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クリエイター名 |
坂本恵美 |
サンプル
(同人サイトに載せてるお題SSです) 忘れたはずだ。 君は全て忘れたはずなんだ。 僕と過ごした日々を、全て。 全て忘れて、裏切ったはずなのに、どうしてここにいるの? どうして、僕達の思い出の場所にいるの? どうして、泣いているの? 僕に、何が言いたいの?
僕達は幼なじみで、ずっと一緒だった。 楽しい時も悲しい時も一緒で、君といると楽しい事は倍になったし悲しい事は半分になったんだ。 このままずっと一緒にいられるんだって、僕は訳もなく信じていた。 信じて疑わなかった。 君もそう思ってくれてると思っていたし、そう思っていると言ってくれた。 ずっとずっと、一緒のはずだったのに――。 そう、君が全て忘れるまでは。
君が事故に遭ったって聞いて、急いで会いに行った。 君が無事である事を確かめたくて。 真っ白で無機質な部屋の中に一人ぽつんといた君は、今まで見た事のないくらい生気のない顔をしていたけど、事故に遭ったからだと思って僕は気にも留めなかった。 そうだ。その時におかしいと思っていれば、僕は傷つかずに済んだんだ。 残酷な真実を知らずに済んだのに、愚かな僕は君に話しかけてしまった。 『事故に遭ったって聞いたから、お見舞いに来たよ。大変だったね。ほら、君の大好きなたこ焼き持ってきたんだよ。食べよう?』 ゆっくりと僕の方を振り返った君の言葉を、きっと僕は一生忘れられないだろう。 『……あなた、誰? 私を知ってるの?』 その言葉は、紛れもない僕に対する裏切りだった。
君は全て忘れたんだ。 僕の事なんて全部忘れたんだ。 何度確かめても、一つも覚えていなかったんだ。 なのに何で、ここにいるんだ。 ここは二人の隠れ家で、知っているのは僕と君の二人だけだった。 君が忘れてしまってから、知っているのは僕一人だけになったのに。 一人になりたくて、ここなら一人になれると思ったから来たのに。 君は真っ直ぐ僕を見据えて、無言で佇んでいる。 何なんだ。何か言いたい事があるなら、言えばいいのに。 もうこれ以上、傷つきようがないんだから。 少し身構えていると、不意に君の目から涙が流れた。 「ごめんね、悲しい思いさせちゃったね。私のせいで、ごめんね……」
その次の瞬間君の口から出てきたのは、君の記憶から完全に消去されたはずの僕の名前だった。
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