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クリエイター名 |
鬨道 |
サンプル
彼と彼女とお弁当
1. 「作ってきちゃった!!」 「はっ?」 ボクは4時限目の授業が終わるや否や、上野カオルの机の前に立ちはだかった。 「お弁当」 「‥‥」 カオルは、ボクが置いた2つのお弁当を怪訝そうに見つめている。そして、内心の驚きを隠そうとしている予想通りの反応だ。 「意外だった?」 「早川らしいよ」 自分の分の小さなお弁当箱と、カオルの分の大きなお弁当箱。 今日は、いつもよりも倍は早起きして、カオルの分も作ってきたんだ。 ボクはこう見えても、同じ高校1年生、平均的な女子と比べて、手料理には少し自信がある。家庭科は、休み時間の次に大好きな科目だった。 意外じゃなかったとすれば、カオルはそのことを知っていたからだろう。 「そっか。じゃ、イス取ってくるから、ちょっと待ってて!」 「‥‥って、おい、人の話を聞かねぇヤローだな」 構わず、ボクは自分の席からイスを持ってきて、カオルの机に横付けする。 「カオルってば、お昼は、いっつもパンじゃない。ボクは部のマネージャーとして、エースの食生活を気遣うのは、もはや当然の責務なのであります!」 ボクは、あらかじめ用意しておいたセリフを口にした。 カオルは、我が部が誇る期待の1年生エースなのだ。 何でもボクが聞いた話では、小学生の頃から真剣に野球をやってたみたいで、その頃は本気で、夢は甲子園! なんて言ってたそうだ。 高校に入って、憧れの甲子園はあきらめてしまったみたいだけど、部活に試合に、1年生にしてエース・ピッチャーとして頑張っている。 並みの男子よりもずっとカッコイイ、カオルなのだ。 校内校外を問わず、女の子にだって、モテモテだ。だから、自称・友達以上恋人未満なボクは心配になって、なけなしの勇気をふりしぼって、ラブラブ手作りお弁当差し入れ大作戦! なんて古典的だけど大胆な行動に出たわけで。 「マネージャーも大変だぁ〜。けどな」 ボクの気持ち、わかってて、でもカオルは優しいから、笑ってくれていたんだと思う。 「さぁ、食べて食べて!」 「けどな! 悪い。折角だけど、これは食べられない」 きっと心を鬼にして、厳しい顔を作ったカオルは、お弁当を押し返す。 「どうして!?」 「嬉しくないわけじゃないが、困る。‥‥ほら、なっ」 周囲を見渡して、カオルは苦笑する。 ボク達に集まるクラスメートの好奇の視線。お昼どきなのに静まりかえった教室。 みんなが見ている教室で、こんなボクなんかといっしょにお弁当を食べるなんて、照れ屋さんのカオルでなくても、死ぬほど恥ずかしいことなのかもしれない。 ボクだって、なんとなく、わかってたけど、どうしようもなかったんだ。 マンガとかドラマとかでは、2人っきりになれる屋上があるのに、うちの学校は屋上、立ち入り禁止だし。ハシゴを昇らなきゃ、屋上には行けない。たぶん。 かと言って、部室は汗臭いから、ごはんを食べられるような場所じゃないし。一部の男子なら平気かもしれないけど、残りの男子と全ての女子には無理だ。絶対! 「カオルは迷惑なんだ?」 ボクは、考えていることとは違う別の質問を投げかけた。 「迷惑? いや、困惑はしてるけどね」 うつむいたボクは、カオルの顔を見られない。カオルはのけぞって腕組みをしているから、ボクは見下ろされてる感じ。 「ごちそうさま! 早川の気持ちだけは受け取っておくから」 「他に好きな人がいるからダメなんだ?」 立ち去ろうとするカオルが一瞬、止まったような気がした。 「そ、そんなのいねぇよ、別に」 「やっぱり、カオルは下倉先輩が好きなんだ‥‥」 「なんで、そこでキャプテンの名前が出てくるんだよ!?」 一転して、ざわめく教室。カオルと下倉先輩は仲良くて、ちょっと怪しい。ひょっとしてデキているのではないか? 学校中で噂になっていたのだ。 「引くな! そーゆー目でオレを見るな! オレは違うぞ、そーゆーのは、マジで!」 カオルは必死になってクラスメートに否定している。 「オレは、ノーマルだ! 同性より、異性に興味がある!」 下倉先輩は、もうびっくりするくらい女子生徒の間では絶大的な人気があって、カオルと同じくらいカッコイイんだけど、‥‥まっ、そーゆー同性な趣味の人らしい。 「みんな、知ってるんだから。試合後、カオル、下倉先輩と抱き合ったりするじゃない」 「あのなぁ〜。下倉さんはキャッチャーだから、バッテリーとしてだな」 「しかも、すっごく嬉しそうに!」 「試合に勝ったら、嬉しいだろ?」 「ヘリクツだ!!」 「どこが!?」 ボクは、悔しい気持ちで胸がいっぱいになった。 「このお弁当、カオルが食べてくれなきゃ、持って帰っても捨てるしかないよ。もったいないね」 何も反論できなかったボクは、本題であるお弁当のことに話題を戻した。 「早川、イヌ、飼ってるじゃん」 「フランソワ、食べるかな‥‥」 ‥‥はっ!? もしかして、カオルにとって、ボクの手料理は、イヌのエサ扱い? 「わかった。もう、わかったよ。これからパン買いに行くのも面倒だから、仕方ないな」 カオルは、ボクが持ち帰ろうとしていたお弁当箱をひったくる。 「今日だけだからな。今日だけだ」 「ありがとう!」 お昼休みも時間切れ間近で、今日のところは粘ったボクの勝ちみたい。 明日は、どうなるかわからないけど、またお弁当、作ってこようと思う。 カオルに食べてもらいたい手料理ネタは、いっぱいあるんだから。 「食べよ食べよ」 「いただきま〜す‥‥」 蓋を開けて、お弁当の中身を見て、カオルは目を丸くしている。内心の驚きを隠せなかった複雑な表情も、ある意味、予想通りの反応だった。 「どう? すごい? 美味しそう?」 「うわぁー。なんだろ、コレは‥‥」
2. 「作ってきちゃった!!」 「はっ?」 ようやく退屈な4時間目の授業から解放されて、オレが眠たげにあくびをしていると、目の前に早川リョータがやってきた。 「お弁当」 「‥‥」 机の上には、彼が置いた2つの弁当箱。 大と小から察するに、大きい方はオレのための手作り弁当のようだ。 オレは、そんなに大食いではないと思うのだが、それはともかくして。 「意外だった?」 「早川らしいよ」 約束もなしに突拍子もないことをしでかす。早川は、そーゆー自分勝手なヤツなのだ。 「そっか。じゃ、イス取ってくるから、ちょっと待ってて!」 「‥‥って、おい、人の話を聞かねぇヤローだな」 一端、自分の席に戻る早川の背中を見やって、オレは苦笑する。 男が、手作り弁当の差し入れなんかするかよ、フツー? てゆーか、それは、とっても早川らしい行動だけど。 オレは、「男らしい」とか「女らしい」なんて言い方は好きじゃない。自分らしくない曖昧な表現だったな。はっきり言おう。嫌いだ。 だから、早川は料理が大好きなんだ! と思うことにした。納得。 だいたい個性は人それぞれなのに、男女2つに色分けすることに無理がある。 ピンク色より青色が好きな女子は、頭おかしい? 世の中には、早川のように(おそらく)、青色よりピンク色の好きな男子だっているだろう。 例えば、オレにスカートが似合わないように(似合うわけがないだろ?)、早川には学生服が似合わなかった。 いくら変でも、それが制服なのだから、仕方ないけどね。 自分らしくないのに押し付けられた決まり事は、日々、精神的苦痛あるのみだよ。 「カオルってば、お昼は、いっつもパンじゃない。ボクは部のマネージャーとして、エースの食生活を気遣うのは、もはや当然の責務なのであります!」 早川は、うちの部の男子マネージャーだ。 マネージャーは女子だけと決まっていた伝統があったのか、なかったにしろ、それが今までの常識だったのか、早川をマネージャーとして採用するか否か、当然、反対意見もあった。ストレートに「気持ち悪い」とか言われて、いきなり先輩に泣かされてしまったり。 そんな早川が可哀想になって、最初は仮でいいから使ってやってくれ! なーんて、オレもいっしょになって頼んでまわったっけ。 「マネージャーも大変だぁ〜。けどな」 その後、タマ拾いとか、記録係とか、パシリ雑用全般、部のマネージャー業を毎日ちゃんと頑張ってるから、推薦したオレも一安心。 「さぁ、食べて食べて!」 「けどな! 悪い。折角だけど、これは食べられない」 言いにくいことだから言うけど、はっきりとNO! と伝える。 3時間目が終わって早弁をする多くの男子の仲間じゃないオレは普通に、おなかが減っているから、その魅力的な誘惑には負けそうになるが、だがしかし! である。 「どうして!?」 「嬉しくないわけじゃないが、困る。‥‥ほら、なっ」 さりげなく、だけど確実にクラスメートの注目を集めているオレ達2人。 早川も早川だけど、オレもオレだし、2人して揃ってしまうと、ますますまクラスでは目立って浮いてしまう。 「カオルは迷惑なんだ?」 「迷惑? いや、困惑はしてるけどね」 嫌いではないが、とりたてて好きでもないコから手編みのマフラーとかを貰った男子の気持ちとは、このようなものなのだろうか? 全然、違う? オレは自慢じゃないけど、ときどき女子からラブレターとか、チョコとか、いろいろ貰ったりするよ(ホントに自慢じゃねぇや‥‥)。 渋々、受け取ったら、OK! と勘違いされて、その後、断わるのに苦労するんだ。 「ごちそうさま! 早川の気持ちだけは受け取っておくから」 「他に好きな人がいるからダメなんだ?」 どうして、そーゆーことになるのかなぁ〜? 「そ、そんなのいねぇよ、別に」 「やっぱり、カオルは下倉先輩が好きなんだ‥‥」 「なんで、そこでキャプテンの名前が出てくるんだよ!?」 確かに、オレとキャプテンとは馬が合う。さばさばとした性格や考え方が、自分と似ていると思う。ここだけの話、ニンジンが食べられないとかカワイイところもあるけど、表向き、あの人、ニヒルでクールだからね。 キャプテンには熱狂的なファンの女子生徒集団があって、下倉ヒカル親衛隊を名乗っているんだ。後輩に慕われる程度ならいいけど、‥‥そーゆーのはどうかな? キャプテンとオレは、その点についても、意見が一致する。 「引くな! そーゆー目でオレを見るな! オレは違うぞ、そーゆーのは、マジで!」 教室は、パニック寸前。頭の中で、よからぬことを想像でもしているんだろう。オレは、全く的外れな結論を導きだそうとしているクラスメートに冷静になるように呼びかけた。 「オレは、ノーマルだ! 同性より、異性に興味がある!」 ああ、恥ずかしい。どうして、こんなことを叫ばなくちゃいけないんだ? 「みんな、知ってるんだから。試合後、カオル、下倉先輩と抱き合ったりするじゃない」 「あのなぁ〜。下倉さんはキャッチャーだから、バッテリーとしてだな」 「しかも、すっごく嬉しそうに!」 「試合に勝ったら、嬉しいだろ?」 「ヘリクツだ!!」 「どこが!?」 キャッチャーが、両手広げてマウンドにかけよってくるんだ。プロ野球の乱闘シーンじゃないんだから、ピッチャーであるオレが後ろ向いて逃げるわけにもいかんだろ? 「このお弁当、カオルが食べてくれなきゃ、持って帰っても捨てるしかないよ。もったいないね」 早川は卑怯にも口元を歪めて、オレの良心に訴えてきた。 「早川、イヌ、飼ってるじゃん」 「フランソワ、食べるかな‥‥」 ‥‥えっ!? もしかして、弁当の中身はイヌも食えないような恐ろしい手料理なのか? 「わかった。もう、わかったよ。これからパン買いに行くのも面倒だから、仕方ないな」 悔しいけど(?)、早川を困らせたり、いぢめたり、泣かせたりしたいわけじゃないから、今日はオレが我慢しておこう。 「今日だけだからな。今日だけだ」 「ありがとう!」 結局、早川の笑顔に弱いんだな、オレは。 だって、口がwなんだもん。絶対、卑怯だって、アレは。 「食べよ食べよ」 「いただきま〜す‥‥」 オレは高鳴る鼓動、胸のドキドキを身体中で感じながら、弁当の蓋を開けた。 「どう? すごい? 美味しそう?」 「うわぁー。なんだろ、コレは‥‥」 でっかい、おにぎり。海苔を巻いてない白い、おにぎり。 「まるで、――‥‥」 そのまんまだった。
3. 「――!!」 「――?」 お昼休みになってしばらくして、やっと教師が教室を出ていこうとするとすぐ、待ってましたとばかりに彼は急いで、彼女の席へと向かった。 「――」 「‥‥」 いきなり机の上に置かれた2つのお弁当箱。 1つは作ってきた彼の分で、もう1つは彼女のために。 「――?」 「――」 彼女は驚きと呆れがまざった顔で、彼が用意してきた手作り弁当を見つめている。 目の前で微笑む彼が、自分の分だけでなく、わざわざ彼女の分も早起きして作ってきてくれたのだ。 突然の事態、喜ぶべきか、全然そうでないのか、戸惑うシチュエーションではある。 「――。――、――、――!」 「‥‥、――、――」 彼が自分のイスを取って戻ってくるまで、しばらく待たされる短い時間、彼女は、できればナイーブな彼を傷つけずに、はっきり断わる方法はないものか? と、そればかりを考えていた。 「――、――、――。――、――、――!」 そんな彼女に対して、彼は真面目な顔して、事前に家で何度も練習してきたであろう、もっともらしいセリフで彼女を説得しようと試みる。 「――〜。――」 「――、――!」 「――! ――。――、――」 彼は自分の箸を持って、スタンバイOK。彼女を促すも、答えはNOサンキューだった。 「――!?」 「――、――。‥‥――、――」 彼女は、周囲の視線を気にするフリをして、やんわりと断わろうとした。 やけに古めかしい黒板。剥がれかけのポスター。薄汚れた白いカーテン。淡くて鈍い蛍光燈の光り。 殺風景な教室の中で、クラスメートは邪魔することなく、ただ遠巻きに2人の成り行きを見守っていた。 ある意味において、似た者同士である2人の掛け合い漫才は微笑ましく、見ているだけでも面白かったからだ。 「――?」 「――? ――、――」 「――! ――」 「――?」 スカートを翻して立ち去ろうとした彼女が、別角度からの追求でリアクションに窮する。 「――、――、――」 「――、――‥‥」 「――、――!?」 エース。マネージャー。キャプテン。 部外者にも非常にわかりやすい、ありがちな三角関係であった。 「――! ――! ――、――、――!」 彼女は必死になって弁解する。試合のときは、1打逆転、ノーアウト満塁みたいな大ピンチのときもあわてないエースらしからぬ、その必死ぶりが逆に怪しかった。 「――、――! ――、――!」 しかし、本当に彼女にとってキャプテンは仲のいい先輩であれど、それ以上ではなく、そんな関係ではないようである。 「――、――。――、――、――」 「――〜。――、――」 「――、――!」 「――、――?」 「――!!」 「――!?」 うまいこと言いくるめられた感もあったが、彼は彼女の身の潔白を信じるしかなかった。 「――、――、――。――」 仕方ないので、彼は顎を引いて、上目づかいで呟いてみる。口元は笑っている。 「――、――、――」 「――、――‥‥」 しょせん、イヌも食べない2人の言い争いだった。 「――。――、――。――、――」 結局、彼女は、そう言い訳をして、手作り弁当を受け取る。 彼の計算にまんまと屈してしまったわけだが、それを納得の上で受け取った。 「――。――」 「――!」 彼女は、恐る恐る弁当の蓋を取る。 玉子焼き? タコさんウインナー? 鳥の唐揚げ? ミートボールにミニ・スパゲッティ? やっぱり、肉じゃが? あるいは、里芋の煮っころがし? 個人的には、竹輪の天ぷらもいいな‥‥。 家庭の事情により、これまで手作り弁当とは縁が薄かった彼女にとって、いろいろなおかずを期待してしまうのは無理からぬことだった。 「――」 「――‥‥」 彼はとびっきりの笑顔のままだけど、彼女にあふれていた笑顔がこわばった。 「――? ――? ――?」 「――。――、――‥‥」 弁当の中身は、大きな白い握り飯だけだった。 「――、ソフトボールみたいなおにぎりだね‥‥」 「いっぱい食べて、放課後の部活動、頑張ってね!!」 女子ソフトボール部、万歳!
【END】
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