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クリエイター名  笹川瑚都
●サンプル:2(女の子視点)

【オリジナル短編】

 童話に出てくる王子さま。
 確かにあれは、永遠の憧れになる対象なのだと思う。
 自分の命も顧みず、愛するお姫さまを助けに向ったり敵に向っていったり……。
 今、私の目の前で流れている白雪姫だってそう。
 お妃の仕向けた罠に嵌まってしまった綺麗なお姫さま。
 そんな彼女も最後はたくさんの人たちに祝福されて、結ばれた王子さまと幸せに暮らす。

 私の理想像が、まさしくこれなのだと誰かに知られでもしたら……。

 あぁ、やっぱり恐くて言えない。



 閉店間際の書店で、私はいつものように泣ける恋愛話の本を物色していた。
 それもわざわざ、地元から四駅も離れたこじんまりとした書店で。
 近頃ではネットでも手軽に本を買えたりするけれど、やっぱり自分の手にとって、自分の目で見て確かめたいと思うから。
 けれどどうしても人目につくのが嫌だから、いつも遠出をしていた。
 店内の有線は既に定番の「蛍の光」に変わっていて、探すことに夢中になっていた私が慌てて店の中を見回すと、男のお客さんが一人レジにいるだけだった。
 ハーレクイーン並の甘い恋愛の本を一冊と、私の中ではバイブルになっている『眠れる森の美女』を二冊手にとって、レジへと向う。
 あと一メートル足らずでレジに着くというとき。
 私の足は反射的に方向を百八十度変えた。
「あれ? 浜里……さん?」
 ――最悪だ! よりにもよって、こんな状況で。
 極度の動揺のあまり落ち着けないでいる私の様子は、相手から見たらかなり挙動不審だろう。
 ……というよりも、相手に対して失礼かもしれない。
 けれど他人を気遣っている余裕なんて私にあるわけがない。
 呼び止められる声を無視して、私は一目散に本屋を飛び出した。
 買いかけの三冊の本をその辺に置き去りにしたまま……。


 うかつだった。
 まさかクラスメイトがいるだなんて思いもしなかったから。
 彼の実家なのだろうか。
 明日学校に行ったらどうしよう……。
 家に帰って少し落ち着いたものの、ベッドに入って横になると憂鬱になる思考に歯止めがかけられず、結局一睡もできないまま朝を迎えてしまった。


 未だかつてここまで登校拒否を起こしたことがあっただろうか。
 いっそのこと病気にでもなって入院して――いや、事故にでもあって記憶喪失になって――。
 ああ……思考が止めることなくどん底に落ちていく……。
 今日は体調が悪いから構わないで!
 教室に入るなり机にうつ伏せになって、そんなオーラを背中から発している私になど気にも留めず、問題の人物はやっぱり私の傍へとやってきた。
「浜里さん。これ……」
 少し遠慮がちに掛けられた声にしぶしぶ起き上がった私は、差し出されたものを見て再び固まる。
 “中西書店”と名前の書かれた白い紙袋には、うっすらと中に入っている本のタイトルが浮かんでいた。
「な、なっ……なに!??」
「昨日突然帰っちゃったから。買うつもりでいたんだよね?」
 特に気にした風でもないその様子に、さらに恥ずかしさでいたたまれない思いになった。
 お店では成人向け雑誌なんかも売っているから、こんなものでは驚かないんだろうか。
 けれど、それでも……私にとっては死活問題だ!
 なにしろ内容が内容だし、同じ本を二冊買うっていう時点で普通じゃない。
 しかもその本のタイトルが『眠れる森の美女』……。
「ひ、人違いじゃない!?」
 どう考えても不自然なほどにどもる声で言う私の姿が、余程おかしかったのだろうか。
 肩を震わせたかと思うと、とたんに横を向いて口元を覆って吹きだした。
「…………っ! なによ!」
「ごめん……っ。あんまり必死になってしらを切ろうとしてるからさ」
 反論するだけ時間と労力の無駄になりそうなだけみたいだった。
 思いっきりばれてるし。
 しかもそこまで笑うことないじゃない。
 口を尖らせて顔をそむけた私を見てようやく笑うのをやめた中西くんは、もう一度袋を取って私の手に握らせた。
「これ、読んであげてよ。せっかく浜里さんに選んでもらえたんだ」
 その言葉に、私はようやく目線を彼へと向ける。
「好きなんだね、『眠れる森の美女』」
 小さな笑みを含んで言う中西くんの言葉に、もう一度そっぽを向いた。
「笑いたければ笑いなさいよ。いまどきこんなベタな話の本ばっかり買ってる馬鹿なやつって」
 可愛くない言い方……。
 我ながら感心してしまう。
 とてもとても、恋愛ものの本を読み漁っている人間の口から出るような言葉には思えない。
 “――こんな素敵な恋に憧れているの”
 崇拝するヒロインの皆ならば、こんな風に言うだろうか。
 私の場合、口が裂けたってこんなこと言えそうになかった。
 やさぐれた態度をとる私の横で、中西くんは首を小さく振る。
「そういう意味で言ったんじゃないよ。誰だって好きなものは色々あるんだから、別に恥ずかしがることなんてないのに……そう思っただけだ」
 机に添えていた手を力なく離し、中西くんは私に背を向ける。
 気を、悪くさせたのだろうか……。
 遠ざかっていく彼の背中は、どこか影を帯びていて悲しげに見えた。
「待って!」
 なに呼び止めてるの?
 このまま放っておいてもいいじゃない。
 関わらない方がいいじゃない。
 とっさに出てしまった一言に驚いたのは、なによりも私自身だった。
「あ、あの……。ごめんなさい! きっと笑われて、からかわれるって思っていたから……だから……」
 でも、彼のあんな姿を見てしまったら、知らないふりをすることなんてできなかった。
 あんな態度をとったままでいることなんてできなかった。
「気を悪くしないで……」
 それでも少しづつ弱くなっていく私の言葉。
 やっぱり、恥ずかしい気持ちも大きかった。
「どんな話だっていいと思うんだ。ただ、自分がそれを好きでいてあげられるんだったら。……恥ずかしがることなんてない」
 立ち止まった中西くんは、さっきと同じような優しい眼差しで私を見ている。
「その本だってきっと喜んでると思うよ? 二冊も手にしてもらえたんだから」
 置き去りにしてきてしまった本を大事に労わる思いと、それを好きでいることを恥ずべきではないということを、中西くんは諭すように口にした。
 体裁ばかり気にしていた私に、大きく言葉が圧しかかった。
 彼の言うとおりだったからだ。
「今の浜里さんを作っているのは、やっぱりそれが好きだという自分なんだから。それを否定すると、本の存在まで否定することになるんじゃないかな。浜里さんが好きな、その本たちを……」
 本の存在を否定する?
 大好きな話の書かれた、この本たちを……?
「恥ずかしいと、思わない? これに憧れてるって知っても」
「思わないよ。僕だってホームズに憧れてる」
「王子さまとか……お姫さまの話でも?」
「僕もディズニーの映画だって見る」
 聞くこと全部に相槌を打ってくれる中西くんがおかしかった。
 なんだか、慰めてくれているみたいで。
 励ましてくれているみたいで。
 負の方向にしか向いていなかった感情が、少しだけど上向きになった。
 こういう考えかたをしてくれる人がいるんだって分かったから。
「ごめん。私、酷いことばかり言ったね」
「気にしてないよ。でも……浜里さんさえよければ、また店に来てやって」
 柔らかく微笑む彼の表情はとても穏やかで。
 温かいものをわけて貰った。そんな感じがした。
「ところでそれ、そんなに面白いの?」
 手にしたままの本を指差し、中西くんは興味深そうに尋ねてくる。
「べたべたな王道ロマンスだけどね。絶対にハッピーエンドだから、分かってるからこそ面白いの。王子さまもお姫さまも素敵だし」
 ついさっきまでの私だったら、こんな内容の話なんて絶対にできなかった。
 他の人たちもたくさんいる教室で。
 なのに今は、不思議なくらいに心が晴れやかだ。
「よかったら、読んでみない? そんなに長いものでもないから」
 二冊ある同じ本のうちの片方を手にとって彼に渡す。
 それは、オーロラ姫とフィリップ王子が幸せそうな面持ちで描かれている表紙のもの。
 中西くんは少し遠慮がちになりながらも、私の申し出を断わることなく本を手にしてくれたのだった。




 今日もまた、私は少しだけ人目を忍びながら書店へと足を向ける。
 彼が待つ、町の小さな書店へと。
 そこには、私のために色々と揃えてくれた本が置かれている。
 けれど本当は……彼に会いに行くための口実になりはじめているということを、私はどこかで感じはじめていた。

【サンプル:2 完】
 
 
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