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クリエイター名 |
山口閑太 |
サンプル
真円を描く月の下、閑静な住宅街を風のように通り過ぎる影が二つ―――
宵闇が支配する、静寂に包まれた町外れの公園。二つの影はそこに辿り着いた。 「……あーあ。絶対この辺りだと思ってたのになぁ……。」 重さというものを感じさせない軽やかな動きで飛び上がり、ジャングルジムのてっぺんに降り立った影は、辺りを見回しながら心底疲れたといった声音で呟く。 月の灯りに照らされて浮かび上がるは、肩の辺りで切り揃えられた漆黒の髪を風になびかせ、中空を見やる端正な顔立ちの少年。 年の頃は十二、三歳であろうか。彼の纏っている服は、純白の水干に同色の袴。あたかも平安時代から抜け出てきたのかと思わせるそれは装束、という表現の方が適切かもしれない。 「仕方ないよ兄様……そう簡単に見つかるなら、苦労しないって。」 やや遅れて到着したもう一つの影は、やはり重力など存在しないかのようにふわり、とジャングルジムに上り、少年の隣へと腰を下ろした。 兄と呼ばれた少年と同じ顔、同じ姿―――異なるのは、ほんの少しだけ兄より高い声と、ほんの少しだけ自己主張する胸元の膨らみ。 「ま、そりゃそうか。この程度で見つかるんだったら俺達が出向くまでもなく、母様の術で見つかってるよな。」 おどけて大仰に肩を竦めてみせる兄に、妹はくすくすと笑みを零す……が、すぐに真顔になって呟いた。 「でも……早く見つけないと。私達がこちらにいられる時間は限られてるんだよ?それに……あの子、きっと一人で心細い思いをしてる。」 哀しげに眉を顰める妹を見やりながら、兄も険しい表情になる。 「そんな事分かってるよ。だけど……なにぶん手掛かりが少なすぎるからなぁ。」 顎に手を当てて考えあぐねる兄を、妹は不安そうな面持ちで見つめていた。 「大体母様にも見つけられなかったものを、俺達だけでどうやって見つければいいんだよ……。」 ぶつぶつと呟きながら、少年は懐から藍色の飾り紐が付いた小さな鈴を取り出す。 指でつまんで軽く振ってみるものの、鈴からは何の音もしない。 『この鈴をお持ちなさい。もし近くにあの子がいれば、その気に共鳴して知らせてくれるでしょう。』 鈴を彼らに託した時の、母の哀しげな眼差しが脳裏を過ぎて二人は黙り込む。
―――それは一年ほど前のこと。いつものように兄妹三人、外で遊んでいた時に悲劇は起こった。 『よし、あの木の下まで競走だ!!』 丘の上の一本松を指して駆け出した兄に、二人の妹も慌てて走り出す。 時を同じくして生まれた筈の三人であったが、少しばかりおっとりとした気性の末の妹は、次第に二人と距離を離されてしまう。 『待ってよぉ、兄様!!姉様!!』 遅れをとるまいと必死に追いかけるその足元に、突如音も無く発生した巨大な地割れ……それは時折現れる、彼らの住む世と、理を異にする世を結びつけてしまう次元のひずみ。 『危ない!!』 背後に漂う異様な気配に気付いて振り返った兄が慌てて叫んだが、時既に遅し。 『きゃああああぁっ!!!』 ぽっかりと口を開けた奈落は彼女の悲鳴をも闇へと呑み込み、そうして現れたときと同じように忽然と消えていった。 後には、為すすべもなく呆然と立ち尽くす兄妹二人が残されるのみであった……。
事の顛末を聞いた母は愕然とし、そして直ぐに失われた娘の行方を追った。 都随一の術師たる彼女の卜占により、辛うじて命が無事であるという事は判ったものの、その強大な力を以てしても居所を特定する事叶わず。 状況が許すのであるなら、すぐにでも異世界へと赴き、探したかったであろう。 だが、都を守護する術師の要というその立場ゆえに、母はその地を離れる事を許されなかった。 『世界を異にしているけれども、あの子は生きている……それが分かっているだけでも満足です。それに貴方達がいてくれるから、母様はちっとも寂しくありませんよ。』 そう言って、二人には以前と変わらぬ愛情を注いでくれた母であったが、時折空を眺めては、失われた子に思いを馳せているのを二人は知っていた。 ……そんな母に代わって二人が末妹の探索を買って出たのは、十日ほど前の話。 頑なに反対する母を何とか説得し、三十日という期限付きでこちらの世界に来る事を許された。 『良いですか?あちらは私の術が及ばぬ世界ゆえ、決して無茶はしないこと。このうえ貴方達まで失う事になったら、母は耐えられませぬ。』 二つの世界を繋ぐ道を開きながら、母は不安げな眼差しで二人を諭す。 『先程渡した鈴は、あの子を探すと同時に、この世とあちらを繋ぐ絆でもあります。三十日経ったらそれを媒介として貴方達を呼び戻す術を行いますから、決して無くさぬよう、肌身離さずお持ちなさい。』 『分かりました、母様。次に此処に戻ってくる時は、必ずあの子も一緒に連れ帰ります!!』 『ええ……頼りにしていますよ、二人とも。』 優しく微笑む母に見送られ、そうして二人はこちらの世界へと足を踏み入れたのであった。
うー、わんわんっ!!! 静寂は、公園に漂うただならぬ気配を敏感に感じ取った散歩中の犬の吠え声によって破かれた。 「やばっ!!逃げるぞ!!」 少年は慌てて立ち上がると、虚空へと向けて身を翻す。 「待ってよ兄様!!」 続いて少女も腰を上げ、急ぎ兄の後を追った。 「こらっ!どうしたのさ!!静かにしろっ!!……猫でもいるのか?」 夜空を見上げて吠え続ける犬を慌てて制しようとした飼い主の青年は、犬の視線を追って上を向き……そして、絶句する。 彼が目にしたのは、満月を背に宙を駆ける二つの影。 ぽかんと口を開けているうちに、それはふっ、と姿を消した。 「何、今の……??まさか幽霊っ!?」 我に返った青年は、困ったようにくぅん、と鼻を鳴らす犬を抱き締めながら問うのであった。
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