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クリエイター名 |
桔京双葉 |
祈りの涙
「……」 ディーが何か言い掛け、息を吸い込むのが分かった。 けれど、言葉は紡がれない。 言葉に窮している。 自ら身を引き剥がすべきか、ディーは迷っているのだ。 こんな風に触れ合った事を。 それが目の前の自分を受け入れ難いと思っていた筈の者からであれば尚更だった筈だ。 懐疑心すら感じているのかもしれない。 お互いに動く事が出来ぬまま、セアは目を閉じた。 ディーの身体の感覚が直に感じられた。 耳に届くのは、周囲の雑踏。 そうしてその往来のほんの僅かな隙間のような場所で。 幻灯の明かりの夜。 風の吹き溜まりというに似合いの、湿気を孕んだ風が僅かに流れた時、 「違う……そうじゃ……ないから」 精一杯、セアはそう囁いた。 か細い声だった。 ディーの片腕で支えられるような姿のまま、セアはそうして小さく首を横に振った。 その直後、不意にディーの腕が動いた。 ディーの腕が、セアの頭を自らの胸に強く押し付けさせていた。 そこから、ディーの指の間を通して、セアの長い髪がばらけ、幾筋も細く流れた。 ディーはそのまま、セアの顔を強く押しつけさせたまま、じっとして動かなかった。 「……」 セアはそのまま全身の力を失い倒れ込むようにして、その身体ごと、ディーへと預けた。 それから、セアは初めて泣いた。 何故なのかよく分からなかった。 ただ揺さぶれるような慟哭の中、喉の奥が締め付けられるような気がして、ただ涙が零れ、嗚咽で肩が震えた。 ディーがどんな顔をしていたのかは分からなかった。 だが、その腕の力が緩められる事は無かった。 片腕のまま、強く。 それだけが感じられた。 ―わたし、本当はなんて弱かったんだろう。 声にならないような声で、セアはそう呟いていた。
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