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クリエイター名 |
雨音響希 |
地平の果て
何もないこの土地で、今、何を思う?何を感じる? 様々なモノが失われたこの土地で―――
風が吹き、砂埃が舞い上がった。 口元を布で覆い、顔を腕で庇いながら前へと進む。 時折肩に乗った白い鳩がクルクルと鳴き、その度に大丈夫だと声をかける。 太陽が地上を照らす、その光は弱々しく、それでも夜よりは明るい。 夜になれば半分壊れた月が、滲むように夜空に浮かぶ。 以前は見えていた、星々の瞬きは今では見られない。 ベッタリと、まるで墨汁を流したかのように真っ暗な空に浮かぶモノは1つだけ。
世界が終わるなんて、誰が想像したんだろう? そして、世界に自分が残るなんて、想像できただろうか? 気がついた時には自分と幼馴染の少女だけになってしまった世界。 学校も家も、友達も、何もかもがなくなった世界で少女と2人。何処からか飛んで来た2羽の鳩を肩に乗せて歩き始めた。 見渡す限り何もない世界はいっそ気持ちが良いくらいで、何処までも広がる地平線は確かに自分達を中心として円を描いていた。 「このまま、一緒に居ても仕方ないわ。」 少女はそう言うと、肩に乗った鳩の頭を優しく撫ぜた。 人に慣れているのだろうか?鳩は嬉しそうに喉を鳴らすと、甘えるように少女の指に縋った。 「それじゃぁ、どうするの?」 「別々の道を歩いて、誰か居ないか探すのよ。私達がこうして生きているんだもの。きっと、他にも生きている人達が居るはずよ。」 少女の長い髪が揺れる。 大きく波打って、背を跳ねる漆黒の髪は、何故だか目に痛かった。 夜を連想させる色であるにも拘らず、どうしてだろう・・・輝いて見えたんだ。 「反対方向に歩いて、突き当たったら戻って来るの。」 「突き当たったらって?」 「海よ。陸が途絶えたところで戻って来るの。」 少女はそう言うと、持っていたハンカチを転がっていた木の枝に括りつけた。 そしてそれを地面に刺し、周りを砂で囲い、更に石で囲った。 「強い風が吹いたら飛ばされそうだね。」 「でも、真っ直ぐに戻って来れば良いから・・・。」 「どう言う事?」 「貴方も私も、反対方向に真っ直ぐ歩く。ここを通り過ぎても、貴方も私もこの道の先には必ず居る。」 「もし、陸の終わりがなかったら?」 「世界は丸いから。」 少女の言わんとする事が解って、思わず苦笑した。 なんて途方もない事を言うのだろうか?けれど、それ以外に何が出来ようか・・・? 「私達以外のモノが消えてしまったなんて、考えられない。だって“私達が”残ってるんだもの。」 「・・・どうして、俺達以外のモノが消えたんだ?」 「いいえ、そちらを考えるより、どうして私達が残ったのかを考えた方が良いかも。」 意味合いは同じだけれど、ニュアンスの問題なのだろう。一々細かい少女だと、心底思った。 「また会えると思う?」 ここで別れて?そんな意味を込めて少女を見詰める。 「どうだろう・・・。でも、もしも世界に貴方と私しか居ないのだとすれば、きっと会える。」 淡白な答えだった。けれど、最後の言葉は力強かった。 「またな。」 「また・・・。」 そして2人は互いに別々の道を歩き始めた。永遠に続くかと思われるほどに長い、地平の果てを目指して。
「なぁ、なんであの時別れたんだろうな。別にさ、一緒に探せば良かったじゃん。」 話し相手なんていないから、肩に乗っかる鳩に話しかける。 それがなんだか可笑しくて・・・。 「きっと、互いに怖かったんだよな。2人しか居ない世界っつーのが。」 鳩が肩から飛び立ち、上空を低く旋回した後に再び帰って来る。 たまにこうして羽を使わないと、きっと飛べなくなってしまうのだろう。 それは、こちらだって同じ。 たまに言葉を発しないと、言葉を忘れえてしまいそうになるから。 「なー。本当に陸の終わりってあると思うか?つか、俺ら以外にも誰か居ると思うか?」 きっとその質問に答えはない。 そして、こちらも答えを必要としていない―――。
「何日も飲まず食わずだけど、不思議と大丈夫なんだよな。」
小さく微笑み、どこか遠くを見詰める。 地平の彼方、それよりももっと遠く・・・ずっと、遠く・・・。
「俺らってさ、死ねるのかな?」
君は今、何を思う?何を考える? 与えられた生の長さを、感じながら―――――。
〈END〉
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