|
クリエイター名 |
神倉 彼方 |
『淋しくないよ』
『淋しくないよ』
ここは僕の住むべき世界ではない。
最近、常々思ってしまう。 なぜこの世界はこんなにも汚れてしまったのだろう、と。 もちろん昔のことを知っている訳では無い。 本を読んだり写真を見たところで、理解などは出来ようはずも無いのだから。 そもそも、それをするだけの知能を僕は持ち合わせてはいない。
この世界は僕には難し過ぎる。
道を歩いていると、ランドセルを背負った子供がいきなり僕を蹴り飛ばしてきた。 一瞬思考が止まってしまったが、何のことは無い、よくある事だ。 頻繁にとは言わないが、何度もこんな事をされていれば多少なりとも慣れてしまう。 全くもって遺憾だ。 子供はといえば、既に去ってしまったようでその姿は見当たらない。 やめてくれ! の一言も言いたいところだが、あいにく僕の言葉は彼には通じない。 僕にも彼の言葉は分からないため、意思の疎通はままならない。
この世界は僕には辛過ぎる。
公園に来てみた。 楽しそうに笑う子供たちの声が、沢山聞こえてくる。 僕もあの中に入れたらどんなに素敵な事だろう。 どんなに幸せな事だろう。 叶うならば、今すぐにでも飛び込んで行きたい。 その思いとは裏腹に、足は地面に吸い付いているかのように動かない。 しばらくして、ようやく意を決し足を踏み出した。 少しずつ縮まる子供たちとの距離。 近づくにつれて、否が応にも期待は高まってしまう。 が、あと少しというところで子供たちが僕に気付き、顔をしかめる。 遠くでは、母親がそれに気付き、声を上げた。 子供たちはその声に従い、僕から離れて行く。 ぼくは無性に悲しくなり、その場から駆け出してしまった。 やっぱり僕は孤独なんだ。
この世界は僕には哀しすぎる。
・・・・・・・・・・・。 吹く風は優しくて、空では星が瞬いて、 誰もが眠れる時間の中で、僕だけ孤独に海を眺めて、それでも世界は回ってて、 汚れは終わりを知らなくて、時には誰かを傷つけて、時には何かを傷つけて、 消えない汚れは行き場を無くして、静かに僕を傷つけて、絶えずに僕を傷つけて────。
僕は知らなかったんだ、人の心がこんなにも温かいだなんて。
防波堤の先端で佇んでいた。 まぶたが重くなってきたので、身体を丸めて寝転んだ。 無機質なコンクリートの上だから、痛くて冷たくて悲しくなった。 それでも眠気には勝てず、意識は闇に落ちていく。
目覚めると僕は布団の上にいた。 訳も分からずにキョロキョロしていると、誰かが僕を抱き上げた。 びっくりした。 今まで、誰一人僕に触ろうとする人などいなかったから。 それなのに君は、僕を抱いてくれたのだから。 戸惑う僕を、さらに強く君は抱きしめる。 ・・・・みゃー 声が漏れた。 ・・みゃー・・みゃー・・みゃー・・ 人の優しさに触れて、温かな腕に包まれて、ずっと溜め込んできたものが溢れだしてしまった様に。 みゃー!みゃー!みゃー!みゃー! 何度も何度も。 みゃー!みゃー!みゃー!みゃー!みゃー!みゃー!みゃー!みゃーー!!
言葉にはならないけれど、力の限り僕は鳴いた。 涙は流れないけれど、心の底から僕は泣いた。
やがて、泣きつかれた僕は、君の腕の中で浅い眠りについていた。 ずっと黙って僕を抱き続けてくれていた君が、一言・・・ただ一言呟いた。 理解できたわけではない。 でも、なんとなくだけれど、不思議と言いたい事は伝わった。 これまでの辛い過去に別れを告げ、これからの幸福であろう未来を想い、 僕は初めて、不安の無い心地のいい眠りについた。 そして、君はもう一度同じ言葉を繰り返す。
「淋しくないよ」・・・その一言を。
|
|
|
|