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クリエイター名 |
石田まきば |
空色記念日
※ 実際の納品物をサンプルとして使用させていただいております。
空色記念日
●想い合い
「ねえ桐ちゃん、相談があるんだけどいいかな?」 桐が作っていた模型を覗き込みながら、戸隠 菫(ib9794)が持ち掛けたのは伊吹の事だ。 「改良しようと思ってるんだけど‥‥」 これまでにも風除けをつけたり浅葱色に塗ったりと手を入れてあるのだが、新たに調整したいところがあるらしい。これまでの改良も今と同じように桐が相談を受けて、その上で実際に施している。 自分にあうようにという探求心はいいことだと思うし、偶には大きな物を相手に創作欲を満たすことを桐自身楽しんでいるからこそできることだ。 「あのね、滑空艇で薙刀を持つ時。ずっと手で抑えなくて済む様に出来ないかな? 「なるほど」 すぐに合点がいった。菫の得物は長物だ。帯刀できるわけでもなく、滑空艇に乗る際はどんな形になるにせよ手で抑えておかなければならない。 「固定場所を作りたいということか」 桐の確認に、菫が笑顔で頷く。付き合いが長いおかげで説明が少なくても意図が通じるのだ。些細なことでも嬉しくなってしまう。 「うまくいけば安全性も上がるな。考えてみよう」 「ありがとう、桐ちゃん!」
「よし」 幾つか考えた案のうち、菫の同意が得られた部品を伊吹に取り付ける。滑空艇の胴体側面にしっかりと添わせ、薙刀の柄を数カ所で留める方法だ。乗り込んだ時、薙刀の柄が腿の下にあたるという問題があったが、座席部分の広さを変えることでバランスをとった。これで違和感に悩まされることもないだろう。 「‥‥大丈夫、とは思うが」 改めて改良結果を点検しながら桐は腕を組む。菫の体格も勿論把握しているからこそ、自信がないわけではないのだが。 (菫に見せるのは、安全確認をしてからだな) 万全の状態で見せたいと思うのは、からくりとしての誇りが関係しているのかもしれない。
●翼を仰ぐ
「菫ちゃん!」「菫さん!」 「どうしたの? 二人そろってそんなに慌てて」 大急ぎで飛んできた様子の葵と楡に、菫が首を傾げて迎え入れる。 「桐ちゃんが行っちゃったの!」 「試運転ていうてたんよ」 慌てているせいで言葉が足りない二人に、菫は落ち着くように促そうと小首を傾げた。 普段はおっとりしている楡さえも慌てた様子だからだろうか、とにかく二人を落ち着かせなければと思うほどに菫の心が澄んでいった。次第に冷静に状況が見えるようになる。 「大丈夫、待ってるから。はじめから話して?」 微笑みと共にゆっくりと響いた言葉は効果覿面で、葵と楡ははっと息を飲む。互いのタイミングを目配せと合図でやり取りしながら、交互に話し始めた。 「改良していた桐ちゃんがねっ?」 「伊吹に乗っていってしもうたんよ」 足りなかったピースが揃った。 「あ、桐が試運転してるの?」 これで菫も事態を把握できた。滑空艇は持ち主一人一人に合わせて調整されているものだ。この場合、伊吹は菫専用となっており菫が扱う分には本来の能力を発揮させることができる。しかし桐が乗る場合は、その性能は随分と制限がかかってしまうのだ。 普段滑空艇に乗ることのない葵と楡が知っているくらいの常識だ、桐が知らないわけがない。つまり分かっていながら試運転に出たということになるのだ。 (桐ちゃんの腕は信用してるんだけど) 伊吹は改良だけでなく、調整も桐の手によって行われている。これまでそれで不具合が出たことはないし、安全な運用ができていた。今日は天候だって悪くないから、操縦に失敗するようなことも、大きな事故になることもないはずだとは思うけれど。 「大丈夫かな」 それでも心配になってしまうのは、桐が大事だからだ。 「追いかけないと!」 ここでただ待っているより、近くでその様子を確認すべきだと思う。試運転は別に悪いことじゃない。けれど一人でやるのではなく、一緒に、皆が揃った時にすればよかったのにと思う。 (水臭いなあ) 言ってくれたらいいのに。けれど同時に、言っておいたとしても結果は変わらなかっただろうとも思う。 (拘るのも分かるから、ね) 普段から作っている小物も、胸を張れる出来と言えるまでは見せてくれないこともあったな、等と思いだしたのだ。そこまで考えてから、菫はくすりと笑顔を浮かべた。 今の自分をしめている大部分は、桐への心配ではなかったみたいだ。 菫は桐の腕を信用している。不都合が出るはずがないと思う。 ならばなぜ追いかけるのか? 無事を信じているなら、待っている選択肢だってあるのに。 (‥‥ただ) 仕上がった伊吹を、一番最初に見せてもらう為に。そのために桐を迎えに行きたいと思っているのだ、自分は。 「葵、楡、手伝って!」 皆で、桐の居る場所に行こう!
●広がる景色
「悪くない」 巡航する伊吹の上で、乗り心地の確認を終えた桐は一人地上を眺めていた。 広がるのは赤く色づいた紅葉。普段は浅葱や碧といった、青に近い色彩を宿し纏うのが日常だからだろうか、本来の鮮やかさ以上に強く、その色彩が目に焼きつくほどに印象強く迫ってくるように感じる。 (似合うだろうか) 自分の耳に、葵の弓に、楡の帯に‥‥菫の髪に。 次につくる小物の参考に出来るだろうかとつい考えてしまう。癖のようなもので、鮮やかな色を見るたび、家族の誰に似合うだろうかと一人一人の顔を思い浮かべ当てはめる。 (でも、今はそれよりも‥‥) 「「「みつけた」」」 聞き覚えのある声が聞こえて思考を止める。気付けば平野に出ていたようだった。真下には先ほどまで思い浮かべていた三人の姿。 「桐ちゃーん!」 大きく手を振って来る三人。その中でも特に菫が向けてくる笑顔が桐の目を惹いた。
「えへへ、桐ちゃん。いつもありがとう!」 試運転お疲れ様とねぎらいの言葉と一緒に告げる菫。 「完成したんやね、なんやほんと大きいなあ」 「みんなで乗れないのかな? あたし達くらいは大丈夫だと思うけど」 楡がほうとため息をついて、葵がねだる様に提案する。二人とも人間と比べれば小さいからこそだ。 「二人乗り‥‥ができるのは、まだ先かなあ」 菫と桐が二人同時に乗れれば、四人とも乗れる可能性が出てくる。改二式にまで改修できれば実現可能だろうが、今すぐ実現できることではなかった。 「今日は、二人ずつに分かれて、にしておこう?」 来る途中に見かけた紅葉、上空から見たらもっと綺麗だと思うんだ。そう告げた菫に、桐は即座に頷いていた。 (そうだ、私は皆であの景色を見たいと思った) 「しかたないね、今日はそれで我慢しようかな」 「せめて皆で同じお茶を楽しむん、どうやろ」 折角の綺麗どころにきたのだから、楽しみたいと思うのはもっともだ。交代で紅葉を眺めながら、全員での空中散歩、その気分だけでもと提案する楡に皆が頷く。 「組み合わせも変えて何度か飛ぼう。空のお茶会も楽しいよね」 早速、搭載していた茶器で支度を始める菫。ふとその手が一瞬止まり、三人へと笑顔を向けた。 「全員で伊吹に乗れるようになったら、その時にまた、此処でお茶会しよう? その時には、葵と楡のための席も設けなくっちゃね」 菫の笑顔が三人にも広がっていく。 「また改良しなくては」 「よろしく頼んだよー?」 「待ち遠しいけど、楽しみやわ」 特別な時間を、もっと一緒に過ごすために。 「間違いなく、今日よりもっと楽しくなるはずだよ」
今日のお茶は、新たな改良の成功のお祝いと、約束をした記念に。
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