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クリエイター名 |
姫野里美 |
サンプル
お伽噺が語られる フィレン帝国ルゥイエ分国エンジュ領・・・・。 温泉で有名なかの地で、何を想っているのか、溜息をつく女性が一人。 (やっぱり増えてる・・・・) 自身の身体を、悲しそうな表情で見つめる彼女。その視線の先には、側から見ても、はっきりと判る、ぷっくりとしたお腹があった。 「服、作り直さなきゃ・・・・」 ほっぽり出された、自分のパンツスーツを見下ろしながら、そう呟く。さすがに、何も着ないまま、夫の前に出る訳にもいかないので、上からバスローブを羽織る彼女。 「おはよう、プレセペ♪」 「え? あ、ああ、起きていたのか。ヒヤデス」 沈んだ表情で、ダイニングに現われたプレセペを出迎えたのは、その夫・・・・ヒヤデスだ。 「何寝ぼけてルんだよ。プレセペが朝風呂入る頃には、起きてただろう?」 「あ、ああ。そうだったっけか?」 どうも会話のピントが合わない。そう思いつつも、ヒヤデスは、作ったばかりのスープと、焼きたてのパン、チーズなど、いつもと同じだけの量を、朝食として出す。 「すまない。わし、余り食欲がなくて・・・・」 しかし、プレセペは小さくそう言って、サラダにだけ、手をつける。 「どこか具合でも悪いの?」 心配そうに問いかけるヒヤデスに、彼女は首を振った。 「いや,そうで無くて・・・・」 体型の問題なんだ。と、心の中で呟く彼女。しかし、それを告げる訳にもいかず、黙りこくってしまう。 「プレセペ・・・・」 「ごちうそうさま」 しかも、食べたサラダはごく僅か・・・・彼女が普段食べる3分の1程度・・・・の量だ。 「もう食べないの?」 せっかく作ったのに・・・・と、悲しそうなヒヤデス。その表情に、プレセペは、もったいないと思いながらも、黙って首を振る。 「じゃあ、これでお弁当作っておくから・・・・」 「チーズは抜いてくれ」 好物の筈のそれを抜けと言われて、当惑する彼。 「プレセペ。本当にどこか悪いのなら、医者に診て貰った方が良いよ」 「大丈夫。どこか痛い訳じゃない」 自分の身体は、自分が一番知っているから・・・・と続け、彼女は部屋を出ていく。 少し前から前兆はあった。 2、3ヶ月前・・・・丁度聖戦が終わったあたり、少し体調を崩した事があった。気が抜けた所為だろうと思ってはいたが、回復した直後、調子に乗って食事を食べまくったのが、激太りの原因らしい。 (やせなきゃ・・・・。ヒヤデスの前で、みっともない姿なんか、さらせない・・・・) 体型なぞ、実力が伴っていれば、別に気にする所ではないのだが、そこはそれ、『微妙なヲトメゴコロ』とゆー奴である。 「プレセペー。お弁当出来たよー!」 愛機アセルスの手入れをしながら、ボーっとそんな事を考えていた彼女に、下からヒヤデスが声をかける。 「ああ。そこに置いておいてくれ」 後で取りに行くからと言い、作業を続ける彼女。余り姿を見せたくないと思っているせいか、どうしても扱いが疎遠になる。 「わかった。でも、ちゃんと食べなよー?」 それでもヒヤデスは・・・・彼女を信じている為か、少しだけ心配そうな視線を向けながらも、踵を返す。 (すまないヒヤデス・・・・。今は、そっとしておいてくれ・・・・) そんな、いじらしい程の夫の姿に、プレセペはそう、心の中で詫びるのだった・・・・。
だが、そう言われても、心中穏やかでないのは、ヒヤデスの方だ。 (一体、何があったんだろう・・・・) ここ数日、プレセペは間違いなく落ち込んでいる。普段の勝気で、元気で、そして活気あふれた様子が、全く見受けられない。否、それ以前に、ここしばらく、彼女の笑顔を見ていない・・・・。 (私の食事は、そんなに不味いのだろうかー・・・・) 自分の腕を心配するヒヤデス。しかし、味見は充分したし・・・・。 確かに、一般の家庭と、エトワール家では、夫婦の役割が逆になっている。しかしそれは、彼女が竜騎士ー・・・・いわば、キャリア・ウーマンだからだし、ヒヤデスが吟遊詩人と言う商売の所為でもある。同じような状況の連中など、世には幾らでもいるのだ。 (それとも、私の生活が嫌になったとか?) 一度転がり出した思考回路は、どんどん悪い方向へ向かって行ってしまうものだ。 (まさか離婚とか・・・・。いや、そんな事ある筈が・・・・) 必死で否定しつつも、ヒヤデスの頭の中では、離婚届にサインをした挙句、家から叩き出され、職も無く、流浪の生活を送った挙句、誰にも看取られずに野垂れ死ぬヴィジョンが、アリアリと浮かんでいる。 (プレセペ、そんな事ないですよね! ああ、どうしたら良いんだ!) 半ばパニック状態のヒヤデス。そんな事を、うだうだと考えているうちに、あっという間に日は暮れていった。 日が落ちれば、家に帰って来るのは、エトワール家とは言え、同じである。 「ただいまー」 「ああっ、プレセペっ! 帰って来てくれたんだねっ!」 姿を見せた彼女に駆け寄り、思わず抱き付くヒヤデス。 「どうした。そんなにわしがいなくて、寂しかったのか?」 「だって最近、元気が無いんだもの・・・・」 自分の背より高い彼を、よしよしと撫でるプレセペ。だが、ぎゅみゅうっと抱きすくめられたヒヤデスの腕の中に、長くは留まらず、そのままするりと抜け出してしまう。 「心配するなと言っただろう? ヒヤデスは、自分の事だけ、考えていれば良い」 笑っては見せる彼女だが、やはり声に張りがない。心なしか、顔色も悪いようだ。 「夕食を食べたら、稽古に行って来る」 「でも・・・・!」 やっぱり、何か悩みがあるようだ。普段なら、食事の後は、たいてい湯浴みに行くというのに。 「私は、どうしたらいいのでしょうか・・・・」 ヒヤデスの呟きは、プレセペには、届かない・・・・。
数日後の・・・・夜の事である。 (遅いなぁ・・・・) 幾ら待てど暮らせど、一向に帰って来ないプレセペを、心配するヒヤデス。 (幾らなんでも遅過ぎる・・・・) ここ最近、彼女の夜は、仕事の他に、まだ鍛錬を行い、さらに一時間以上の長風呂と言う、どう考えても、負担のかかる生活をしていた。 しかし、何を聞いても、『心配するな』の一点張り。だが、そう言われた方が、よけいに心配になると言うものだ。 そして、もう一つ気になる事があった。 (おまけに、抱きつくと怒るし) やっぱり、嫌われているんだろうか・・・・。 不安になるヒヤデス。その視線の先には、かつて聖戦に赴いた時・・・・いや,それ以前から、彼等二人を見守っていた竪琴。いわば、彼の『愛機』。その弦を爪弾くヒヤデス。 (彼女の身体に、何が起こっているのだろう・・・・) もう待てなかった。彼女の身体に何が起こっていてもいい。その身体を抱きしめて、全てを受け入れて上げなくては・・・・と、彼はそう本気で思い始めていた。
ざぁぁぁぁ・・・・。 湯船の中にしつらえられた滝が、水音をたてて、プレセペの身体をうっている・・・・。 (熱い・・・・) 当然だろう。常に新鮮な湯は、実際の温度より高く感じるものだ。 (いや、我慢だ、ここで耐えなくては、腹は引っ込まない・・・・) そう思い直し、姿勢を変えるプレセペ。もう一時間はこうしている所為か、既に熱で思考回路が回っていない。表情の消えた顔で、ブツブツと『我慢・・・・嫌、修行だこれは・・・・』なんぞとほざいている。 (ああ、なにかヒヤデスの声が聞こえる・・・・) ついに幻聴まで聞こえるようになったらしい。まだまだ修行が足らないなー、と思いながら、ふと脱衣場の方を見ると。 「プレセペ♪」 本物がいた。 (なななな、どうしてヒヤデスがここにっ!?) 幻ではない事に、思わず硬直するプレセペ。 「迎えに来ました(はぁと)」 その割には、タオル一枚で湯船の中に入って来て、思いっきり『私は温泉に入りに来ましたぁっ!』と、身体で表現していた。 「ひーやーでーすっ!! 貴様、家で待ってるはずじゃなかったのかっ!!」 我に帰ったプレセペが、別に隠す必要なぞまったくない胸を、タオルで押さえながら、そう叫ぶ。 「だってェ。あんまり遅いし・・・・。ここしばらく、私の事、避けているみたいだしー・・・・」 ごろごろと喉を鳴らしながら、すり寄るヒヤデス。そして、彼女を抱き寄せようと、腕を伸ばす。 「別に避けてなんかいない」 だがそう言いつつ、その腕を逃れ、ふいっと背中を見せるプレセペ。 (見られて堪るか。冗談じゃないぞ・・・・) 首まで湯船に浸かり、腹を押さえる彼女。 「ほらぁ。それが避けてるって言うんですよ」 懲りずに抱き付こうとしたが、それよりも一瞬早く、彼女は立ちあがってしまった。 ばしゃぁんっ! 対象物を失ったヒヤデスは、大きくバランスを崩し、つるんっとこけてしまう。 「だぁぁっ! いー加減にして下さいよ、プレセペ!」 その所為で、頭から湯を被る形となったヒヤデスが、びしょ濡れになりながら、そう叫ぶ。 「別にそれを傘に着るつもりはありませんけどねっ。何か悩みがあるのなら、話してくれてもいいじゃありませんか! 私達、夫婦でしょう!」 「例え夫と言えど、話せない事はある!」 いや,むしろ夫だからー・・・・大切だから、言えないのだと。その言葉を飲みこみながら、きっぱりと彼女は答えた。 「・・・・わかりました」 だがそれは、かえってヒヤデスの闘志に火を付けてしまったようだ。そう言って彼は、おもむろにファイティングポーズを取る。 「教えて頂けないのなら、腕ずくで聞くまでです」 そう言った彼の瞳は、戦いに赴く妻を見送る時と同じ、真摯なもの。 「勝負です。私が貴方を捕まえたら、理由を教えて頂けますか?」 どうやら、本気でプレセペを捕えるつもりらしい。しかし、プレセペとて、そう言われては、逃げる訳にも行かない。同じように真摯な表情で、頷く。 しばしの沈黙。お誂え向きに・・・・と言うか、竜騎士夫妻の壮絶なる喧嘩に恐れをなしてしまったらしく・・・・誰もいなくなっていた。 そして。 「行きますよッ!」 「来いっ!」 インテリアの筧がなったのを合図に、走り出す二人。ばしゃばしゃと水音をはねあげて、である。初め、追いかけっこの様子を呈していたが、何しろ濡れて滑る湯の中である。 「きゃぁっ!」 「うわっ!」 当然、コケる。 さすがに場慣れしているプレセペは、何とか踏み留まったが、ヒヤデスの方はそうはいかない。体勢を立て直そうと、とっさにプレセペの巻いていたタオルを引っ掛けてしまい・・・・あわれ彼女はフルヌード。 「な、何をする!」 べしぃ! と、痛そうな音がして、ヒヤデスの頬に、真っ赤な手形がついた。 「いつも見ているんだから、いいじゃないか・・・・」 「それでも譲れないものはあるっ!」 彼女が、耳まで真っ赤になっているのは、決して湯当たりのせいでは無いだろう。 「不愉快だ! 帰る!」 そのまま、がしがしと乱暴にタオルを巻き付け、出て行こうとする。しかし、ここで逃げられては、また何も聞けない。そう思ったヒヤデスは食い下がった。 「待ってよ、プレセペ!」 ほっぺたもみじのまま、シリアスされても、威厳なんぞと言うものは、欠片もないが、そこはそれ、本人の誠意と言う奴である。 「何だ?」 「話くらい、聞いてくれたって、良いでしょう?」 振り帰った所を、捕まえるヒヤデス。元々、彼の方が、技術も体力も上である。あっさりと、捕獲されるプレセペ。 「離せ!」 それでも・・・・余分な肉の付いた腹を見せられないと思った故か、思わず逃れようとした代償にバランスを崩し、彼女は洗い場の床に押し倒されてしまう。 「嫌です。絶対離したりしません」 その格好のまま、ヒヤデスは言った。 「私は、貴方がどんな姿をしていても、貴方と共にあると誓った筈です。だから、どうか・・・・・私に全てを・・・・」 見せて下さい。と続けようとして、彼は気付いた。 はんのうがない。ただのしかばねのようだ。 「プレセペ!? ちょっと! 嫌ですよ! うわぁぁぁ〜」 どうやら、頭を打ったショックで、気を失ってしまったらしい。とたんにパニクるヒヤデス。 直後、騒ぎを聞き付けた村人達の手によって、彼女が医者の元に運び込まれたのは、言うまでもなかった・・・・。
翌日、ヒヤデスとプレセペは、夕べ担ぎ込まれた医者に、二人して呼び出された。 「全く。二人とも、物を知らなさ過ぎます」 開口一番、そう言って怒られる二人。 「なんでも無かったから良いようなものの、もし何か合ったら、どうするつもりだったんですか?」 そのまま、こんこんと御説教を食らうものの、二人ともなんで怒られているのか、さぁぁぁぱりわからない。 「あの、せんせぇ。一体・・・・?」 わからない事は聞くに限る。と、言わんばかりに、理由を問うヒヤデス。 「おや? まだ伝えていなかったんですか? 奥さん、妊娠しているんですよ」 五ヶ月ですよ。と、告げられる。 「妊娠・・・・って、そーなのプレセペ!?」 「わしも今初めて知った・・・・」 どうたら、彼女のお腹が出て来たのは、太った訳では無く、その中に新しい生命が宿った為らしい。 (じゃあ、今までわしがやってた事って・・・・) (妊娠って・・・・子供・・・・!? って、誰の? いや、私しかいないですよね・・・・って。えええええっ!!!?) 思惑はともかく、その言葉に、硬直する夫婦の姿があった。 プレセペが、健康管理をしろと周囲に叱られ、保養の為、ヒヤデスと共に旅立つのは、それから間もなくの事である・・・・。
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