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クリエイター名 |
あきしまいさむ |
(集合型・時期ネタ商品サンプル)
『いざサクラ舞う戦場へ』
-オープニング-
編集部内は今日も一見乱雑としている。 競うように唸りを上げるOA機器達。 写真はまだかよ原稿はまだか、書いてくださいよお願いしますよ先生、コノヤロー次の仕事まわさねえぞ、など等飛び交う罵声。
いつもならその中心で、アルプスを越えるナポレオンの如く陣頭指揮をとっているはずの碇麗香。 『可能にせよ!』と実際に言いかねない彼女。
……はなぜか、デスクにあごをついて沈んでいた。 普段とのギャップもあり一段と浮いて見える。 「貧乏クジひいちゃったわ」 小さくため息をつき、髪を掻き揚げてから俯き加減でいたことに気付く。 「あーあ……誰に頼もうかしら」
そこへ三下が原稿を持ってきた。 「あ、あの、上がりました、その、一応、一応ですけど……」 その姿はまるで0点の答案をお母さんに見せる小学生である。 「んー。いいわ、そこ置いといて」 「へっ!?」 轟雷さながらの叱咤と、奥義『即刻シュレッダー送り』を覚悟していた三下は思わず間の抜けた声をあげる。 「さんしたくんの原稿なんか今はいいの。さっきの会議で面倒なことになっちゃったのよ」 「は、はぁ」 麗香は横目で三下を見やる。 (こいつで大丈夫かしら。大丈夫なわけないわよね……といって今は他に手の空いてるのもいないし)
「で、さんしたくん。行ってほしいところがあるんだけど」 「ひぃっ! ここ怖いところだったら嫌ですよ! 絶対に嫌ですっ」 脊髄反射に近いスピードで返答する三下。 「……ああ、大丈夫よ怪奇のたぐいには無縁なとこだから」 「へ。どこですか」 「某Z公園よ」 「公園ですか?」 「のんびりしてこいとかじゃないわよ? 花見の場所取り頼みたいのよ、場所取り。ウチの編集部に順番回ってきちゃってね。できるかしら?」 安心感からか、彼とて仮にも成人男子、男としての面子があるのか。 珍しく(いやこれが初めてかもしれない)三下は勢いよく答えた。 「ば、ば馬鹿にしししないでください! いくらなんでもそのぐらい僕だって出来ますよ!」 どもりまくりだが。 「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない。じゃ、お願いするわ」 「ビニールシートひいとけばいいだけじゃないですか」 「じゃ、早速行ってきて。社の倉庫に備品あるから……」 「わかりました、行って来ます!」
「ま、うまくいけば御の字、ってとこね……あ」 忠告を忘れていた。 「さんしたくん、わが社は激戦区の一等地狙いよ。ある意味でものすごく怖いかもしれないから」 といいながら振り向いた彼女の前に三下は既に居ない。 代わりに廊下でド派手にこける彼の悲鳴が響いた。 「……やっぱり心配だわ。隅っこすら取れないかもしれないわね」 立ち上がり、編集部内を見渡して叫ぶ。 「誰か手伝ってやろうって人いない!?」 ――みごとな静寂――。 お伴が三下では無理もないか。
「うーん、一等地独占できれば、部外者だろうとなんだろうと経費めいっぱいの酒肴を馳走したげるのに」 そう呟いた瞬間、やる気を全身でアピールしながら数人が麗香の元へ歩み寄ってきた。
「……あなた達、現金ね」
■-なんだかXXXな志願者たち-
「花見、ねえ。なかなか風流じゃないですか。さらにタダで逸品の酒肴が堪能できるとあっては、楽しめそうですね」 そういって協力を申し出たのは、艶のある金髪を気品を感じさせるスタイルにセットした青年。 美目秀麗、という表現がピッタリの容姿。 ウィリアム・コート。 スーツにカラーシャツといういでたちながら、全体の着こなしの良さと全体にタイトなセレクト。 ルーズさは全く感じさせない。 「まあこう見えてカウンセラー、話術には自信がありましてね。それ以外にも……まあお楽しみ。お力になれると思いますが?」 言葉自体は丁寧なのだが、どことなく口調に他人を見下しているような雰囲気がある。 しかしそれは自信の表れの可能性もある、そう碇麗香は判断し、逆に頼もしく思った。 「よろしくお願いするわ。体格からしてもその辺のには負けそうにないし」 「それには私のような美形より強面をあてたいところですがね……まあそのへんは成り行き、ですね」
「いやいや、酒は私が用意しよう!」 不思議に中性的な声が響いた。 二人が振り向くと狩野・宴(かのう・えん)がどことなく楽しげにこちらへ足を運んでいる。 その声とは裏腹に、青年に見える。 「まあ私としては編集部のヴァルキュリアにして麗しきヘレナ……麗香ちゃんとの楽しいひと時を所望したいところ、なんだけどね。ご馳走よりも」 そういって、好色とも蠱惑的ともつかない視線を紅い瞳から麗香に向ける。 「……まあ動機はどうあれ手伝ってくれるのなら歓迎よ」 「そう冷たくしないでおくれヘレナ。私の愛は……」 宴のかなりあからさまに芝居がかったセリフを麗香はあっさり遮った。 「三下君が場所確保用の物資を取りに、地下一階の社の倉庫に行ってるわ、手伝ってきてあげて頂戴」 「もう、つれないなぁ」 「じゃ、行きますかね。狩野宴さん、でしたか」 「ん、えーと、そうそうウィリアムくん、か。多分すぐ名前忘れるけど怒らないでね」 我流カウンセラーと女好き心理学博士。 こうして似ているようで似ていない二人は、地下へ向かったのであった。
■-早くきた男-
某Z公園。 小さな湧水を整備したこぎれいな池の周りには、梅や桜が植樹されている。 オフィスビルの多い都心から程よく離れ、ベッドタウンへの公共交通機関にも恵まれている。 さらには、郊外にありすぎるでもなく大学等が付近にないこともあって、新歓コンパや体育会系サークルの花見など……若さに任せた学生の狂宴の騒がしさとも無縁である。 しかも歩いて2分とかからないところに酒屋が二、三あり。 サアいざ我が社挙げてのお花見だ、となれば此処が激戦区となるのは必然だった。 狭い穴場だからこそ、ここを狙う各社の希求は非常に高い。 早い話が――そう、どこも必死なのだ。 桜のつぼみが息吹きはじめた直後の週末前は、まさに戦場となる。
しかしそれもその時の話。 今はまだ平日の昼下がり。 子供を遊ばせている付近の母親達やカップル、地域の写生グループなどが、それぞれ思い思いにのどかな午後を過ごしていた。 「ふぅ、落ち着きますねぇ……」 シオン・レ・ハイはびんぼー故に持参の水筒から緑茶を注ぐと、こくりと喉を潤しほっと息をついた。 ベンチの上で柔らかな陽光に包まれ、湖面を渡ってきた涼やかな風に頬をさらす。 春独特の、青く生ぬるい萌芽の予感に満ちた空気を吸い込んで、ついウトウトとする。 血を透かして赤いまぶたの裏で、フィルムの切れ端のようなピンク色の花びらがひらひらと……。 「ハッ!? いかん、ここで眠ってはいか……ん……」 襲い来るまどろみの帳の中で、使命感だけが空しく抵抗する……。 またも彼は黒髪を揺らしこっくりこっくりやりだした。 ――話はすこし遡る。 社の倉庫からビニールシートやらなんやらを運び出しに三下達が向かっている間に、シオンは自分が先行して泊り込むことを申し出た。 全てはタダメシ、タダ酒のため。 しかし、碇麗香はその申し出に少し驚いたような表情を浮かべた。 「ありがたいんだけど……」 シオンの風貌をざっと見て彼女は少し考え込む。 黒を基調にシルバーでまとめた服装。キマっているがカジュアルとは程遠い。 表情にその温和な微笑が無ければ、強面と言われても仕方無い。 その彼が数日公園に泊まりこんでいたら、不審者と見られかねないではないのか。通報されたら誰が責任を取るのか。 が、彼女の鋭い知性は素早く、手段よりも結果への可能性、と結論を出した。 「じゃあ、行って来て。但し。場所取りに専念してよね」
■-蜂は怯える-
所変わって。 ここは新宿、黒澤組事務所。 蜂須賀・大六(はちすか・だいろく)は普段の居丈高、唯我独尊な彼からは想像できないほどにか細い声で受話器を手にしていた。 「はい……はい、存じております。Z公園ですね。はい……必ず。必ず確保します。はい。では、失礼致します」 受話器をゆっくりと置く彼の手首に、高価そうだが世辞にも上品とは言えない金時計が光る。 かすかに断続して響く金属音――それはその腕時計が発している。 そう、受話器を置く彼の手は震えていた。 こめかみが汗に濡れている。 「……おい」 そんな大六の様子を最も近くで不思議そうに見ていた若い組員に、打って変わってドスの聞いた声が飛んだ。 次の瞬間には大六の手によって自分は死んでいるかもしれない、この人にはそれができる。 そう直感して組員は体を固くする。
ヒットマン、殺し屋としての蜂須賀大六の名は、この世界では生きた伝説と化していた。 受けた仕事の完遂率は100%。 彼に狙われた標的はことごとく、横たわる巨大なミンチのように、人としての原型を残さず殺られている。 しかし大六は手ぶらでちょっと買い物のような足取りででてゆき、そして同じようにぶらぶらと帰ってくるのだ。 返り血ひとつ浴びずに。 どんなエモノを使っているのか。 そもそもそんな事が可能なエモノは存在するのか。 彼のデーモン、『ホーニィ・ホーネット』による無数の攻撃端末の一斉射撃により屠られた結果とは彼自身しか知らない。 蜂須賀大六は人間ではないという噂さえ大真面目に流れた。 半分は当たっているわけだ。 恐怖ゆえに、組を抜ける当時、組織内の地位ではチンピラに過ぎなかった彼を止める者はいなかった。
……であるから、いまはいわば客分として黒澤組に出入りしている。
「召集をかけなさい」 大六の声に組員は我に帰る。 「しょ、召集、ですか? マジっすか?」 所詮気負いの職業である極道とはいえ、特対法以来どこもそれなりに大人しい。 突然の召集など、よほどの緊急事態でなければ無いことだ。 「急ぎです。二十分以内に事務所に来れるヤツ全員呼びなさい」 「でもその、抗争なんて話、もうとんと聞かないすけど……」 瞬間、大六は足元にあったスチールをハデに蹴り転がした。 「急ぎだっつったでしょう!? とっとと召集かけなさい!! もたつくならあなたぶっ殺して俺がやりますかァ? ああ!?」 「ひっ、すいません! かけます!急いで召集かけます!」 あまりの大六の迫力、いや殺気――限りなく殺意に近い殺気――。 その怒号に半泣きしそうになりながら、詰めている組員達は急いでダイヤルを回し始めた。 「それからあなた、今事務所にある実弾、全部用意しなさい」 「実弾というと、どっちの……」 「両方ですよ! 両方!」 つまり、現ナマと、文字通りの銃弾と、である。 慌しく動く組員達を背に窓の外を眺め、大六は爪を噛んだ。 実は花見の場所取りでした、などといえばこいつらは協力しないかもしれない。 しないならば、この場で『ホーニィ・ホーネット』で全員モノ言わぬ死体になってもらうだけだ。金が要る。銃はブラフだ。 何人集まるか知らない。しかし大六は、ヤクザ風の集団が発する見た目の威圧感の力をも計算に入れていた。 使えるものは全て使い、花見の一等地を確保するのだ。 そうでなければ、俺が殺される。 『暗闇坂のご隠居』に、紛れなく、確実に……。
■ -会同-
シオンが確保しているはずの場所へ、三下一行は到着した。 したのだが。 途端に全員を沈黙が包んだ……。 正座して、シオンが予定場所をきっちりキープしている。 それはいい、それはいいのだが――当のシオンの様子が尋常でない。
なぜか彼のまわりには『幼稚園児が書いた魔方陣』という形容のぴったりな地上絵が描かれている。 「あの、シオンくん。おーい、起きてる? これ、なに?」と狩野宴。 「あ、い、いえ……これだけアートな地上絵を描いておけば、足跡で消したくないじゃないですか。だから、場所取りにいいと思いました。会心の出来ですよ! 見事誰も立ち入ってきませんでした!」 枯葉や泥を体のあちこちにつけて、目の下にくまをつくり――そのくせ機敏にビシッ!! と親指を立ててみせて笑うシオンは、さらに近づき難かった。 「それはその。うーん。あはは」 「お見事、いやその、ご苦労様……」 さすがに一晩中、正座して場所を守り続けた彼に 『それは、単にあなたが容易に近づき難いオーラを発していたからですよね?』 とは誰もいえなかったし、言う必要もなかった。 そう、彼はやり通したのだから……。
「さて、まずはビニールシートを引きましょう」 そう言ってふらふらと立ち上がるシオン。疲労は濃そうだが、言うことはもっともである。 ビニールシートとダンボールで、面的に場所を確保しなければならない。 「ん〜。そうだね、じゃ三下くん、よろしく」 「ぼ、ぼくがですかぁ」 宴が荷物もちにたいして全く協力しなかったのと、道中ウィリアムから『ほらね、だからアナタはダメなんですよ』と何度も論破され、三下はいろんな意味でバテていた。 「ほらほら、シオンくんがこれだけがんばったんだからさぁ」 「宴さんは何もしてないじゃないですかぁ……」 「私は私でがんばることがあるんでね。フフ。ほらほら、ちゃっちゃっとやっちゃって」 そう言って宴は、公園内の女性を遠目で物色し始めた……。 「セッティングでさえ役立たずだった、って編集長にチクっちゃいましょうか」 流し目を送りながらボソッと呟いたウィリアムの言葉に跳ね上がり、三下はガムテープを取り出し、『必死』という形容がこれ以上似合うさまはないだろう、という勢いで作業を開始。 半ば脅されているゆえの働きとはいえ、一等地の確保はそれなりのスピードですすんで行った。 それなり、というのは三下が畳んであるシートで滑ってこけたり、焦るあまりガムテープでもみくちゃになったり、相変わらずのドジっぷりを発揮しつつだったからなのだが。 それでも、確保は完了したのである。 これは三下が唯一役に立った貴重な前例として、後世に語り継がれていくことだろう……。
■-巣は突つかずとも襲い来る-
「ん、これでまあ、OKかな? 見た感じ」 宴はどこから出したのか、ホワイトレディでちびちび唇を濡らしながら桜を楽しんでいた視線をスペースに戻した。 「まあね、これだけスペースがあれば大丈夫でしょう」 そう言ってウィリアムは、スーツの袖に舞い落ちていた桜の花びらを白い指で愛でている。 シオンは……やはり寝不足がたたっているのか、シートの上でぼんやりと桜を眺めていた。 「やった! やりましたぁ……」 三下が息をつきつつも達成感にひたろうとしたその時である。
……固い靴音がこちらに近づいてくる…… それも一人や二人ではない。 十数人の。
「場所取りご苦労さまです。しかし悪いがその一等地、我々に譲っていただきましょうか」 蜂須賀大六はゆっくりとアトラス組の前へ歩み出た。 「こっちにものっぴきならない事情があるんですよ」 その後ろには大六が急いでかき集めた、一目でその道の者とわかる組員が並んでいる。 「ひぃ」 いくら奇怪な怖いものを見てきたとはいえ、そもそも根が怖がりである三下は早々に蹲って震えだした。
「……ハナシが見えないね」宴が呟く。 「どういうことです? たかが花見、カタギの楽しみを暴力で奪うなんて」とシオン。 「言ったでしょう、のっぴきならない事情があると。もちろんこちらも、徒に事を荒立てたくない。おい」 大六は、あごで後ろに控えた組員に合図した。 銀のアタッシュケースが、地面にドンと投げ出される。 「……?」 「とりあえず五千万。同じ金額を詰めたケースを、後ろの奴が10近く持っています。お好きなだけ要求してくれて構わない。どうです、これでその一等地、譲ってもらえませんかね?」 ――これで退いてもらえなければ、俺は死ぬ。 高圧的な口調と裏腹に、蜂須賀大六は祈るような気持ちで返答を待った。
「いやあ、フフ。お金はどうでもいいかな。なによりこの場所譲っちゃったら、麗香ちゃんに怒られちゃうし」 この場の雰囲気から完全に逸脱した陽気なトーンで最初に返答したのは宴。 「申し訳ないですが、下衆が暴力でかき集めた金にたかるほど困ってもいないしプライド無しでもありませんのでね」 見下すような視線を蜂須賀達に浴びせながら、ウィリアムが答えた。 「お金より……食べ物ください。お腹すきました」 とシオン。朦朧として金銭から食べ物に、という発想が思い浮かばないのか、誇りなのか。ともかくやはり眠そうだ。
怒気を押し殺していた大六の表情が一変した。 額に血管を浮かせ、頬がひきつっている。 「馬鹿な人達だ。これが最後のチャンスだったんですがね。おまえら、腕ずくで排除しなさい」
■ -ちょっと過激なカウンセリング- 「せっかく花があるのにむさい男と喧嘩。気が進まないな、私」 一体状況がわかっているのか、宴は全く関心なさげである。 「はぁ……宴さんにやる気がないんならしょうがないな、シオンさんはお疲れだし。男の相手なら、私がやってあげましょうかね」 腰を抜かして震えている三下とチンピラどもの間に、ウィリアムは何気ない足取りで進み出た。 シャツの裾をなびかせ、スーツに包まれた長身をふわりと組員どもの前に晒す。 「私達の縄張りを奪おうってんなら容赦しません。安心しなさい、顔は傷付けないでおいてあげますよ。まあ、戦いもコミュニケイション。なぜあなた方がダメなのか十分カウンセリングして差し上げましょう」 そう言って金髪をかきあげながら、優美な微笑を浮かべるウィルアム。 「……お代が高くつくかどうかはアナタ達次第、ですかねえ? フフ」 およそ今から戦おうという男のものではない。 そんな彼の表情は、チンピラ達を一瞬困惑させた。が。 「ヤサ野郎が、顔は傷つけません、だ!? ナメてんのかコラァ!」 「おやおや、このクライアントとはなかなか信頼関係を築けそうにないですねぇ。ちょっと手荒くなっちゃうかも」 そう言ってまた笑うウィリアムに、正面のチンピラが痺れを切らしたように殴りかかる。 「ッラア!」 「おっと」 視界に迫る拳を、軽くステップしてウィリアムはかわした。 大股で思い切り踏み込んだチンピラに対し、彼は横に半歩動いただけだ。 チンピラは一瞬、視界の端から消えたウィリアムを見失う。 「緊張してますね。周りが見えていない。ほら、もっと肩の力を抜いて、リラックス……」 耳元で囁く。 「な、ナニわけわからんこと、ぬかしやがって!」 相手の得体の知れなさに恐怖した自分を誤魔化す様に振るわれたチンピラの左パンチの軌道を、ウィリアムは少し腰を静めただけで外す。 「うーん、わかってもらえないなぁ。非協力的なクライアントだ。お代は高くなりますね、それじゃ」 多少呆れをこめて言うウィリアムの右手が、閃いた。 鞭のようにその一閃の先がチンピラの顔に迫ったかと見えた刹那。 ――パシンッ――。 「ぐっ、あ、目、目が、テメエッ……」 「安心なさい、力を抜いた指先で眉間をひっぱたいただけです。見えないのは今だけ。眼にも顔にも傷は残りませんし、腫れもしませんから。リラックスとはこういうことですよ」 「うるせエ!」 眼を押さえながらもチンピラは片手で内ポケットから短刀――いわゆるドス――を、抜いた。 着きはじめた水銀灯に鋭利な刃物が光る……。 しかし大抵の武器をそつなく扱えるウィリアムにとって、熱くなった素人の振るう短刀など、怖くもなかった。 「後悔せいや!」 短刀を構え突進してくる男を、ウィリアムはこともなげに見ている。 「相変わらず体がガチガチなんですよ。腰の入った構えはなかなかですが、それじゃあ台無し」 向かってくる短刀の、直線的な方向は既に見切っている。 かわすために半身をとり、片足を軸に半回転する足捌きでチンピラの後方へ回り込む。 流れるように。 「そう、素人はそうやってすぐ、体を開く。突くことに執着するあまり、短刀を持った腕が伸びきっちゃうんですよ。ダメですね」 間髪入れずウィリアムの放った手刀がチンピラの肘、しかも神経部位に叩き込まれる。 痺れと衝撃で、あっけなく地に落ちる短刀。 「これ一応物騒ですし、カウンセリング代金としてもらっときます。まあ要するにあなた、力みすぎなんですよ。肉体的にも精神的にもね。だからダメなんです」 短刀を拾い上げ、ハンカチで刃を覆う。 ポケットにしまいながら、ウィリアムはくず折れるチンピラを見下ろしにっこり笑った。 「カウンセリング終了。何か反論があるなら、言ってごらんなさい」
■-ブラフ-
「何ボサッとしてやがりますか! 抜きなさい!」 一瞬の静寂を破り大六が叫ぶ。 「しかし蜂須賀さん、こんな場所で」 「……一緒にぶっ殺されたいクチですか?」 大六の一言で、我に帰ったように組員達は短銃を抜き出した。 「さあ、その場所を渡しなさい。でなければ、撃たせます」 十数の銃口の先が、三人を舐めている。 「私はハッタリはいいません。とっとと明け渡しなさい、場所取りごときで死にますか?」 ……ハッタリだった。 大六のデーモン『ホーニィ・ホーネット』を持って奇襲すればアトラス組の三人を屠ることはたやすい。 銃声も弾も残さず、一瞬で場所を奪える。 しかし……血痕は消せまい。もう時間がないのだ。 大六は金時計を忌々しそうに見やった。 血で塗られた花見場所などを『暗闇坂のご隠居』に用意したら、やはり自分は消されるだろう……。 だから恐怖心を煽る為に、わざわざ破壊力でデーモンに劣る銃など用意させたのだ。 沈黙。 額に嫌な汗の浮いてくるのを、大六は感じた。 早く、早く明け渡せ。 さもないと俺は。 大六にとって一瞬にも永遠にも感じられたその沈黙を破ったのは、組員達の悲鳴だった。 「うわっ」 「なんじゃこりゃああああ」 短銃を構えていた組員達が例外なく何かに巻きつかれ、ある者は半ば宙に浮き……ある者は変なポーズを取らされている。 「ちょっとやだなぁ、銃なんて。ま、万一三下くんに当たりでもしたら、麗香ちゃんの立場ないもんね」 クスクス笑い……。 またもやどこから出したのか、ショートカクテルのグラスをちびりちびりやっている。 その笑い声の主は、狩野宴だった。 「あ、ちなみにそれ、葡萄の蔦ね。切ってもちぎっても私がどんどん湧かしちゃうから、もがいても無駄だと……なんだ聞いてないなぁ」 鼻歌まじりにそう言って宴はパチリと指を鳴らす。 「このテキーラはサービス。君達みたいなむさいのは、薄めのより真っ直ぐがお好きかな?」 中空からドッと、大量の液体がもがく組員達に降り注いだ。 蔦に手足を絡めとられ、高度数のリカーを頭から浴びた彼らはもはやパニック状態だ。 恐慌状態の何人かが引き金を引いたが、酒で湿気った粗製な銃は火を噴かない。 「チェイサーは自分達で用意してくれ、私は男にそこまではサービスしないんで。フフ」
懐柔も、暴力も。 万策、尽きた。 その事実を前にしてに蜂須賀大六は膝をついた。 「わかってないんだ、あんた達は。殺される……あなた達も殺されますよ」 泣きの入った声だ。 「なんのことやら」 「……それより、お腹がすきました」 「宴会始まるまで寝てたほうがいいんじゃない、シオンくん」 「もうだめだ、おしまいだ……私も、あんた達も消される、ご隠居に消される」
■-ご隠居の伝言-
「場所はとれてるみたいだけど。……なんなの、この品の悪いオブジェは」 うわ言のように、もうお終いだ、と呟いている大六を除いた全員が振り返る。 碇麗香だった。 蔦にまかれて動けない黒澤組のチンピラ達の列をみて、憮然と腕を組んでいる。 「確かに風流とは程遠いですね、コレは」 とウィリアム。 「編集長ぉ……やりました、場所は確保しましたよ」 「麗香ちゃん、ご褒美は酒じゃなくていいからさあ、こう……」 得意げな三下と宴の言葉をあっさりと 「ああ、そう」 と一蹴すると、麗香は大六を見下ろした。 肩を落とす三下。 すくめる宴。 「さて、風貌からするに、あなたが蜂須賀さんかしら? おそらくアナタにもだろうけど、伝言よ。事態がただならぬから仕事あがってきちゃったわ」 大六は虚ろな目のまま返事も無い。 「『暗闇坂のご隠居』様から」 「な、なんですって!」 目を剥いて跳ね上がるように膝を起こす大六に少し驚きながら、麗香は伝言を伝えた。 「ええと、『その場所はどうぞお使い下さい。私のわがままで急に桜を観たくなり、いらぬ混乱を起こしました。お詫びの印としてこの金子と用意した酒肴をお使い下さい』……こんなところ。伝言どおり会社に高級仕出屋の車が、次々と鉢盛積み上げて帰って行くんだもの」 愚痴る麗香を尻目に、大六は空虚な虚脱感に襲われた。 助かった。 助かった、が。 ……自分のやったことは何だったのだろう。 「帰りますよ」 拗ねたようにポケットに手を突っ込み、大六は踵を返して歩き出した。 「ちょ、大六さん! 待ってくださいよ!」 「ねえ、こんな大金押し付けられても困るんだけど!」 そんな組員達と麗香の言葉も耳に入らない。 ただ、もう二度と見れまいと覚悟した夕焼けが妙に美しく見える。 そんな自分らしからぬ感傷を肩で切り捨てるように歩き、去っていく大六の背はいつもの彼のものだった。
■-たけなわ-
「宴さーん、私カンパリオレンジ!」 「アタシ、ライチトニック!」 狩野宴は今春入社のOLに囲まれ、既に自身もしたたかに酩酊中。 相好おおいに崩し、グラス片手に寄ってくる女性達にかたっぱしから酒を湧かしている。 「はいはい、並んで並んで。ハハハ。あ、お局様はお断り、あしからず。ハハ」 酒神の化身がつくる酒が不味い訳が無く、大人気を博している……が、男に対しては一滴のアルコールも湧くことは無かった。 その一角のみ半ばハーレム状態である。 「まあまあ、君も一杯。ハハハハ。……ところで今夜空いてるかい?」 後半は吐息混じりの囁き。 「もぉーやだー宴さんてばぁ」 羞恥と期待の混じった視線が飛び交う。 呼吸をするように酒をあおりながら、そんなラヴゲームを遊ぶ彼であった。
「……おやおや、お楽しみだ。私の出る幕でもないですかね、目的もありますし」 ウィリアムは喧騒からそっと離れ、手近な桜を物色する。 春風に煽られ、乱れた前髪をかきあげつつ上を仰ぐと、見事な桜吹雪。その美しさに一瞬我を忘れながら。 「おっと、いけない」 快く喉を撫ぜて胃に落ちていく酒の感触を楽しみ、手ごろな木の前で立ち止まった。 さきほどチンピラから奪った短刀を、そっと取り出す。 「こういう道具としてはちょっと無粋ですが……まあ仕方ないか」 ―――閃。 音もない刃の煌きの直後、彼の右手には見事な枝振りの桜の枝。 あの人へのいい土産に、なる。 満足そうに杯を一気に干した。 枝を大事そうに抱えて、酒席へと戻る。 座りなおしたウィリアムの隣では、碇麗香がこめかみを押さえていた。 「何かお悩みでも?」 「……お悩みどころじゃないわ。でどころの怪しい大金は置いていかれるし、それに」 上座にいる、自社のお偉いさん方に流し目をくれる。 「狩野君が女性陣を集めちゃってくれたお陰で、あの通りよ」 背広姿の中年男性のみが集まった上座は、どこなく気まずげである。 「気苦労が絶えませんね。どうです? 一度私のカウンセリングルームに来ては」 「ガラじゃないけど考えとくわ。逆に頭痛の種を増やされないといいけれどね」 「フフ、これは手厳しいことだ」 アイリッシュビールを思いっきりあおって大きく息をつく麗香。 突然、重量を感じた。 目を落とすと、シオンが半ば気絶したようなていで彼女の膝を枕にしている。 麗香は払い落とそうとしたが。 「おや、シオン君はついに寝ましたか。まぁ、まる一晩以上見張った上、お酒がはいってはね」 とのウィリアムの言葉で躊躇する。 「見張るとは聞いたけど……寝てなかったの? 彼は」 「ええ、それが逆に効を奏したのでしょう。あのやつれようと異様な気迫ときたら、私達でさえ近づき難かったくらいですよ」 眠気に負けてずるずると横になった先に、偶然麗香の膝があったということなのだろう。 「さて、私もなかなかまわってきた。慈愛のカウンセリングといきますか」 「……あまりウチの社員、泣かさないでよね」 「その保障は、できかねますね」 ウィリアムは笑って立ち上がった。 麗香は膝元のシオンを見下ろす。 やつれ青ざめた顔にくまを作り、子供のような寝息をたてていた。 「まぁ、膝ぐらい。いいわよ……」 腿にシオンの体温を感じつつ、彼女は次のビールに手を伸ばすのだった。
「まぁまぁ、君も一杯どうぞ。ハハハ。ところで明日の晩、どこかいかない?」 「ほらね、だからぁ、あなたはダメなんですよ。明日にでも私のところへいらっしゃい」 「すぅ……むにゃ……」
人生の春をぎゅっと閉じ込めたような四角いシート。 その上で繰り広げられる饗宴を祝福するように、優しい雨の如くに花びらが振り続けていた。
-fin-
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【0630/ 蜂須賀・大六(はちすか・だいろく)/男性/28歳/街のチンピラでデーモン使いの殺し屋】 【4804/ ウィリアム・コート /男性/28歳/我流カウンセラー】 【3356/ シオン・レ・ハイ /男性/42歳/びんぼーにん(食住)+α】 【4648/ 狩野・宴(かのう・えん)/女性/80歳/博士/講師】
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