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クリエイター名 |
紺藤 碧 |
緑柱石2
【兄弟たち】
「「え、嘘……」」 あおぞら荘のドアベルを鳴らしてホールに足を踏み入れた双子は、居るはずないと思っていた人物が其処にいたことに、驚きに目を丸くして立ち尽くした。 「客だろうか。人を呼んでこよう」 テーブルセットの1つに腰掛け、本を読みながら紅茶を飲んでいた青年は、徐に立ち上がりホールから続く廊下へと足を向ける。 「なんで、目覚めてんの…」 「あんなに融合してたのに……」 狼狽する双子をすり抜け、ライムが駆け出す。 「にぃっ……!」 歩き出した青年にぎゅっとしがみつき、ぽろぽろと涙を流しだす。 「君は……」 青年は突然しがみついて泣き出した少年をどうしたら言いか分からずに、同行者の双子に困ったように視線を向ける。 「「コール兄……」」 「君達も……?」 ライムが正面からだとすれば、双子は左右からそれぞれコールにしがみつき、当のコールはどうしたものかと考え、それぞれポンポンと頭を撫でれば、しがみつく手がより強くなってしまって、もうどうしたらいいのか分からずに立ち尽くしてしまった。 「えっと……何してるの? 君ら」 アクラの呼びかけに、コールは困ったように振り返る。 「え? アッシュとサック……? それに、君は……!」 正面にしがみついているライムを見た瞬間、アクラは駆け出し奥にあるルミナスの部屋の扉を乱暴に開け放った。 「……そっか」 きっともう、ルミナスは――…… 諦めたような笑顔で、ホールに帰ってきたアクラは、この状況を思い出し、頭を抱える。 「コール。その子達は皆、君の弟だよ。記憶は戻ってないんだね」 「ルミナスだけでは無かったのか」 コールの口から出たルミナスの名に、双子の肩がびくっと震え、ライムの鳴き声が大きくなる。 「君のとこ、大家族だからなぁ。んー、お兄ちゃんがんばって?」 最後は茶化すようにウィンクして、兄弟水入らずごゆっくり〜と、ホールから退散してしまったアクラに、コールは救いを求めることも出来ず、ぽかんと開いた口が閉まらない。 「すまない……私は君達のことを覚えていない」 一番小さな少年とは違い、落ち着きを取り戻した双子を交互に見やって、コールは申し訳なさそうに目を伏せる。 「知ってるさ、そんな事。嫌ってほど」 「それでも、あんたは俺たちの兄貴なんだ」 薄い記憶の中で、この双子は見覚えがあるような気がした。 「そうか……君達がそう言うのなら、そうなのだろう」 そこには、余りにも幸せな兄弟の図があった。
廊下の壁に背を預けて、アクラは見せたことも無い険しい目つきで俯き、 「コールに集中しすぎて、ルミナスが居なくなったことに気がつかなかったなんてね……」 そう小さく呟いた。
***
あれから、ライムだけではなく双子もコールにべったりだ。当のコールは弟達のことを全く覚えていないため、対応に四苦八苦していたが、それでも楽しそうに見えた。 弟達からしてみれば、今のコールは大変優しく、喋り方はあまり変わらないが、空気が信じられないくらい柔らかくなったと言っていた。 確かにそれは分かる気がする。 あの頃――時々神殿に顔を出していたコールは、いつでも眉間に皺がよったような難しい顔をして、気を張り詰めさせていた。多分、気の方は無意識だったのだろうけれど、妹や弟達のことを思い出せば、そうなっても仕方ないと思わずには居られなかった。 ライムの喉は、封印の影響か枯れたまま。 アクラはそっとその手を喉に近づける。 「大丈夫――」 お気に入りの帽子を破くわけにはいかないため、アクラは傍らに脱いで置くと、そっと瞳を閉じた。 すると額からゆっくりと光る螺旋状の角が現れる。 ともすれば絞めているとも思われても仕方がないような格好で、アクラはライムの首に手を当てて、瞳を開く。 その瞬間、首を中心とした方陣が現れ、アクラがそっと手を離すと、ライムは一度大きく咳き込んだ。 「……かはっ!」 口から黒い煙が吐き出され、そのまますっと空気に溶けていく。 アクラがぎゅっと握るような動作を見せると、方陣は首の中へと収束し、いつの間にか額の角も消えていた。 「どう?」 帽子を被りなおしてライムに問いかける。 「あの……ボ、ク……」 ライムは、目の前のアクラに何かを言いたそうな表情を一瞬浮かべ、また深く俯いてしまう。 「大丈夫だから」 淡く微笑んでそう言い募れば、ライムは弾かれたように顔を上げて、声を絞り出した。 「あ、ありがとう!」 「どういたしまして」 アクラはくしゃっとライムの頭を撫でて、同じように心配そうな表情を浮かべていた双子に視線を向ける。直接会話をしたことはないが、面識だけはある。その程度の関係。 「いいかライム。オレ達はあれに追われてる」 「絶対に一人で出歩くな。出来るよな?」 「……うん」 追われている現実と理由を十二分に理解しているライムは、兄達の言葉に素直に頷く。 「けどお前、俺達に良く似てっからなぁ」 「出かけるなって言ってるわけじゃない」 「「声かけろよって事」」 兄達それぞれから、くしゃっと頭を撫でられて、ライムは口を尖らせる。 「わ、分かってるもん!」 やるなと言われたら、やりたくなるのが人の性。その点で、この3兄弟はよく似ていた。 そんな兄弟達をじっとルツーセは見ていた。そこにルミナスがいないことがどうしても辛くて、すっと視線をそらすと廊下の影に隠れる。 声を取り戻したことで、和気藹々とした雰囲気をかもし出しながら、3人は転がり込んだコールの部屋へと向かっていく。 途中までその背を見送りながら、ルツーセはふっと視線をそらすと、片手でぎゅっと自分を抱きしめた。 ふと視線を感じて、伺うように顔を上げれば、階上からじっと見つめるライムと目が合う。 「……っ?」 喉が詰まるような感覚と共に、その場から動けない。 ライムはたったとルツーセの元に戻ってくると、じっとその姿を見つめた。 「お姉ちゃん、環咬種(ウロボロス)だよね?」 「そう……だけど?」 「あのね、お姉ちゃんにお願いがあるの」 双子が先へ行き、加えて近くに誰かいないか視線で確かめ、ライムはかかとを上げてつま先立ちをする。そして口元に片手を上げて、そっとルツーセの耳にだけ聞こえるような小声で告げた。 「……え?」 ルツーセが驚きに聞き返した時には、ライムは頼んだよと言い残して建物の奥へと駆けていってしまった。 「そ、そんなこと……っ」 出来るはずがない。 なぜ直ぐにダメだと言い返せなかったのか。それだけがルツーセの中で、強く心に残った。
【虹玉と幼馴染】
この声の主には聞き覚えがあった。いや、昔からよく知る人物の声だった。夢馬を封印し加工が済んだ今、元に戻っているはずだった。 この声の主だって、元は自分と同じ場所に居た人。いや、それ以上に、あの子の鍵を欲しがっている。だからこそ、弟達を無事送り出すことが出来て、ルミナスはほっと息を吐き、自分の手を掴んでいるその人に振り返った。 「!!」 あまりの驚きに眼を見開く。そこには、酷く痩せこけ、以前の面影さえも全くない、よく知る青年が立っていたのだから。 「ヘリ…オール……?」 「ねえルミナス、どこに行ってたの? 最初はアクラ、次はルミナス……最後にはルツーセも。なんで皆僕を置いていってしまったの?」 ヘリオールと呼ばれた青年は、無邪気な微笑みをその口元に浮かべて、じっとルミナスを見ている。 「ねえ僕達いつも4人で居たじゃない? 幼馴染でしょう? 置いてくなんて酷いよ。ああ、でも、ルツーセはいつも一緒って訳じゃなかったね」 「置いていったわけじゃ……」 切欠は何であれ、結果的に帰らなかったのだから、置いていったのと変わらない。 「でもいいんだ。君は帰ってきてくれた。ねえ他の皆は何時帰ってくるの?」 「…………」 その問いに直ぐに答えることは出来なかった。それは、彼ら――自分も含めて――がもう別の場所に自分の居場所を見つけたから。 「……分かりません」 チラリ。と、目を伏せ瞳だけで後ろを見やる。 ああ、弟達は無事逃げただろうか。 「気になるの?」 心此処にあらずといったルミナスに、ヘリオールは小首を傾げて問いかけた。 「大丈夫、直ぐに戻ってくるよ」 「え?」 「ボクの羽根で追いかけてるからね。ルミナスの大事な弟達は、直ぐに見つかる。大丈夫だよ」 「止めてください! 彼らはいいんです!!」 「どうして? 兄弟は一緒に居たほうがいいじゃない」 動揺を見せたルミナスのことが分からず、ヘリオールはきょとんとした瞳をルミナスに向けるが、それも直ぐにどうでもいいと言う様に、にこっと笑った。 「ねえそれより見てよ。僕の羽、こんなに真っ黒になっちゃった……」 綺麗で透き通っていた白い羽が、黒くなるほど腐食してしまっている。 「もう殆ど腐っちゃって、どうしたらいいかな?」 夢馬を生み出すほどに狂ってしまった彼を、自分達は見捨ててしまった。違う、どうにかしてあげたいと行動はした。自分が途中退場してしまっただけ。それでも――… 夢馬は完全に消滅し、ヘリオールに記憶も夢も戻ったはずなのに、どうして笑顔はあの頃――狂った時――のままなの? 「ヘリオール……」 本当は、夢馬が生まれたことで狂ったのではなく、狂ってしまったから夢馬が生まれたの? 「ねえルミナス。君は属性を持たない有石族だけど、本当になんの属性もないの? どんな属性にもなれるんじゃないの?」 「何を言っているのですか…?」 もう殆ど痩せこけ、骨と皮になってしまった腕なのに、振りほどけない。 ヘリオールは、ぐいっとルミナスの腕を引き、もう片方の手で額の宝石ごと抱きこむように頭を握り締めた。 「ねえ貰ってよルミナス。僕もう疲れちゃった……」
この悲しみも、この憎悪も、この狂気も、全部…全部!!
額の石が何かを一気に吸収しはじめる。それは、狂いだしそうなほどの人の感情。 「止め……ヘリオ……あ、ああああああ!!!」 ヘリオールが持つ、腐敗した羽やどす黒く淀んだ力が、ルミナスに移るたびに、ヘリオールの身体はボロボロと崩れていった。 ルミナスの頭を掴んでいた手が最後に崩れ去り、風に飛ばされる灰のように消えてしまった瞬間、ルミナスはその場にどさっと膝を着く。 どれだけその体勢でいただろうか、ふっと、その口が笑みを湛えた。 『ああ、早く皆に会いたいなぁ』 眼を覚ましたルミナスの瞳と額の石は、腐食した鉄のように、赤黒く染まっていた。
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