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クリエイター名 |
蘇芳 防斗 |
〜変わらぬ日常、それが変貌する時〜 (オリジナル・標準)
「だりぃ‥‥」 今日何度呟いた事だろう、彼は飽きる事なく同じ言葉を口にする。 日差しは暖かいものの、吹き荒ぶ風は冷たくいよいよ持って冬の到来を感じずにはいられない。 「‥‥今日は何するかな」 真っ昼間にも拘らず、公園のベンチで伸びている青年‥‥年の頃は二十代と言った所か。 今日も朝の八時に「仕事に行ってくる」と行って家を出て、いつもの公園に来るやそれから今までただ空を眺めていた。 仕事なんかとうの昔に辞めた、色々な事に面倒臭くなって。 仕事も人付き合いも疲れるだけで、彼には何ら面白みを与える事はなかった。 「もう、一寝入りするかな」 引き篭もれればどんなに楽か‥‥思う彼ではあったが、僅かながらに残る中途半端なプライドがギリギリでそれを食い止める。 結果は目に見えているから。 でもそれも時間の問題だと、彼は思う。 「‥‥考えるのもだりぃ」 だがやがて考える事も面倒臭くなってか、ベンチへ横になって寝ようとしたその時だった。 彼の運命を変えるきっかけが舞い降りて来たのは。 いや‥‥『舞い降りて来た』と言うのは正確ではなく、実際には『降って来た』のだが。 「へぎゃ?!」 目を閉じて暗闇に心を落とそうとした時だったので、予期せぬ出来事に対し思わず情けない声を上げてから飛び起きる彼。 身を起こし自らに苦痛を与えた根源を探す為、辺りを見回すと近くに転がっていたのは一冊の本だった。 「‥‥なんだってまた、本が降って来るよ‥‥?」 「失礼、近くへ下りてきた鳥に驚いてしまって取り落としてしまった」 その、地面に落ちた本を拾って呟いた時‥‥今度は上から声が降って来たので見上げてみれば彼が座るベンチの近くの木から生えている一本の樹がまず目に止まる。 次いでそれを追って天空を目指し、伸びている頑丈そうな枝の上に辿り着けば一人の女性が映る。 年の程は彼とそう変わらない‥‥気はするが黒髪を風に靡かせている彼女の雰囲気は彼に比べ、嫌に落ち着いて見えた。 「済まない、今そっちに‥‥」 相変らず枝の上に座ったまま彼を見下ろし言うと、彼女はスカートを翻しそれなりの高さがあるにも拘らず飛び降り、音も立てずに彼の近くへ降り立った。 「‥‥もう少し、気を遣ったらどうよ?」 「何が?」 その折、舞うスカートのその中が見えた気がして‥‥見知らぬ女性ではあったがそう忠告する彼に、だが当の本人は分かっていない様子で一つ首を傾げる。 すればその様子に彼は彼女へ次に紡ぐべき言葉が見当たる筈もなく、ただ頭を掻いた。
そんなあり得そうな日常の風景の中で歯車は噛み合っていない二人だったが、それでもそれが彼と彼女の最初の出会いだった。 そして二人はやがて、運命に翻弄される事になるのだがそれはまだ誰も知らない。
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