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クリエイター名 |
猟犬 |
サンプル
―――今回、君に与える任務は最上級のものだ。 ―――危険な任務ですか? ―――既に5人やられた。 ―――それはそれは。で、どうします? ―――場合による。無理なら封印で構わん。お前ならできるだろう。頼んだぞ、アーミティッジ。 「なんつって、冗談じゃないっ……!」 派遣先の小さな村で待っていたのは危険ではなかった。選ぶ魔術のどれが正解かは不明。それが間違っていたと分かる時は天国にいる。こういうのを示す言葉をアーミティッジは一つしか知らない。 「これは博打っつーんだよ!!」 叫びながらも呪文を唱え、迫り来る人形の爪をかわし、攻撃する。 村にいた敵は三人。一人が傀儡系魔術を修めた女性魔術師。機関に属さず、単独で魔術を研究し行使する、言わば犯罪者。残る二人―――と言うか二体が、そいつの操る人形。 アーミティッジは舌打ちにも似た雑音を漏らした。一対三はかなり厳しい。呪文を唱える時間が足りない。彼は高速詠唱と呼ばれる、呪文を早く唱える技法を用いているが、それでも決定打が出ないのは相手もかなりの実力者だからか。今は高速詠唱のお陰でどうにか均衡を保っている状態だ。 (戦況は極端に不利か……5人やられたってのも頷ける話だな……) 刻一刻と近づく死に冷や汗が流れる。その背中に衝撃が走った。 背中を殴打された事で体内の空気が押し出され、呼吸が止まる。喉の奥から潰れた声が搾り出されて意識が遠くなるが、強く地面を蹴り出してその場を離れた。直後に鋭い剣が何本も地面に突き刺さった。 直感でアーミティッジは悟った。そろそろ終戦だと。ダメージがあり、疲労があり、敵は健在。 それでもアーミティッジには負ける気がなかった。息を吐いて三人の敵を鋭く見据える。 目の前に立っている男は、今までの誰よりも強い。あの5人を足してもまだ足りないくらいに上にいると一目で分かったが、焦りは無かった。 あの人形は丁寧に時間をかけて作り上げた傑作だ。そこに肉体強化をし、魔術の研鑽も積んだ自身が加われば、負ける事など万に一つもない。 奴の呪文は速い。だが理解できる。どんな攻撃をしようとも完璧に対応できる。 その自信が、つまり敗因だったのか。 気付けば周りの景色に僅かだがずれが生じている。魔術が生み出すものだ。そして感じる、世界から得られる情報に混じるノイズ。これは 「魔術―――時空系、の?」 その耳に響く音。ずっと、何度も吐き出されてきた雑音が、アーミティッジの口からまた漏れる。その正体に、彼女も漸く気がついた。 圧縮言語。呪文の意味を残したまま短い音に変換する技法。 「まさか―――まさかこれは……圧縮言語か!? だが、時空系は圧縮言語でも四十節以上の呪文がいる筈……」 「ふん。これはな、圧縮言語の高速詠唱だ」 「な、馬鹿な!! 理論上、確かに可能とは言え成功させるなど!!」 「驚くのは早いぜ。しかもこいつは多重圧縮なんだよ。理解出来るか?」 多重圧縮は、圧縮した言語を更に圧縮する技術である。通常、圧縮は一回きりだ。余りに圧縮しすぎると、意味は失われ呪文として用を成さなくなる。何度か多重圧縮に成功した例はあるが、殆ど偶然であり、意識的にそれを行おうと思っても出来るものではない。 (それをやってのけたのか、この男―――!!) 「こいつのお陰で百二十秒はかかる時空系の呪文が十八秒にまで短縮出来る。バレないように細切れに使うのは俺としても賭けだったがな……成功して良かったよ」 「おのれ、おのれぇ!! ジュノー、マリナス! 八つ裂きにしてしまえ!!」 主の叫びに反応した二つの人形が突っ込んでくる。アーミティッジはそれを見ながら、また一つ、雑音にしか聞こえない微小の言語を紡いだ。 “ならば諸人こぞりて屈せよ。死せる館は扉を開き、その身を星海の彼方へ葬るなり” 時空系上位上級魔術、最終節。 「貴様ぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」 叫びは外に届かない。主と分断された人形が力を失い崩れ落ちる。そして彼女は閉じられた世界で無限に続いていくだけだ。 ずれが立方を形成していく。死せる館の扉が閉まる。 「―――封印、完成」
任務終了。 指定の魔術師は封印。 人形は回収。以後の措置は管理局に一任。
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