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クリエイター名 |
桔京双葉 |
瓦礫の街
傍らからはシャツを纏う、微かな衣擦れの音が聞こえた。 その時、襟を直し、立ち去りかけたと思われていたディーの声がした。 「もう一度前線へ戻っても、誰かが俺を覚えていてくれるだろうか」 瞬間的に、セアがディーの方を見た。 既にディーは背を向け、歩き出したところだった。 風が伸びかけたディーの髪を揺らしていく。 斜め背後から見えたその眼差しは憔悴していながらにして、それでも確かに前を見ていた。 ―再び、立ち上がる為に。 脆い心から形作られた、虚勢だけの嘘だとしても、あえてそれを選んでいた。 今は目の前で背を向けた男が吐き出した言葉のひとつひとつが重く、セアの心に打っていた。 幾度となく聴いた声と共に。 時折、本心を垣間見せるその声は、独特な低音の響きを持っていた。 嘘と偽りを持たず、過去に極限の死線を目にしながら、声そのものは激しさとは無縁で、常に何処かやつれていた。 それはある種の人間が見せる失望という、何らかの望みを失った者が抱きがちな直接的な悲壮感では無く、だからと言って、又、何かを嘆く事を吐露し、容易に曝け出してしまえるような、あけすけな弱さでもなかった。 焦土を空ろに見つめるような力無い眼と共に、見ようによっては、この国の倫理を最初から諦めているようにも見える、喉の奥から放たれるあの声を、もう覚えてしまった。 鼓膜の奥に直接触れるような声。 その声が言う。 断片的な欠片の中で吐き出された、脆い迷いを。
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