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クリエイター名 |
本田光一 |
サンプル
「クリスマス特別企画だって?」 俺、こと本田光一は薫を見て瞬き6回。 鈴木薫。自称、セーラー服美少女大博士。 ‥‥‥百歩譲って美少女なのはまぁそのなんだ、認めよう。 でも、大博士というのは『狂的科学者』という注釈が付いていないと間違ってるって密かに思う今日この頃。 でも、誰にも言えない、知られちゃ(特に目の前のこの人物には)いけないので心の中で言うだけに止めておく。 ‥‥‥いや、ホントは思うだけでも怖いんだけどね、彼女の前では。 ほら、何となく他人の表層心理くらいならデフォルトで読んでいそうな気がするじゃないか。 深層心理は流石に機械がないと出来ないかも知れないけれど‥‥‥‥って、機械があったら読めていそうなところが彼女の怖いところ。 「そうよ、本田。今から準備するから手伝いなさい」 聞き返したまま沈黙を守り続けた俺に、ことも無げに言う薫だが、今日は12月22日終業式だ。予算もなければ人員も居ない科学部。いくら何でも間に合わないはずだ。 ‥‥‥言っておくけれど、俺は科学部員じゃないぞ。 それに、何かを始めるにしても世の中はそう簡単に待っていてはくれない。その証拠に世間一般様が闊歩する窓の外を見れば、終業のチャイムも鳴り終わったところ。眠たいだけでご大層な終業式から解放された学生達が三々五々と歩いている。みんな、まだ陽気のいい今日という日の日差しがある内にと家路を急ぐのか、校庭は帰宅生徒でごった返している。 「あ、きわ先輩とあおる先輩だ」 見るとは無しに見下ろしていた校庭に見慣れた人物が二人。 螺子山学園一の熱々カップル、川崎きわ先輩と民草あおる先輩。 年齢通りに見られない幼い外見のきわ先輩の頭にはちょこんと乗っかった可愛らしいベレー帽。 対するあおる先輩は『万年仏頂面コンテスト』でも有れば優勝をさらいそうな鉄面皮。この二人のなれそめを聞いてみたくもあり、聞いたらおのろけだけで一時間は潰されそうで怖くて聞かれないと言うのが真実の所。 学園で数少なく天然で『らぶらぶ時空』を発生できる二人だ。 「あ、発生してる発生している」 見事にピンクのバラの花びらと大きなハートマークが飛び交っている。そんなに近くもないはずなのに、独特の甘ったるい空気が匂ってきそうだ。 あの『らぶらぶ時空』は全てのものを遮断する驚異の境界線でカバーされているらしいけれど、お願いだから空気位は通して欲しいぞ。せめて呼吸くらいはしたいじゃないか。 「こ・お・ら!」 「いで! いででででで!」 万力に挟まれたような痛みが、校庭を眺めていた俺の頭蓋骨を左右から襲う。 やばい! 俺は少しばかり意識を憧れの普通の生活に置きすぎた。 「現実逃避などしとらんで、しっかり現実を見つめなさい!」 そう、ここは科学部室。夢も希望も、目の前の少女の前では絵に描いた餅以下の価値しか持たない世界だ。 「‥‥‥はいはい」 取り敢えず怒らせては損だ、俺の現実が大いばりで白衣の胸を張って力説するのに同調して首肯しておく。 世間様はクリスマスなんだけどなぁ‥‥。 薫の前では、彼女とまともなクリスマスって言う行事を楽しみたいと願うことそのものが馬鹿らしく思えてくるから不思議だ。 なかなか引かない頭蓋の痛みに顔をしかめながら、科学室の白板に赤のマジックで書かれた『X’ms特別企画』という文字を何を考えるでも無しに眺めることにする。 ちなみに薫、クリスマスは『Christmas』であって、『X』じゃないんだけれどな‥‥‥等と言う事も考えても口には出来ない抜群の秘密だ。 「世の中を舐めきった輩は中近東生まれの人物の誕生日だと浮かれておるが、本田は勿論この話がデマだって件は聞いているわよね?」 「ああ、もしも本当に厩舎で生まれたのなら、いくら赤道に近いとは言ってもこの時期の砂漠地帯の夜に赤ん坊が無事に一夜を過ごせる訳はないって説だろ?」 何処かの三流雑誌にでも載っていそうな雑学。 「ほほう、知っていたとはね。本田らしいっちゃぁらしいけど」 ふふふん。流石にシモベッキー1号ね★ などと何やら嬉しそうに鼻を鳴らしてのたまう薫。 「‥‥‥」 待てやこら、等という怒りの感情は一瞬で山手線の網棚の上に放り上げる。 考えるだけ無駄って言うものだ。 それよりも、知っていてこの調子だ。もしも知らなかったら何て言われていたんだろうと考えてしまう俺。 俺の特技と言えばこれ位の雑学なんだ仕方がないだろう。 桜木みたいに不死身の肉体を持ってるわけじゃないし変身できたりもしない。 四条坂みたいに独自路線を突っ走って天上天下唯我独尊ペースで生きて行かれる程に自分自身に自信はないんだから。 ‥‥‥断っておくけれど、不死身には憧れるけれど死ぬほど痛いのに死ねないって言うのは嫌だから結構だし、変身も下手な自信も必要ないのであしからず。 「ちはーーっす!」 元気な声で科学室の扉を滑らせるのは『桜木誠』こと『ウルトラストライカー』。 踏まれて首の筋を違えそうな程の長い鉢巻きにバイクの免許を持ってるわけでもないのにドライバーズグラブ(しかも時々トゲの凶器付き)。小春日和とは言えこの冬の寒空なのに腕まくりに前五分の一をはだけた学生服で燃える正義の人なんだけど。 「丁度良いところに★」 「え? 僕が?」 薫のスマイル0円にころっと騙される辺り、ストライカーがまだまだ人生経験が浅いのか、はたまた人を疑うことを知らないのかは永遠の謎。 「ストライカーは鬼畜米英な連中の冬の祭典をどう思う?」 「ああ、ハロゥイン? いい年したおっさんが変な格好して練り歩く奴だよね」 ちょいとはずれ。 はずれた人には薫のボクシンググローブパンチ一発の粗品贈呈(オプションでブースターと鉄板張り付け済みの強化型グローブ)。 よくよく考えてみても、変身してシルバーメタリックでギラギラに目立つ戦闘服をまとうストライカーに言われたか無いと思う。若さ故の過ちで済まされるような問題じゃないはずだ、ウン。 「違うわよ。この時期に言えばアレよアレ! バカみたいに騒ぎ立ててるヤ・ツ★」 パチッと片目でウィンク。 「ああ、アレかぁ」 ぽむ、と手を打つ。 「そう、アレよ!」 我が意を得たりと身を乗り出す薫に、親指を突き上げてスマイル買えませんのストライカー。 「新年祭だよね★ 丁度、年が変わった瞬間に‥‥‥」
ドゲボクチャッ! ‥‥‥‥ピチョン‥‥‥
堅い肉を金属で殴打する音に続いて、リノリウムの床にしたたり落ちる赤い水滴の音。 ストライカー、君も鳴かずば討たれまいに‥‥‥。 「さて本田」 何事もなかったかの如く赤く濡れた金属バットをポイ捨ての薫。 「エセもんの誕生日に商売人がかこ付けてやれケーキだのプレゼントだのホテルだの性夜だのというお題ごもっともな商魂を見せているというのにも関わらず、私達には何の恩恵もない!」 瞳に炎、背中に怨念の二文字を背負って必要以上に燃え上がる薫。 「え?」 ケーキという単語に胸が締め付けられる。 「無くて当然では?」
ドゲボクチャビギィ!!
‥‥‥‥ピチョン ‥‥ピチョン ピチョン
頭に数枚の絆創膏だけで復活したばかりのストライカーだったが、彼が再び冷たいリノリウムに沈んだ時、科学室の扉が音もなく開かれた。 「いやぁ皆さんお揃いのようだね!」 颯爽と校則違反の白ランで登場の四条坂。 何も見なかったかの如く肉塊を踏みしめて、一方通行な踏み台昇降運動。 「はい、本田君。マスターからのプレゼントだ。わびしい科学部員の食生活に貢献させてやって欲しいと頼まれたよ」 ‥‥‥いやだから、俺は科学部員じゃないって言うのに‥‥‥。 マスター八雲こと理科教諭生物専攻の井ノ頭八雲先生からの差し入れは、『また』バケツ一杯のチョコ卵の殻と2リットルビーカーに山と盛られたキャンディの小袋。 「今度はあのキャンディか。よく保管してあるよねマスターヤクモも。一時期問題になったビックリマンチョコの菓子ポイ捨てよりはマシだけどさ‥‥‥」 昼食もまだなので小腹はすいている。 慣れとは怖いもので、科学部御用達のフラスコに入れた蒸留水をガスバーナーの火にかける。湯飲み代わりの200mlビーカーもばっちりだ。 「‥‥‥」 あ、無言で肩を振るわせてる恐怖の大王が居る。 「そうそう、でも、クリスマスはお休みじゃないか。折角の冬休みにわざわざ学校に来なくても‥‥‥」 ヤバイので話題を振り返そう。時間稼ぎ、時間稼ぎ。 折角、お湯も沸かし始めたんだ、宇治茶の温かいのでチョコ卵でも流し込まないと、家まで持たないと胃袋が自己主張を始めている。 「甘いわよ本田! 人が遊んでいる時にこそ、ナイス(死語)でビッグ(これまた死語)な儲け話が転がっているのよ!」 「それは正論だけれど」 科学部員が何のために儲けなければいけないのかがさっぱり判らない。動機に理由の原因2点セットを話もせずに、最終目的と結果のセットだけ話されても理解に苦しむだけだけなんだけどなと、沸騰したフラスコを火から下ろして茶葉を放り込む。 「科学部と何が関係有るんだ? あ、俺まで巻き込むなら科学部員以外の俺にも何の関係が有るんだ?」 フラスコの底から水面へと浮かんでは沈む茶葉の踊りを眺めながら、緑色に染まる湯をフラスコを大きめの試験管ばさみで傾けて茶こしでこしてやる。ビーカーから立ち上る湯気に含まれた緑の匂いが鼻をくすぐってくる。 「ミルクチョコのチョコ卵に緑茶が合うんだよね」 さっきからチョコ卵を漁っていた四条坂が自分の名前を無断で書き込んだマイビーカーで茶をせがんでくる。 「あ、あたしもね本田」 「はいはい」 なんだかんだ言っても女の子なのか、薫が両手で差し出したのはマイカップ。 「おひ‥‥‥」 でも、大きさは大ジョッキ。 入れたらフラスコの茶など全部無くなってしまう大きさに、つい手の動きが一瞬止まる。 「んん?」 早くしろと、こめかみに青筋を立てながらの薫には逆らえない。 「ボクも。ボクも!」 再び復活のストライカーもビーカーを持ってはしゃぎ立てる。 「はいはい。もう一度湧かすのね」 気分は保育所の保父さんだ。 もう少し大きめの丸底フラスコに蒸留水をぶち込んでバーナーにかけると、もう面倒くさくなってチョコ卵をそのまま口に放り込む。 だだ甘い。 「24日という世間一般では非常にありがたがって遊び呆けている日を我々は血と汗と涙、すなわち努力と根性の日としなければいけないわけ」 お判り? と、甘ったるい声で聞いてくる薫だが、誰が何時決めたか逆に聞きたいものだ。 「世間様ではってことは、僕にとってもね」 「あら、ストライカーに彼女なんて居たの?」 驚愕の表情で後ずさる薫に俺。四条坂はマイペースでビーカーをすすっている。 「ソコまで驚かないでも良いっしょ?」 否定しない。 否定しない桜木にほんの1メガトンほどの嫉妬心が燃えあがる。 「カップルがいちゃついている後ろでは犯罪の影が必ずある! 僕の出番は犯罪者の出たその時さ!!」 グッツ! 「つまりはストーカー行為に走るという訳だね」 笑顔でサムズアップなストライカーに、身も蓋もないことをにこやかに告げる四条坂。当たらずとも遠からじの発言だったのか、ビクンと振るえる桜木の学ランの背。 「そう言う四条坂は?」 矛先を別人に向ける薫。 「あんた、彼氏居ないでしょ?」 「ふ‥‥‥失礼な」
ガタタタン!!
科学室のパイプ椅子を頃がらせて逃げる桜木と薫。 「何してるんだよ。いつもの四条坂のジョークに決まってるじゃないか‥‥‥‥なぁ?」 「ホテルの予約は済ませたからね、マイスゥィート本田君」
ガッチャーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!
パイプ椅子を転がして壁際の試験管乾燥棚に突っ込む俺。ほんのちょい、背中が痛いような気がしないわけではないが心の葛藤と心臓の跳ね上がる音の方が遙かに痛い。 ニヤリ。笑う四条坂の瞳が闇夜の麦球のように怪しく輝いている。 「ち」 短い舌打ちで明後日の方角を見る四条坂。 「なんだ、冗談かぁ」 にこやかに言う桜木に、顔に不信感を張り付かせながらもマグカップに戻って行く薫。四条坂の周辺には近づきたくない様子がありありと伺えられる。 「まぁ冗談さておき、薫君、我々を非常呼集したのはいか用かな?」 何時の間に非常呼集された事になったのかは知らないし、何処までが冗談なのか実のところはっきりさせたかったが、真剣な表情で尋ねる四条坂に薫が実はと腕組みで沈黙した。
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12月24日。 運命の日の朝はいつもと同じようにやってくる。 日曜日だというのに嫌に早起きなさやかが朝飯を作っている音が台所から聞こえてくる。鼻腔をくすぐる匂いはトーストの香ばしい薫り。すると、モーニングティーの匂いが漂い始めるのも時間の問題だろう。 もそもそと起き出して身支度を整えると、台所に顔を出す。 「あ、おはよーお兄ちゃん」 「さやか、何だその服‥‥‥」 起き抜けに眩しい妹の笑顔の下。エプロンの中に包まれたのは年齢以上にシックな作りのブラウンのシャツにタイトスカートから伸びる足にはスリットの切れ目の中まで伸びた真白のロングソックス。思い切り気合いの入った余所行き着だ。 「何だ‥‥‥って、今日が何の日だかお兄ちゃんでも知ってるでしょ? デートに決まってるでしょ。デート!」 「ああ、そうか‥‥‥」 ぽっかり心に空いた空洞のような虚無感。 そう、さやかには彼氏が居る。まだ紹介して貰ってはないけれど、真面目な人物らしいというのはさやかの言動やらで薄々判る。 妹の嬉しそうな笑顔をみながらブルーな気分に浸りきっていた俺の耳に、コールサインを響かせる電話の音が聞こえてきた。 「わるい、さやか出てくれないか?」 ティーポットでいい具合に出ていた紅茶をカップに注いでいたところなので、近くにいたさやかに頼む。 「判ったよ。はい、川崎です。はい、さやかですけど? ああ、先輩ですか。お兄ちゃん? ええ、居ますけど。代わりま‥‥え!? ソウマせ‥‥‥」 「‥‥‥?」 口元を押さえてこっちを見てるさやか。失敗したという、一瞬の表情の変化を俺は見逃さなかった。何事か電話の相手と押し問答をしているさやかに、面倒な相手なら変わると身振りで示したのだが眉根を寄せているだけ。 「はい、代わります。おにいちゃん、鈴木先輩から」 「ああ? ‥‥‥サンクス」 力のない声で受話器を渡したさやかが横切るのをよけながら、耳に電話機を当てる。 「さやかに何言ったんです?」 『トゲがある言い方ね』 落胆した様子のさやかを見た後なので、声にも棘があったようだ。 『それより、準備できてるんでしょうね?』 「ええ、一応は‥‥‥でも、本当にやるんですか。この寒いのに?」 『当然』 目の前にいたら、薄い胸を張ってふんぞり返っていただろう薫の得意満面な様子が手に取るように分かる。 「判りました。準備して出ます」 『そうすお、妹さんもご一緒するそうだから、連れて来たんさい』 「さやかが? ……何をしたんです?」
ツッツーツッツー
「………ち、勘のいい」 頭から否定して疑問をぶつけようとしたけれど、先に電話を切られた後だった。 仕方がない。薫から何の脅しを受けたのかは知らないが、俺が薫の魔手から護ってやるしかないか。下手をすると、『メイドでロボットな貴方の寂しさを埋めてくれる妹チックなさやかちゃん』にでも改造しかねないからな、あの人は………。 ふと思う。おれはあんなのの何処が好きなんだろうかと。 そして次の瞬間思う事が、それでもまぁ、好きなモンは仕様がないよなという諦めに似た感情だった。 「んじゃ、行くか」 前もって準備されていたアタッシュケースを右手に、家を出る。 北風が吹き抜ける朝の街を、さやかと二人、コート姿で歩いていると、いきなり見慣れない鳥が急降下で俺達目掛けて突撃して来た。 「何だ?」 とっさに利き腕でカバーしたものの、その際に振り上げたアタッシュケースが異様にでかい鳥の鍵ツメに掛けられてしまう。 「しまった! アタッシュが狙いなのか?」 必死の形相で奪われまいとしていた俺は、アタッシュから白い煙が漏れ始めているのに気が付いた。 「いかん、アタッシュの重力制御装置がおシャカになったのか?!」 「何でそんなものが我が家にあるのよ!」 さやかの叫びももっともではあるが、仕方がない。これは科学部からの預かり物なのだ。この日、薫に返すという期限付きで預かったそれを狙ってくるとは、不幸なヤツだ。羽ばたきを繰り返しながら、こちらを見た鳥には人間の崩れたような顔が付いていた。魔獣ハーピ―と言うようなファンタジー世界の生き物のようなそれに、右手を離して自由にさせた次の瞬間に、着火させたロケットパンチが火を噴いて飛ぶ。 「俺は死にたくないんだよっ!」 怪鳥よりも薫が怖い。 きっと、俺が殺されるのは目の前の鳥にじゃない。 奴(薫)にだ!! 恐怖心の比重が勝るモノへの従属は、普通なら恐怖で動けなくなるはずの己の五体をまともに動かした。 バッサ 巨大な体に似合わず身を翻してロケットパンチから逃げた怪鳥の瞳が嘲りの色に輝いた。 「甘いな」 ロケットパンチは半径300mまで電波誘導が可能なのだ。ましてやこいつは科学部謹製のマイクロウェーブ誘導型だ! 下手なところで役に立つ。 グゥェェェェ…………! 羽毛をうち払って怪鳥の体を確かに貫いたロケットパンチ。それに繋がっている糸を巻いて元に戻すまでに時間が掛かってしまった。ふと見ると、転々と続く血の跡の中に見慣れた金のボタンが落ちている。 「これって……四条坂の白ラン……」 これ以上深くは考えないことにした。よく思い出してみれば、何処かしら似通った外見だった様な気がするかも知れない。でも、思い出したくないので思考することを止めたのだ。 「おにいちゃん、何だってこんな物騒なものを預かったのよ?」 眉根を寄せるさやかに肩をすくめながら、仕方ないんだと言って聞かせても無駄なことは判っている。それでも、本当にこのアタッシュを届けなければいけないんだ。出来ることならさっさと終わらせたいこの仕事、何を言われたのかおどおどしている様にも見えるさやかまで一緒に行かねばならないと言うのは……… 「薫……何を言ったんだか……」 俺は兎も角、さやかを巻き込んだことにはお礼をしなければいけないだろうなと、指定された科学部室前までやって来た。 「やぁ、本田君遅かったじゃないか」 「四条坂……服、破れてるぞ……」 「おを! これは僕としたことが。早速着替えてくるとしよう」 くねくねと上半身と下半身が別物の様な動きで歩き出す四条坂を無言で見送って、部室の扉に手をかざす。 「ねぇ、お兄ちゃんさっきの人、あの化け物にそっくりだよね」 無邪気に言うさやかに本人だとは到底言えない。第2ボタンも外れている上に、背中には大きな風穴が空いている。よくあれで死なないものだと感心しながら、開いた科学部室は少し熱いくらいの暖房が入っていた。 「遅いぞ本田! 言われた物は持ってきたんでしょうね!」 質問と言うよりは詰問口調で胸を張る薫。どうしてそこまで偉そうに出来るのか、俺には判らない。 「はいはい………」 「よし!」 黒いアタッシュケースを手渡すと、さっさと机の上で鍵を開く薫。机の横では何時の間に来たのか四条坂が物欲しそうにアタッシュケースを見つめている。 「でかした本田!」 アタッシュケースの中身を取り上げて薫がはしゃいだ瞬間に、四条坂がましらの如く駆け抜ける。脇に黒いアタッシュケースを抱え、一目散に廊下を走る四条坂の行く先は、階段で一階下に参りまーすな生物部準備室。別名、『マスターヤクモのお部屋』である。 「マスター!! ついに手に入れました! これが鈴木薫の発明、重力制御装置です!」 「うむ?」 デスク中を手の平サイズのフィギア群で埋め尽くした白衣のマスターが振り返る。 「重力制御装置じゃと?」 黒いアタッシュを受け取ってしげしげと眺めるマスター。
ぽい。
「んな、アホな」 と、四条坂が叫ぶ間もなくアタッシュの中にはペットや妖怪のミニフィギアが詰め込まれて行く。 「まぁ便利じゃが、それだけじゃの。それより四条坂、薫が本田に頼んだらしいチョコ卵ケーキ版ミレニアムはどうなった?」 わくわくどきどき。 年甲斐もなく頬を赤らめているマスターを見ていると、とてもじゃないが世界征服を企む悪の生物教諭とは思えない。 「えーっと、その………」 転嫁の第二の脳を股間に持つ男も、流石に中身が目的のものとは判らなかったらしい。 その頃………。 「鈴木先輩、あの……」 「うん? 大丈夫だって。あたしだけじゃ野郎共も面白くなかろうから華が有ろうかと呼んだけよん。別に秘密にしなくても良いと思うけど、貴女が秘密にしたいなら、本田につけとくわ☆」 ふふふんと鼻を鳴らしながらケーキをパクつく薫。 『クリスマス特別企画』と白版に書かれた文字が薄まって見える科学部室には、五百旗頭めるろともじりの双子の姉妹、川崎きわと民草あおるの時空結界発生カップルに、たったいま準備室からジャンプしたばかりのストライカーがドリンクを取りに戻ってきたばかり。部屋の隅ではバーテンダーもどきでドリンクの準備をし続ける本田にそれをくどきにかかる四条坂(何時戻ってきた?)。それに白衣の下に真っ赤なサンタモドキチャイナを纏った薫に川崎さやか、総勢九名の静かなクリスマスパーティが開かれていた。 「どうでもいいけど、俺は一体………」 「本田君の仕事姿に、カンパイ!」 嘆きながらグラスを磨く本田にウィンクを送る四条坂だった。
つづ…………かない
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