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クリエイター名 |
紺藤 碧 |
緑柱石1
【紅玉と蒼玉と賢者】
砂塵渦巻く世界の果て。そこに隠れ住むように紅の賢者は居を構えていた。 「しばらく館を空けていたが、さすがあたしのアーティファクト。綺麗なもんだ」 「だからって、何でわざわざこんなトコ」 「生活するにだって不便すぎんと思うんですケド」 紅の賢者のアーティファクトによって世界へと帰ってきたが、出た場所がこの世界の果てではゆっくりも出来ない。 「時に聞くが、おまえたちはどうやって戻ってくるつもりだったんだ? 行きはウロボロスがいるが、帰りは?」 「「これだ」」 双子はお互いの指にはめられた、蛇が尾を咬んだような意匠の指輪を見せる。 「ウロボロスの環か……」 納得したように息を吐き、紅の賢者は机にしまっていた黒の卵を置くと、ローブを脱いで椅子にかける。 「さっさと始めようか。さあ杖を出せ」 「「何で杖を?」」 本気で聞いてくる双子に、紅の賢者は疲れたように半眼で息を吐き出す。 「おまえたち……。その杖は、魔力を法力に変換し、法術である結界=封印の術を使う。すなわち、杖を作るために必要な材料は、変換と、封印のための力。使われた材料は―――」 紅の賢者はここで一拍置き、双子の顔を順番に見つめる。 「ネイの殻だ」 「「!!?」」 驚きに瞳を大きくした双子に、紅の賢者のため息はいっそう深く長くなる。 「本当に知らなかったのか? おめでたい双子だ」 「だ、だってあいつ、そんな事一言も……」 「まぁ、言う必要は無いな」 「真剣な顔してるときくらい、空気読めよ!」 頭を抱えて絶叫する様を薄笑いで見物しながら、椅子に座って足を組む。 「おまえ達自分の弟に期待しすぎじゃないか?」 「「おれたちはいつでも真面目だ!!」」 いや、そんなおまえ達の弟なんだがなぁ。と、頭の隅で思いつつも、ため息と一緒に受け流す。 「さ、分かっただろ。さっさと渡せ」 渡すべきかどうかなどと躊躇う必要は欠片もない。 双子は紅の賢者に杖を手渡す。 「これが終わったら、この杖には魔力増幅の効果くらいしか残らないからね。ま、今までそういった使い方しかしてなかったみたいだが」 「ああ、構わない。俺たちは元々魔術師だ」 「それに、ネイは帰ってくる。もう、必要ないだろ」 夢馬を封印するような力を無理矢理行使する必要はなくなると思うと、心なしかほっとしてしまう。 紅の賢者はふっと息を吐くように微笑んで、杖を手にラボへと向かっていった。
ラボに篭ってしまった職人に素人が手伝えることなど何も無い。 アッシュとサックは館の居間でそれぞれソファに腰掛、事が終わるのを待っていた。 「そうだ。これ」 サックはアッシュに向けて何か10センチほどの黒い塊を投げる。 「うわっと。何だ、コレ?」 黒曜石で出来た梟の彫刻。 「あの子のアイテム」 「はぁ!」 アッシュは、梟とサックを交互に見やる。 「ちょ、まずいだろそれ!」 「そうか? じゃあ返しに行けば」 「持ってきたのおまえだろうが!」 しれっと答えたサックに、アッシュはくわっと牙をむく。 「理由を作ってやったオレに逆に感謝しろよ」 「…………」 ぐっと言葉を無くして眉根を寄せ、受け取った梟を握り締める。 そして、その後沈黙のまま時は過ぎて行った。
アーティファクトを創った後や、扱った後の職人は疲労でくたくたになっていることが多いが、流石最高位の中でも最も高位に位置する職人。紅の賢者には少しの疲れも見て取れない。 「安定にはしばらくかかるだろうが、オールグリーン。正常だ」 姿は夢馬に、殻はアーティファクトとして使われていたのだから、ちゃんと元の状態に戻るまで紅の賢者に任せるしかない。 「そっか、良かった…」 「これで肩の荷も下りる」 それでも、彼女が元に戻ったことは純粋に嬉しかった。 「次はおまえ達の番だ。“名の護り”を解くぞ」 「「頼みます」」 紅の賢者は机の上に置いた杖のそれぞれの宝珠に一度触れ、そのまま掌を上に上げる。 「andll。天馬の角」 宝珠から光る粉のようなものが、渦を巻いて紅の賢者の掌に納まっていく。 まずは杖が持つ交換中和機能を担う材料を分解。次に、その掌を双子に向けて、同じように材料となった素材の分解を行う。 特にアッシュには翠が施したものだけではなく、自分が施したぶんもあるため、分解量は二倍だ。 分解し終わった材料はそれぞれ保存容器に入れていく。 「気分はどうだ?」 双子はお互い顔を見合わせ、様子を確認すると、紅の賢者に向き直った。 「特に、何も変わらない」 「ああ。変わった様子は何も無い」 紅の賢者は満足したように頷く。 「じゃあ、名前を読んでみろ。誰でもいい」 双子の胸中に思い浮かんだ名前は一つ。 「「ライム」」 名前を読んで、自分たちにやってくる衝撃に身構えるかのようにぐっと歯をかみ締める。 が、何も起こらない。 意識レベルの低下も体力の極度の減少も見受けられない。 「これで、本当に終わったんだ…」 「オレ達、終わらせたんだな」 神の暗い記憶、最期の妄執から生まれた夢馬。封印するよう依頼を受けたときは驚いたし、まさか封印のための力を持ったネイを捕られるとは思わなかったが。 「消化されてない分の記憶や夢も戻ってるといいな」 「それって自動で戻るもんなのか? まぁやり方とかしらねぇけど」 事が済んでしまえば他の人の事なんてどうでもいい双子。 「「それにしても……」」 同じタイミングで話を変えようとした片割れに、目配せする。 たぶん同じコトを考えているから、どちらが先に切り出すかの合図。 「ルミ兄が、あんなトコに居るなんてな」 「あぁ。理由を…いや、この際理由なんていい」 紅と蒼の瞳がすっと細められ、表情が一気に真剣なものとなる。 「「絶対に、ライムの呪縛を解かせる」」 どうしてルミナスは、ライムを――末の弟を氷の呪縛で捕らえたのか。 それを知り、神殿に赴いた時には、神はそこにおらず、神殿は壊滅状態。勿論そこに住んでいた神官たちもおらず、廃墟に近い状態になっていた。 だから、半分もう諦めていた。 ライムは二度と元には戻らないと。 けれど、ルミナスが生きていると知って、希望と、それ以上にどうしてこんなの事をしたのかという怒りが沸いて出た。 「おまえがいらねぇ気遣いしなくても、もう一度行く必要できたじゃん」 「じゃぁなんだ? あの子に会ってから、ルミ兄捕まえるワケ?」 「…………」 同じような思考を持っているが、似ているだけで完全に同一ではない。頭の回転はサックの方が速い。 「ともかく、だ」 話をそらすようにアッシュは一度瞬きし、表情を真剣なものへと変える。 「俺達の目的は一つ」 「「ライムを、助ける」」
【紅玉と蒼玉と虹玉】
ルミナスは毛布の中でもぞりと一度身じろぎした。 このままではダメだと分かっている。 ナイトメアが封じられ、分解された今となっては、奪われた記憶も夢も元に戻っているはずだ。 神もまた、自分を取り戻している。 建物自体は崩壊してしまっても、物理的なものは直ぐに修復が可能だ。それが行われてこなかったのは、一重に“神”から神としての記憶が抜け落ちてしまっていたため。 世界は、ゆるやかに枯れている。 “創られた”世界は終わりを迎えようとしている。 創世の歴史はあっても、進化の過程がない世界。 まるで永遠に廻り続ける回路のようにヒトは生まれ、そして死ぬ。 変わることの無い魂の上限。閉じられた輪廻。 あの子の呪縛を解いたら、神殿はまた世界の復興を望むだろう。 たとえ輪廻が閉じられたままでも、世界そのものが枯れていこうとも。 世界樹の新芽を、例え“救いの鍵”で解き放とうとも、魂の枯渇が始まった我らに、世界を支えるだけの力は無い。 主を戴かぬ“世界樹”という名のアーティファクトは、貪欲に力を吸収しようとするだろう。 まるで魂の聖別とでも言わんばかりに。
「「よう、ルミ兄」」
毛布に投げられた、2つにはもった少年の声。 ルミナスの肩がびくっと震える。 「分かってんだろ? 俺達がどうしてここに来たか」 「今更理由なんていらない。この現実が全てだ」 昔の双子を知っているならば、到底想像できないほどの低い声音に驚いたことだろう。 「ご…ごめんな、さい……」 弱々しく謝罪の言葉を紡ぐ兄に、双子はイライラを隠すことなく怒りのまま口を開く。 「謝ってんじゃねぇよ! 兄貴は結局ライムより立場を取ったんだ!!」 「神殿にとって都合の悪いことすれば、皆罪人か!? ふざけるなよ!!」 詰る弟たちの言葉に、ルミナスの瞳が見開かれる。 被っていた毛布から乱暴に抜け出し、髪を振り乱して叫んだ。 「ぼ…僕だって、後悔してる。これが本当に最善だったのか! もっと他に道は無かったのかって!! でもね、どの方法を想像しても最悪の結果しか見えてこなかったんだ!! 僕はあそこにずっと住んでたんだよ!!」 「だから、何だって言うんだ?」 「どんだけ言訳しても何も変わらない」 冷たい弟たちの視線に、ぐっと言葉が詰まる。
「「俺たちの望みは唯一つ。ライムの開放。それだけだ」」
ああ、やはりその事かと、ルミナスは顔を伏せる。 神殿が壊れたのならば、もうあの子が危険に晒されることは無いだろうか。 「……分かりました」 自分が世界に帰れば、きっと彼も気が着くだろう。 それでも、このままではいけないと分かっている。 「アッシュ。サック」 ルミナスはじっと双子の弟を真剣な眼差しで見つめる。 「「……何だよ」」 怒気が含まれた返事。 「護りなさい。何があっても。いいですね?」 「………」 「…兄貴?」 その声音が余りにも低く、自分達には分からない覚悟のようなものを含んでいるように聞こえて、逆に双子はうろたえる。 けれど、ルミナスはそれ以上の事を告げず、世界へと戻る扉を開けた。
お話をしようか。 それは世界が作られた時の話から今。 ただのヒトだった一族が、神に祭り上げられてしまったお話。 世界を形作る途方も無い力を持ったアーティファクトを制御することが出来た彼らは、ヒトから神へと姿を変えた。 けれど、どんなものにも永遠がないように、道具であるアーティファクトにだって限界がある。 壊れかけた部品を新しい部品に取り替える。そう聞けば、至極納得できるが、その道具が必要としている動力はそこに住む人々が持つ魂であり、魔法力だった。 大きな世界とも呼べる道具を動かすために、その動力を住人一人ひとりに振り分け、負担が全くないように見せかける。 そうすれば世界は何時までも廻っていくと思っていた。 けれど、搾取されるだけの魂は何時しか力を無くし、何の力も無い魂へと変わっていった。 世界の疲弊が続く中で、神の不安から夢馬が生まれる。 道具は古くなり、動力は減り続け、神は神としての役割を忘れる。世界は悲鳴を上げていた。 神が住まう神殿組織は、夢馬を捕えると同時に、世界を支える道具も新しくすることを考えた。 それは、動力の、命の、魂の疲弊を増長させるだけとも知らず。 それに気付いた人たちは、新しく作った道具を封印し、その鍵を一人の少年に託した。 姿は少年だが、他の人たちよりも長く生きている少年は、その鍵を持ち、姿をくらます。 神殿は焦った。 このままでは、神を讃え、世界を保っていた権威が失墜する。 神殿は知っていた。 世界の構造が、世界樹と名付けたアーティファクトに支えられ、その動力がこの世界に生きる全ての人々だということに。 何のリスクも無く、神だけが世界を支え、自分たちはその神に仕えている至上の存在であるという主張が崩れ去る。 それだけは、それだけは、避けなければ! 少年を捕らえ、鍵を奪取し、道具を取り替えなければ! 狂った神よりも、世界を作りかえる事を優先させなければ!
そして、神殿は少年の捕縛を神官に命じた―――
口が大きく裂けた洞窟の前で、先を進もうとした双子をルミナスが止める。すっと凪ぐように手を振った瞬間、パン! と、何かが弾けたような音がして、薄いガラスのようなものがハラハラとその場に降ってきた。 「……結界」 訪れるものを撃退させる力を持った結界。 「行きましょう」 「ああ」 「お、おう…」 先を行くルミナスに、軽く駆けるようにして双子は後を追いかける。 「「……ライム」」 水晶のような、大きな氷のようなものに閉じ込められた12歳ほどの少年。それだけではない。少年の体には茨のような痣さえも見て取れる。 パキンッ! と、水晶に罅が入り、パラパラと欠片が零れ落ちた。 支えをなくした少年は、地面へと落下を始め、双子は急いでその体を受け止める。 しかし、少年はそんな衝撃の中でさえも眼を開かない。それは、今まで封印されていたからだという理由ではなく、体中に巻きつけられた茨の呪縛によって。 ルミナスは双子に支えられた末弟の傍らに膝をつき、その茨を解いてく。すると、今まで死んだように眼を閉じていた末弟の肌に微かに赤味が戻った。 「これで、大丈夫です。さあ、行きましょう」 ルミナスはソーンへと向かう扉を開ける。 「兄貴……」 「ありがとう、兄貴」 双子はぎゅっとライムを抱きしめた姿に、ルミナスがほっと笑みを浮かべた瞬間、
『おかえり、ルミナス――』
辺りに腐食した羽が散る。 「「なんだこれ!?」」 元は純白だったと思わせるような力の塊のような白い羽は、あの紅の賢者が背に戴くそれに良く似ていた。 「行きなさい、早く!!」 ルミナスが叫ぶ。 虚空から、狂ったような笑顔を浮かべ、背に黒く腐食した羽を広げ降り立つ。伸びた腕は痩せ細っていたが、その力は失われること無くルミナスを掴んでいた。 「「あれは――…?」」 双子の言葉が最後まで紡がれるよりも早く、時空を越える扉は双子と末弟を包み、閉じた。
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