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クリエイター名 |
柴吉 |
渋滞
「渋滞」
進まない。
前方にある信号は一番右を輝かせているのに、一向に前の車が動く気配はない。
「ったく、こんなとこで渋滞かよ…」
友人の結婚式。仕事のせいで二次会からの参加。 仕事仲間に頼み込んで早くあがらせてもらった時間はとっくにパァになってしまった。
いつもなら、こんな時間に渋滞に出くわすことはない。 理由が気になってラジオをしばらくつけていたが、事故があったとは一言も言わなかった。
諦めて、お気に入りのCDを入れる。 軽快なサウンドが流れるものの、それとは逆に車の動きは不定期で。
「動いては止まり、動いては止まり、か…」
青信号が変わり、赤信号になったものの、動いた距離なんてたかだか車一台分だろう。 その赤信号も、また青に変わる。 しかし、実質未だ赤信号である。
もう帰ってしまいたい!という欲求も芽生えつつ、煙草をくゆらそうと胸ポケットを探る。 スカッとした感覚に、自分が禁煙を始めたことをやっと思い出した。 大きく溜め息。あぁタバコ買いに行きたい。もし近くにあれば、今なら買いに行けちゃうよなぁ。 そんなことを思いながら俺はチラリと外の景色を見た。
瞬間、俺の頭の中は真っ白になった。
「ミユキ…!?」
信号を待つスラリとした女性。 間違いない。 もう何年前だろう。ちょうど5年位になってしまうだろうか。
学生時代愛し合い、そしてちょっとした喧嘩で別れた、ミユキ。
しげしげと眺める。間違いない。5年たって、更に大人っぽくなってはいるものの、面影は変わらず残っている。 俺は一瞬でミユキとの日々を思い返した。
大学で出会い、同じサークルになり…どちらからともなく、惹かれていた。 どちらからともなく傍にいて、傍にいるのが当たり前になり… そして「当たり前」に感謝をせず、別れた。 あぁ、そうだ。俺から別れを切り出したんだよな。 傍にいてほしい、なんて一言も言ってない!!!なんて、な。
…若かった、なぁ。 …馬鹿だった、よなぁ。
学校を卒業し、就職して、何人かの女性と付き合ったけれど ミユキほど、傍にいて自然でいられる女性はいなかった。
いつもニコニコしていて、俺が辛い時も黙って傍に居てくれて。
「居場所、だったんだよな」
信号を待つミユキの姿を見ながら呟いてみる。 ミユキはひたすら、あの頃と同じ笑顔で…まっすぐ横断歩道の先を見つめている。 こちらに気づく気配はない。
前の車が動いた。 ちょうど、横断歩道の手前。 そろそろ信号は赤に変わるだろう。
こんなチャンス、二度とない…! この渋滞は、このチャンスを生み出すためのものだったんだ。 ミユキが俺の車の前を歩く。そうしたら、俺はクラクションをならすんだ。 きっとミユキは俺に気が付いてくれる。 そして、あの頃と同じ笑顔で笑うんだ。
今ならわかる。そして言える。 ミユキが俺にとってどんだけ特別な存在だったか、って。
目の前の信号が赤に変わった。 信号待ちをしていたミユキが歩き出す。嬉しそうに。
ここだ、今ここでクラクションを…!
あ、あれ?鳴らない?もう一回…
焦りながらもミユキの行方を追う。
その瞬間、俺の目の前でミユキは反対側から来た男に優しく抱き止められた。 ミユキがチラリと悪戯な表情でこちらを見たのは…気のせいだったのだろうか。
終
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