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クリエイター名  森山たすく
オリジナル『物語領域- ものがたりのりょういき -』より

 オリジナル作品『物語領域- ものがたりのりょういき -』より

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 ガキの頃読んだ物語って、強烈な印象として残ってることがある。
 それは、人によって自分がイメージした世界だったり、綺麗なイラストだったり、読み聞かせてもらったセリフだったり、アニメでやってたワンシーンだったりするのかもしれない。
 それって意外と、俺たちの奥の奥のほうに、しっかり染み付いてたりするんじゃないだろうか。

 ◇

 段々と夏らしさが増してきた、とある休日。
 特に予定もなかった俺は、久々に図書館でも行ってみようかと思い立ち、自転車で向かっていた。
 外は湿気も多く、少し動けば汗ばんでくる。
 大して時間もかからずに着く場所ではあるし、少しは風に当たるのも気持ちいいかもしれないと思ったんだが、吹いてくるのはべたべたした空気でしかなく、爽やかさは微塵も感じられない。
 自室で扇風機に当たりながらアイスでも食ってりゃ良かったと、早くも後悔し始めた俺の前に、レンガ造りの建物が見えてきた。
 昔、なんかの建物だったのを改築して図書館にしたらしいんだが、趣があるので地元の住人には割と人気がある場所だ。
 ただ、交通の便もあまり良くないのと、周囲も細い路地が入り組んでいたりするから、場所がわかりづらいのが少しもったいないとは思う。
 本館から少し離れた所にあるスペースに近づき、俺はブレーキをかけて地面へと降り立つ。
 乱雑に並べられている自転車の一つを横にずらし、自分の愛車を隙間に差し込んで一息つくと、俺は図書館の方を眺めた。
 最後に来たのは中学の時だったろうか。何だか懐かしいような気持ちが湧いてくる。
 その頃にはあまり本も読まなくなってたし、勉強という名目で暇つぶしに来ていただけなような気もする。
 足を踏み出すと、サンダルの裏がカラータイルを擦ってじり、と音を立てた。
 立ち込める空気からは、周囲の草むらのにおいがする。もう少し気持ちのいい陽気だったら、外のベンチでも本を読んでる人がいたんだろうけど、みんな中で涼んでいるんだろう。誰の姿も見当たらない。
 近づいてきた入り口にほっとした時、突然目の端を影がよぎり、俺はそちらへと顔を向ける。
 女の子だった。
 金髪とも言える明るい色の髪と、黒く艶やかに日差しを照り返す髪が対照的で目を引く。
 ついそれを追いかけてしまったのは、片方はギャルで片方は大和撫子っぽい組み合わせだったのが興味深かったからとか、顔はよく見えなかったけどどっちも可愛く見えたからとか、髪だけじゃなくすらりとした脚も眩しかったからとかでは決してない。
 明らかに、仲良しな二人が追いかけっこをしている、というような雰囲気ではなかったからだ。
 図書館の脇を回りこみ、気合の入った走りを見せる二人の後を、俺は遅れながらもついていく。バックストラップつきとはいえ、流石にサンダルだとあまり速くは走れない。
 ――いや、前のギャルもサンダルだった。あの高いヒールでよく走れんな。
 俺が感心している間にも、ギャルは時々怯えたような目を後ろに向けながら逃げ続け、大和撫子はそれを追う。
 そのうち細い路地はどんどん入り組んで、立ち並ぶ家やそれを囲う塀が、さっきまで見えてた景色を隠し始めた。
(あれ……?)
 そこで見えたものが、記憶とは大分違っているような気がして、俺は首を捻る。
 しばらくこの辺りには来てなかったし、その間に変わったのかもしれない。でも、やっぱり違和感があった。
 路地というより、木に囲まれた森の道みたいに見えるんだが、この辺りってそんな感じだったっけか?
「きゃっ」
 そんなことをぼんやりと考えている間に、ギャルが小さく声を上げて転んでいた。走るうちに、ヒールが折れてしまったようだ。
 尻餅をつき、怯えた顔で見上げる彼女に、大和撫子はじりじりと近づいていく。手を貸そうという素振りは全く見られない。
 雰囲気から、ギャルが何か仕出かして大和撫子に追っかけられてるのかと思ってたんだが、もしかしたら無実のギャルが大和撫子に虐められているという構図なんだろうか。
 二人とも全く俺の方は気にしてないようなので、声でもかけたほうがいいのかと迷っていた時、ギャルの金髪がふわっと広がった。
 多少の距離があったし、気のせいかと思い、俺はもう一度よく見てみる。
 でも間違いない。風に煽られたとか、何かで結んでいたのが解けたという訳ではない。
 金の髪は自力で重力に逆らうかのように広がり、波打っている。
 ――歌舞伎?
 いやいや違うだろ俺。落ち着け俺。
 その間にも金髪は、蛇が鎌首をもたげるかように持ち上がり、大和撫子に襲い掛かった。
 危ない!
 声も出せないでいる俺の前で、長い金髪は何かに絡め取られ、弾き返される。
 それをしているのは――茨。いつの間にかあたりに張り巡らされたそれが、金髪と押し問答をしていた。
 その現実味のない光景を見ながらも、不思議と俺の中からは、これは夢だとか、幻覚を見ているんだという考えは浮かんでこなかった。それどころか、以前どこかで見たような気さえする。
 それこそ夢の中で、なのかもしれないが。
「ぁっ!」
 その時、手に鋭い痛みが走り、俺は堪らず口の中で声を上げていた。金の髪が当たったのだ。
 ギャルはこっちを見ていないから、偶然なのかもしれない。
 戦況は早くも膠着しているようだった。ギャルと大和撫子、金の髪と茨はにらみ合いを続けたまま、決定打を出せずにいる。
 どうする。――どうすればいい?
 自分も何かしなくちゃと思いながらも、何が出来るかもわからない。そもそも、どっちの味方をすればいいんだろう。
 焦れる心に足下が揺らぎ、じりり、とサンダルが地面を踏みしめる音が、やけに大きく聞こえる。
 上げた顔の先には、こちらを見るギャルの目があった。
 まずい。
 思った途端、金の髪の一房の先が鋭く尖り、飛んでくる。想像以上のスピードに、俺の足は竦んだように動かなかった。
 覚悟を決め、守るように頭を両腕で抱えこむ。
 ――が、衝撃はなかなかやって来ない。
 恐る恐る腕をどけると、渦を巻いた茨が、盾のようになって俺を守ってくれていた。
 俺と大和撫子の目が一瞬だけ合う。
 その表情すらよくわからない間に、彼女の体は傾き、後ろへと倒れこんだ。
 すぐに彼女は体勢を整えたが、隙を狙った金髪が体に絡みつき、その自由を奪ってしまう。
 くそっ、俺はいいように使われたってことか。
 金髪は、そのまま彼女をぎりぎりと締め上げ始めた。苦しそうに声を漏らす主と共に、従う茨もコントロールを失ったかのように滅茶苦茶に動き回る。時折金髪を攻撃しようとするものもあったが、全く効いてないようだった。
「しっかりしろ!」
 今度こそ俺も何かしなきゃと思ったのに、その茨に邪魔されて、近づくことすら出来ない。さっきは、俺を守ってくれたっていうのに、今度は棘であちこち傷だらけだ。
 俺が追ってこなきゃ、あの子はこんな目に合わなくてすんだのかと思うと、悔やんでも悔やみきれなかった。
 あの金髪がダメなら、ギャルのほうを何とかできれば――。
 そう思って、ポケットに入ってた携帯やら財布やらを投げてみるが、そんなのが当たるはずもなく、空しく近くの茨に紛れる。
 もどかしい時間が、どのくらい続いたんだろうか。暴れまわる茨が、少しずつ大人しくなってきた。
 一瞬、もう少し経てば――と思ってしまったが、違うとすぐに気づく。それは、本格的にまずくなった時だ。
 頼む――頼む! 何とかなってくれ!
 何とかってなんなんだよと自分でも思ったが、俺は茨を掻き分けて進むことを試みながら、強く願い続けた。
 それが、本当に届いたんだろうか。
 好き勝手に動いていた茨の動きがぴたりと止まった。ぐったりと落ちたのではなく、空中で静止した状態だ。
 そして、急に訓練された兵士のように統率の取れた動きで、素早く大和撫子を締め上げている金髪に、猛攻撃を始めた。
 ぶちぶちと髪が切れる音が辺りに響き渡り、ギャルは悲鳴を上げると、堪らず髪を解き、引き戻す。
 しかし茨はそれを執拗に追い、ぐるぐると絡み付いて離さない。
 金髪も茨も、お互いに引き合い、まるで巨大な綱を引き合っているかのようだった。
 力と力の駆け引きが続き――唐突に、全部の茨がぱっと髪から離れる。
「あっ」
 力が急に解放され、バランスを崩したギャルは、地面の上に仰向けに転がった。
 彼女は痛そうに呻いたが、すぐに身を起こそうと体をよじる。
 次の瞬間、その体を地面へと縫いとめるかのように、幾つもの棒状のものが周囲へと突き刺さった。
「糸――?」
 それが何なのかはよくわからなかったけれど、その周囲に巻きついているのは、真っ白な糸だということが見て取れる。
 自分の置かれた状況を知ったギャルは、泣きそうな顔で首を小さく振った。
 身動きの取れない彼女の側へ、大和撫子は猫のようにふわりと降り立ち、言葉を紡ぐ。
「おやすみ。――『ラプンツェル』」
 ささやくような声なのに、その甘い響きは、俺の耳にもはっきりと届いた。
 そして、真っ白な糸は一気に膨れ上がり、繭のようにギャルを包み込む。

 辺りが静かになると、そこはやっぱり、ただの路地だった。
 あのギャルは、道に横たわって動かない。俺は急いでそちらへと駆け寄る。
 彼女の、姿がはっきりと確認できるほどに近づいた時、体が安堵にゆるむのが自覚できた。
 体の微かな動きと共に、穏やかな息の音が聞こえたからだ。
 髪の毛は最初に見たのと同じに戻っていて、持ち主が呑気に寝返りを打てば、同じ方向に動く。
 気がつくと、大和撫子の姿は、もう消えていた。
 
 
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