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クリエイター名  黒崎ソウ
デフォルトサンプル1/(依頼)

東京怪談ゲームノベル:【この空の果て -Cry for the sky-】より抜粋。

「小さい頃ね。私はずっと、どうして空が蒼いのかを考えていたの。絵本の世界では『天使が空にペンキを撒いた』と書かれているし、小説では『空の向こうは鏡の世界になっている』とも書かれてある。
 大人達は『昔から蒼かったんだ』と言って、ほとんど相手にもしてくれなかった。寂しかったな。もしかしたら、そんな事を気にしているのは、世界で私だけなんじゃないかって。そんな事を考えてた」
 十五歳の少女は、名前を『藍衣(あい)』といった。
 黒い夏服を着た少女は、ずいぶんと長い間をこの場所で過ごしていたらしい。
 フェンスの向こうから人を眺め、変わりゆく空を見上げる。
 そうして少女は、心と体を三年前の夏に置き去りにされたまま『空の果て』を探し続けていた。
「それが……いつだったのかな? 『空が蒼いのは、地球を包んでいるオゾン層の色なんだ』って事を知ったのは。
 その時、私はなぜかとてもショックだった。ずっと知りたがっていたはずの事なのに、いざ知ってしまうと凄く悲しくて。『サンタクロースはいないんだよ』って、言われた時と同じぐらいにショックだったの」
 三年前の夏、少女は一人でこの場所に来た。
 目的はもちろん『ここから飛び降りる』ためだ。
 人とうまくコミュニケーションをとる事が苦手だった少女は、中学に入るとクラスメイト達から疎外されるようになっていった。
 距離をとっていたといえば響きはいいが、悪くいえばイジメの前兆のような傾向に、少女は日々耐える事が出来なかったのだ。
「知りたいと思った事を知ってしまった時、人は心の中で『何かが抜け落ちたような感覚』に気付くんだと思う。それは、知りたいものの事を考える事で、無意識のうちに心がバランスをとっていたからなんだと思う。逃避という訳じゃないけれど、知りたいものの事を考える、人は周囲の世界から自分だけの世界に入る事が出来たんだと思う。
 だから、人は『知りたい』と思う反面に『知りたくない』という気持ちが生まれるんだと思う。答えに気付いてしまったら、そこで全てが止まってしまうから」
 自分の中に存在価値を見出す事の出来なかった少女は、他人と違う『特別なもの』を捜し求めるようになっていった。
 それが『空の果てを探す』という夢。
 『空の果てを探す』という夢に浸るあまり、少女は現実の世界を生きる事が苦しくなっていった。
 そして、夏のある日。
 少女は『空の果て』に向かうためといって、この場所から飛び降りたのだという。
『……わたしは、寂し、かった』
 途切れながらも言葉を伝える少女は、私に全てを話してくれた。
 誰かに言葉を伝えたかったのだろうか。
 まるで零る水のように、少女の口から言葉があふれ落ちる。
 それは少し時間を必要としたが、全てを話し終える頃には、少女はわずかな笑みを見せてくれるようになっていた。
『……誰かに、教えて、貰い、たく、て。
 ……探し、て、も。探し、ても、見つから、なく、て。
 ……欲しか、った、のに。
 ……ず、っと。欲し、かっ、たのに』
「……『空の果て』を?」
 少女は頷く。
『……欲しくて、欲しくて、たまらな、かっ、た。
 わたし、だけ、の、場所。
 ……しあわせに、なれる、場所。
 あなたなら、その場所を、教えて、くれる、と、思、っ、た、から』
 少女の黒い髪とスカートが、冬の風の中で舞い上がる。
 夏服の姿がとても寒そうに見えるが、マフラーもコートもかけてあげる事が出来ない。
 その存在は不可思議な形をしていたが、私にとっては『一人の人間』と変わりはなかった。
 少女はすでに『人としての定義』の中に当てはまらない姿になってしまっている。
 だが、キミの『意識』は私に触れる事ができ、言葉を交わす事も出来た。
 私の言葉に表情を作り、一つ一つ言葉を返してくれる。
 人の『思い』がその場所にあるかぎり、私は誠意を込めて言葉を返したいと思う。
 強く留まり続ける『思い』に対し、少しでも力になる事が出来るのなら。
 それが、形をなくしたキミに対し、私が出来る唯一の事だと信じて。
「私は……キミの言う『空』の意味が何なのか、本当を言うと解っていないの。キミの『空』と私の『空』は、違うものだから。聞こえるもの、感じるもの、思うもの。そういったものが違うように、私とキミは違うから。
 キミがこの空に『何かがある』と信じているならば、きっとこの空にそれは存在して、『何もない』と思うのなら、そこにはなにもないんだと思う。それは『キミの空』であり『私の空』ではないから。
 キミがこの空の中に探している『果て』は、キミにしか見つける事が出来ない。酷い言い方かもしれないけれど、『同じ空の下』にいる私だけれど『違う空の下』で私は生きているから」
 私は視線を戻すと、少女に向けて言葉を続けた。
「私が見つけた『空の果て』は『夢』だと思う。夢を見る事、その夢を大切にする事。それは子供じみた思いかもしれないけれど、過ぎていく毎日を大切に生きるためには大事にしていたい思いだと思う。……本当に、子供みたいだけれど」
 少女は、私の言葉に小さく微笑みを向けた。
 何かを考えるように目を閉じ、細い手を胸の前で握り締めるような仕草をする。
 少女の体の向こうには、一月の空と低い街並みと一月の空が、薄いフィルターをかけたのように半透明になって映し出されていた。
『……わたし。
 小さい、頃、絵本を、読ん、だ、の。
 空、の、向、こう、には、天国が、ある、っていう、お話、を。
 ……そこ、は、とても、静、かで、人が、幸、せに、暮ら、している、って。
 天、国が、どん、な、世界な、のか、わたしは、解らな、い、けど……わたしも、そこ、に、行き、た、いと、思った。
 きっと、わたしも、幸せ、に、なれる、と、思、って。
 『空、の、果て』には、きっと、幸、せに、なれる、場所、がある、っ、て』
「……キミは」
 私の声に、少女が顔を上げた。
 私は、冷たくなってしまったココアの缶を握り締めると、首を上げて空を仰いだ。
 視界の中は蒼い空で埋め尽くされ、眩暈にも似た感覚が体の中を駆け巡る。
 まるで空が落ちてきそうな感覚に、私は思わず目を閉じた。
「キミは、見つける事が出来た?」
『え、っ……?』
 少女の言葉に、わずかな震えが感じられた。
 私は首を下ろすと目を開け、少女の姿を見つめる。
 わずかに目を細めると、少女の顔に動揺の色が浮かんだ。
 キミは笑う事も、私と言葉を交わす事も出来る。
 だけど、キミは『この世界の人じゃない』。
 かわいそうだけど、それがこの世界に存在する現実なのだ。
 キミは本当は、ここに存在してはいけないモノだから。
 私の言葉はキミを傷付けるかもしれないが、それでも私はキミに言葉を告げなければいけない。
 キミを、この場所から救うために。
 キミが望むもの、見つけさせてあげたいから。
「キミは、その『空の果て』を見つける事が出来た? キミはもうこの世界の『人』ではなくなってしまったけれど、キミの意思はまだこの場所に留まっている。それはどうしてなの?
 『まだ、『世界の果て』が見つけられない』でいるから?
 それとも、『『世界の果て』に行くのが恐い』から?」
『……わた、し。……わた、し』
 少女の声が震え、表情にかげりが見えた。
 うつむき、まるで何かをこらえているかのように肩が震える。
 長い黒髪が小さく揺れる。
 私に一番聞かれたくなかった事だったのだろう、少女と私の間にひどく長い沈黙が生まれた。
『恐……かっ、た』
 沈黙を破った少女の声は、とても弱々しいものだった。
 あいづちを打ちそうになる衝動をこらえ、沈黙する事で少女の言葉を待つ。
 私は、どうしても少女の心からの言葉が知りたかった。
 それは、少女自ら告げてくれるものだと信じていたからだ。
『恐かっ……たの。
 一人、で、『空の、果、て』に行く、のが。恐か、っ、た。
 ……誰、が、わたし、と、いっしょ、に、空に、行って、欲し、かった、の。……寂し、かった、の』
 その時、私はようやく少女の『本当の声』を聞く事が出来たと思った。
 『自分だけの世界』を探していた少女は、同時に『外につながる世界』をも探していたのだ。
 だが、彼女はうまく言葉を伝える事が出来ず、結果的に『自分だけの世界』を選んでしまった。
 憶測でしかないが、少女は命を経つ間際まで『外の世界』に憧れていたのだろう。
 その思いが強過ぎた結果、少女の意識だけがこの場所に取り残されてしまった。
 私は少女を見すえたまま、ゆっくりと言葉を続けた。
「キミは、私に何を望むの?」
 少女が大きく首を振る。
 まるで何かを拒絶しているかのようなその仕草に、私は再度口を閉ざした。
『……ない、の。……でき、な、い、の』
 少女の声に、嗚咽にも似たニュアンスが混じる。
 生理的ではなく、少女の意識が涙を流しているのだろうか、少女の髪と肩が小さく震えていた。
『あなたを……つれて、いこうと、おもった。
 ……わたしに、はじめてきづいて、くれた、ひと、だった、か、ら。
 ……うれしくて、うれしく、て、あなたと、いっしょ、なら、こわくない、と、おもった。
 そら、の、はて、も、こわく、ないと、おもった。
 けど、だめなの。できない、の。
 あなたのそら、と、わたし、のそらは、ちがう、から。
 わたし、は、そんなこと、したく、ない、の』
 少女の言葉に、私の胸が痺れるように痛んだ。
 少女は、道連れにする事の出来る人間を探していたのだという事に。
 死ぬのはとても恐い事だと思う。
 いや、その恐い事すら感じる事なく、大半の人は死を向かえてしまう。
 だが、少女の意識がこの場所に留まる限り、少女は『外の世界への未練』と『死の恐怖』に傷付けられていくのだろう。
 体だけが死に、心のだけが行きる。
 生きてもいないが死んでもいない。
 それは、生きる事、死ぬ事よりも苦しい事なのではないのだろうか。
「……ねぇ」
 声をかける私の唇が、無意識のうちに小刻みにふるえる。
 まるで、体中の血液が逆流をしたかのように、全身がふいに熱くなる。
 言葉をこらえようとするが、私は唇からこぼれる言葉を押しとどめる事が出来なかった。
「……私はキミに、なにをしてあげられる?」
 私の言葉に驚いたのか、少女が顔を上げた。
 なぜか、視界の中がにじみ、うまく少女の顔を見る事が出来ない。
 埃が目に入ったのだろうか。
 なぜか、まばたきすらもうまく出来なかった。
「キミは、私の言葉を受けとめてくれたから……。今度は、私がキミの言葉を受けとめる番。
 私はキミと一緒に行く事は出来ないけれど、生きている私だから出来る事はあると思うから……」
 気が付けば、私の頬を冷たい涙が落ちていた。
 なぜこんな感情になってしまったのか、私にも理解をする事は出来なかった。
 だが、何も出来ないまま少女と別れてしまいたくないと思ったのは確かだった。
 どうかキミに、本当の『空の果て』を見せてあげたい。
 それが、どうかキミにとっての『幸せの場所』となれるように。
『……あの、ね?』
 少女は告げると、その形の無い手で私の頬にふれた。
 触れた感覚などもちろんないのだが、少女の手が触れられた私の頬はなぜかとても温かい気がした。
『……見ていて、欲しい、の。も、う、一度、『空の、果、て』に、行く、か、ら。
 ……わたし、の世界、は、ここ、じゃ、ないか、ら。
 ……わたし、の、探、し、ている、空は、この、空じゃ、な、いか、ら』
 告げると、少女は私の頬から手を離した。
 やわらかな風が通り過ぎると同時に、少女の体がフェンスの向こうに移動する。
「……ぁっ!!」
 私はあわててフェンスに手をかけると、それを強く握り締めた。
 金網が掌に食い込み、皮膚に痛みが走る。
 それでも私は、フェンスを強く握り締めて声をあげた。
「見る……って! キミはもう一度『死のう』というの?!」
 私の言葉に少女が微笑む。
 フェンス越しに見える少女の顔は、数時間前に見た時よりも大人びた表情に変わっていた。
「……っ」
 理屈では少女の言葉を理解する事が出来るが、感情が追いつかない私は不自然に言葉をつまらせてしまう。
 少女に告げた言葉は私の意思であり、そこから何を感じ取るのかは少女の意思である事は充分理解している。
 だが、あまりにも直接的な『死』という感覚に、私は無意識に拒絶と恐さを感じていた。
 全身に、突き抜けるような痛みが走る。
 少女が死ぬ。
 体はすでに死んでいるために、ここでの死は『意識の死』を意味している。
 だが、少女という存在は『死ぬ』事により世界から消滅してしまうのだ。
 意識が死ぬ。
 『死』というイメージが心臓に強く圧しかかる。
 動悸が激しくなり、耳の奥から鼓動の音が聞こえる。
 行かないで欲しい。
 死なないで欲しい。
 キミとやっと逢えたのに。
 キミと言葉を交わしたいのに。
 同情とも思える言葉が、私の喉から吐き出されそうになる。
 だが、少女を見送る事が願いであり、望みであるのだとしたら。
「……っ!!」
 零れ落ちそうになる涙を唇を噛んでこらえる事が、吐き出しそうになる言葉を押さえ付ける唯一の抑制だった。
『……わたし、は、死ぬ、んじゃ、ないの。空に、帰る、の。
 わたしの、空、の、ある、場所、に。
 わたし、が、見、つけ、た『空、の、果、て』の、ある、場所、に。
 そ、こは、きっ、と、すてき、で、幸せ、になれる、場所、だ、か、ら』
 少女は微笑むと、両手を広げてビルの縁に立った。
 地上から吹き上げる風が、少女の長い黒髪と制服のスカートを大きくはためかせる。
 目を閉じ、その風を全身に受ける少女の姿は、まるで童話に登場する少女のように幻想的に見えた。
「……私はっ!!」
 掌に跡が残るほどにフェンスを握り締め、声をあげる。
 嗚咽の混じる喉ではうまく声が出ず、呼吸を繰り返す事で嗚咽を押さえ込もうとする。
 理性を保たせようと意識に言い聞かせるものの、一度暴れ出した感情を押さえ付ける事はひどく厄介だ。
 恰好悪い姿だけは見せまいと、私は少女に顔を見られないよう額をフェンスに押しつけた。
「私は……忘れない! キミの事を! 絶対に忘れたりしないから!!」
『……ありが、とう。……汐耶、さん。
 ……あなた、と、この、世界で、め、ぐり、合、う、事が、出来、て、うれ、し、か、った』
「……藍衣ぃっ!!」
 初めて呼ばれた名前に、私は弾かれたように顔を上げた。
 少女の体がフェンスから離れ、地上へと落下していく。
 視界の中を遠ざかる少女の体はゆっくりと光の中に溶けながら、最後は風には運ばれその形を大気の中に四散させた。
「……」
 私は、崩れ落ちるようにしてフェンスにもたれかかった。
 声は出ないものの、感情と共に溢れ落ちる涙が頬を伝い、コートの襟を濡らしていく。
 本当に、これで良かったのだろうか。
 私は彼女を救う事が出来たのだろうか。
 彼女の望みは叶えられたのだろうか。
 『空の果て』を見つける事は出来たのだろうか。
 もっと早く出会っていれば、きっと『違った空』を見せてあげられたのかもしれないのに。
 後悔にも似た感情ばかりが、私の胸の中に込み上げる。
 私は今、とても感情的になっているから。
 この涙が止まるまではこの場所にいよう。
 こんなにも情けない顔を、人前に見せるわけにはいないから。
 私は自分自身に向けて、涙を流す事を許すための嘘をついた。
 
 
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