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クリエイター名 |
べるがー |
ある恋人の一日
・ギャグコメディ調(重くない恋愛風味)
「久しぶりに一緒に出掛けようって‥‥ここ?」 女が、男に尋ねる。 「うんそう、ここ♪」 男が女に答えた。目は既に女に向けられてはいない。 「ふうーん‥‥」 「あっ、早く場所取んなくちゃ」 天真爛漫な男は、いつでも、どこでも、人気者で。──そりゃあ、私だって分かってたんだけどねっ! せめて、「早く来いよ」とか。「何してんの」って声をかけて振り返ってくれていたら。この時、私は思いとどまったかもしれないのに。 「あ〜っ、可愛いよねぇ〜‥‥柴わんこ♪」 犬と戯れる男が一匹。女を無視して話は進む。 「ん? お前、俺の事がわかるの? うんうん、今日は丸一日構ってやれるからなっ」 ──コイツ、日頃デート出来ないって言ってるのはここに通い詰めだったからかっ。 たくさんの種類の犬たちが、入場料を払ってやって来た人間に尻尾を振っている。その中に、自分も尻尾を振って飛び込んでいく馬鹿者が一匹。 「ん〜っ、お前ってば可愛い奴!」 ──ぶちっ。 私の中で、何かが、キレた。 「私に対してはそんな事、ひとっことも言ってくれた事なかったくせにーッ!!」 ぶんっ、ひゅーん、どかっ。 「うわあっ」 男が、女物のショルダーバッグを後頭部にクリーンヒットさせ、昏倒する。 自分の彼女より、入場料を払って戯れる犬が大事なら。そんなら、そんなら、一生ここで犬とデートしてろッ!! ふんっ、と女はショルダーバッグを奪い返すと、出入口に向かって身を翻す。ついでに念入りにヒールで踏みつけてやった。
──好きだったけど。そういう、天真爛漫な、犬大好きなとこも好きだったけどっ。
涙が、涙が溢れて止まらない。 女って、そういう簡単なものじゃない。好きだ、付き合おう、だけじゃ物足りない。言葉が欲しいのに。男はそうじゃないの? だしだしだし、と地面に打ち付けるような足音に、通行人が怯えて道を開ける。犬まで私を避けやがる。 「くぅ〜ん」 足元に、一匹の子犬。さっきの柴わんこによく似た純粋な瞳の犬だった。 「何よっ」 情けないったら! まるで彼氏を寝取られた女みたい。相手がまだ女だったら殴ってスッキリも出来たけど、相手は子犬。殴ったら動物愛護協会から文句がくるわよっ! 「きゅーん」 すりすりすり、と。どう考えても髪振り乱して服乱して鼻息荒く歩いていた私は怖い存在なのに。 子犬は心配するように、うるんだ目を上げる。 ──大丈夫? 大丈夫? まるでそんな事を言っているみたい。 その悪意のカケラもない顔に、私は膝から力が抜ける。ぺたん、と地面にそのまま座り込んだ。 「くぅん」 何を思ったのか、頭を手の平に擦り付けた。私の心からトゲトゲを抜き取っていく。 ──もう、もう、私もばかだぁ〜〜〜。 にッくきライバルの筈のそいつを、私は抱きしめていた。だってしょうがないじゃない、私は犬好きなんだもの‥‥。 すりすりすりすり。その柔らかな毛並みを堪能していると、ぶっ倒れていた筈の(間違いない、だって私が手を下したんだもの)男が追い駆けてきた。 「ごめん、ごめんなっ」 何故か謝る気になったようだ。気付かなくってごめん、と必死な顔をして謝っている。‥‥ばか、周りにはまだ親子連れがいるのに。 「いいわよ‥‥もう」 ばからしくなっちゃった、と涙を拭って子犬を抱き上げる。男はようやく顔を上げてホッとした顔を見せた。いつもこんな顔をしてくれていたらいいのに。 ──と、思った私はアサハカであった。コイツはやっぱりコイツ、天真爛漫の壁をぶち抜いて人間以下、いいえ犬並みの鈍感さを地でいく男に過ぎなかったっ。 「ごめんな、お前も柴わんこ、独り占めしたかったんだろ?」 コイツ、と正直言うと思った。引きつる顔を感じながらも、私は子犬を左手で抱き、右手で。 「イテ、イテ、痛いんですけどっ」 「うるさいっ、さっさと行くよっ」 もう一匹のばか犬の耳を、引っ掴んで歩く。
──しょせん、私はブリーダー。人間の恋を出来なくても、いつか絶対飼い主命の忠犬にしてやる。
女は颯爽と二匹の犬を手に戻って行く。
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