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クリエイター名  姫野里美
サンプル

●企画会議は乱舞中
 芸能コロニー、スターミラージュ。
 その名が示す通り、星の数ほどプロダクションやら、事務局やら、製作スタジオやれがひしめくこのコロニーでは、それと同じ数だけの企画が、日々誕生していた・・・・。
「主任! 新しいのまとめて来ました!」
 ばたぁんっと、事務所のドアを乱暴に開いて飛びこんで来たのは、つい最近この業界・・・・と言うか、コロニーに・・・・入って来たばかりの、新入企画部員、H嬢である。
「聞いて下さいよ! 今度のは自信作ですから!」
 そのまま、けたたましくわめき立てる彼女。
「うっさいなぁ。持ってきたのは分かったから、そう怒鳴るなよ」
 衝撃で落ちた眼鏡をずり上げながら、『主任』と呼ばれた青年は、そう答える。
「じゃあ、聞いてくれます?」
 その言葉に、ぷーっとハリセンボンの様に頬を膨らませながら、H嬢は問うた。
「ああ、聞いてやるから、もう少し大人しく喋れ」
「はーい」
 ぐりぐりと頭を撫でながら、こう答える主任に、良い子の御返事を返しながら、彼女はその机の上に、数枚の企画書を提出する。
 それには、こう書いてあった。

『ドラグーン』のスタッフと!
『ハーティガン』『ジュエルナイト』のキャスティングで送る!
 空前絶後のエンターティメント!
 その名は! エターナルヴォイス!
 今、壮大な物語が、幕を明けるッッ!!!

「待てコラ」
 表紙に踊るその何行かに、主任のツッコミが入る。
「本ッ気で、連中に製作依頼かけるつもりか? おまいは」
「一部でもお願い出来ればなぁと☆」
 そのツッコミを、カラカラと明るく・・・・お気楽そうに笑い飛ばしたH嬢は、続けてこう言った。
「それより、煽り文句ッつーか、設定が凄いんですよ! 早く見て下さい!」
「あー・・・・、はいはい」
 その申し出に、主任は、ぺらりと2枚目をめくる。

 聖なる歌姫ファンルーダを幽閉し、命の世界を乗っ取った、悪の魔道士エルランサスを倒す為、今、五人の勇者が立ちあがる!
 氷の魔導師テクシス!
 不死鳥の誉れ高き古代種族フレイ!
 正義の怪盗ゲイル!
 白銀の疾風の異名を持つヴァインド!
 そして、彼等を率いるは、黒き雷帝グラファリト!
 だが、そこに立ちふさがるは、エルランサスの忠実なるしもべ、五人の巫女達!
 果たして彼等は、無事聖なる歌姫ファンルーダを助けだし、命の世界を救う事が出来るのか!?
 乞う! ご期待!

「H」
 込み上げる苛付きを、極力押さえたような声で、主任が問うた。
「はい☆」
 解っているのかいないのか、太平楽な返事が戻って来る。
「これ、お前のオリジナルネタじゃないだろ」
 ずばり、言いきる彼。
「あ、わかりますぅ? 実は、こんなの見つけて来たんです」
 嬉々として差し出した、数枚の記録媒体。さらには使いこまれたB5版の本に、コピー用紙の小冊子、ご丁寧に『黒き雷帝グラファリト』と書かれた、イラスト入りのカードまである。
「エターナルヴォイス舞台版since2000・・・・って、こりゃまたずいぶん古そーなもん見つけてきたな、お前」
 殆ど、前世紀の遺物だ。持って行く場所によっては、大金に化けるような古さである。
「凄いでしょう。資料庫から発掘して来たんです」
 えっへんと胸をはるH嬢。
「でも、世界観とか、基本設定とかは、今でも充分通用する面白さですし。ただ、このままだすのもアレかなと思ったんで、私なりのオリジナルアレンジを加えて見たんですよ」
 そして、その時だけは、企画屋としての真摯な表情に戻り、こう続けた。
「で、こーなった。と」
 その言葉を受けて、主任は、一番下に隠されている様に置いてあった小冊子を手に取る。
「あ」
 とたん、H嬢が、焦ったような声を出した。
「えっと、そっちは主任はあまりご覧にならない方が・・・・」
「んだよ。見なきゃ、本当に良いネタかどうか、わからないだろ」
 そして、やんわりと主任の手から、小冊子を奪い取ろうとした彼女だったが、彼はあっさりとそう言って、くるりとイスを横向きにし、その魔手から逃れてしまう。
 だが、ニ、三枚めくるにつれ、彼の顔色が、徐々に青くなっていった。何しろ、そこに書いてあったのは、こんな文章だったのである。

 忘れようとしても、忘れられないのは、あの熱い眼差し。
 今思えば、あの出会いは、宿命だったのかも知れない。
 白銀の疾風ヴァインド。
 その異名が示す通りの、プラチナブロンドの髪に触れる彼の名は・・・・黒き雷帝グラファリト。
「いっそ、憎めたのなら、こんな思いを抱える事もなかったのにな・・・・」
 隣で眠る疾風の勇者の顔を見ながら、彼は自嘲気味に呟いた。
「ん・・・・」
 声が聞こえたのか、ヴァインドが目を覚ます。
「どうした?」
「何でもない。もう少し眠っていろ。まだ、交代には時間がある」
「一端目を覚ますと、なかなか眠れないんだけどな」
 ふぁぁぁっと、大きくあくびをしながら、そう答える彼。
「良いから、寝てろ。もうすぐ、ゲイルも戻ってくる」
「ん・・・・。分かった」
 背中をグラファリトに向け、ころんっと横になるヴァインド。その美しい瞳が閉じられる。
「・・・・」
 ややあって・・・・グラファリトの指先が、つい・・・・と、彼の瞼に触れた。
「何だよ」
 まだ眠ってはいなかったらしいヴァインドが、そう文句を言う。
「いや、何でもない」
 ぶっきらぼうにそう言って、グラファリトは手を離そうとした。だが、その刹那、ヴァインドの方が、その手を掴む。
「そんなに欲しいんなら、言えばいいだろ」
 挑戦するような目付き。
「・・・・離せ」
「嫌だ」
 グラファリトの言葉に、即答するヴァインド。直後、まるで一対一の勝負をしている時のような、ばちばちとした火花が飛ぶ。
「仕方がないな・・・・」
 だが、先に根負けしたのは、グラファリトの方だった。  
「後悔は・・・・するなよ」
「俺はそれほど子供じゃないさ」
 月と太陽にも例えられる、未完成な勇者達の姿が、そこにはあった・・・・。

「・・・・・・・・」
 無言でその小冊子を閉じる主任。そう、中に書かれていたのは、いわゆる『ボーイズラブ』と言う奴だ。
「じゃ、主任。私はこれで・・・・」
 必要資料を抱えこみ、くるりと踵を返すH嬢。
「逃げるなH!」
 しかし、彼女がドアに手をかける前に、すかかんっと、小気味良い音をたてて、主任の机の上のデザインナイフが、ドアへと突き刺さった。
「あ、あはははは、いや、別に逃げちゃいないんです・・・・けど・・・・」
 さすがに、真っ青になるH嬢。
「はい、そこ、戻る!」
 主任の言葉に、表情をひくつかせながら、ぎぎぃぃぃっと軋んだ音を立てて、元の位置に戻るH嬢。
「で、でも! キャスティングは、ちゃんと人気が出るようにしたんですよ!」
「聞くだけは、聞くが・・・・誰だ?」
 言い訳するように、力説する彼女に対し、頭を抱えながら、そう問う彼。
「えっと。まず主役級の、白銀の疾風ヴァインド様には、ハーティガン役の、新城日明さんを起用して、同じく主役級のグラファリト様には、ジュエルナイトから、広瀬和彦さんをお迎えすれば、ハーティガンユーザーと、ジュエルナイトファンも取り込めて、更にドラグーンファンのユーザーも取りこめるから、売上倍増、高視聴率間違いなしですよ! どーですか主任!」
「没!!」
 きっぱりはっきりと、これ以上ないくらい・・・・それこそ、4倍角ぐらいの声の大きさで、そう言う主任。そのまま、企画書をシュレッダーに放り込む。
「えーっ!」
 露骨に頬を膨らますH嬢。
「梅だ、梅! こんな企画! だいたい、そんな大物ばっか使って、予算どこからでるんだよ!」
 彼女が上げた役者と、その製作スタッフと言えば、今では押しも押されぬ大物連中である。一年前ならいざ知らず、予算のない彼ら弱小製作プロダクションでは、そんな金額など出るはずもなかった。
「面白いと思ったのにー・・・・。わかりましたよ。じゃあ、これは私が個人的に出すって事で、いいですか?」
「ああ、好きにしろ。全く、自分の趣味で企画書あげんなって、言っただろ?」
「別に趣味でも良いじゃないですかぁ。知りませんよ、ヒットしても」
 しょんぼりと肩をおとし、そう言うH嬢。徹夜で考えたのに、とかブツブツ言いながら。
 だが、数ヶ月後・・・・。
「ごめんねHちゃーん。謝るから、ウチでやらせてくんない? エタヴォ」
 企画部の部屋で、そっぽを向くH嬢に対し、主任がそう言いながら、両手を合わせている。
「やです。どーせ趣味ですよ、私のは」
「そんな事言わずに、お願いー☆」
 そう・・・・その趣味で書いたはずの小説が大当たりしてしまい、彼は慌ててH嬢に謝り倒していたのだった・・・・。
 
 
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