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クリエイター名  葵 藤瑠
あなたを奪いに…

 村の存続の為に。
 人身御供のように輿入れが決まっていると聞かされたのは、十六になったその日の朝。
「うちはそんな話聞いておへん。うちがこの家を継ぐんやろ? 何で他の土地へ追い遣られるん?」
 声を荒げる事はしない。ただ、内に秘められずに漏れる怒りが、その逆立つ柳眉に現れている。
「お前なら、近隣の村との連結を図らねばこの村も危うい事ぐらい熟知しているはずやな?」
 子供だからと責任逃れをするのは赦さないと言外に込めた父の言葉に、膝の上で握り締めた指に力が篭る。
「大人の都合で未来を断ち切られる我が子の絶望を思いやれん親の、曲がった根性なんて、知らへんわ」
 父親を睨みつけ、立ち上がる。微動だにせず鎮座したままの父を視界からも抹殺し、その場を後にする。
 娘が紅の着物を翻して部屋を去った後、落ちた静寂に父親は息が詰まるのを感じた。血を分けた娘であるのに、いつも彼女の強い瞳には射抜かれてしまっている。
「……すまんが、後を頼んでもええか」
「御意」
 唯一人部屋に残された当主の静かな呟きに、何処からともなく男の返答が在った。


× × ×


 自室へ戻る途中、ふいに足を止めた。
 庭の植木へ目を遣って、何事も無かったように自室への襖を開けて中へ滑り込んだ。
 静寂が落ちた部屋の中、隅に控える黒い影についと顔を向ける。
「……何であんたが来るん?」
「傍に仕えるのが、私の使命ですので」
「それが聞きたいわけやない」
 幼い頃から傍に居て、その存在は当たり前に近すぎて。
 何時までも何処までも傍に居るものだとばかりに信じ込んでいた。
 この人の隣に並び立つのは自分だと、そう思い込んできた。彼も同じ想いで居てくれるのだと、そう、信じていた。
 だから、輿入れが決まった途端に急に余所余所しく接するその態度に腹が立つ。
「うちはっ!」
「それ以上口にするな。お前の立場が危うくなる」
 いつになく荒げる声を塞ぐように、抱きすくめられた。
 土と埃と。周囲に溶け込める無臭とも言える匂い。そして、彼独特の懐かしい香り。
「……一緒に行ってくれるん?」
「お館様が赦してくださるなら。……多分、無理やろうな」
 自嘲気味に漏れた言葉に、背中へ回された指に力が篭ったのを感じた。
 二人の想いを間近で見て知っているのだ。輿入れする我が子へ側仕えとして自分を送り出してくれるわけがないと、男は既に諦めている。
 こうして抱きすくめることが出来る時間も、もう数えるほどしかないだろう。
 小さな身体は暖かくて軽い。
 このまま攫って行く事が出来るのならば。
「判ってる。あんたが父様に逆らうことなんて出来んことくらい」
 だから、せめて。
「ごめんな」
 互いに名を呼び合うことすら赦されない。




 隣の村の次期村長は、穏やかな性格で人望厚い男らしい。そんな噂は風に頼らずとも届いている。
 だから彼の元へ嫁ぐのは幸せなのだと周りは囁く。誰にとっての幸せなのかと問うても明確な答えは出てこない。
 白無垢に包まれて楚々と出て行く小さな背中を見送ったのは、数日前のこと。
 空虚な心を抱えたまま、彼はその彼女の妹と式を挙げる。
 血筋で惚れたわけではない。
 それでも雇い主である村長に宛がわれたのならば否とは言えない。
 明日に控えたその大切な日に、漏れるのは笑みではなく吐息のみ。
「………」
「辛気臭いなあ、花婿さんは」
 不意に掛けられた声に顔を上げた。居るはずのないその人の声は、願望がもたらす幻のはずだ。
 顔を上げたそこに、はたして彼女の姿が確かに在る。
「なぜ……」
 呆然と呟く彼の顔を満足そうに眺めて、嫣然と微笑みを浮かべた彼女は、手を伸ばした。
「うちの旦那さん、他に好いとう人がおったんやて。せやからうちは正妻やけど、そのお人を愛妾にしてええかと訊かれたんで、その人を正妻にしたらええと言うてあげたんよ」
 愛おしげに頬へ触れてくる指を掴まえてその掌に口付け、男は目を細める。
 人の大切な人を奪っておいて、その彼女を差し置くような真似を赦してくれと申し出る厚かましい相手に向けるのは殺意以外のものはない。
「殺してやる…」
 漏れ出た声音にころころと笑い、女は彼の髪に軽い口付けを落とした。
「面倒なことばかり考える人やなあ。そんなんどうでもええから、うちと行こ」
 何処に、と尋ねる意味はない。外を知らない彼女に当てがあるはずがないから。
「普通逆やろ」
「あんたが来てくれんのが悪い。しかも何で結納済ませとるん?」
 柳眉を逆立てたきつい瞳に睨まれ、男は苦笑を漏らすしかない。
 確かにその通りだ。例え上司に頼まれたとて、全てに従う道理はない。
 ましてや、こんな状況になってしまっては。
「ほなら行くか」
 久方ぶりに浮かべた笑みは、多少引き攣ってしまったかもしれない。けれど彼女が返してくれた笑みに安堵した。
 掴んだままの手を大切に握り締め、立ち上がる。
 この部屋を一歩でも出てしまえば二人揃って裏切り者だ。
 追っ手も掛かることだろう。
 だが、二人にとってそれは些細なことに過ぎない。
「月が綺麗やなあ」
「明るすぎやろ」
 人目を盗んで逃亡するには向かぬ月光に、けれど男が浮かべるのは晴れ晴れしい笑顔。


 さあ行くかと一度床が軋む音を響かせた後は、何も残らない。
 
 
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