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クリエイター名  芽李
たね

 例えばその手に一粒の種を掴んでいたとします。
 ―――あなたはその種が一体何であるとお考えになられますか?



 ++   たね   ++



 「珊、一緒に帰ろう。」
 木製の古びた柱の後ろから、黒髪の美しい、青いタイをした少年が顔を覗かせた。
 彼は大きな葡萄球のような瞳を何度か瞬かせ、出入り口すぐの机に臥せっている少年をじっと見詰めた。

 「……さ〜ん、聞いてる? 」
 「ん」
 「帰ろう」
 「…ん」

 微かに反応を返し、それで満足してしまったらしい珊(さん)は、そのまま すぅ と寝息をたてた。

 「……もう」
 「今日はずっとそんな調子」
 「…そうなの?」

 後ろを振り向くと、珊のクラスメイトが笑いながら二人を見ていた。

 「先生も怒りっぱなし」
 「そりゃあね」
 「でも珊は寝っぱなし」
 「……つよいね」
 「きっと起きないよ。くろは 先帰った方がいいよ」
 「――う〜ん」

 くろはは少し考えた様子で膝を抱えて屈み込むと、首を傾けて幸せそうに寝息を立てている友人の顔を見詰めた。

 「幸せそう」
 「…だよねぇ。当分起きないよ、これ」
 「きっとね」
 「くろははかわいいから、夜遅いと危ないよ。さんなんか待ってたら、日が暮れちゃうから、先帰った方がいいよ」
 「……うん」

 生か返事をしながら くろは はじっと 珊 の寝顔を見詰めていた。
 きっと 昨晩夜更かしでもしたのだろう。
 ぽっかりと開いたうすい唇の端からよだれが伝っている。

 「馬鹿面だよねぇ」

 クラスメイトがけらけらと笑いながらくろはに言う。

 「うん。かわいいよね」

 くろはがそう返すと、「やっぱり 珊と仲良くするだけあって、変わり者なんだね」と驚いた顔をしながら言った。


 珊は黒い髪を短く切り上げた、ツンツンとした髪形をいつも好んでしていた。
 眼つきも言葉遣いも余り好いとは言えないので、よく上級生に「生意気」と、突っかかられたりしている。
 一方くろはは先生や上級生からも覚えがめでたく、見掛ければいつも優しく接してもらっている。
 外では愛らしい外見のせいか、変質者に声をかけられるなど、色々と迷惑している事も多いのだ。
 そんな二人が連れ立って歩けば、珊は上級生に絡まれる事は無いし、くろはは外で変態に悩まされる事も無い。よって、二人が共に行動する事は一石二鳥、というやつなのである。
 互いに助け合っているといえば聞こえがよく、利用しあっているといえば聞こえが悪い。
 互いの利点を活かして交友を図っているわけだが、周囲からみれば それはとても理解に苦しむ類のものであるらしい。
 くろははよく 友人に「よく珊なんかと付き合っていけるね」だとか「怖くない?」と言われ、先生には「脅されているのか」だとか「悩みがあるのなら先生に言いなさい」だとか「交友関係は互いに為になる物であるべきだよ」などと諭されたりもしている。
 以前これらのことを珊に言ってみたところ、「脅されてんのはこっちだ」と、声を大にして抗議された。

 「あの時の顔は面白かった」

 くろはがくすくすと笑いながら 珊 の寝顔を見詰めると、珊は急に唸り声を上げて首の向きを変えた。
 再び葡萄球のような大きな瞳を瞬きすると、くろははもう既に下校してしまったらしい隣の席の人の 机と椅子とをひっぱって、珊のものとくっつけてしまった。

 「くろは 帰んないの」
 「うん。 もう少しだけ 待ってみるね」
 「そう……気をつけてね。明るいうちに帰んなね」
 「うん。そうする。  バイバイ」

 白い手の平を何度か左右に振るって見せると、珊のクラスメイトはにこにこと微笑んで手を振り返し、そのまま鞄を手にして帰っていった。
 くろはは珊の隣に腰を下ろすと、両手を前に突き出して「う〜ん」と言いながら机に突っ伏した。

 「ふぅ。今日の授業はつまんなかったよ、珊。だって先生が急に外へ出て写生をするだなんて言い出したんだ。紅葉がきれいだから、だってさ」

 丁度顔をつき合わせる形で二人は机に伏せていた。
 珊の唇の端から 頬にかけて、先ほどまで垂れ流していたよだれの跡が続いている。
 このまま放っておけば、やがて右の頬にも同様の跡がついて、さぞかし面白い顔になる事だろう。

 「かわいいねぇ、珊は」

 あと どのくらいで彼は目を覚ますだろうか。
 くろはは身につけていた腕時計を外すと、机の上の見え易い位置においた。
 珊のおでこの上辺りに置くと、寝顔と時間とを交互に見詰めやすい。
 そこまでして、くろはは不意に笑い始めた。

 「起きたら、何て言うか たのしみ」

 ほんとうは わかっている。
 いたずらや いじわるをして 珊がそれに気がついた時、いつも必ず言う言葉

 それはこの人以外が口にする事は決してない言葉だから。
 少しだけ呆れたような顔をして言う。
 初めて言われたとき、思わず何度も目を瞬きしたら 急におかしくなって二人 大きな声で笑い出した。
 互いに助け合って 利用しあって 生きている。
 皆にはそう言っているけれど、ひみつ。
 これは 僕たちの ひみつ。
 しあわせの たね。

 珊が唸りながら身じろいだ。
 重たそうに瞼を開き、手の甲で目元を擦る。

 「おはよう」
 「……はよ」
 「珊、今日はとっても素敵なペイントだね」
 「……ペイント?」
 「すい へい せん」
 「………」
 「う〜ん……口裂け男? 少年か。あはは、珊、響き怖くないね〜」
 「…………………!!」

 外見を活かしてかわいらしく言ってやると、珊は弾かれたように立ち上がり、柱時計を見て更に体を大きく揺らした。

 「何で起こさねんだよ」
 「気持ちよさそうに寝てたから〜」
 「ペイントって何だ―――――っっ!! お前俺の寝てる間に何しやがった!!」
 「落ち着いて、口裂け少年。そう言うだろうと思って、僕、今日は何もしていないんだ」
 「……は?」
 「もう遅いから 帰ろうよ、珊」
 「……ふざけんな――――っっ!」

 珊はそう言いながら勢い良く教室の扉を開け放つと、走って何処かへ行ってしまった。
 きっと踊り場の鏡のところだろう。
 すぐに叫び声が届いた。

 「んな―――――っっ!! くろは てめっっ ホントいい性格してんじゃねぇかよー―――っっ」
 「あはは、珊、それ 誉め言葉」
 「誉めてねぇっっ」

 ―――これが、僕たちの ひみつ
 しあわせの たね






 END
 
 
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