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クリエイター名 |
神楽月アイラ |
カタチ。
SAMPLE3(現代オリジナル/三人称)
「どんなんが…イィんだろうねえ」 仕事帰り。 ギターケースのショルダーを左肩に引っ掛けて覗き込むのはシルバーアクセサリーのガラスケースだ。 もうこの店に来てから三十分はたっているはずだ。 時間が押していると言うのに、あれやこれやと悩み考えていれば刻々と時間は過ぎ去っていく。 肩に引っ掛けたギターケースに、ややパンキッシュな格好と長身の銀は良く目立つ。 夕方という時間帯も手伝い、学校帰り仕事帰りでごった返すファンシーショップでは望まずとも彼に視線は集中する。 周りからの視線に無意味な居辛さを感じるが、ここで買い物を済まさなければ次の行動へ移る事が出来ない。 「スミマセン。コレ、…貰える?」 かぶっていた赤チェックのキャスケット帽のずれを直しつつ、ケースをコツコツ指で叩いてカウンターの向こうにいた店員のお姉さんに声をかけた。 さんざん悩んだ末、選んだのはダブルラインの実にシンプルなペアリング。 店員と短い会話を交わし、サイズを伝えた後は片方を箱へ納め真っ赤なリボンをかけるよう頼む。 全ての支度が整えば、逃げ出すように店内を抜け出て銀はケイタイのデジタル数字にて時間を確認する。 「ヤバっ…約束の時間、過ぎてる…。怒ってるだろなー」 まいったね。と肩を竦めるが、コートのポケットに忍ばせた小さな包みを思うと自然と柔らかな笑みが浮かび、銀は足早に待ち合わせ場所へと向かい出した。
コンクリ林のなかにぽっかりと空間を空けた緑の多い公園。 都心であることを一瞬忘れそうになるほどのこの空間も、日が落ちれば大分人影も少なくなるものだ。今も昼間の光景が嘘の様に静まり返っている。 それでも一歩園内を出ればそこは車が走り、時間に押されて歩む人々がごった返す夜すら眠らぬ街。かすかな街の音の中、園内には涼しげな水の音が響く。 そしてその音を追いかけ視線を飾り気の無い噴水へと向ければ、そこに腰掛ける姿を見つけ歩みをほんの少しだけ早めた。 「お待たせ致しました。俺のお姫サマ」 羽織るコートの裾をフワリと揺らし被ったキャスケットを片手で取ると、噴水淵に長い脚を組んで腰掛けている黒髪の麗人の前に業とらしくも恭しく跪く。 暫く垂れた頭をそのままにしていたが、ゆっくりと双眸を持ち上げると一つ微笑みを浮かべた。 「…二十分の遅刻よ」 いかにも業とらしい銀の仕草に、待たされ人であった黒髪の麗人、蛍は細い手首に掛けられた腕時計へと視線を落とす。 「ゴメン。ちょっと買い物に手間取って…そんなに怒ると、キレイな顔。台無しだよ、蛍」 笑いながら立ち上がる銀は、ギターケースを肩より下ろし噴水の淵に立てかける。 「でも、約束通りここに来てくれて嬉しいな。キミは忙しい人だから少し心配してたんだ」 「私は約束を違わない主義よ。出来ない約束はしないの。…アナタと違って」 人を待たせて笑ってられる方がおかしいわ。と長い黒髪を耳の下を撫でる様にして掻上げ言い返してくる蛍に、銀は肩を竦め小さな苦い笑いを浮かべる。 一瞬だったが言葉に詰まった銀は、蛍の底の見えぬ漆黒の瞳から視線をそらし言葉を探す。 「まあ…こうやってちゃんと現れたんだからさ。硬いこと、ナシって事で」 逸らした視線をすっと蛍へ戻し笑顔を浮かべれば、不機嫌を顔に貼り付けていた蛍の表情が和らいでゆく。 ほんの小さな表情変化だ。普通の人ならば気づかないかもしれない。 それすらも銀は見逃さない。彼女の事ならばどんなに些細な変化でも気づく自身はある。いや、気付きたい。 じっと見つめる銀の視線が段々窮屈になるのか、蛍はその白い頬にさっと朱を上らせる。 いつも強気に見える蛍だが、こんな所が微笑ましい。 「そ、それで…私をこんな所に呼び寄せた理由は何?」 頬の火照りを自覚したのか銀の視線から逃げるように瞼を伏せる蛍。 その蛍に銀は微笑ましそうに表情を綻ばせると、コートのポケットへと手を伸ばす。 「蛍が忙しい人ってのは知ってる。でも…何か用事がないと呼び出しちゃいけない?」 「それは…それは、あたりまえでしょ。アナタに付き合うほど暇じゃないもの」 「じゃあ。蛍に逢いたかったってのは、理由になる?」 瞼を伏せる蛍をじっと見下ろしていた銀がそう言葉を紡げば、弾かれるように蛍の漆黒色の瞳が開かれた。 そして返答を探すのか、視線が彷徨う様に揺らぐと蛍は組んでいた脚をやおらに解いた。 黒いワンピースドレスから覗く彼女の白い脚の動きを直視できない銀は、先ほどの蛍と同じ様にすっと瞼を落とす。 視界が覆われた事で彼女の一切の動きがわからなくなったが、カツン。とヒールの音が響いたのでゆっくり目を開ければ、蛍の整った顔が直ぐ傍だった。 「いい加減な人。…でもいいわ、頷いてあげる。その理由」 軽い溜息を一つ落として形の良い唇がそう紡ぐ。 そして白い雪の様な片手が銀の頬へ添えられ、彼女の艶のある笑顔がその美しい表情に刻まれる。 ふわりと甘いベリー系の香りが鼻先を掠めたと思えば、一瞬だったが唇と唇が触れ合った。 「……積極的。俺の立場、無いじゃん」 「ふふ、先手必勝はアナタの口癖のはずなのにね、銀」 静かに離れる蛍の手をそのまま捕まえると、取り出していた小さな箱を彼女の手の平にそっと置く。 真っ赤なリボンが印象的だ。蛍には黒も似合うが赤も似合う。 「プレゼント」 蛍の手の平でリボンを解くと、その蓋をゆっくりと持ち上げる。 現れたリングを見て彼女がどんな反応をするかと思っていたが、蛍は瞳を数度瞬きさせただけだった。 「アナタが…女相手にこんなもの買ってくるなんて。…意外」 「何ソレ。意外かあ…でも、いいんじゃない?蛍が始めてだし、こんな贈り物するのもね」 指輪をマジマジと見つめる蛍に笑い言い返すと、箱をゆっくり持ち上げそこからリングを取り出す。 持ち上げたままだった蛍の手を軽く引くと、その薬指へと銀色のリングを滑らせた。 「ん、ピッタリ。あんまり細いから、店員さんに驚かれた」 蛍の指先で光るリングに満足そうに頷いた銀は、そんな話しを持ち出して小さな笑いを作る。 リングのはめられた指に暫く言葉も無く視線を落としている蛍だったが、ふっと表情を持ち上げた。 「銀?どうして指輪なんて…」 「一緒に居れない事が多いから。蛍が他の所に行かないように…ってのは嘘でもないけど。違うんだ。何でもいいから、カタチにあらわしたくなって。俺がキミの事。愛してるんだ、って事」 気持ちは見え無いからさ。と銀は付け足すと、問うてきた蛍を静かに見つめた。 返された返事に口ごもるのか、それとも本気で言葉が浮かばないのか。蛍は見詰めて来る銀の視線から逃げる事はなかったが、黙ったままだった。 「嫌…だった、かな?」 その沈黙に耐えられなくなったのは銀だった。湧き上がった不安が思わず口から零れ、銀の表情を不安に染めた。 「…馬鹿ね、アナタって本当に。こんなもの無くたって…」 「無くたって?」 クスっと笑う声がしたと思えば、蛍が笑顔を浮かべる。それも滅多にお目にはかかれない満面の笑み。 「そこから先は自分で考えなさい。でも、指輪は正直に嬉しいわ。ありがとう」 未だに笑い声を上げる蛍。困惑気味の銀に厳しい一言を突きつけた後、ふわりと微笑んで指輪をはめる手。右手を左手で包むように握りこむ。 「ん…そっか。いいや、蛍が笑ってくれれば、それだけで俺は嬉しい」 子供のような笑顔を浮かべた銀は、最初からはめていたのか同じリングがはまる指をすっと蛍に見せる。 「相変わらず…単純ね。アナタって」 見せられた対のリングに微笑む蛍だったが、口では呆れるようなそん言葉。 相変わらずな言葉を耳にする銀だが、浮かべられる彼女の微笑が本当に嬉しくて。緩む顔が中々引き締まらなくて、格好が付かなかったがそれを隠す事もせずに蛍の手を取ると、夕飯食べに行こう。とその手を引き始めた。
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