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クリエイター名 |
糀谷みそ |
サンプル
■サンプル2(ギャグ)
ミギィは迷っていた。 この、本屋『アルデバラン』の店主レモードが昼食の買出しに行っている間、日ごろ世話になっているお礼にと書庫の掃除をしていたのはいいのだが、怪しい箱を発見してしまった。 箱に貼ってあるラベルには、『本在中。開封厳禁』と書いてある。『本在中』と書いてあるのに、箱ががたがた動いているのだ。一体何が入っているのか気になって、開けたい衝動に駆られている。 「人間、駄目って言われるほどやりたくなるよなぁ。何でだろ?」 ひっきりなしに振動する箱を横目で見ながら、棚の上を雑巾で拭いていく。 掃除が終わってもレモードが帰ってこなかったら、いつまで自制心が持つだろう。 「うぅ、気になる……」 今日の彼は、本の中に出てくるような魔術師の格好だった。つまり、フードつきの革のマントと、ふくらはぎの半ばまでを覆う黒いローブ、動物の骨を連ねたネックレスと、ご丁寧にだて眼鏡までつけていた。 長身で活発そうな彼に魔術師の格好は似合わなかったが、着ている本人は気にしていないようだった。 彼はこの類の変装が好きで、あるときはインディアン、あるときは侍、またあるときは貴族など、様々な格好を楽しんでいる。知り合いはみな、彼を変わり者と呼ぶのをためらわない。 棚を雑巾で拭き終わると、机にある書類やペンをそろえ、減っているインクを補充した。毛の長いじゅうたんに紅茶の出し殻をまいてから丁寧にほうきをかけ、ランプの中にたまったすすを拭き、扉の蝶番に油を差し、花瓶の水を替え、箱に手をかけた。 「駄目だって!」 することがなくなると、どうしても箱を開けてみたくなってしまう。他にすることはないかと辺りを見回してみるものの、本を愛するレモードが本を乱雑に扱うわけもなく、本棚の中は整然としている。 そして、がたがたという音はやまない。 あぁ、一体何が入ってるっていうんだ? 本が入ってるって書いてあるけど、本が動くはずもないし。機械の類かな? 大きな時計とか……。いやいや、それじゃなんで開けちゃならないのかが分らない。 もしかして珍種の動物が入っているとか? そうだなぁ、猫とかだったら可愛いな。ちょうど飼ってみたいと思ってたんだよな、俺。 この箱はちょうど猫が入りそうなサイズだしな。俺の考え、意外と合ってるかも? 「ミギィ。何をやっているんですか」 呆れたような声が背後から聞こえる。 がたたッ ミギィが慌てて椅子を蹴り倒しながら振り返ると、ブレザーをきちんと着こなす金髪の少年がいた。声をかけられるまで気がつかないとは、よっぽど箱に気を取られていたらしい。 「レ、レレレ、レモード! 早かったな!」 「早くなんてありませんよ。ちょうど遠方の行商人が来る日だったらしくて、すごい人ごみだったんですから」 大きな紙袋を机に置きながらうんざりしたように話していたが、ミギィが手に持っていた箱を置くのを見て、面白そうに笑った。 「その箱が気になりますか」 「……まぁ」p 「開けてもいいですよ」 「本当か!」 「何があっても、僕は一切関知しませんがね」 その言い方が気になったが、開けてもいいというのなら喜んで開けようと思った。 「よし。じゃあ開けさせてもらうぞ!」 「僕は店の方にいますから。きちんとしまっておいてくださいね」 レモードは革表紙の本を何冊か抱えると、本当に店の方へ行ってしまう。 ミギィは邪魔なフードを払うと、短く切りそろえた茶髪を撫で付けた。そうすると気持ちが落ち着くらしい。 厳重に巻かれた皮ひもを解き、大きく深呼吸をしてから鍵に手をかけた。 何が飛び出してきても驚かない。そう思いながら勢いよくあけてみると、中には本が入っていた。 最高級の子牛の革を使ったもので、金だけではなく、紅玉や緑柱石で装飾を施された、じつに高級そうなものだった。 ふと気がつくと、がたがたという音はやんでおり、本が動く様子もない。 思わず気が抜けた。 「そりゃなぁ。本が動くだなんて、おとぎ話じゃあるまいし」 少々落胆しつつも、この高級な本には一体何が書いてあるのか興味があったので、本の留め金を外してみた。 と、勢いよく本が開く。 「お前の汚い手で気安く触るんじゃねぇ!」 「な、何だって?」 若い男の声が響き、ミギィは驚いて振り返った。背中にある店への扉を見つめていたが、再び声が聞こえてくることはなかった。 今のは一体なんだったんだと首をひねりつつ、再び本に向き直った。そして、恐ろしいものを見た。 本の一頁に描かれた執事らしき青年がこちらを睨んでいる。 そこまではいいのだ。その青年は、ちゃんと呼吸をし、瞬きをしているのだ。 「なーに馬鹿みてぇな顔してんだよ」 「……お前、何だ?」 「何だ、だって? 見りゃあ分るだろ。どこからどう見たって立派な本じゃねぇか」 「本が、動いてしゃべるなよ」 「お前に指図される覚えはないね」 本の中の執事は、ミギィに対して馬鹿にしたような笑みを浮かべている。それにしても、ずいぶんと柄の悪い執事だ。 絵と連動するように暴れる本を前にして、ミギィは本の処理に困っていた。 そこに、本を持ったレモードが来た。 「まだやってるんですか、魔術師さん」 「レモード様! お久しゅうございます」 レモードを前にして、本の中の執事の口調ががらりと変わった。 「なんだよそれ! 差別だ!」 「レモード様は俺のご主人様だ。そしてお前は下僕」 「ムカつく奴だな〜っ!」 「下らないけんかは後にして。新着の本がきたから、全部読んでしまって」 「承りました」 レモードは本の中の執事の前に持っていた本を置くと、かなり速いペースでページをめくっていく。 「……なにやってんだ?」 「この本屋に来た本は、すべてデュロイに記憶させているのですよ。売ってしまった本を読み返したくなったとき、便利ですからね」 そうやって一冊の本を終わらせると、レモードはデュロイという名の本を手に取り、頁をめくった。すると、先ほどめくっていた本と同じ内容が浮き出ている。不思議な本だ。 「すげぇな。これぞ魔法の書。口が悪いのが玉に瑕だけど」 「そんなことを言ったら、ミギィは変装癖がなければ、女性に持てること請け合いですよね」 「俺は好きなことをやって好きなときに死ぬんだ。それよりさぁ、その本、売ったら金貨何枚になるかなぁ」 「レモード様に無断で勝手なことするなよ、下僕」 「んだとぅ!」 こうして本屋アルデバランの日常は過ぎていく。
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