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クリエイター名  紺藤 碧
緑柱石3

【黒蛋白石と幼馴染】


『ルツーセ』
「ルミナ……!!?」
 ルツーセは聞きたかった声に振り返った瞬間、固まる。
「あなた……」
 赤黒く染まった瞳と石。
『こんなところに居たんだねルツーセ。さあ、帰ろう?』
「まさか、あなた…ヘリオールさ、ま…?」
 ルミナスはこんな風に喋らない。ルツーセが知る中で、思い当たる人物は一人しか居なかった。
「どうして、ヘリオール様がルミナスの中にいらっしゃるのですか!?」
『全部上げたんだ、ルミナスに。そしたら僕まできちゃったみたい』
 ルミナスの顔と声で、ヘリオールがあっけらかんと笑う。
『皆居なくなっちゃって、寂しかったんだ。帰ろうルツーセ』
 ヘリオールはルツーセの腕をぐっと掴んで引き寄せる。
「痛っ!」
 引っ張られて痛かったのではない。ヘリオールが握った部分に、まるで火傷でもしたかのような熱と痛みを感じたのだ。
 力任せに腕を引けば、本当に火傷をしたかのような水ぶくれが出来ている。
「え……? なに、これ……?」
『どうしたの?』
 ヘリオールが一歩近づく。それと同じだけルツーセが後ろに一歩下がる。
『ルツーセ』
 怯えるルツーセの肩に、ヘリオールの手が置かれる。
 焼かれる――溶ける痛みに、ルツーセは声にならない悲鳴を上げて、肩を押さえてその場に座り込む。痛みで今にも意識が飛びそうだった。
『ルツーセ』
(そんな、縋るような声で、呼ばないで…っ)
 ルミナスの顔で微笑むから、それはとても優しく見えて、霞む景色に涙がこぼれる。
『さあ、帰ろう』
 ルツーセを抱き上げた下に出来た血溜まり。彼女の身体は傷だらけになっていた。
 ヘリオールが歩くたびに、ルツーセの血がポトリポトリと床に落ちる。
『アクラもここに居たんだ』
 ぴくっとアクラの柳眉がゆがむ。
「久しぶりだね。ルツーセ放してよ、死んじゃう」
『嫌だよ。だって皆で帰るんだ』
「ダメだよ、ヘリオール。もうあの頃じゃないんだ」
『そう? 何か嬉しいな。あの頃みたいだ』
 僕が居て、ルツーセがいて、アクラがいて、この身体はルミナスのものだから、あの頃みたいに4人が此処に揃ってる。
「いい加減にしなよ。さあ、放して」
『どうして? アクラも一緒に帰ろうよ』
「ボクは、帰らない。ルツーセだって、帰りたいとは思ってない。勿論……ルミナスもそうだった」
『皆、やっぱり僕を捨てたの?』
「違う! 何でそうなるんだよ! ボク達は帰る場所を無くして見つけたんだ、新しい居場所を!」
『なにそれ。そんなもの僕には無いもの。だって僕は世界を守らなきゃ。腐る世界樹を癒さなきゃ。だって、僕はそういう“存在”だもの』
「じゃあ、なんで今、ここに来たの?」
 いつもなら考えられないほど冷えた声音で、アクラは問う。
『やっぱり独りは寂しい……』
 腕の中のルツーセをぎゅっと抱きしめる。完全に意識を無くしていたが、それでも痛みからだろうか、か細いうめき声を上げた。アクラはぐっと奥歯をかみ締める。
「違うよヘリオール……君は、気がついたら独りだったのかもしれないけど、君がボク達を切り離したんだ……」
『嘘だ!!』
「夢馬が出現して、ボク達の前から消えたのは君の方だっただろ!」
『嘘…だ……』
「覚えてないの? ルミナスは、夢馬をどうにかすれば君が戻ってくると信じていた。それなのに!」
『黙れよ』
「君が狂って、いよいよ崩壊が始まって、鍵の奪取が急務になって、ルミナスは弟を封印するしかなくなった。全部君のせいだ!」
『黙れ』
「先にボク達を捨てたのは君だ!!」
『黙れぇえええ!!!!』
「っ!!?」
 ルミナスの背から、元々ヘリオールが持っていた羽が、幻のように現れる。
『そんなことどうだっていいよ。なんで素直に帰るって言ってくれないの?』
 衝撃波に吹き飛ばされる。背中から壁に激突したアクラは、一瞬息が詰まるのを感じて、盛大に咳き込んだ。
「何の音だ?」
「コー…ル……」
「どうした?」
 咳き込むアクラの傍らに膝をつき、支えるようにコールは手を伸ばすが、アクラの視線がその先を見ていたことで、ゆっくりと振り返った。
「……違う」
 コールが何かを言うよりも早く、アクラの手がコールの服を握りしめ、首を振る。
「あれは、ヘリオール……。ルミナスじゃ、ない」
『あれぇ? お兄さんまで一緒?』
 ヘリオールは眼を細めて口の端を吊り上げる。
『僕の羽根、全然帰ってこないから気にはなってたんだ』
 理由が分かったと言わんばかりのその表情は、なぜかとても嬉しそうで、逆にアクラの背筋が凍るように冷えた。
『だったら皆、此処に居るね?』
 コールは、一歩を踏み出したヘリオールからアクラを庇うように立ちはだかり、低い声で短く言葉を発する。
「“回廊”を、起動する」
「え、コール?」
 何のことか分からず、アクラはきょとんとコールを見上げた。
「紅の賢者(スカーレット)に、造ってもらったものだ」
 この建物自体は外から来る悪意を退ける。ならば内側からは? と、考え密かに頼んで造ってもらったものを、こうも早く使うことになろうとは。
 そうしている内にも、ヘリオールの周りには大量の廊下や階段が重力を無視してまるで立体迷路のように組みあがっていく。
「時間稼ぎ程度にはなるだろう」
 アクラの首根っこを掴んで、コールはあおぞら荘の扉に手をかける。
「ま、待って! このままじゃルツーセが……」
「彼は、皆一緒に帰ることが目的なのだろう? ならば、彼女は大丈夫だ」
 例えそれがギリギリの線だとしても。
 パタンと閉じたあおぞら荘の扉に手を置いて、コールは目を伏せる。
「ルミナス……」
 弟達が出かけていて良かったと本当に思う。この状態のルミナスを見てしまったら、あの子達の心にどれだけ大きな傷を作ったことか。
「まずは、ヘリオールをルミナスから引き剥がさなきゃ」
「何か手はあるのか?」
「全然ない。検討もつかない。あーあ、ボクってこんなに役に立たなかったかなぁ?」
 膝を抱えて座り込んでしまったアクラの帽子を、コールはまるで弟達にするかのように優しくポンポンと叩いて、薄く微笑んだ。



【紅色の光翼種】


 あおぞら荘に閉じ込めたルミナス。けれど、彼は彼であって彼ではない。そんな状況で、彼を取り戻す方法が思いつかず、アクラは盛大にため息をついた。
「方法なんて全然思いつかない。そもそもルミナスって、そんな力持ってた?」
「それを私に聞くのは間違っている」
「だよねぇ……」
 そういった記憶を綺麗さっぱり無くしているコールに尋ねたところで、答えが帰ってこないことは分かっていたが、学術的な方面で答えられやしないかと少しだけ期待した。
 その期待も、すぐさま打ち砕かれてしまったわけだが。
「魔法力とやらを私は吸収できると聞いたが、その方法では駄目なのか?」
 コールは自分の手をまじまじと見つめ、問うようにアクラに視線を移す。
「そんな事してコールに何かあったら、それこそボクがルミナスに合わせる顔がないよ」
 はぁ…と、音に出して分かるほどのため息をついて、そのまま二人は黙り込む。正に八方塞だ。
 ふと、思い出したようにコールは顔をあげ、アクラに問いかける。
「あれは、どういう状況だと判断すればいいだろう」
「そうだね……」
 死んでしまったのなら――いや、肉体が無くなったのなら、魂は世界樹へと一旦還るはずだ。ヘリオールとてそれは例外ではないはず。ならば、ルミナスが彼のように振舞うのは、脳に彼の性格を植えつけたから? それとも、本当に魂ごとルミナスの中に吸われてしまった? どちらにせよ真意は直接本人に聞くしかない。
「とりあえず、やるというか、やらなきゃいけない事は……」

 ルツーセを助け出す。
 ルミナスからヘリオールを引き剥がす。

 多分、ヘリオールを引き剥がす事が何よりも難しいだろう。
「ルミナスを目覚めさせる事が出来たら」
 軽く呟いてみたものの、それがとても難しい事だというのも分かっている。コールの時は、本という媒介があったからできた芸当だ。
「困っているようだね」
「ウィズ・スカーレット!?」
「あんたがしたいと思う事を実行するためのアーティファクトくらい、あたしがこさえられるさ」
 それには、本当に少しだけ時間が欲しい。出来うるならば、翠の力も借りたいが、今いないものは仕方がない。
「よろしくお願いします!」
 あのアクラが敬語で紅の賢者に頭を下げる。
 紅の賢者は、どこか申し訳なさそうな、寂しそうな淡い笑顔を浮かべて、ふっと言葉を吐いた。
「あの子を最初に独りにしてしまったのはあたしかもしれないね。同じ、光翼種だと言うのに……」
 種族としての記録を終わらせ、神だなんて祭り上げられても、動力を変換するためだけに存在する態のいい生きた贄でしかないのに。
 そう――光翼種とは、“神”として“世界”への生贄になるためだけに庇護された存在。
 紅の賢者は、そうなるよう“育てられた”ヘリオールが居る事で、光翼種としての力を封じて生きてきた“人”族。
 彼が狂ったと同時に生まれた夢馬が自分のところへ来たのは、きっと偶然ではなかった。
(嫌な偶然だ……)
 元々殆ど繋がっていなかった縁が、夢馬という存在が生まれただけで、こうも簡単に結ばれてしまった。
 これで、彼が完全に消えたあの世界はどうなるだろうか。
 哀しみも同情もない。

 ああ、これでやっと終わるのだ。

 紅の賢者は静かに思った。
 
 
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