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クリエイター名 |
笠城夢斗 |
サンプル
サンプル2 【異世界ファンタジー系/一人称】
ひゅう――と風が一筋、オレたちの傍らを吹き抜けていく。 乾いた風が、人気の少ないその道をさらに寒々しく見せて、オレは目を細めた。 汚らしい建物と、建物の残骸のようなモノばかりが点々と並んで、どこからか犬だか何だかのうなり声が聞こえつつ、いやーな感じの腐臭も漂っている……まあ、ひらたく言えば見かけはスラムに近い。 連れの嬉しそうな声が、場違いすぎるほど明るく響いていた。通りのいい、高い声で―― 「面白そうな場所だの……!」 連れの手にしっかりと握られている、すでにボロボロの地図を見下ろしながら、オレは……ものすごくいやな予感がしていた。
見るからに「近づきたくない場所」というものは、どこにでも存在するもんだ。 まあ、ある種の人間なら喜んで利用するような施設なのは確かだが……。いや、別に偏見じゃない。偏見じゃねえっつの。ただな、 「……ここに入りたいのか? お前……」 「うむ」 オレの隣にいた女が、重々しくうなずいた。 「このような建物は初めて見た。実に興味深い」 「……たぶん興味持たなかったほうが正解だぞ」 オレはため息をついた。 隣で、なぜじゃ? と不思議そうに連れの女が――いや、『女の子』がオレを見上げる。 ……年のころ十歳ほど、に見える。正確な年齢をオレは知らない。とりあえず分かっているのは、この子供はたいそう見栄えのする容姿をしてるってことだ。顔立ちが整っていることはまあ置くとしても、そもそも銀髪に紫眼なんてぇ色を持ってる人間は珍しい。 そーなんだよ、こいつは目立つんだ。 それでなくとも、こんなガキともう二十を過ぎた男が二人きりで旅をしてるなんてぇのは、周囲の好奇の目にさらされるっつーのによ。 あ? オレは二十二だ。悪いか。 「さっきから何をブツブツ言っているのじゃ、おぬし」 オレの服のすそをくいくい引っ張りながら、オレの頭痛のタネが不思議そうに訊いてきやがる。 ほっとけ。独り言の癖がついたのは、お前と出会ってからなんだよ。 「とにかくなーシャラ。ここには入らねーほうがいろいろ身のためだ。もっとマシなとこ行くぞ」 「いやじゃ」 「………」 「わらわの言うことには、おぬしは逆らえぬ」 言って、銀髪の子供は――シャラエリラは、えらそうに胸を張った。 ちなみにこいつにはまだ胸がない。色気もくそもない―― げしっ 「……おぬし今、わらわをブジョクしたであろう」 「……今は何も言ってねえぞ。独り言も」 「おぬしの考えていることなぞお見通しじゃ」 ぷん、と口調のわりに子供っぽい仕種で、シャラはそっぽを向いた。 ……思い切り蹴飛ばされたすねが痛くて、機嫌をとるどころじゃねえ。 「くそ……マジいてえ。このやろ……」 「そうであろう」 突然シャラはこっちを向いて、キラリとその瞳を光らせた。 「痛いのだろう? では、ここに入って休もう」 「……。もう治った。じゃあ行くぞ」 「いやじゃ!!」 ぎゅうとオレの服を握りしめて、今度はバタバタ暴れだす。 「いやじゃ……! わらわは今夜、ここに泊まる! ここがいい……!」 「阿呆! もう少し進みゃいくらでも他の宿があるっての! わざわざこんなトコにすんな――」 「ここがいい!!!」 怒鳴れば三倍返しのキンキン声が返ってくる。 思わず耳をふさいで、冗談じゃねえぞとオレは心の中で毒づいた。 シャラをにらみつけたまま、視界の端でひそかに目の前の建物を確認する。 ここら辺の他の建物と変わりなく、今にも崩れそうな乾いた土壁の――いや、たぶんそれなりの補強はしてあるんだろうが――建物。 こんな、人間がいるんだかいないんだか一見分からないような土地でも、一応人は住んでいる。その証拠に建物のいくつかには看板がまだ残っていた。えらく古びた、ヘタすると文字が読めねえくらいなシロモノだったりするが。とにかく、ほそぼそと道具屋〜だの薬屋〜だのはあるんだ。 なぜかってぇと、ここは荒んでいるわりに旅人なら通る可能性が多い土地にあるからだ。まあ、いろいろな理由で。 ……とは言え大抵は、ここは避けて通るんだが。 わざわざここを通ろうとするのは、無知なまま旅をしているバカか、知っていても甘く見ているバカか、旅の途中で息切れして立ち寄るしかなくなったバカか、……教えてやっているのに大喜びで飛び込むようなバカか…… シャラがどれに当てはまるかって? 聞くまでもねえだろ。 そんでもってシャラは――やっぱり無知なんだ。 「そもそもおかしいのはお前じゃ、ラン」 両手を腰に当てて偉そうに、シャラはオレをまっすぐ見上げてくる。 「ここは“喫茶宿”と書いてあるだけではないか。わらわは喫茶宿なるものは初めて見るが、要するに軽食の出る宿であろう?」 ……間違っちゃいない。 間違っちゃいない。確かにな、シャラ…… だが……だ。 「……お前、字が読めんなら、その“喫茶宿”の前にくっついてる文字も読め」 「ん?……どうはん……これがなんじゃ?」 「………」 「同伴。ただ二人連れ以上でということであろう。うむ、そう言えばそんな宿も初めて見た。ますます興味深いぞ、ラン!」 「………………」 「ええいまだ迷っているのか! この優柔不断者めが! 決めたら即行動じゃ!」 「! やめろ! シャラ――!」 聞く耳持たず、シャラはとっととその建物に飛び込んでいった。こういうときのあの小娘の動きは、妙に素早い。異常に素早い。 オレは脱力して、深く深くため息をついた。 うつろな気分でその建物の看板を見上げる…… 他の店の看板よりずっと綺麗で、目を引く淡いピンク色の――看板に並ぶ文字。 『同伴喫茶宿』 ……珍しい施設なのはたしかだ。ああ認めてやるよ。オレだって、ここにこんなもんがあるなんて知っていたら、根性でシャラが進む道にこの店が現れないようにしていたさ…… ……薄い宿の扉の向こうから、シャラが高い子供声で怒鳴っているのが聞こえてくる。 「なぜじゃ!」とか、「連れならおる!」とか。 ――もう諦めるか…… しぶしぶ、オレは扉を開けた。 まっさきに振り向いた少女が、「遅いわ!」などと勝手なことを叫ぶのを無視して、まずシャラが口論していた相手を視線で探す。 ――いた。まっすぐ前のカウンタ。 意外だった。女だ。 オレは少しだけ眉をしかめた。女も当惑顔のままオレを見て、 「こちらのお嬢様の保護者さまですか?」 「……あー……」 「申し訳ございませんが、当店はお子様は……」 「なぜじゃ! 子供を断る宿など聞いたことがなむぐっ」 「ああ。分かってるよおネーサン」 オレは女に笑いかけてみせた。隣のうるさい口を力づくでふさぎながら、カウンタ嬢に続けて、 「あのさ、おネーサンもこの商売やってたら、分かるよな?」 「え……」 「オレたちもさ、まあ自分の信じたものは貫こうとしてるわけだ。そんでもって、ここはそういう二人を歓迎してくれる宿だろ?」 「………」 心の底から屈辱を感じながらも、笑顔でオレは続けた。 「――オレたちが、兄妹とかに見える? なあシャラ? オレたちの関係ってなんだ?」 む? と口を開放されたシャラはいったん不思議そうな顔をしてから――やがてにっこり微笑み、胸を張って断言した。 「無論! 『婚約者』以外の何者でもあるまい」 「……とまあ、こういうワケだから」 そこまで言えば、さすがあちらも良く分かってくださったようで。「分かりました」とにっこり微笑んだ。 「では、お部屋をひとつ、お取りしますね」 当店は匿名可能制度を取っておりますので、などと言うカウンタ嬢の説明を右から左へ流しながら、オレは、はあと思い切り息を吐き出して、灰色の前髪を無造作にかきあげた。
同伴宿…… ――知っている者は知っている。男と女が『二人で泊まるために』ある宿…… オレは心の中で訂正した。こんな土地に突っ込んでくる旅人はもう一種いる。 ……わがままな連れの、どうしようもない行動を結局止められず、しかも付き合うハメになる、オレみたいなバカだ……
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