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クリエイター名 |
叶 遥 |
Dead and Love〜その1.頭脳派アルバイト
九条朋康の前には、大盛りの激辛エビチリと四川ラーメン。そして、ニコニコと微笑んで自分を見てくる栗色の髪の幼馴染。その二つを訝しげに、朋康は交互に見つめた。 「どうしたの?ほら、食べて!全部おごりなんだから」 「お前…何を企んでる?」 「え?な、何も企んでないわよ?変なこと言うのね、トモってば」 そういう彼女は明らかに動揺している。だいたい、こんなたくさんの料理をいきなりおごってくれるなんて何か下心があるに決まっている。朋康はため息をついて目の前の少女を見つめた。その視線が居心地悪いのか、もぞもぞと体を動かしながら彼女は肩をすくめる。 「当ててやろうか」 「へっ?」 反射的に顔を上げた彼女の鼻先に、ちょっと日に焼けた指を突き出してからいたずらっぽく笑う。少女の瞳が丸くなった。 「お前の兄貴が、またオレの力を借りたいって言ってんじゃねーのか?」 「すごぉい…なんでわかったの?それもトモの推理?」 「バーカ。こう毎回じゃあ誰だって想像つくっての」 見当違いなことで感心する少女の鼻を軽く弾いてやった。彼女は小さく悲鳴をあげて朋康を睨みつけたが、こんな場合じゃないと気づいたらしく、そうなのよと言った。 「とにかく、兄さんがまた力を借りたいんだって。お願い、トモ」 「あのさあ、毎回オレに助け求めてていいのかよ。仮にも警視庁捜査一課の警部殿なんだろーが、お前の兄貴は」 「だから事件を迷宮入りにするわけにはいかないのよ。お願い!」 少女は肩をすくめて両手を合わせた。少し上目遣いで朋康を見つめる。やっている本人にその気は全くないのだろうが…まるで甘えているようで、可愛い。おもわずそんな仕草に見入ってしまって、慌てて咳払いでごまかした。 「ちっ…しゃーねーな…」 「本当!?ありがとうっ!」 「その代わり!向こう一週間、オレの分の課題も頼むぜ?春海?」 ニヤリと笑って言ってやると、少女…樋口春海は一気に眉間に皺を寄せた。 「えええっなによそれっ!おごってあげるって言ったじゃない〜っ!!」 「それとコレは話が別」 「ひどいよトモ〜っ!」
「これが現場の写真だ」 春海の兄・孝治のゴツゴツとした手から渡された写真を朋康はじっと見つめた。それを横から覗き込んだ春海はあからさまに顔をしかめる。そこには、抱き合うようにして倒れている男女の死体。彼らのすぐそばにあるテーブルには彼らが生前飲んでいたのだろうと思われる、ジュースが入ったコップが2つあるだけだった。 「死んでいるのは桃井勝也と田中真澄の2人。彼らは恋人同士だったようなんだがかなりケンカが絶えなくてな。よく周囲に『何もかも嫌になった』と漏らしていたそうだ。死因はそのコップの中に入っていた青酸カリを飲んでの中毒死。まあ…最初は合意の上での心中だろうと思っていたんだが、真澄の友人という女が『心中なんてありえない』と抗議してきたんでな。…お前なら何か気づくんじゃないかと」 写真を見つめたまま朋康は小さく唸った。そんな彼の仕草に不安を覚えたのか、心配そうに春海が朋康を見る。 「おっさん」 不意に朋康は孝治を呼び、春海から離れた場所に連れて行った。 「なんだ?」 「取引しようぜ。この事件を解決してやる代わりにさ」 「なに!?」 「たまにはいいだろ?オレ様が何回助けてやったと思ってんだ」 脅しにも似た朋康の言葉に、一瞬険しくなった孝治の顔が苦しげに歪む。反論できないのが悔しいところだ。 「…話だけは聞こう」 「いい心がけだ。なに、簡単なことさ。オレと春海が2人っきりで一泊旅行できるように取り計らってほしいんだよ。簡単だろ?警部殿の人脈なら、さ」 「なっ…何を考えている!?」 「さあな〜」 にやりと笑う朋康の顔は、まさしく悪魔のそれだ。だがここで事件から降りられては困ることも事実で。どうする?と見てくる朋康に、孝治は唇を噛み締めた。 「…努力しよう」 「そう来なくっちゃな!さって、じゃあこっちも誠意見せねえとな。なんてったって、春海を丸一日借りるわけだし?」 「…あいつを泣かせるような真似は許さんぞ」 まるで娘の恋人に対して父親が言う言葉のようだ、と内心で思いながらもキツイ口調で言った彼に、朋康はまるで悪魔のような返事を返した。 「安心しろよ。オレ、こう見えてもテクニシャンだからさ」 サッと孝治の顔から血の気が失せた。そんな反応がおかしくて、朋康は笑いながらよろしく、と手を振って春海の元へ戻った。まさか2人でそんな裏取引が行われていたなんて夢にも思わない春海は、ただ自分一人省かれたことに不満を漏らしたが、また写真を見始めた朋康の邪魔は良くないと思ったのか黙り込んだ。十秒ほど経って、そっと彼の顔をうかがう。 「何かわかった?トモ」 「おぅ。こりゃ確かに心中じゃないな、勝也って野郎が仕組んだ無理心中だ」 「えっ!!」 朋康の言葉に春海と孝治が同時に声を上げた。そんな2人に、手にしていた写真を渡してそこに映っているテーブルの上を指す。 「ほら、このテーブルの上のコップよく見てみろよ。勝也のコップはほとんど無くなってんのに、真澄の方はあんまり口をつけたって感じじゃない。青酸カリってのはすげー強い毒だから、ほんのちょっと舐めただけでかなりダメージがクるんだよな。真澄に死ぬ気なんて全然無かったから、ほんの少し舐めてこのジュースがおかしいって気づいて吐き出したんだろ」 「で、でもこの2人…ほら、抱き合って死んでるのよ?2人とも同じ毒飲んで」 「ああ。勝也は慌てたろうな、真澄が毒に気づいて飲まねえもんだから。急いでジュースを口に含んで、真澄にキスしたんだ」 「…口移しか…」 「そう。一旦飲んじまえば毒の回りは早えからな。そのまま奴から離れることもできずに2人抱き合ったように死んだんだろ。その証拠に…よく見りゃ勝也の口にも真澄の付けてた口紅が付いてるぜ」 「…確かに…!よし、早速そのように報告してこよう!」 言うが早いか、孝治は写真をつかむと慌しく部屋を出て行った。それを見送った春海は、そのまま朋康の方に目をやってニッコリと微笑んだ。 「ンだよ?」 「すごいなあ、トモは!あんなちょっとの手がかりも見逃さないんだもん。私、尊敬しちゃうよ!!」 手放しで誉められるとなんだか照れくさくて。しかも相手は朋康にとって何よりも大切な宝物で。顔が赤くなっていることを悟られないようにそっぽを向いて、そんなことねえよと呟いた。
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