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クリエイター名  浅野可恋
メルティキス

 メルティキス



                       浅野 可恋

「あんたら、ちんたらやってるんじゃないわよ。しゃべってる間
に一周は走れるでしょうが」
 背後からの声に、松本美也は驚いて振り返った。
「って、言いたくてたまらないっ〜て顔してたわよ」
「先輩……」
 美也は困惑した。そんなに不平不満が一杯なのがばればれの態
度だったんだろうかと。
 何しろ顧問の必死の勧誘から逃げ回ったあげく、2学期になっ
てようやくあきらめて入部したという、華々しいんだか肩身の狭
いんだかよくわからない中途入部だ。
 ほっておいても波風が立つのはわかりきっている。だから、せ
めて最初のうちだけでも、穏やかにおとなしくしておこうと思っ
ていたのだ。だけど、部員たちのだらけた練習態度には、入部を
やっぱり取り消そうかと思わずにはいられない。
 走ることは好きだけれど。適当に走っている人たちと、一緒に
は走りたくない。
 そう思うことは、わがままだろうかと、必死で我慢してきた。
 もっともそれは無駄な努力に終わったようであったが……。
「必死でポーカーフェイスしてたんだろうけどね」
「だまされてはくれなかったんですね」
「うん」
 山口柚木野がしゃらっというものだから、美也は思わず机に突っ
伏した。
「あーあ」
「なによ、ため息つくと、幸せさんが逃げて行っちゃうのよ?」
「ため息くらい、つかせてくださいよ」
「はいはい、すきなだけおつき」
 柚木野は、美也の頭を、幼い子供にするように、「いいこいい
こ」と、なでてくれた。
「あ、美也……じゃなくて、えと、松本さん」
「美也でいいですよ」
「んじゃ、私も柚木ちゃんって呼んで」
「先輩をちゃんづけには出来ませんよ」
「別にいいのに」
「いろいろうるさいのがいますからね」
「別に、なんと思われようと平気なんでしょう?」
「……」
 ああもう。おとなしく、猫をかぶったつもりだったのに。ばれ
てーら。
「どしたの? 美也」
「落ち込んでるんです」
 猫かぶりは年季が入っていると思っていたのに。こんなにも早
くばれてしまうなんて。まだまだ修行が足りないようだ。
「そっか」
 なでなでなでなで。
 猫の子のようにのどを鳴らして丸まってしまいたくなるほど、
柚木野の小さな手は気持ちがいい。
「あ」
「な、なんですか」
 柚木野の驚愕の声に、美也はがばっと起き上がった。
「美也って……旋毛が二つあるのね」
「はあ?」
「だから、性格悪いんだ」
「どういうことですか」
 自分で性格が良いだなんてことは少しも思ってはいないが、人
から指摘されれば腹が立つものである。
「旋毛が二つあるのって、根性悪なんだって」
「ふーん」
 自分に旋毛が二つあるのも知らなかったが、二つある人間は根
性悪だというのも、はじめて聞いた。
「じゃあ、三つは?」
「三つもある人なんているの?」
「いるかもしれませんよ」
「じゃあ、三つはさらに性格悪いって事で」
「そんなこと言ってると、三つある人にあったときに怒られます
よ?」
「めったにいないんでしょう。大丈夫だって」
「先輩、楽天的ですね」
「美也は、意外に細かいこと気にするんだね」
「意外にって、どう言う意味ですか」
「だって、きらいな人とかどうでもいい人とか、そういうのに、
なんて思われようが知ったことないとか、言いそうだけど。その
わりに、あれこれと気にしてるように見えるもの」
「う」
 なんて鋭い。
「ま、胃に穴があかない程度にね?」
「はあ」
「美也は、どうやったって目立つんだから。ある程度は開き直ら
なきゃ」
「目立ちますか」
「目立つわよ〜 オーラが違うって言うのかしらね? 美也が立
っているそこだけがスポットライトを浴びてるように見えるわ」
 柚木野は、にやりと笑う。それだけで、彼女の幼げな顔が、一
瞬で変わりまるで老婆のような妖しさをもつ。その表情に、美也
の胸は高鳴った。
(この人は……?)
 美也が瞬きをした、次の瞬間には、何事もなかったかのよう
な、もとの柚木野の顔だった。
 どうやら柚木野は、面倒見の良い姉御というだけではなさそう
だ。かわいい童顔の下になにを隠しているんだろう? 知りたい。
美也は、そう思った。
「スタアにでもなったら?」
 柚木野が、目をきらきらさせて、うっとりと提案する。
「スタア?」
「スターじゃなくて、スタアね。ちょっとレトロな感じでしょう?
生徒会長のことよ」
 きっと、星川高校の歴史に残るスタアになれるわよと、不気味
に予言をする。
「ま、考えてみてもいいですけど」
「そのときは、応援演説してあげるわ」
「はいはい」
「あら、もっとありがたそうにしなさいよ」
「ははあっ ありがたき幸せ……って、先輩何してるんです
か?」
 柚木野は美也の隣に並んで、身長差を測っている。
「一体何食べたらこんなに背が伸びるの?」
「さあ」 牛乳のおかげだろうか?
「スポーツやってるから? それとも背の高い家系?」
「まあ、背の高い家系といえば、そうかも。でもスポーツは違い
ますよ。何にもやってなくて自己流だったんですから。」
「それで、あれだけ速いんだから、みんな悔しがるわけよね」
「そんなこと言われても困りますよ」
「そっか。やっぱり遺伝子よね。きっとね、強力ちびっこ遺伝子
とかがあるのよ。憎いわ〜」
「先輩人の話し聞いてませんね?」
 柚木野は、美也の身長を5センチで良いからちょうだい〜と、
腕にすがりつく。まるで、幼い子供のようだ。
「ちびっこ遺伝子?」
「きっと背が低くなる遺伝子があるのよ。でね、それが発現した
ら、背が伸びないの」
「はあ」
「他にも背高遺伝子があって、それが発現したら、背高さんにな
るの。どうせなら、こっちの遺伝子が欲しかったわ。その辺のメ
カニズムをだれか解明してくれないかしらね? ノーベル賞もの
よ」
「そんなものですか」
「そうなのよ……って、あら、話が脱線してるわね」
「ようやく気がついてくれましたか」
「脱線してるなら、してるって言ってよ」
「いえ、先輩がしゃべってるのを見てるのは、面白いから」
「なんだとー? 『先輩』にたいしておもしろいだとー?」
 柚木野の表情は猫の目のようにくるくると変わる。
「いやだって」
「なによ」
「先輩って、可愛い」
 たぶん、さっきの一瞬で、恋に落ちたのだ。
「は?」
「好きです」
「み、美也?」
「あなたのこと、好きになりました」
 美也は、柚木野の手に触れる。その足元に跪く。
「好きです」
 もっと知りたい。
 もっとそばにいたい。
 そんな気持ちが、溢れ出しそうに、心の中に生まれてくる。
 好きだという気持ち。
「好きです」
 甘いやさしい言葉も、今は思い出せない。
 ただ、好きというしか出来なかった……。



「ごめんね」
 柚木野は、美也の髪をそっとなでた。さっきと同じ手なのに。
やさしいやさしい手なのに。
「美也のことはすきよ」
「だったら……」
「でも、多分、私のすきとあなたの好きは違うの」
「どうして? なぜ違うといえるんですか?」
「ごめん」
 柚木野は、真綿で首をしめるように拒絶する。
「いつか、美也のためだけの人が現れるから」
「でも、それはあなたじゃない……」
「いつかね」
 やさしくてやさしくて。
 それがかえって辛いと、美也ははじめて知った。
「たぶん、あなたと私は、良い先輩後輩同士でいるのがいいとお
もうの」
「それって、おことわりの定番の『いいお友達でいましょう』っ
て言うのと同じじゃないですか」
「なに言ってるの。恋人同士は分かれてしまえばそれでおしまい
だけど、先輩後輩なら、一生仲良しでいられるのよ。最高の関係
じゃない? 私、美也のこと、だいすきよ。たぶん一番可愛い後
輩になると思うわ。それじゃだめ?」
「……わかりました」
 美也は、天井を見た。下を向いたら、涙が零れ落ちてしまいそ
うだったから。
「ひとつだけ」
「何?」
「柚木ちゃん先輩って呼んでいいですか?」
「ええ」
「会長選出るときは、応援演説してくださるんですよね」
「うん。熱血なのをしてあげる」
 美也は、上を向いたまま笑った。
「あーあ。こーんなにいい女なのになあ」
「いつか現れる誰かのために、磨いて待ってなさいよ」
「いつかね」
「いつか……ね」
 そのいつかが、今ここにいるこの人なら良かったのに。
「新しい恋がすぐにやってくるわよ」
「はいはい」
「返事は1回」
「はい」
「よく出来ました」
 柚木野は、ご褒美よと、美也の口の中に茶色い塊をほうりこ
んだ。
「苦い」
「甘いでしょう?」
「苦いです」
 冬季限定のチョコレートはほろ苦い失恋の味だった……。


 
 
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