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クリエイター名 |
柚木 楓 |
<魔王という仕事>
青く澄んだ空に、ぽっかりと迷子のような雲が一切れ。 遠くの方から聞こえる家畜の声が、どうしようもなく欠伸を誘う、そんな牧歌的な午後、この風景に似つかわしくない真っ黒な衣装の二人組が姿を現した。 「魔王様」 「……なんだ」 眉間にしわを寄せながら、『魔王』と呼ばれた男が欠伸をかみ殺して答える。 腹に響く低音、見上げるほどの長身、長い黒髪。 加えて小さく開いた口の端に見える、鋭い牙。 暑苦しい黒のマントなんかも、ご立派に魔王殿に見えるのだが、さて。 「なんだってこんな……平和そうにお散歩ですか? 私達、一応魔族なのですが」 魔王殿の横でへばっているのは御付きの少年。 茶色いくるくるの巻き毛を持ち、愛くるしい丸い瞳。 それだけを形容すると可愛らしい少年に聞こえてしまうかもしれないが、尖った耳と鋭い牙を見れば、いくらなんでも普通の人間には見えないだろう。 「なんで、とは」 「なんで、はなんで、です! 魔族ですよ、もっとこう……人々を困らせたりとか」 「面倒な……いいではないか、散歩くらい。魔王だろうが、なんだろうが」 ふん、と鼻で笑う自分の主人を見て、少年がわなわなと震える。 生まれた時から定められていた、魔族としての運命。 人々を襲い、震え上がらせ、世に君臨する。 昔昔の物語にも全てそう書いてある。 だから少年の夢は『魔王様と共に悪行の限りを尽くす』だったのだが。 目の前のご主人様はいつでものんびり、ちっとも迫力がない。 少年が落胆するのも無理はないというものだ。 「魔王様なんですよ、魔王様。もっとこう……ねぇ」 「鬱陶しいなぁ。ならば帰ればよかろう、親元へ」 「嫌ですよ!」 魔王は大きなため息をつき、小高い丘の上に一本ある木の根元に腰を下ろしてしまった。 少年はそれを見るなり目を吊り上げて、 「なんかないんですか、なんか! こう、人々を恐怖に陥れるような!」 「ある」 「どうしてですか、なんでそうのんびり……ある? ある、っておっしゃいました?」 「ああ、言った。あるぞ、一応」 ふああ、と欠伸をしながら言う台詞か、と少年は言ってしまいそうになるのをぐっと我慢して、目を輝かせて隣に座り込んだ。 「ど、どんな感じなんですか、それは」 「どこだったか、北西の町から依頼が来てなぁ。なんでもあまりにも平和で住民が平和ボケしているとか。で、私にちょっと脅かして欲しいと」 「……は?」 少年の顎ががくん、と下がる。 頼まれて人間を脅すというのか、この人は。 そう思っているのが手に取るように分かる。 魔王はそんな少年に気付きもせず、漆黒の瞳をキラキラと陽の光に輝かせながら、 「面倒だから断ろうと思ったのだが、牛をな。一匹くれると言うのだよ。ほら、ウチの城にいるアルンちゃん、あれのお婿さんを探していたからなぁ。願ったり叶ったりで」 「な……何を申されますか」 「あ?」 少年はついに堪忍袋の尾が切れたのか、自分の主人の胸倉を引っつかんで、 「貴方、魔王でしょ! なんで牛一匹でそんな事請け負うんですかっ! も、もっとプライドを高くお持ちになってくださいよっ!」 と、口から唾を飛ばしながらわめく。 魔王は嫌そうに顔にとんだしぶきをマントの裾で拭きながら、 「お前ね、よく考えてみなさいよ。世の中、需要と供給なんだ。全ての人間を滅ぼしたらどうなる? 怖がる者もいなくなって、私達の仕事もなくなるんだぞ。そうなるとこちとらオマンマの食い上げだ」 「がっ……」 涼しい顔でそう言われて、少年が白目を剥く。 「さぁて、出発の準備でもしなくてはな。おい、城に帰るぞ。早くしろ、早く」 「……はい」 「北西の町はな、なにやら珍しい食べ物があるらしいぞ。今流行りらしいのだ。楽しみだなぁ」 「そう、ですか……良かったですね」
魔王という仕事。 中々世知辛い職種なのかもしれない。 もちろん、そのお付きという仕事も……。
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