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クリエイター名 |
溌麻冬鵺 |
あちらがわ
その夢は不意に現れた。
一 一八八二年Bの月二十八日
僕は恐らく、人生というものに嫌気を感じていたのでしょう。名高い学院に通っていましたし、その上学院でも優秀な成績を収めていたものですから。大概の学問が僕の前に置かれましたが、どれも僕にとってはすぐ解ける謎のようなものだったのです。友人達も僕の頭脳に敵わなかったようで、心中彼らを軽蔑しているところがありました。向かうところ敵なしと言えば聞こえはいいのでしょうが、世界が灰色に見えるだけで楽しいことなど見付かりません。少々、飽き飽きしていたところでした。 そんなときでした。教授が僕にそこの話をしたのは。 「他言しないと言い切れるか」 彼は出し抜けにそう切り出しました。その教授は僕から見ても尊敬出来るほどの頭の持ち主だったので、僕は即座に頷きました。第一に彼は僕に特別目を掛けてくれていたし、第二に自分よりも高等な相手に認められる経験という貴重なものを、逃したくなかったのです。下等な人間に認められるのは当然のことですから。 「町の外れにある映画館を知っているだろう」 「映画館とはいっても、あれはもう」 「あそこに真夜中、行ってみると良い」 教授は僕の発言など聞こえなかったかのように背を向けてしまいました。よりにもよって僕の台詞が無視されたことには流石に腹を立てもしましたが、映画館という単語に僕は疑念を抱き考え込まずにはいられません。教授は映画館と言いましたが、あそこはもう長いこと使われておらず廃墟と化しているのです。そんなところに、しかも真夜中に訪れたとしても、何になるというのでしょう。ですが教授は僕のいることを忘れたと言いたい素振りで研究室から出て行ってしまいましたし、いつ帰ってくるとも知れません。窓の外も橙色に染まっています。諦めて家へ戻ることにしました。 簡単な夕食を済ませ銭湯から帰ると、僕は常のように読書に取り掛かりました。誰かと話す無駄をするくらいなら、本と過ごし本と結婚し本にだけ一生を費やす方がずっと良いと信じ込んでいるのです。本しか愛せない、僕は本に恋しているのだと。それが幼少の頃からの僕の持論でした。しかしどうしたことでしょう。その日に限って僕は愛する本に集中出来なかったのです。どの本を手に取ってみても数行読んだだけで投げ出してしまいたくなるのです。ため息をつき、僕は本棚に恋人達を収めました。体調が悪いというのでもないのにこの体たらく。調子のおかしな自分に毒づき、窓の外を見ると随分と暗い空でした。風が強いのか雲が勢いよく滑っています。月は雲に隠れうっすらとした光しか窺えません。 (月に叢雲花に風、というわけですか) そうでした。今は夜なのです。僕の心を乱し恋人から遠ざけている犯人は、夕方に教授が漏らした秘密に違いないのです。その秘密が僕を惹き付けてやまないのです。真夜中を待ち切れず、気付けば僕は狭い部屋の中で行ったり来たりを繰り返していました。夜に出掛けていくということが当時の僕にとってどれほど刺激的で禁忌的であったか、分かって貰えるでしょうか。僕には親しくしている人間のいたこともないので、集まって夜通し酒を呑むことはおろか、誰かと出掛けたことすらなかったのです。本棚から心配している恋人達を捨て置いて、僕は夜が更けるのをそわそわしながら待ちました。浮気する人間は最初こんな思いなのだろうと考えながら。 深夜になる前に、僕は家を抜け出ることにしました。下宿という環境下において、夜に出て行くという行為は実に危険を感じる、胸の躍るものでした。僕は履物を手に持ち、音を立てないよう窓から脱出しました。大家さんに見付かれば大目玉を食うこと必至です。それを知っていながら忍び出た時点で、僕は普段の理性から遠ざかっていたといえましょう。何故なら高揚感を抱えながらも、窓から見える街並みが読書を終えて窓を閉めにいくときに見るものとは異なって目に映るのですから。 人通りの少ない道ばかりではありましたが、僕は人目につかないよう進みました。人が僕の隣を過ぎていくときの興奮といったら、もう譬えようもありません。そうして小さな冒険を楽しみながら暫くすると、目的地である元映画館が見えてきました。数十年前にはさぞかし人の訪れも多かったであろうその劇場は、昔は町中にあったと聞いています。映画館が端から町外れにあったのではなく、段々と移っていく街に映画館が取り残されていったのでしょう。かくして人気をなくし、廃れていった遊技場の成れの果てとなったわけです。 古びた映画館の前に立った僕はどうしたものかと考えました。勝手に入るのは法に触れそうですし、鍵だって掛かっているでしょう。そうして二三分ほどでしょうか、もっと短かかったかもしれません、そのくらい経つと内側から扉が開いたのです。ゆらゆらと光が視界の中央に現れ僕はぎょっとしましたが、開けたのが中に見える少年によるものだと分かるとまた違った風に面食らいました。 揺れる明かりは炎で、それを持っているのが少年だったのです。十に満たないであろうとおぼしきその少年は異様に肌が白く、線が細いこと以外の理由からくる危うさを備えているようでした。絵画や人形であったとしてもこのような少年を見たことはありませんでしたから、無言のまま僕は彼を凝視していたようです。白い蝋燭を直に握った少年はもの問いたげな目で僕を見上げました。やっとその視線の真意を知った僕は、教授から教わった短い台詞を伝聞形で説明しました。少年は小さく頷くと蝋燭の炎を歪ませながら通路の奥へと歩いていきます。彼が一度振り返ったのを見、僕はその後に続きました。 暗い通路は落ち着いた建築様式を思わせます。僕はその手のものには暗いのですが、かつては相当な価値を持った建築物が遺棄されているのだろうと感じ薄暗い気分になりました。緩やかな曲線を描く階段を一段ずつ上り、階上の通路を行き、一室の前で少年は足を止めました。その部屋は他の部屋とは異なり、主人が中にいるのだろうと思わせるに充分なものでした。少年は一度僕を見ると、控えめに扉を二度叩き次の音を待ちました。僕は彼の後ろでこれから会うだろう何かの想像をしていました。 「どうぞ」 中から聞こえてきたのは涼しげな女性、それも少女のような声でした。少年が扉を押し開けるのを待ち、僕は軽く形だけの会釈をしてから部屋の中に入りました。 そこにいたのは柔らかそうな椅子に腰掛けた少女で、蝋燭の少年とどこか似ているような気もしましたが、口をきかないあの少年の美しさとは違い年長であるだろう彼女には却って愛らしさの方が強く認められるようでした。しかしそれと幼さとは別のもので、彼女は既に成熟した、いえ、完成された美とでもいうべき何かを備えていたのでしょう。決して昼間には見られないような類の美が彼女と彼女の周囲に満ちていました。その美は恋人である本に比べてもどこか捨て難い、それどころか本よりも魅力的に思われるのです。僕は首を振ってその幻想を打ち消そうとしました。夜にしか輝けない美に価値があるのか。何とかして自分を説き伏せたかったのですが、彼女は僕に向かって笑い掛けました。 それがいけなかったのではありません。確かにその瞬間から僕はそれまでとは変わりました。ですが僕が少女を素晴らしいと思い尊敬までしたのは、彼女が僕よりも知的であり、その上幅広い知識を持っていたからです。かの魅力がますます彼女を無二のものと思わせたのは言うまでもないでしょう。 彼女は劇場の持ち主であった男の孫だと自らを説明しました。それが事実かどうかは確かめようもありません。少年と同じように人形のような非の打ち所のない麗しさは僕に形容の出来るものでもないとしか言えないでしょう。 「人間に恋は出来なくとも、人形には恋が出来ると申します」 彼女は微笑んで第一声を放ちました。僕は考えていることを見透かされたと感じはっとなりました。僕の動作を意に介さないのか、少女は歓迎の表情を顔に貼り付かせて僕を直視しているのです。 「お待ちしていましたわ」 炎に照らされた白い顔の中、赤く縁取られた唇が上を向きます。彼女は教授から僕のことを聞いていたのでしょう、何ということもないように僕の名前を正しく言ったのです。どうして僕をここに呼び寄せたのか尋ねると、知識を広めるためだという返事がすぐに僕へと届けられました。僕のような人間から知識を受けたいのかと思っていましたが、専門のことや学んだこと以外のことになると僕は赤子同然でした。 「例えば、貴方は十二番街の通りを毎日通っておいでですわね。その商店街が先週と今週とではどのように違っているか、覚えていらっしゃいますか」 僕は答えられず黙り込みました。店が先週と今週とで変化があったとしても、僕に差し支えはないので意識していなかったのです。そう弁解すると彼女は口元に手を当てて笑いました。僕の弁解は稚拙でした。彼女は必要もない商店街の違いを、全く見たことのないのにも関わらず正確に暗記していたからです。そんなことさえも記憶していない自分に内心忸怩たるものがありました。その様子は外にまで溢れ出ていたのでしょう、彼女は硝子のような目で見通すかのような、菩薩のような笑みを浮かべました。 これまでの恥をどうにかして消してしまおうと、僕は自分が学んでいることに話題を移しました。しかし一を知れば十を知る以上の理解力を持つ少女は、僕がたっぷり時間を掛けて話したことを一息で要約し更に補足や間違いの指摘をもしてしまいました。僕は肩を落としたくなりましたが、彼女はそれも分かっているらしく優しく言いました。 「わたくしは、貴方から見たお話を窺いたいのです」 彼女は僕だけでなく、教授やそういった優れた人に話を聞いたりしているのでしょう。一冊の本も本棚も、紙の一枚もない部屋の住人でありながら彼女は知性を輝かせていました。今まで莫迦にしていた知識というものがにわかに意識され、そうしている内に夜明けが近付きつつありました。日の光が現れる前に彼女は窓の外を眺め、私に告げるのでした。 「また、いらして下さいませ」 後ろ髪を引かれる思いで部屋を辞し、白痴と紛う無言振りを見せる少年に導かれ僕は館を出ました。まだ辺りは暗く、もうすぐ夜が明けるなどとは信じられません。映画館の横をふと見ると、物置のようなみすぼらしい建物がありました。何げなく僕はそちらへ歩いていき、その途中で衝撃を感じ気を失ったのです。
二 一八八二年Dの月十六日
劇場は今でも残っています。僕は週に三度、最低でも二度はそこに通っていました。彼女は依然として年を取らないような姿と衰えない知性、鋭い観察眼といったものを失わないままでした。完全なあの少女には欠乏も剰余も関係がないとでも言わんばかりで、変わらずといえば少年も一言もものを言わないのでした。 不思議なことに、僕はあの日より前のことを覚えていないのです。理由は分かりませんが、これが成長なのかもしれないと納得していました。彼女にそう言うとおかしそうに笑われたものです。僕は元来人に笑われると不快に感じる質でしたが、彼女に笑われても気分を害されることもなく、それどころか笑われて機嫌の良くなっている自分が分かるのです。知性そのものにも思われる彼女の前では笑われても当然ですし、それ以上に彼女を敬ってもいました。 しかし勘違いされては困ります。僕は彼女を一人の人間として、もっと言うならば異性として愛しているのではありません。あの少女にもし人間らしいところのひとつでもあったなら、僕は彼女をこうまで尊敬はしていないでしょう。廃墟となった映画館の女主人は、現実性をいささかも伴っていませんでした。僕は毎朝手桶に水を張って顔を洗うのですが、この時期にはそこに映った自分が僕の顔とは無関係を装い笑った幻想を見るようになりました。健康的な光に輝く水、それでいて現実と切り離されたように歪み笑うもう一人の僕。映画館を訪れるまでは注意を払いもしなかったささやかな生活における不気味に、僕はにたにたと笑うようになっていたのです。けれどもそれくらいでは我慢がなりません。同じことであっても眩しい光と水では足りないのです。圧倒されんばかりの闇夜に浮いた一つの炎に、あの白い顔が照らされ、笑う夢を見る。そちらの方がずっと僕の心を動かすのでした。昼の世界では僕は相変わらず強者でしたし、秀才でした。変わりませんでした。夜になれば僕が勝てもしない少女相手に天然の道化を演じていると知らず、誰もが僕に敬意を表しているのです。可笑しくて可笑しくて、笑い出しそうになるのを堪えている毎日でした。昼夜の差を楽しむのはいわば可笑であり目的でも何でもありませんでしたが、一応はそれなりに楽しませて貰いました。そうして朝から僕は暗い映画館と炎と彼女とにあくがれ、夜までの長い長い時間を苦しみながら過ごしていました。 この日は古い活動写真を見せて貰ったのでした。僕は彼女の顔が火に揺れるのをうっとりと眺めました。彼女は不躾な僕の視線を咎めるようなことは敢えてせず、丁寧な説明をしてくれました。映画館が使われていた頃は現在よりも火事が起こりやすかったらしく、その当時のものを観るのだから注意しなくてはなりませんでした。白と黒が映写幕にあるはずのない像を映し、たどたどしく動く様は奇妙な感じがしました。不意に映像が止まった時などは人が人でない何かに変わってしまったような感じもします。弁士の声がその内聞こえてきましたが、僕達三人の他に誰かいたのか、蝋燭の少年の声なのかも分かりません。声だけが飛んできたと言われても僕は納得していたでしょう。この部屋だけが違った世界を表しているのでしょうか。僕達がいるところ、この劇場も日常とは別の世界と思われます。その中でもう一つ世界があるとしたら、一体どれだけの世界が存在するのでしょうか。目眩のしそうなこの考えに僕は陶然としていました。少女が僕の浅はかな想像を見通して微笑しているだろうと思うと、一層楽しい心持ちになるのでした。
三 一八八二年Cの月十二日
僕はすっかり少女とあの館の虜でした。この頃には殆ど毎晩あの場所へ行っては蝋燭の少年に迎えられ、少女の部屋で語り明かしていました。昼間の世界を捨てることに躊躇いもありません。僕には夜のあの世界が全てでした。 と、僕は記憶が減っているかのような感覚に襲われました。今日はDの月十七日になったはずです。それがどうして戻っているのでしょうか。いいえ覚えてはいるのです。これから起きることも分かっています。今日は火事の話を聞くのでした。そう火事。映画館では火事が多かった、その話を聞くはずです。 しかし彼女は僕の期待を裏切りませんでした。僕はその話を持ち出し少女の反応を見ようとしたのですが、やはり彼女は僕の知っていることや考えている以上のことを話しました。僕はといえば足元の不注意をなくし転んだ過去を避けたくらいでした。 話が中頃になったとき、彼女は珍しいことに椅子から下り僕を一室へと誘いました。あの部屋です。人形の部屋がここにはあるのです。明かりは少年の持つ蝋燭だけで暗いままでしたが、それが見事な効果を生み出していたのは説明するのも野暮でしょう。炎に侵略された部屋には本当に人形しかありませんでした。初めて来たときには声も出ないほどに驚かされました。彼女と寸分違わぬ人形がずらりと一列に並んでいたからです。その中に彼女が入って動きを止めてしまうとどれが本物か分からなくなるほどの出来でした。よほど精巧な蝋人形なのでしょう。二度目にしてやっと、僕は並んだ人形と彼女の影が異なっているのに気付きました。無論これは僕の見たただの幻影かもしれません。だって光源である炎は揺れているのですから。 この部屋には彼女以外の人形もありました。部屋の最も右の列には彼女の蝋人形が立っていましたが、左側の壁沿いは美しくもない無益と思われる人形が場所を取っていました。右側に比べると何と邪魔な人形達でしょうか。人形とはいえ彼女の側にずっといられる彼らを、僕は羨ましいと思ったのでしょう。その忌忌しい人形共をじろじろと眺めたところ、手前から四つ目にいたのは教授でした。ここの存在を教えてくれた教授です。本人だと信じてしまうような外見に、今にもこちらに何か話し出しそうな、本物以上の何かを彼は持っていました。 目を動かしていくと想像通りのものが奥の方に立て掛けられていました。僕の人形です。最初に見た時もどこか他の人形とは違う感じを受けていたのですが、その時は不気味でよく観察しませんでした。しかし僕の人形の前に立つと、同じだという強い何かを感じるのです。共鳴のような、この前にいてはいけないというような。僕は少女の注意した通り、人形には手を触れませんでした。触れるのが恐ろしかったのが本音です。まるで触った瞬間に起き出してきそうで。
四 一八八二年Cの月六日
廃墟での宴の幸せな夢から放り出され、僕は目を覚ましました。柱に掛けてある日めくりの暦は僕の予想を外れずに逆戻りしているのでした。こんな時でも僕は自分の予想が当たっていて得意になっているところがありました。どこにいても僕は一流の人間なのです。ただ一カ所、彼女の城を除いては。 そう、あちらこちらにこの時期枯れずにいられるはずのない草や何やの鉢植えが置かれた、あの領域です。そこで見掛ける植物はどこかで見たことがあるような気もするのですがどこで見たはずもないようなものばかりなのです。百科事典を繰ってみもしましたがそれらは載っていませんでした。異国情緒よりも不似合いな感よりも、彼女に尋ねた瞬間に納得と理解をさせられるだろうことを思ってしまうような感じがします。いつでも塵ひとつかかっていない鉢やそれ以前に建物自体も、そういえば誰が片付けているのか知りませんが僕は透明人間がそれを担当していると分かったとしても驚かないだろう予感、否確信がありました。透明人間の闊歩ぐらい何だというのでしょう、あの屋敷では。 それにしてもまた戻ってしまいました。このままだと、記憶をなくしたきっかけなども分かってしまうかもしれません。しかしそれはつまらなくそして恐ろしいことなのではないかと僕は思いました。人生が戻っていくのはどうでもよいとしても、少女と映画館に関する全てを失い得るのです。このことは彼女に話さないでおきました。彼女に秘密を作れるのが、子供が母親にそうするのに似ていて一人で笑ってしまいました。けれども気を付けなくてはなりません。先月の二十八日より前には、彼女はいないのです。そうなると、僕から彼女が消えてしまうのです。それは困ります。僕はどうすれば良いのでしょう。
五 一八八二年Bの月二十八日
意識を取り戻したのはすぐでした。僕は自分が暗い中にいるのを知りました。近くでは誰かが作業をしているようです。その影から、僕はその誰かが蝋燭の少年だと判断しました。声を掛けようとしましたが、それどころか指一本動きそうにありません。僕は箱に入れられ横たわっているのでしょう。これでは死体も同様です。 そんなことを考えていると、また頭に打撃を加えられました。ぶつかったものの正体も知れません。額が傷付いたのが明らかに分かり、絶望的だと冷ややかに僕は状況を判断しました。蓋は衝撃を受けてすぐまた閉まったようです。生きながら死体扱いですか。箱が揺れました。ごとりと音がして、続いて砂が被さっていく音。 そうです。僕はあの少年に生きながら埋められたのでした。そうして一人死んだのです。だから記憶がそこで区切られていて不思議はなかったのです。そうして死んだ後、あの人形達の中に並べられたのでしょう。分かってしまうと安らかな気分になりました。ただひとつだけ不安なのは、次に飛ぶ時間にはあの映画館に彼女がいるかいないか、それだけでした。
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