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クリエイター名  森山たすく
オリジナル『月が割れたので』(シュール)

 オリジナル作品『月が割れたので』(シュール)

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「ニュース見たか?」
 隣の部屋に住むクボタがそう声をかけてきたので、僕は「はぁ」と曖昧に返事をした。
 ニュースという言葉の範囲が広すぎて、何のことを指しているのか、すぐにはわからなかったからだ。
 そんな僕の態度に違和感を感じたのか、クボタは伸ばしたヒゲを揺らしながらこちらを見ている。彼は多分猫なのだと思うのだけれど、片側のヒゲが少ないから、もしかしたら犬かもしれない。
 いずれにしてもそれは彼自身がそうだと言わない限りはわからないことであり、僕が憶測で決めつけるのも失礼なことなのだと思う。すぐ脳内で勝手に決めつけてしまうのは、僕の悪い癖だ。
 ちなみに彼には同居しているサカイという恋人がいる。彼女は赤いので、郵便屋に間違いない。
「ニュース見たか?」
 クボタが同じことを繰り返した。
「見たよ。月が割れたってヤツだろ」
 僕は面倒だったので、覚えている出来事の中から1つ、適当に拾い上げて答える。
 するとクボタは満足そうに目を細めた。どうやら当たりだったらしい。
 月の成分の2割くらいは砂糖らしいから、そりゃあ割れることだってたまにはあるだろう。そんなことがいちいちニュースになるというのは、なんだかんだ言ってもこの国が平和な証拠なのだと思う。
 割じゃなく、ミリだっただろうか。
 ま、そんなことはどうでもいいか。割でもミリでも大差はない。砂糖と塩を間違えたとしても大して違わないのと同じだ。
「どこか行くのか?」
 クボタにまた尋ねられ、僕は頷く。
「殺人事件の捜査に」
 今朝、ポストに捜査依頼の手紙が入っていた。
 僕は警察でも探偵でもないが、手紙が入っていた以上は仕方がない。
「オレも行っていいか?」
 図々しいヤツだと思いながらも、特に断る理由はなかったので、僕は再度頷く。
 いつの間にかクボタの背後にいたサカイもついてくる気は満々のようで、いつも赤い顔をさらに赤くしている。月でも割ってしまいそうな勢いだ。
 僕が歩き出すと、両人とも僕の後ろにぴたりと張りついて来た。歩きにくいことこの上ない。
 名探偵3人は、そのまま右に左にと電信柱や自動車や饅頭を避けながら、目的地である温泉旅館までたどり着く。
 中へと入ると、だだっ広い畳敷きの部屋のど真ん中で、着物が良く似合う女将が横座りをしながらお茶を飲んでいた。
「密室だったんです」
 彼女は泣きながら、またお茶を飲む。この女将が犯人に違いない。
 辺りには赤い液体が飛び散り、畳に染みを作っていた。ケチャップか血かと言われれば、血だと思う。
 もしかしたらジャムという可能性もあるかもしれないが、殺人現場ならばやっぱり血だろう。
「殺されたのは、どなたなんですか?」
 そう尋ねると、彼女は長いまつげを悲しげにまたたかせ、壊れた機械のように同じ調子で言った。
「密室だったんです」
 見回せば、この部屋は周囲すべてを障子戸で囲まれている。
 突然、クボタが全速力で走り始めた。そして数秒かけてたどり着いた戸を、荒い息と共に乱暴に開け放つ。
「いま、密室ではなくなりましたわ」
 彼が何か言う前に、女将がぽつりと呟いた。
 言葉を発し損ねた口を半開きにし、他に何か言うことはないかと必死で考えているクボタに、仕方なく僕は手招きをする。すると彼はまた全速力で戻ってきた。
 いま気づいたのだが、部屋には大きなボードゲームが置かれている。
 拳ほどもあるサイコロの隣に置かれている駒は、ここにいるメンバーに似ていなくもない。
「やってみようじゃないか」
 クボタがそんな呑気なことを言い出した。
 いまは捜査中なのだと嗜めようとしたけれど、サカイと女将もやりたそうにしていたので、僕もしぶしぶ承諾する。
 まず最初にサイコロを振ったのは、ここまで何もしていないどころか、喋ってすらいないサカイだった。
 彼女が勢いよく投げたサイコロは障子を突き破り、どこかへ飛んで行ってしまったが、彼女は構わずに赤い駒を4つ進める。
 次にクボタ。恋人の特権というヤツだ。
 もうサイコロはなくなってしまったので、彼は腕をぐるんぐるん回してから「5」と宣言して、黒い駒を進めた。
 女将はぼそりと「パス」と言ってまたお茶を飲み始めたので、いよいよ僕の番となった。
 しかし、僕が気合を入れて腕を回そうとした時のことだ。
 何かが激突したようなすさまじい音と共に、旅館全体が揺れた。
 僕らは盤上の駒を押さえながらそれに耐え、揺れがおさまるのを待ってから、音のした方角まで全速力で駆ける。
 皆で破れた障子戸を開けると、ジャングルのような庭にはごろんと転がる大きな物体。
 淡いクリーム色で、どこかで見たような懐かしい気持ちがした。綺麗な断面を見せる半球がぼんやりと光る。
 僕はそこでようやく思い出した。これは、サカイが投げたサイコロのせいだ。
 解決しなければならなかったのは、殺人事件ではなかったんだ。
 月の6割くらいは時をリセットする成分で出来ているらしい。
 割じゃなく、ミリだっただろうか。
 そんなことはどうでもいい。割でもミリでも大差はない。結局忘れてしまうのだから同じだ。

 月が割れたので、僕らはまた振り出しに戻る。
 
 
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