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クリエイター名 |
べるがー |
閉じ込められた王女と閉じ込めた騎士
・シリアス(微量ダーク恋愛風味)
──此処に閉じ込められたのはいつの事だったろう?
既にあやふやになりつつある記憶に自分のどこかが綻び始めてるのを感じる。 ただ呆けたように窓から見える空を眺めていた私の耳に、カツカツと迷いなく近づいてくる足音。 この部屋の外は冷たい硬質の廊下に繋がっているのだろうか? 私はそれを知っていただろうか? それとも、この耳に聞こえる音も過去の記憶の産物──?
もうそれすらどうでも良い気がして、寝ているうちに肌蹴てしまってた姿のまま、シーツをしわくちゃにした上で本当に来るのか分からない来客を待つ。 足音が近づいて来るほど、まるで自分が見たかのように脳裏に黒いブーツが浮かぶ。 皮のそれは泥に塗れる事もなく、私が覚えている限り騎士の誇りそのものの艶やかさを誇っていた。 黒い皮ブーツの上はやはり黒い布で足も、太腿も覆っている。ああそうだ、確か足元まであるマンテルも蝙蝠のような黒い布‥‥。 肌は雪のように白いのに、『彼』は何故そんな服ばかりを──
連想するように思い出された『彼』という言葉に、来客が正に現実のもので、私はそんな彼に乱暴にここに連れ去られて来ていた事を思い出した。 がちゃん、がちゃがちゃ。 不愉快な金属が擦れ合う音は扉の方から聞こえる。尚更頭が冷えていくのが分かった。 「‥‥起きましたか」 それは起床という意味で言っているより、混乱に乗じて連れてこられた時に比べ、いくらか我に返った事を指しているように感じた。
「何故──」 腹の底から煮え滾る想いを声に出したせいか、むせ返った。ずっと泣いていたのが悪かったかもしれない。喉がカラカラだ。 「水とワインがあります」 どちらが? と相変わらず騎士然とした男に心底からの怒りを感じた。この男──よくも顔色を変えずに、そんな事を! 「父さまを殺しておいて、ぬけぬけと──!」 国王である父はとても彼を信じていた。生まれより彼の品性と誇りと剣の腕を信じ、私の傍に常に置いていたのに‥‥何故! 「‥‥お怒りは当然です」 相変わらず不愉快なほど冷静な声と言葉。 今頃あの穏やかで優しい故郷(くに)はどうなっている事だろう? 宰相の甘言に乗り、国王と、王妃と、幼い王子を殺し、彼は今ここにいる。私と、まるで外界から閉じ込めるようなこんな塔に。彼が一体何をしたいのか、さっぱり分からない。 「あんたの狙いは何だったの? 出自に関係なく騎士の誉れを享受し、国王と王妃の信頼を得、私の護衛だったくせに──!!」 無表情で倒れ行く弟‥‥王子を振り返る事なく、城を占拠するでもなく、さっさと私一人を連れ出し、こんな辺境の塔に閉じこもるなど気が狂っているとしか思えない。 だというのに、この目の前の黒騎士は全くというほど動揺も浮き足立った言動もなく、実に冷静に、かつて見たままの無表情のままで今私の前にいた。 「宰相が城と権力が欲しいというのであの国ごと与えました」 「な‥‥?」 「私は貴女が欲しかったので、国王と王妃、王子を殺しました」 「何ですって‥‥?」 顔を顰める王女はきっと自分の想いを理解してないに違いない。自分で分かる範囲で懸命に答えを出そうとしている筈だ。 「私の体が目当てだとでも‥‥?」 訝りながらもそれが妥当と判断したらしい。全く、小さく溜め息が零れた。だから自分はこんな方法に出るしかなかったのだ。 「何なのよ」 むすりと不機嫌そうな王女は自分の魅力になど欠片も感じてないのだろう。 どれほど自分が辛い想いをしていたかなど。感謝してもし足りない筈の国王を殺す事にも躊躇いなど自分を狂わせたくせに。
「とにかく貴女にはここに居て頂きます」 食事の心配は無用ですよ、と。手にした鎖と鍵を弄びながらそう言った。部屋に出る自由すら与えない、と言うつもりか。 「いつまでここにいろっていうの‥‥」 唸るような王女に、ここにきてようやく騎士の顔に無表情以外の表情らしい表情を浮かべた。 「貴女が私の想いに気付くまで。同じ想いを抱くまで」
不思議そうに自分を見返す王女の顔を、騎士は遠慮する事なく見返した。 これからは、誰に憚る事なく、誰かに奪われる心配をする事なく、彼女を見つめていられるのだから。 不安の芽は、自分のこの手が確実に葬り去ったのだから──。
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