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クリエイター名 |
流伊晶土 |
サンプル
☆女王の電話☆
それはとても大きな城だった。 僕はフリーライター。建国500周年を祝う行事を前にして、今日、女王を取材する仕事が入っていた。 門のスケールに圧倒されながら、僕は広い前庭を車に乗って進む。運転手まで声が届きそうにないほど細長い車。警備の者が両脇に座っていた。 玄関につくと、古風な城によく似合う執事が出迎えてくれて、中へ案内された。城の中、見る物すべてに圧倒されたことは、言う必要もないだろう。女王の部屋へ着くまでの長い距離、どこをどう歩いてきたのか覚えきれるわけがなかった。 扉が開く。赤で統一された豪華な女王の部屋。 控え部屋を2つ通りすぎると、女王がソファで寛いで待っていた。僕はのどがカラカラで、とても緊張していた。 「ようこそ」 「初めまして。お目にかかれて、光栄ですっ!」 歴代で最も若くして王位を継いだ方だ。その気品と美麗さに、僕は目眩を覚えた。握手する手がはっきり震えていた。 「建国500年、おめでとうございます」 「ありがとう。そんなに固くならなくてもいいのよ。お互い若い世代なんだから。ざっくばらん、な方が、取材もしやすいでしょう? さぁ、座って」 僕は、体が埋もれてしまうのではないかと思うほどフワフワしたソファに腰掛けた。取材の機材を準備する手が汗ばむ。 「写真撮影を断ってしまって、心苦しいわ。わたし、写真が好きではないものだから」 「めっそうもございません。お話を伺えるだけで、無上の喜びです」 「無上の喜び、ねぇ」女王は優雅に扇子を振る。 女王は僕の顔を見ている。僕はと言えば、女王のあまりの美しさに、まともに見返すことができないでいる。 「ではまず、1週間後に控えた、建国祭の・・」 勇気をふりしぼって僕がそう言いかけたとき、部屋全体が地震のように揺れた。驚いて立ち上がろうとした僕を、女王が制止した。 「動いては危ないわ。座ってなさい」落ち着いた態度。 しばらくすると、座っているソファを中心とした半径数メートルの床が、天井に向かって動き出した。驚いて上を見ると、ちょうど上昇する床と同じだけの面積の天井部分に穴が開かれていった。 注射器を押し上げているようなものだ。あっという間もなく、女王と僕を乗せた円形の床が、天井を抜けた。 座ったまま、僕たちは1階分、移動してしまっていた。 城にこんな機構が準備されているなんてそれだけで驚きだが、女王は顔色一つ変えていない。上の階へ突然上昇した僕は、まわりを見回して、さらに驚愕した。 オーケストラが、僕と女王を取り囲んでいたのだ! バイオリンやフルートを鳴らす、あのオーケストラだ。30人ほどのメンバーが、ソファに座る僕たちの周辺にスタンバイしていたのだ。 何が起こっているのか、僕には全然わからなかった。パニック状態だった。ただ呆然と辺りを眺めているだけだ。 指揮者が女王に軽く会釈をすると、女王は微笑み返して頷いた。指揮者がタクトをぷいっと振った。 それを合図に、オーケストラの生演奏が始まってしまった。何が起こっているのだ? 曲名は知らないが、有名なクラシック。その優雅な音色が、広い部屋いっぱいに響き渡る。 混乱しながら、それでも感動している僕の目の前を、一人の侍女が通り過ぎた。手には、フック式の高価そうな電話を持っていた。女王の前まできた侍女は、電話を女王に差し出した。 女王はオーケストラの音楽にしばし聞き惚れてから、おもむろに電話の受話器を取った。 その瞬間だ。 女王が受話器を上げたその瞬間、オーケストラの演奏がぴたっと止まった。電源を引っ張り抜いたように、ぴたりと。 「もしもし。……ええ、あら、そうなの。−−ええ、わかったわ。−−ありがとう、いえ、いいのよ」 女王が目を上げて、僕を見た。受話器を渡される。 「あなたに電話よ」 僕は深呼吸してから、電話に出た。 「もしもし……」 「おい、どうなってる? 取材はうまくいってるのか?」 僕に仕事を回してくれた編集長だった。いつも通りの彼の声を聞いて、僕は少しだけ冷静さを取り戻すことができた。 「……はい、いまから−−取材を始めるところです」 「まったく、なんで繋がってから20分も待たされるんだ? ええ? たかが電話だぞ? だいたい、お前が携帯を忘れていくからいかんのだっ」 「オーケストラを聞いていたんです……」 「オーケストラだぁ? 意味がわからんぞ」 「たぶん……たぶん、着メロなんだと思います。女王さまの豪華な着メロだと……たぶん……」
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