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クリエイター名 |
ともやいずみ |
ダブル・トラブル 〜ラブレター〜
現れた自分を見て、むぅ、と顔をしかめたツインテールの少女。名は……。 一閃。 彼女は構えた薙刀で、敵を切断してみせる。それを見届けた彼女の瞳から敵意が消えることはない。 この国には「妖魔」と呼ばれるモノが在る。妖怪、悪霊などというものの総称だ。 この国ではそれらを退治する者を「退魔士」と呼ぶ。 「君は……?」 少年はひどく驚いていた。 少女は倒した妖魔を一瞥すると、彼のほうを振り返る。その冷えた瞳にびくりとした。 「こんなとこでボーっとしてんじゃないわよ!」 怒鳴られて、眼鏡がズリ落ちた彼は少しだけのけぞる。 「君……って、転校生の、キリシマ……錐島さん、だよね?」 セーラー服の少女を見上げて、眼鏡を押し上げる江崎。 錐島と呼ばれた少女は目を細めて江崎を見遣り、視線を彷徨させた。 「……もしかして、あんた同じクラス?」 「そ、そうだけど……。もう一週間も居るのに憶えてないの?」 「だって憶える必要ないもの」 つんとした態度で言い放った少女は、持っていた金管楽器のケースを開く。そこに、武器である薙刀を折りたたんで入れるとケースを閉じた。 江崎は錐島に近づき、じろじろと彼女とケースを交互に見遣った。 「も、もしかして……君って、退魔士?」 「だったらどうだっていうの?」 彼女はさらに態度を硬くし、ぎろり、と江崎を睨みつけた。 江崎は焦って両手を振る。あれほど見事に武器を扱える彼女を怒らせるのはマズイ。ぜったい、マズイ。 「いや、べ、べつに……」 江崎は錐島の顔を見遣る。普段から不機嫌そうな表情をしているが、今はさらに不機嫌そうだ。 つい、と江崎の頬に冷たいものが触れた。ひやりとしたそれに、背筋が震える間もなく。 一瞬でケースから取り出された薙刀の刃が江崎の顔のすぐ横に在った。その妖しい光沢を放つ武器に江崎は青ざめる。 「なるほど」 錐島は不機嫌そうに笑う。 「分身してたってわけ。頭の回ること……。でも、あたしはあんたの攻撃より速かった……それだけで勝因になる」 江崎は動けず、その場で錐島の武器が軽く突かれるのを感じた。その先にある『モノ』は妖魔だろう。ソレはゆっくりと形を崩していく。 ここ最近噂が絶えなかった。 消えた女子生徒の幽霊が現れるのだと。 実際もう何人も行方不明者が出ているということで……。 まさか。 (それの原因が……妖魔?) 江崎は冷や汗を流す。 自分はただ、ラブレターが入っていて。それで、指定のこの場所に来たら錐島が立っていて。 なんで転校生がここにいるんだと思った。彼女がラブレターの主とは全然思わなかったのだ。 そこに妖魔が現れて、一瞬で退治されて。 「き、錐島……おまえ、一体……?」 「…………」 薙刀をひゅんと軽く回して地面に柄をつく。 「だから、見ての通り退魔士よ」 妖魔という、人間に害を成す敵を倒す者。 江崎が持っていたラブレターをひったくり、彼女は鼻で笑ってみせた。 「バカね……。こんなもので呼び寄せられるなんて」 彼女が手を離した瞬間にソレは消えてなくなってしまう。まるで、『最初からなかった』かのように! 呆然としている江崎の前で、彼女は説明する。 「裏山に愛の告白で呼び出す……か。えらく学習した妖魔だわ。喰った女子生徒の性格を参考にしたのね……」 舌打ちして、彼女は武器をケースに入れてしまう。もはや周囲に敵はいないのだろう。 「きり、しま……?」 「良かったわね、喰われなくて。男しか狙ってないみたいだったから、ちょっと見つけるのに手間取ったけど」 「なんで……?」 「あたしはただ、ここの学校の校長に頼まれただけよ。妖魔がいるなら退治してくれってね」 「おまえ……オレと同い年なのに……? なんでこんな危ないこと……」 「……」 錐島は少しだけ沈黙して、侮蔑したように江崎を見遣った。 「ぬくぬくと生きてるあんたには、一生わからない理由よ」 それが、江崎が錐島と喋った最後の言葉だった。 錐島薫という名の少女は次の日には転校してしまい、クラスにそのことを知らせたのは担任の教師であったのだから。 江崎は放課後の、誰もいなくなった教室を眺めた。 一週間前に転校してきた彼女は目を引く存在だったが、何よりあの鋭い敵意に満ちた瞳でじっくりと教室を見回したのが江崎の中に強く残っていた。 あれは獲物を探す瞳だったのだ。 大きな金管楽器の入りそうなケースを軽々と持って、ここの学校の制服を着て現れた少女。彼女は決して誰とも友達になろうとしなかったし、余計なことは喋らなかった。 わかっていたのだ。 妖魔を退治したらすぐにまたいなくなることも。 (炎のような、女だったな……) 燃え盛る、炎のような……。 ぽつんと空いた、クラスの一番後ろの窓際の席。 江崎は、窓から夕日に照らされたグラウンドを眺める。 (錐島……か) あれはもしかしたら偽名だったのかもしれない。いや、きっとそうだ。 彼女は「錐島」という名に反応があまり敏感ではないと、一週間の授業態度で思い出す。 (……また、どこかで妖魔相手に戦ってるのかな……錐島は) 自分の知らない世界が確かに存在していて。 そこに、自分は足を踏み入れかけたが…………すぐさま錐島薫によって元の世界に戻されてしまった。 それは悔しいような、勿体ないような……それでいて………………ひどく、怖いような。 夕日を目を細めて眺め、江崎は鞄を掴んで教室をあとにした。 もしも。 もしもあの世界にまた関わるとしたら……錐島という少女は姿を現すだろう。だがそれは。 (足を踏み入れちゃいけない…………) 教室のドアが閉まる音だけが、そこに響いた。
完
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