもらえたね」
「最初はね、お花とか宝石とかお菓子とかみたいな贈りものをくれようとして、もらう理由もないから断り続けてたら、『どういうものなら、受け取ってくださるんですかっ!?』って言われてね。じゃあ、1年に1枚だけでいいので、あなたの羽根をくださいって答えたの。グリフォンの羽根なら、単品で火の魔法も発動できるし、魔道錬金術の材料にもなるしで重宝するじゃない?」
「……1年に1枚だけなのに、どうしてこんなに持ってるのさ」
 フランの手荷物の中には、グリフォンの羽根がびっしり詰まった箱が入っていた。羽根枕が作れるくらいの量だ。
「それがねぇ、以来、3日おきに1枚、くれるようになったのよ……。あの内戦が起きる直前までね。もう、在庫いっぱい」
「そのあげくに振っちゃったのか。ひどいなあ」
「仕方ないじゃない。ファイゼはもてるから、今頃は、東京で綺麗な女のひとに囲まれてるわよ、きっと」
「だと、いいけど……。あのさあ、フラン」
「何よ」
「……飛べないとさ、やっぱ不便だね」
「まったくだわ。遠いわねえソーンまでは……というか、ソーンに通じる『異世界洞穴』までは」
「だいたいフランは、計画性がなさすぎるんだよ。前々から言ってるけど、成り行きまかせで物事を決めるのって、良くないと思うよ?」
「ああそう。あたしはあんたのその、細かすぎて神経質なところがすごく嫌」
「……ぼくたち、たぶん、仲良くないんだよね……」
「仲良くないわねぇ。だけどあんたが王座についたあかつきには、あたしが宰相になったげるから、ありがたく思いなさい」
「いつの話だか」
 
 曲がりくねった細い道は、辺境の地を延々と縫うように続いている。
 異世界洞穴のあるルナフェルラ峠までは、まだ遠い。
 それでも――取りあえずは、前に進もう。
 2本の、足で。


  To be continued... (ソーンにて、お会いいたしましょう)
 
 
©CrowdGate Co.,Ltd All Rights Reserved.
 
| 総合TOP | サイトマップ | プライバシーポリシー | 規約