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クリエイター名 |
九十九 陽炎 |
ナイト・ウォーカー
四月、それは、新たなステップに進む月。此処、神楽坂市立、高稜高校も、入学式であった。 「おい、あれ見ろよ、見ねぇ顔だな・・・。」 「ああ、しかし、それにしてもでかいな・・・。ひょろっとしているが」 「多分、他所から引っ越してきたんだろ。あいつが見ていたのは・・・C組か。あ、俺の名前もあった」 噂になってるのは、組分けの書かれた掲示板を眺める長身痩躯の少年。周囲から頭一つ抜け出ている。180cm以上はあるだろうか。 尤も、長髪で顔色は青白く、長身ゆえの猫背も手伝って非常に不健康そうだが。 元々、高稜高校は、レベルの高い高校でもない。大抵、市内の中学時代を漫然と過ごしていた生徒が、やはり漫然と進学し、そして目的意識も希薄なまま卒業していく。 それゆえに、余所者である、長身の少年は注目の的になる。良きことにつけ、悪しきことにつけ・・・。
入学式が終って、最初のホームルーム。高校とは言え、大抵の学校で行われるのは、自己紹介である。 ここ、高稜高校1年C組も例外には漏れない。机の並び順に自己紹介が消化されていき、件の少年の番。 「ええと、僕は、東京から来ました、神楽進と言います。こちらには来たばかりで、解らないことだらけですが、よろしくお願いします」 そして、その少年を一際気にしていた少年に順番が回る。 「ん?ああ、俺か。言わなくても解ってると思うが、北中出身の、榊宏だ。あ?他には何も言うことはないだろ」 この宏という少年、中学時代に空手をやっていて、しかも初審査で黒帯を取った実力者であるが、自己紹介での態度から察することも出来るように性格に難がある。 平素から素行も良くなく、自己本位で手が早い、不良のレッテルを貼られる典型的な例である。尤も、自業自得と言うべきか友達もいないのだが。 宏にしてみれば、嫌が応でも目立つ進が気に入らないのだろう、進は早速目をつけられたようだ。そして、HR終了後。 「おい、神楽、ちょっと面貸せや」 「え、それは、付いて来いっって意味なのかな?」 「他にどんな意味があんだよ、この独活の大木が!」 「あ・・・その・・・ごめん」 「チッ・・・調子狂いやがる・・・。兎に角、逃げんなよ」 睨みを利かせ、ふんぞり返って歩き出す宏。慌てて小走りで後を追う進。導かれた先は、体育館裏、こんなところに来る生徒は滅多にいない。 宏は、辺りを見回し、誰も人が居ないことを確認すると、進を壁際に押し付け、脇腹に蹴りを見舞う。進は、蹴られた所を押さえ、うずくまる。 「てめえみてぇな奴は調子にのってっと痛い目に遭うからな・・・。そうなる前に教育してやろうってんだよ!」 滅茶苦茶な言い分である。正直、理由は如何でも良く、只、気に入らないだけ。但し、何か言わないと正当化できない。それ、宏の弱さでもあったのだが。 「調子になんか・・・のって・・・」 「口ごたえするんじゃねぇ!」 その後も、宏は進を一方的に殴りつけ、蹴り続けた。やがて、殴り疲れたのか宏が口を開く。
「フン、これに懲りたら、俺に逆らうな。学校でも大人しくしてるんだな・・・」 「もう・・・良いのかい・・・?」 「良いから行けって言ってんだよ!俺の気が変わらない内にな・・・後、俺が殴ったことを、誰にもばらすんじゃねぇぞ・・・分かってんな?」 「分かったよ・・・」 立ち上がり、痛む所を抑えつつ歩いていく進、意外に足取りはしっかりしている。 「チッ・・・何処までも腰が低い・・・気にいらねぇ奴だぜ・・・」 宏もそう呟いて体育館裏を後にした。
翌日、進は顔に絆創膏やガーゼを貼り付けて登校して来た。昨日の内に釘を刺した分は効果があったらしく、顔の傷についてはのらりくらりと言及を避け続けていた。 「あの野郎、どう言うつもりだ・・・?」 宏の独り言。進は別に、宏を悪く言うわけでもない。避ける訳でもない。それが、返って宏にとっては不気味だった。そして、下校時刻・・・。 宏は上の空で通学路を逆になぞる。今日は異常に風が強かったが、そんなことは考え事をしている身には気にならなかった。そして、不幸はいつも突然襲ってくる。 ある建設途中のビルの下に差し掛かったとき、風の勢いが一瞬増した。建設用クレーンのワイヤーが切断し、吊っていた鉄骨が落下する。あちこちで同時に上がる悲鳴。そこで、漸く我に帰る宏、上を見上げると、自分に迫ってくる鉄骨・・・。 「危ない!」 声の後、何かに跳ね飛ばされる宏。何があったのか解らずに、受身も取れずに顔面から落下する。同時に、重たい金属が衝突する轟音が響き渡る。顔の痛みを差し置いて、振り返る宏。 地面から垂直に立っている鉄骨その隣には、何故か進。 「大丈夫?・・・あ、鼻血が・・・」 「馬鹿野郎、それはこっちの台詞だ!・・・って、一体何が!?」 さもありなん。進は、頭から大量の血を流していた。顔が半分は血に染まっている。にもかかわらず、事も無げに宏の怪我を心配しているのだ。頭が付いていけず、混乱する宏。 「兎に角、場所を移動しよう。ここじゃあ、色々と厄介だし・・・。」 「あ、おい、待てよ!」 宏の腕を掴み、強引に引き摺る進。ありえない腕力だ。なすがままに連れられていく宏。状況には取り残されているが、その分何故か頭が落ち着いてくる。 「で、何処まで行くんだ?」 「とりあえず、僕の家で良いかな?此処から近いし、応急処置位なら必要な道具もあるし・・・」 「あ、ああ・・・それより、何時まで手ぇ握ってんだよ、俺は男と手を繋ぐ趣味はねぇぞ」 完全に会話の主導権は進が握っていた。不満を感じつつも、相変わらず成すがままの宏。憎まれ口を叩くのがせめてもの抵抗だった。 「あ、ごめん・・・。兎に角、此処だよ。」 結局最後まで引き摺られ、導かれた先は、ゴーストハウスと言えそうなほどに寂れたワンルームマンション、そして、入り口の郵便受けには一つだけ名前が書かれた紙が貼ってある。案の定『神楽』だ。
進の用意した救急箱の中身で、各々自分の怪我を治療する二人。宏は進の部屋を観察しつつ、率直な感想を言った。 「お前、良くもまあこんな所に住めるよな」 「もう慣れたからね。それに、住む所をお世話してもらってるからね。文句は言えないよ。一人暮らしだし」 寝台が高いパイプベッド、その下に置かれてる収納ケース、目を移せば、小さな食器棚。テレビ、漫画といった娯楽も無ければ、勉強机もない。教科書類は、鞄と共に部屋の隅に重ねられていた。 「ところで、さっきの怪我、本当に大丈夫なのか?」 「うん、元々、僕は体も丈夫だからね。あの位ならどうにか」 「丈夫で済む問題じゃねぇだろうが・・。まあ、助かったことに関しては礼を言っておく」 不意に呼び鈴の音が響き渡る。同時に、話の腰が折れた。 「お前に客じゃないのか?」 「ん、多分伯父さんだね。此処を世話してくれたのもそうだから」 「そうか、じゃあ、俺も帰るわ。邪魔しては悪いからな」 「気を使わなくてもいいのに・・・・。じゃあ、また明日、学校で」 進の家を出る宏。すれ違ったのはサングラスを掛けたスーツ姿のゴツイ中年。一応、会釈して立ち去る宏。 「・・・あんなのと血がつながってるんなら、丈夫なのも納得がいく・・・か?」 失礼極まりない独り言を呟いてゴーストマンションを後にする宏。
翌日、学校、朝のホームルーム 「あ、榊君、ちょっといいかな?」 「あん?神楽か。まあ、構わんが・・・。しかし、ゴツイ伯父貴だな」 「まあね・・・。後、僕は近いうちに転校する」 「・・・そうか・・・伯父貴が来たってのは、その話だったんだな。・・・お前も大変だな」 「まあね・・・。昔から転々とあちこち引っ越してばかりだったから、もう慣れたけど」 「何で引っ越すんだ?」 「・・・それは、今夜、学校に来れば解るよ・・・きっと・・・」 「ん?人には言えない事情って奴か・・・。いいさ、言えないなら言わなくてもな。見れば解るんだろ?」 「まあ、そう言うことだね・・・」 その日、宏は授業にも気が入らず(これは元々だが)上の空で時間を潰した。 そして、夜、時計は十時を指している。閉まっている校門を乗り越え、校舎内に潜入する宏。一先ず植え込みに身を隠し、様子を探ることにした。 「・・・誰も居ねぇな・・・。担がれたか?」 校舎のほうを見ても、明り一つ点いていない。いつもは人魂の如く映る警備員の懐中電灯の明りすらない。まあ、宏はそこまでは知らないが。 「そこで何をしている?」 後ろから不意に低い声がした。慌てて振り返ってみれば、置物のようなシルエット。慌てて後ずさる宏。 「ん、お前は進の所にいた・・・。そう怯えるな、とって喰おうとしている訳ではない」 シルエットは煙草を吸うためにライターを点す。浮かび上がるのは昨日すれ違ったゴツイ男の顔。 「アンタは・・・。」 「俺のことは進から聞いているだろう。俺の質問に答えろ、何しに来た?」 「いや、あいつが転校するって聞いたもんで・・・。理由を聞いたら此処に来れば解るって・・・」 正体がわかっても威圧感が凄まじい男、そして、しどろもどろな宏。 「そこまで聞いていたか・・・。ならば話は早い。付いて来い、俺の傍を離れるな」 男は校舎に向かって走り出す。不意にとある教室の明りが点いた。 「始まったな・・・走るぞ!」 「は、はいぃ!」 見かけによらず(ある意味では見かけ通りだが)足の速い男。必死についていく宏。そして、件の明りの点いた教室。 「覗いてみろ。これが、進の正体だ」 そっと覗く宏。進と思わしき長身の少年が確かにそこにいた。しかし、普段のような陰気な感じはしない。寧ろ精気に満ちた表情で、どこか剣呑な雰囲気がする。 そして・・・ 「何なんだよ、アレ・・・。」 宏は思わず口に出した。それもその筈。彼は在り得ないものを見た。それは、紫色の霧の様な存在。しかも、幾つもの人の顔のようなものが浮かび上がっている。 それが進に向けて突起のような物を高速で突き出す。それを避け続けている進。獲物を狩る瞬間の獣のような表情で何かを待ち続けているようだ。 「信じられんだろうが、これも現実だ。進が相手にしているのは集合意思(レギオン)。解りやすく言うなら悪霊の一種だ」 「あ・・・悪霊?」 「ああ、信じられんだろうがな・・・続きは終ってからだ。お前は此処から動くなよ」 男は部屋になだれ込むと、何処から出したのか短銃をレギオンに向かって連射する。弾が届いた瞬間、霧のように希薄だったレギオンが、粘着質の物体の如く具現化する。 「進、やれ!」 進は、粘性物質の中に手を突っ込み、引き抜く。その手には、粘性物質と同じ色の丸い物体が握られている。 「これで、終わりです」 進とは思えないほど冷ややかな声。そして、その宣言と共に手の中の物体を握りつぶす進。同時に、レギオンが霧散する。
「この学校には、もう怪異はいないのか?」 「ええ、レギオンが一体のみ入り込んでいただけのようです」 「そうか。では、次の予定地だな・・・」 二人だけでどんどん話が進む。付いていけない宏は、態と大きな音を立て、教室内に入る。 「おいおい、どうなってるんだ?俺には何がなんだかさっぱりだ」 「何処から説明したらいいのか・・・。とりあえず、僕がこの学校に来た目的は、あの怪異を殲滅するためです」 「まあ、それは聞いたがよ、お前、昼間とは随分雰囲気が違うのな・・・」 「俺から説明しよう。お前も、吸血鬼やら狼男なんかの映画は見たことがあるだろう?あれは作り話などではなく、実在するのだ。映画や何かでは脚色されてるがな。そして、遺伝子上は人間と変わらんのだ」 「アンタ等もそうなのか?」 「伯父さんは普通の人間ですけど、僕は夜行者(ナイト・ウォーカー)と呼ばれ、常人よりも丈夫な体を持ち、夜になると、さらに強化されるんです。代償として、暴力的になるらしいのですが」 「突然変異のようなものと考えてもいいだろう。進の場合は、その危険性から、一人暮らしを余儀なくされている。」 「まあ、そこまでは解ったんだが・・・。何で進がこんなことをしてるんだ?怪異なんてのも初めて見たぞ?」 「俺は、政府特殊事象対策班と言う所に所属してるのだが・・・。学校と言うところは部外者が入って調査をするには厄介な所でな。生徒に協力者を作るか、教員に成りすまして入り込むしかない。進もその一人なのだ。 そして怪異は、普段は何かしらこう言う因子を持っている人物、まあ、俗に言う霊感が強い人物にしか見ることはできん。余人が見るためには、向こうが具現化するか特殊な銃弾でコーティングしてやる必要がある。その結果があれだ。」 宏は先ほどの霧と粘性物質を思い出した。 「僕はこの能力を何かの役に立たせたい、だから、このことには喜んで協力したよ。誰かの役に立つのは、僕の生甲斐だしね」 とことんポジティブな進。 「・・・・まあ、そう言うことなら俺があれこれ言うことじゃあねぇわな・・・。神楽、別の所でも頑張れよ」 正直、釈然と行かない話ではあったが、自分の手に負える話でもない。宏にとっては黙って立ち去る以外道は無かった。
次の日から、進はこの学校には来なくなった。担任の話では、親の仕事の都合での急な転校ということだった。 「ケッ、何もしらねぇで・・・」 一人呟く宏。窓の外を見ながら、たった三日間だけのクラスメートの身を案じるのであった
了
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