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クリエイター名 |
宮本圭 |
無題(学園もの百合風味)
無題(学園もの百合風味)
硝子ごしの夕映えが、無人の廊下のなにもかもを蜂蜜色に染めていた。スカートのプリーツをひるがえし窓枠の影を踏みながら聞きかじりの流行歌が自然と口をつきそうになって、あわてて口をつぐむ。軽薄なメロディは、いつもたおやかに笑む優等生にはふさわしくない。 姉の世津子が鼻歌を歌うところなんて、妹の自分にも想像できなかった。 「……またあなたなの?」 もっとも気取られぬための配慮はどうやら無駄だった。 「あら。ごきげんよう、東原さん」 ちょうどひとりで特別教室に施錠していた東原彩は、角を曲がってきた少女がほんとうは副会長ではないことにもう気づいている。 副会長の双子の妹は、なにかと病欠の多い姉のいない頃を見計らっては校内を出入りしていた。もっとも気づいているのは、なんとなくふたりの見分けがつく彩ぐらいのものだろう。 「校内は部外者立ち入り禁止だってあれほど言ったのに、仕方のないひとね」 静けさの溶けた廊下に彩の嘆息が落ちるのも気にせずに、副会長によく似た少女――美津子は、もう馴染みとなった女生徒に微笑みかけた。 「そんなにこの学校が好きなら、うちに編入したらどう?」 「ごめんだわ」 「警備の人を呼ぶことだってできるのよ」 「そうかしら?」 いかにも優等生じみた言い草に笑いがこぼれる。 「……そうね、呼ぶことだけはできるかも。でもそしたら私は、東原さんの勘違いじゃないかって主張するだけの話。 この学園の副会長の顔なら、校内の誰だって知ってる。部外者なんて誰も信じない。私が世津子じゃないって、あなた以外の誰に証明できるかしら」 上履きとリノリウムのこすれあう音は、ふたりの距離が縮められた証拠。 美津子に目の前に立たれて彩には逃れようがない。伸ばされた指先は橙に染まった頬を逃れて、残酷なほどやさしく切りそろえた髪のあいだを梳いた。貝殻のような爪が頬から首、首から襟の下へとすべりおりても彩は動けない。虫ピンでとめられた蝶のように。 背後の特別教室は、今しも彩自身が鍵をかけようとしていたところで。 「かわいそうな東原さん。きっと誰にも信じてもらえない」
彩が職員室に特別教室の鍵を返したのは、その一時間もあとのことだった。
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