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クリエイター名  小枝野カケス
夜を盗む子供

■夜を盗む子供


 ―――なにが欲しいの。どれを取っていってもいいよ。なにを奪っていってもいいんだ。だから願いを叶えてください。一つだけでいいんだ。大切な人の、願いなんだ。


 まるで牢獄のような場所だ。
 村の陰気さの発生源が、この扉の向こうにあると言われたら、一も二もなく頷いてしまいそうになる。この向こうに化け物がいるよ、と。古びた屋敷を指さして年端もいかぬ少女が言った。稚い瞳に嫌悪があった。今なら幼女の戯れ言にも、全隊員が心底からの納得のうえに引き金を絞って戦端を開くだろう。

「………開けますか?」

 先行していた一人が確認の仕草で後方を振り返った。普段の陽気さはなりをひそめ、蒼白な顔色は隠しようがない。

「しばらく待機。………神父様。扉全体に張り付いた、この聖句やら記号やらも一緒に引き剥がすことになりますが、問題はありませんか?中の子供に危害が及ぶ可能性は?」

 この抑えがたい破壊衝動。欲求に直結した感情は恐怖だ。
 待っている時間に耐えられず、闇雲に突入してしまいたくなる。それは白刃を自らの首に添えて斬首を待てないとわめきたてる、罪人のような愚かさだ。
 灰色の壁に夥しい文様が描かれていて、床と接する下方は苔むしていた。
 資料によれば、扉の向こうには10歳の子供がいるはずだった。三年間。実の母親に養育を放棄された気の毒な少年。生存を確認し、保護するだけだ。それだけの任務だ。………ならば何故、神父などが同行しているのだろう。
 沢村は零れる吐息を危うくかみ殺し、自分の指揮するチームを見回した。
 屈強な者たちを選んだ。精鋭といって良い。家族よりも多くの時間を共有し、友人ほどには互いに干渉しあわない。得物と実力だけを知る仲間だ。6人部隊。この種の任務には充分すぎる人数だが、今回に限り圧倒的に少ないと感じた。この払拭されない不安は何なのか。

「寒いでしょ?」

 低い声音で、だしぬけに問われた。柔らかくて甘い。男の声だ。

「いえ自分は特に。寒いのでしたら神父様、ジャケットくらいはご用意できますが?」

 沢村の即答は強ばっていた。緊張を自覚して舌打ちをする。今度はごまかせなかった。拳を握る。強く。手のひらも震えていたからだ。
 反問に、男は笑ったようだった。切れ長の目が細められ、唇の両端が上がって優美な弧を描く。

「ご親切にどうも。俺はこの手の寒さには慣れているので問題はないです。それに躰の震えは恥じるものではありません。むしろ寒いと感じる精神は、健全で善良で好ましい。そして封印式ですが、いっそ壊してしまってください。もともとこの形骸化した縛めに、拘束力などないのですから」
「では扉は、扉本来の意味しか持たないと?」
「ええ自由に出入りできますよ」
「ならば何故、子供は出てこないのですか?」
「出たくないからじゃないですか?」

 人を食った返答に、瞬間激高しそうになる。

「………政治的にも、道義的にも、極めて重要な立場にいる子供が監禁されている保護せよと。上から指令を受けました。それが実はただのひきこもりだとでも?」

 呼吸を深めて沢村は平静を保とうとする。いいながら、首筋からの悪寒に必死に耐えた。扉も怖いが、目の前の神父もまた怖いのだ。
 簡素な神父服の青年は、まだ二十代半ばに見える。背中で結った黒髪も、鈍色の瞳も背筋の伸びた立ち姿も、端麗このうえないのに当然あるべき敬虔な印象がない。神の僕たる装束を、この男が身にまとうことさえ冒涜に感じる。

「ええそうですね。保護しないと安心できないなら当然でしょう。それにたいそう魅力的な話だ。三年間も願いを叶えつづけた生け贄なんて聞いたことがない。慕情の鎖でがんじがらめ。正気の沙汰じゃないですよ。………子供なんだ。差し出せるモノなんて、たかが知れてるのに」
「生け贄?あなたはなにを………」
「なに自分を捨てた母親の言いつけを守って、三年間も地獄の底で迎えを待っている馬鹿な子供の話です。それから俺は神父ではない。悪魔祓いです。この格好は、協会指定のハッタリです。金をもらって殺します。神でも悪魔でも子供でも」

 神父ではない男は微笑った。ひどく優しい声音だった。


「ねえ、中にいるのは、まだ子供だと思いますか?」



◆◆◆


「寒いかい?」
「寒くない」
「暑いかい?」
「暑くない」
「それならどこか痛いのかな?」
「痛くないよ」

 震撼するのは寒さゆえではなく。焦熱の理由は暑さではない。この痛みも。

「ああ良かったね。意味が解らなかったんだね。だからそんなにカラッポになっても、一つだけ奪われなかったんだ」

 男は子供の汚れた頬に、そっと大きな手のひらをそえる。

「涙はとられなかったんだね」
 
 
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