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クリエイター名  姜 飛葉
■君想

■君想
 気まぐれで、享楽的な女。
 常に人をからかうような笑みを浮かべ、昏寧には程遠く思われた。
 その笑みこそが彼女の心を覆う鎧なのだと気付いたのは何時頃だったか。
 今、己を見つめる女の面に笑みは無く。
 ただ、ひたすらに向けられる真摯なまなざしが、刺さる。
「好いておるから。それではそばに在りたいと願う理由には足りぬものか?」
 吐息が触れる程に近く、顔を寄せ。
 囁かれた言葉は飾り気の無い……真実の気持ち。
 否。
 真実であろうとなかろうと、迷う事無く『否』と告げるべきなのだ。
 己を見上げる琥珀の瞳から、逸らす事が出来なくなる前に。
 女の顔から目を逸らすように、間近にあった彼女の身を引き剥がした。
 決して真向かわぬ、言葉より何より雄弁な拒否に、女は何かを言いかけ。
 けれど言葉にならず……口を閉ざした。
 言い淀むところなど、初めてみた気がする。
 泣き出しそうにゆがむ顔。
 泣くのだろうか……そう思った。
 けれど、予想を裏切り、彼女は笑った――晴れやかとしか言えぬ笑みを浮かべてみせる。
 呆気に取られ、気が緩んだ僅かな間。
 柔らかな唇の感触……ほんの一瞬の、触れ合い。
「すまなかったな、ありがとう。もうそなたを煩わせる事などせぬゆえ、案じなさいますな」
 そういって微笑み、微かな衣擦れの音を伴い女は離れた。
 未練など残す様子も無い、いっそ鮮やかなまでの身の引き方。
 追う事も無く、追える筈も無く……掛ける言葉も無く、ただその背を見送り。
 その場に遺されたのは、頑なな男と女の纏っていた薫香だけだった……。

 親しい者、心を傾ける者を作らぬよう過ごしてきた。
 その姿勢は、これからも変えるつもりは無かった。
 剣で在り続けたかったから。
 大切な者ができてしまったら、戦場で我が身を惜しみ、躊躇い、剣であり続けることができないかもしれない。
 覚悟がないだけといえばそれまでかもしれない。けれど。
 僅かでも、迷った自分が許せず。
 それを彼女が気付かぬ事に安堵し。
 安堵した己にまた少し、腹を立てた。



 欲しかった。
 自分とは違う高さで、前だけを見つめている人だと知っていたけれど。
 ほんの僅かでいい、自分を見て欲しかった。
 実直で、融通の利かない男。
 けれど、それゆえ偽る事もなく、飾る事も無い男。
 だからこそ、『嫌っているわけでない』そういった彼の言葉は本当なのだろう。
「……好きだからこそ嫌われる事はしたくない……」
 触れる事も、求める事もできない。
 見つめるだけは許されるだろうか。
 ……だめだ。
 彼を見れば、きっと自分には求める気持ちを抑えられなくなってしまうから。
 あの時……ほんの僅か、彼の手が躊躇うように震えた事を、この恋心の餞に。
 想いにも気持ちにも……別れを告げて。
 次にまみえる時は、男女ではなく、同朋として共に立てるよう。


 
 
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