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クリエイター名  伊織
―― 最後の宴 ――


ある日届いた一通の招待状。
淡い桜色の柔らかい和紙に筆文字で書かれた内容。



――今宵月明りが灯る頃“千代桜”の最後の宴を催し候へば
   貴方様のご参加を心よりお待ち申し上げ候――



簡潔な文章からは余計な言葉はない。
差出人の名すらなく、どうやら直接届けられたものらしい。


“千代桜”
それは樹齢千年をも越すと云われている大桜。
だが然し……


――最後の宴


宴が行われていたという事実。
今でも満開に咲き誇っている千代桜に最後とは。
何よりその主催者は。

他に何か書いてはいないか裏を反すと
桜の花びらがひとひら、ふたひら
揺れて落ちた……。













視界いっぱにに広がる霊木、千代桜。
その泰然とし、雄々しくも何処か儚いその姿に
招待状を受け取った者は其々の想いを募らせる。


シュライン・エマは……

心に浮かぶ或る面影に想いを馳せ、
桜の枝ぶり、咲き誇る花、そして風に舞う花弁の音、
己の目と耳、五感の全てで以って己の特別な記憶として大切に仕舞う。
伝える言葉は“有り難う”。
刻まれたものは愛おしさと懐かしさ、そして誇らしさ……。


篠原・勝明は……

未だ散らずにいた桜に安堵し、
翁― 千代桜の精霊 ―に問う、逢いたいのは己ではないのでは、と。
全て事象は“廻”で表す事ができ例え姿が滅しても心は受け継がれ繋がって行く。
翁は云う、刻が過ぎ姿が変わろうと勝明は勝明、逢いたかったのは勝明だ、と。
受け継がれていくもの、それが流れとなり縁(えにし)となる……。


羽柴・遊那は……

桜に触れたい気持ち、先を見通す恐れ、自己の揺れる想い、
其れら感情の奔流が遊那を翻弄し心は千千に乱れる。
“縁”という翁の言葉により、触れ、見、向かい合うことで
己の信じる道に流れが在り、それを在るがままに受入れる事で
探し物に出逢える事を標される……其れは優しさがあるが故の通行手形。


草壁・さくらは……

狩野派の技術を以って千代桜を描く、
堂々としたその姿を、馥郁たる香りを存分に身体中で堪能し、酔いしれながら。
得てして其れが転魂の儀となり、“介錯”と為す。
同じ時を生き、そして散って逝く千代桜への高潔な誇りを見届けよう、と。
それが残される者の務めであると知る故に……。


斎・悠也は……

式神の童達と共に今を盛りに咲き誇る桜を、まるで眩しいものをみるように見上げる。
終わりは始まり、そして魂は流転する。縁は廻り、流れとなりやがて輪へと繋がる。
輪は環であり倭として和となる。
例え姿は滅しても残るものが在る、受け継がれてゆくものが在る。
だからこそその姿は幾年も心に生きるのだ、と。


皆の中にうつりゆく心象風景は其々のかたちを以って為してゆく。
想う事、其れは邂逅で在り、決意で在り。


千代桜の刻が放たれ花弁が舞いだす。
それはさながら雪の様。
白く冴えた月にも映え、光る様は幽玄をかもしだす。
執り行われる最後の宴。
それは千代桜、今生の大舞台 ―― 記憶を継ぐ儀。

ひとひらの花弁の浮かぶ杯を干した瞬間、
振る雪の如く舞い散る花弁が轟と渦を巻き皆を包み込む。
然しそれも直に止み、今度は霧の様に周囲を揺蕩いはじめた。

風に揺れ、降る花弁をふたつの小さな幼い手が追う。
白い水干、緋の袴、
廻り、廻りて童の歌。
それと共に幻灯の様に浮び上る人影、


さくら、さくら……


十二単、狩衣、
桜の元で繰り広げられる酒宴、
さんざめく声、衣擦れの音、



さくら、さくら……



大鎧、陣羽織、
桜の元で振り下ろされる太刀、
嘶く馬、飛び交う弓矢、



さくら、さくら……



二人静、道成寺
桜の元で花開く幽玄、
振れる袖、俯く面(おもて)、



さくら、さくら……



詰襟、着物、
桜の元で拡がってゆく開国、
攘夷の旗、倒幕の幟、



さくら、さくら……



軍靴、国旗、
桜の元で交される別れ、
家族の絆、夫婦の縁、



さくら、さくら……



朱塗りの傘、緋の敷物、
桜の元で催される宴、
心の道、刹那の永遠、



さくら、さくら……



さくら、さくら……



唄いながら、降る花弁を追いかけて舞う童。
水干の白、巫女袴の緋、夜桜の紫。
色と桜の乱舞。
朧の走馬灯が皆の間を通り過ぎる。
それは幻、為れど記憶。






千代桜、最後の宴…………










 
 
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