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クリエイター名 |
神楽月アイラ |
砂漠のレシ(抜粋)
SAMPLE2(ファンタジー/三人称)
「まてっ!! 発進したら駄目だっ!!!」 アクセルが踏み込まれる音と、ロサの制止の叫びが重なっていた。それに数秒送れてグシャリと嫌な音が響き、一瞬であたりに嘔吐感を覚える悪臭が広がる。発進した砂上車が砂を巻き上げ急ブレーキを踏み、大きく横転すると積まれていた荷箱が砂の上に派手にぶちまけられた。 「馬鹿っ!! 発進前の確認くらい、しっかりできないのかよっ!!! 金出して雇ってるって人間は役立たずの飾りもんかっ?!」 商人の砂上車は巨大な砂百足(スナムカデ)の卵を踏み潰していた。 横転した車の前に見上げる程に巨大な生物が巨大な顎(アギト)を擡げ、地獄の底から響くかの様な金切りの声を上げている。運の悪い事に傍に他の砂百足がいたらしい。広がる悪臭が仲間を呼び集める。その悪臭に息が止められる寸前だ。毒素こそ無いが、まともに吸い込んだら鼻腔と肺へのダメージは大きいだろう。 限られる呼吸の中で横転した砂上車を砂煙の中に確認すれば、卵とは言え仲間を潰された事に怒りを表す巨大な節足動物が刃物生成にも利用されるその強靭な顎牙を車へと突き落とす寸前だった。 「なんでこんな尻拭いなんてしなきゃならないんだっ…まったくっ!」 不運を叫びながらロサは先ほど装備したばかりだった雌雄一対の武器を下に引き落とす形で抜き去り走り出している。 砂の上は走りにくい。それに加え薬で抑えられていたのだろうと思われる全身の痛みが目を覚まし動きが鈍る。間に合ってくれと心の中で一度叫んだ。 ――ガキィィィンッ!! 横転の車体に飛び乗り交差させた刃を頭上に掲げ、巨大な百足の片顎を受け止めた。響いた怪音と共に受け止めた振動が両腕から肩に駆け抜け、背に到達すればそれは激痛へと豹変した。 (……ヤバイ…、崩されるっ!!) 激痛に緩んだ腕の力が巨大生物の怪力に負け、片足から崩れ始める。せめて足元の車体から乗員達が逃げ出してくれれば良かったが、意識を飛ばしているのを既に確認済みだった。 「のやろっ……、誰か車の中を救出しろっ!! ボサっと見てんじゃねえよっ、動けっ」 「今、助けますっ!」 騒ぎに気付きわらわらと集まっていたギャラリーへと叫んだロサだったが、それに応えた声は予想に反した少女の声。足元から響いた声にロサは驚いた。 「チシャルカ!? お前こんな所に居たら危ないっ!!」 「危ないのはロサさんですっ! 怪我してるのに、駄目です。無理しちゃ駄目ですっ」 ひしゃげた車の扉を必死に開けようとするチシャルカが一度だけ厳しい顔で此方を見上げていた。 「それに、チシャは人を助ける為に砂漠に居るんです。危ないのは、慣れてますよ。大丈夫です!」 「……―――……おいっ、女の子がこうしてやってるんだっ!! 他の奴らは何してんだよっ!」 怒りを纏った厳しい表情が一転して優しい笑顔に戻る。大丈夫だと言われると、根拠も無いのに納得してしまった。此処で崩れたら彼女まで巻き込むのだと思うと、後少しだけ耐えれる力が戻った。 ロサの言葉で漸く回りの者達が動き始める。砂上車から意識を飛ばす商人たちが助けられ、ロサに変わって数人の傭兵達が砂百足を片付け数十分後には漸く騒ぎが治まっていた。
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