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クリエイター名  竜城英理
「謳う天使」


 ひっそりとした街並みに二人の男が踏み入れたのは数時間前。
 大気は幾分水分を含み、肌に心地良さを与える。湿気が不快にならない位の気温。
 古い煉瓦造りの建築物が放射状に広がり、美しい景観を見せている。
 建物が多いならば、それだけの住人が居ても良いはずなのに、閑散とした空気は何なのだろう。
 放射状の中心に立てば、一人取り残された気分になるに違いない。
 今はその様な事をする人影も無いが。
 人の気配の途絶えるにしては時間的には早い筈だ。
 空を見上げても、陽は高く、都市部では市が開かれて賑わっている時間帯で有る事が多いからだ。
 何も田舎だから、住人が家に籠もる時間が他の街より早いと云う理由にこじつけるにしても、無理があった。

 事件が起こったと報告が入ったのは一週間前だった。
 要領を得ない報告を、魔術士連盟の理事達は素直に最初は信じたわけではなかった。

「このまま帰っても何も文句は云われないだろう」
 紺碧の瞳が強い意志を感じさせる、二十五歳位の男が云う。
 名はラウル・リンドール。引き締まった体付きと、貴族的な顔立ち。十中八九の人間が美男と賞賛する整った造形をしている。
 寒々しく感じる空気に耐えきれなくなったのか、ただ単に変わらない街並みに飽きたのか。
 自動機械の制御装置へと徐に停止指令を送り、停止させた。
「何を勝手に停止させているのです? 私はそのような指示を与えてはいませんよ」
 ラウルの隣に座す男が、伏せたままだった瞼を開き、珍しい橙色の瞳がラウルの方へと視線を投げる。
 麗しのアイン・キリングと、名の前に形容詞が付けられてしまう程に、見惚れてしまう容貌。繊細で年齢を断定し難い美しさだ。華奢な体付きは折れはしないかと不安にさせる。
「既に街中を二周はしたからな。この街に長居する義理も無いだろうが」
「仕事はまだ終えては居ないでしょう」
 長時間座りっぱなしだったのがいけなかったのか、アインの顔色は幾分悪い。気遣われるのが苦手だと分かっているラウルは何か云いたげな表情を見せて居たが、敢えて気付かなかった振りをする。
「ギルドにだって、とりあえずは顔出ししたじゃないか。仕事は終わってる筈だ」
 それは仕事かと正面切って問われれば、多少はまごつきはするがギルドの人間が何も云わなかったのだから良いのではないか。
 アインは、ふう、と溜息をつき、理解したくない事は分かりますが、と前置きをして云う。
「わざわざ私達に依頼が来たと云う事は、何かしらの仕事が現地であるのでしょう。ギルドの人間が何も云わないのだから、依頼人はこの街に居るのでしょう。貴方も分かっているのに、いい加減その様に理解をしなさい」
「大体、依頼人のマーカーが街の中に無いんだから、それは、依頼人契約不履行でいけるだろう?」
 ほら、と、精緻な細工が施された八角形のタブレットに、はめ込まれた鏡面に映る光点が移動すらせずに点滅させているのを示す。
「移動はしていなくとも、示しているのですから、此処に居るのでしょう。地上にないのなら、地下でしょう。探しなさい、ラウル」
 自動機械の振動にすっかり酔ってしまった為に、気分が最悪なのか、口調がどうしてもとげとげしいものになる。古代遺産である機械に未だ慣れる事が出来ないでいるのは、どことなく不愉快な気分だが、苦手な物もあっても良いかと最近は思う様になった。ラウルのお気楽思考のお陰であるとは口には出さないが。
 ラウルが、云われた通りに地下への入り口が無いか調べていた所、案外簡単に見つかったらしく、噴水のしたに埋め込まれたプレートを弄っている。
 誰にでも扱える場所にあるのは、街の人間が避難用に作っていた物なのだろうか。
 そう思いながらも、何処か釈然としないでいた。
 陽は未だ天にあり、時間が過ぎているのを感じさせない。
「アイン、地下へ続く階段がある」
 ラウルの元へと歩み寄り、入り口を覗き込む。
「人の気配が有りませんね。階段にも、足跡一つ無い。………タブレットは変わらずにこの場所を示していますか?」
 ラウルは手に持っているタブレットが示す、光点の位置を確認する。
「動いていないな。確かめないわけにはいかないし……、しょうがない、行くか」
 符を一枚取りだし、小さく呟くと、ラウルの周囲に光が出現する。
 光が淡く照らし出す中、地下へと降りて行く。
 地下水道の階層を更に降りた場所であるらしく、随分と深い。
 それでも、気配が無いのは。
 後ろを歩いていた、アインがラウルを呼び止める。
「嫌な予感がします。もしかして、地下は……」
「アインは此処で待っていてくれ、俺一人で見てくる」
 出口が今降りてきた場所しか無い為に、万が一を考えて待機して貰おうと云うのだろう。
 アインは地下へと降りていく後ろ姿を見送って、先程気になっていた記憶を思い返す。
 初めて街に入った時も陽が昇っていた。
 地下へと降りる時にも気になり、見上げたら同じ位置に陽が有ったのだ。
 二人が調査している時間、移動している時間など考えると、陽の位置が同じという事はあり得ないはずだ。
「アイン!」
 地下でラウルが呼んでいる。
 返事をし、階段を降りていく。
 其処に有ったのは。
 地下に広がって居たのは、地下墓地だった。
「これは………人の気配がしないはずです。墓地なのですから」
 整然と並べられた石棺に、敬虔な気持ちになりながら、奥に据えられた祭壇に立つ、ラウルの元へと歩を進める。
「此処を示しているのは、この発信装置のせいだ。繰り返し定期的に発信する様に設定されている」
「生きている人は、もう、居ないというのに」
「だが、不思議なのは、石棺にある遺体の腐敗具合だ。今にも起きて来そうな位だ」
「ああ、それは………」
「何か判ったのか?」
 数瞬の間、黙していたが、答えに辿り着いたのか口にする。
「時間が止まっているのですよ、この街は」
 ラウルが不意に落ちない表情をして、アインを見る。
「最初、街に入った時、妙に明るいと思ったのです。明るさはそのまま変化無く、調査中も変わらなかった。街の中を歩いて回ったりしていましたから、確実に時間は過ぎているというのに。異常に気付いたのは、この地下へ降りる時です。陽がまだ天にあったのですから」
「それで詳しい内容を云わなかったのか、ギルドは」
「この街に入る事が出来る、見つける事ができるのはこの発信装置だけが手がかりだったのでしょうね。たまたま、この辺りを通りがかった、私達に依頼が来たのは偶然でしょう」
「タイミングか」
「ええ。どの様なサイクルで発信されるか判りませんから、ギルドの人間も監視していたにしても、派遣する人間が都合良く居なければ無理でしょうし」
 都合の良い私達がいた為に、日の目を見る事になったのでしょう。
「俺達の仕事は、街の最期を見届ける事か」
「発信装置が有るから、街が見つからない。元々、この地下墓地から見るに固有宗教の閉鎖された街だったのかも知れませんね。今ではもう、判らないですが」
 ラウルは祭壇の奥に据えられた像に触れ、気になる部分を調べている。
 翼を持つ、神の御使を形にした古代宗教の像だ。
「時間魔法………、街丸ごとに対してかけられているのかも知れません。大魔法をどうする事も出来ない以上は、発信装置を解除して、このまま眠りにつく様、そっとしておくしかないでしょう。ギルドが知りたかったのは、生存者が居るのかどうかでしょうし。十分だと思います」

 これ以上留まるのは死者の眠りを妨げる事になると思ったのだろう。
 アインは踵を返し、階段へと足を向けた。
 ラウルは、像に備え付けられた、機能の一つを作動させた。
 緩やかに、聖堂に響き始めたのは、謳う者の無い鎮魂歌だった。
 優しく響く声は街を包み込む。
 二人が街を出た時、振り向いても其処に街は無かった。

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