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クリエイター名 |
宮本圭 |
『罰』
罰(泥沼インセストタブー風)
これは罰なのだ。 冷房の効きすぎた病室のベッドに横たわる青白い顔があまりにもおだやかだったので、これはきっと罰なのだと僕は思った。 妹の死に顔がいっそ苦悶にみにくく歪んでいたならばせめて忘れたいと思うことができたのに。 苦しまずに逝ったと知ったようなことを医師に言われてどうしようもない怒りが喉元までこみあげたけれど、それを相手にぶつけられるほど僕は子供ではない。 いずれこの日が来ることはずっと以前からわかっていて、何度も夢に見て夜中に飛び起きたことがあったから、お世話になりましたと医者や看護士に頭を下げるのは夢よりもずっと簡単で拍子抜けした。 硝子窓の向こうで夏が死にかけている、そういう日だった。
一時間遅れて駆けつけた父母にあとをまかせて病院を出た。 いつもの癖で病棟のいちばん端の窓を振り返ってもそこから手を振る妹はもういない。 雲ひとつないにせものめいた空の色や湿気に重い風や目と肌を切りつけるつよい日の光を、妹は病室から眺めるばかりで実際にはなにひとつ知らなかった。
僕はせめて、なんとかしてそれらを妹に伝えようとしていつも立ち往生していたのだ。僕のつたない言葉の枷でとらえた夏は、夏を知らぬ妹にそれを教えるにはまがいものであり過ぎたけれど。 だからいつのまにか、言葉など必要ないようにくちづけて、誰にも知られぬよう病室でふたりきりの時間を過ごすようになった。 だけどアスファルトが照り返す熱の中あの窓を見上げても、寝台から起き上がって硝子越しに僕を見送る妹はもういない。 これは罰なのだ。
葬儀のとき僕は泣くだろうか。 妹は僕のことをどう思っていただろう。どんな形であれ、すこしは好きでいてくれたろうか。兄としてでも、家族としてでも――いっそ男としてでも。それとも過ぎた愛情と、加えて欲望すら妹に抱いているこの僕を、ほんとうは軽蔑していたろうか? けれど僕はおまえのどんな些細なしぐささえ目で追わぬことなど一度としてなかった。 にいさんと呼んで笑う声も疲れて眠る間際ふるえて閉じられる瞼も陽光を知らぬ青白い肌も。 かたくほそくもろい骨格は鳥の雛のようだと抱くたびに思っていた。
愛していたよ。
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