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クリエイター名 |
石田まきば |
ある爽やかな夏の日
※ 実際の納品物をサンプルとして使用させていただいております。
ある爽やかな夏の日
●はじめてのかり
シャロンお嬢様は、言葉通りグリーヴ家のお姫様です。家族の中で一番年若く、五人きょうだいの紅一点である彼女はその愛らしさから長兄アルバート様に白薔薇姫と呼ばれているほど。そして彼女の四人の兄達はそろって彼女を大切に愛で、騎士達として彼女を守り日々を共に過ごしています。 もちろんご兄弟の仲だけがよいというわけではなく、祖父である大旦那様に父である旦那様。今は旅に出ていますが母である奥様も、皆様互いに互いを大事に思っておられます。 俺はグリーヴ家に雇われている庭師の身ではありますが、無愛想な俺にも、一家の皆さんは暖かく接してくれます。 今日はお嬢様が発案した、一家そろっての避暑地への狩りの日。俺、〆垣 師人(ka2709)も同行することになりました。
獲物を探しまわるシャロン・S・グリーヴ(ka1260)は、周囲を守るように進む家族の意図も気づかずに、自由に馬の頭を巡らせる。この日のためにと乗馬のレッスンを増やしていたおかげで、移動も全く苦にならない。それにシャロンにとっては初めての狩りだからこそ、見る物すべてが新鮮に見えるものだから、ずっと気分は昂揚しっぱなしだ。 「なにか、いないかしら?」 きょろきょろとせわしなく周囲を見回しているが、体はきちんと鞍の上に安定させている。日除けの飾りにとつけられた薔薇と真珠のコサージュが陽の光を反射してきらきらと輝きを放った。 「流石、我が家の可愛い白薔薇姫。見立てた乗馬服も似合っていて眼福ね」 楽しそうに笑うシャロンの様子を確認し、アルバート・P・グリーヴ(ka1310)が頷く。パーティのドレスと違って、乗馬服は凝った装飾が使えない。シャロンに似合いの色を選んで、射撃の邪魔にならない様結い上げた髪を留めるリボンも、服に色をあわせた。コサージュはほんの少しのアクセントだ。視界の邪魔にならない場所に、小さなものを一つだけではあるけれど。 「さて、と。それじゃあ私は先に行くわ。ロイ、あとをよろしく頼むわね」 「わかりました。アル兄さんは?」 共に楽しむものだとばかり思っていた、と言いたげな目をしたロイ・I・グリーヴ(ka1819)に、アルバートが返したのはウインク一つ。 「白薔薇姫が気に入るような、素敵なランチを提供するための準備にきまっているじゃない」
長兄に言われる前から、ロイは事前に見回りを行って狩り場の安全確認を済ませていた。 (この辺りなら歪虚も少ないだろう、好きにさせるには良い土地だ) だからこそ、狩りそのものを楽しもうと身を入れる。特に、何時も張り合う仲のジャック・J・グリーヴ(ka1305)が妹の為に本気を出している様子を見ているから、余計に力も入るというものだ。 「何もクソ暑い中で狩りなんざしなくても良いと思うんだがなぁ……」 そう愚痴をこぼしながらも、獲物を追い込もうと馬を駆るジャック。シャロンが提案した家族そろっての行楽だからこそ、お姫様のためだからなと力を尽くす。 「あ、ジャックにーさまうさぎがいましたのよ!」 お姫様からの指名も入り、任せろとばかりに大きく息を吸った。 「てめぇの野生を解き放てってなァ!」 やるからには手を抜かないのがジャックだ、中途半端は胸糞悪いと思うからこそ。獲物を脅かし、駆る馬の勢いも利用してうさぎがシャロンの前に出るようにと追い込んでいった。
「父さんは皆の雄姿を此処で眺めているよ。楽しんでおいで」 子供達と共に馬を駆けてはきたが、ルイス・H・グリーヴ(ka3108)は子供たちの奮闘を微笑んで見守るだけに留めることにした。 同じく孫達を見守る義父ジョージ・J・グリーヴ(ka1594)と共に、少し下がった場所から眺める。しばらく留守中にしている間に子供達がどれほど成長したのか、それを確かめたいという意図もあったけれど、不在の間子供達を見守ってくれていたジョージに、その間の様子を教えて欲しいとも思っていたからだ。 (それと、まだ戻って来る予定のない妻の様子を伝えるためにもね) 顎に手を当てジャックがうさぎを追い込もうと馬を駆る様子を眺めながら、何から話せばいいかと思案する。 「ジャック、参加するのであれば真面目にやりなさい」 馬で追い込むのは邪道だと諭すジョージの様子が、不思議と妻の様子と重なる。 「ロイ、脇が開いていては銃口が振れてしまう」 肘を体につけるようにしなさい、そう言いながら身を乗り出しかける様子に、親子なのだと実感し笑みが浮かんだ。 「……義父上。実は狩りに参加されたいのでは?」 「そんなことはないぞ、ルイス君」 コホンと咳払いをして仕切りなおすジョージ。 「お祖父様、お父様。お二人の狩りの経験がどのようなものだったのか、教えていただけますか」 丁度よくシメオン・E・グリーヴ(ka1285)の質問が入り、二人はわかったと頷いて過去の体験、狩りのための知識を話して聞かせるのだった。
「……しまった」 つい熱中していたせいで、シャロンが楽しんでいるかどうかを失念してしまっていた。アル兄さんにも任されていたというのに。 急ぎシャロンの方に顔を向ければ、シメオンと二人そろってジャックの薀蓄を聞いていた。その顔に笑顔が浮かんでいることを確認し、ほっと息をついた。 ぐぅーっ 「腹減ったなー?」 タイミングよく音がして、ジャックが腹をさすりながら空腹を訴える。 「情けない声を出すなジャック」 すかさず対抗するような声を出してしまったが、内心では空気を和ませてくれたことに感謝していたりする。 「皆様、昼食の支度が整ったみたいですよ」 様子を見計らっていた師人が、家族の道案内を買って出た。
●ピクニック・ランチ
いくら避暑地でも季節は夏真っ盛り。比較的気温の低い午前中だけのこととはいえ、皆様多少の疲れがあるようです。 アルバート様が選んだのは、風が通る涼しげな木陰。少し視線を遠くに向ければ湖が見えるという景観も良い場所です。
直接座れるようにとシートを敷き、座りやすいようにクッションも添えられている。中心にはコックが作ったお弁当が広げられており、飲み物を給仕する使用人も既に控えていた。 「すてきなところね……!」 両手を頬にあてて目をきらきらとさせるシャロン。 「気に入ってくれてよかったわ。さあどうぞ、白薔薇姫」 アルバートが早速シャロンをエスコートする。 「狩りの成果はどうだったかしら?」 「そうだね、是非話してほしいな、シャロン?」 シメオンと共にジョージが座る手助けをしてから、ルイスも腰かけ話を促す。 「あれ? お爺様、それはなんですか?」 お弁当のバスケットとは別の籠に目を留めて、シメオンが首をかしげる。 「これはな……」 見る方が早いとばかりにジョージが蓋を開ける。中にはジョージお手製のサンドイッチが詰め込まれていた。 「わあ……お祖父様、もしかして?」 シメオンの言葉に頷き、ジョージがニィっと口角をあげた。 「コックには負けんぞ? なんせ素材勝負だからな」 昔、海兵として暮らしていたころによく食べていたものを再現したのだと説明もつける。 「まあ! おじーさまのてづくりですの?」 シャロンの声に他の皆の視線も集まる。 「流石ですね、義父上」 折角だからそちらからいただこうかなとルイスが言えば、家族が皆ジョージのサンドイッチを手に取った。 「シャロンはどれがいい?」 とってあげるよと世話を焼くシメオンと、それに甘えるシャロン。 「ありがとう、シメオンにーさま」 「お爺様は料理にも造詣が深いのですね……」 感慨深げに呟くロイの横では、挨拶もなしに、既に食べ始めているジャックの姿。ガツガツと、まるでかき込むように食べている。 「けっ、食えればいいんだよ、食えれば」 「ジャック、シメオンとシャロンを見習ってお行儀よくなさいな」 アルバートにたしなめられてもどこ吹く風、貴族の振舞いなんざ知ったことかと、マナーも気にせず腹の中に収めていくジャックであった。だがそこはグリーブ家の一員。行儀のよい食べ方を幼少時から仕込まれているおかげで、勢いよく食べていても散らかすようなことがない。これは体に染みついているものだから、簡単に忘れるようなものではないのである。 「もう……仕方ないわねえ」 商談相手と食事もあるでしょうに、大丈夫なのかしら? そう言うアルバートの声もわざとらしく響くだけだ。必要な時はマナーも守る弟だということはわかっているのだ。 「ははは、ジャックはいつでも元気だなあ」 変わっていないようで安心したという風にルイスが笑顔で、ジャックの頭を撫でた。 「ばっ……親父、そういうのはいいから!」 慌てて振り払い、勢いよく立ち上がる。 「ジャックにーさま?」 シャロンにきょとんとした目で見つめられ少しばかりたじろいだジャックだが。そのまま別の木陰に移動し、地面に直接横になった。 「ジャック坊ちゃん?」 シートならまだありますからと師人の申し出にも手を振ってこたえる。既に目は閉じられていた。 「朝っぱらから運動もしたし、こうして腹も膨れた。そしたら後はお休みタイムだ」 帰る頃になったら起こしてくれよと一言告げて、ジャックはすぐに寝息をたてはじめた。確かにジャックの居た場所では、一人分の昼食がきれいになくなっているのだった。 「放っておけ、師人」 「……! はい、大旦那様」 甘いことを言っているように聞こえるが、それは違う。ジョージの『放っておけ』は言葉通りの意味ではなく『自己責任にさせろ』ということなのだ。あまり目に余る行動をとるようなら、お説教と言う形でジョージの沙汰が待っているという事でもあった。 しかしそのやり取りもいつもの事なので、頂きますの挨拶を終えた他の者達は皆のんびりと食事を楽しんでいた。 「シメオンにーさま、ひとつくださる……?」 シャロンが示すのはビスケット。かごにはもう残っていないし、取って貰った分はもう食べてしまった。 (おいしかったんですもの) だから、もうひとつだけ……そう思って周囲を見回せば、隣の兄はまだ手付かずで残っているではないか。 「いいよ。はい、どうぞ」 妹の好きなものはなるべくとっておき、欲しがったら分けてあげるつもりでいつも食べる順番を変えているシメオンである。出てくる順番の決まっているいつもの食事なら難しいけれど、今日のようなお弁当ならそれが可能だ。 「………」 視線を感じて振り向けば、注意すべきか迷っているような、複雑な色の瞳でこちらを見ているロイと目があった。 「僕はもうお腹いっぱいだから、代わりに食べてもらおうと思って」 すかさずそう言って微笑む。 「そうだな、食べてやる方がビスケットも喜ぶだろう」
●みつけたであい
食後は腹ごなしもかねた散策の時間。湖にあるボートに乗りたがったシャロンのためにと、三人の兄たちが交代で漕ぎ手になる。 「シャロン、ボートから落ちないように気をつけなさい」 ジョージが声を書け、熱心な目で見守る。ルイスは義父の過去について聞いた話を思い出し、なるほどと頷いている。 (乗りたいのだろうなあ) 子供たちの手前、あまりはしゃいだ姿を見せないようにしているのだろうな、とも。
ひとしきり水上のさわやかな空気を楽しんだところで、シャロンは新たな遊びを思いついた。 「あっちにおはながみえましたのよ!」 近くで見てみたいから行きましょう、とボートを降りてすぐに駆け出す。 「お嬢様、勝手にはいくなって、ああ、いや……行ってはいけないといわれたでしょう!」 ジョージ達と共にほとりで待っていた師人が慌てて追いかける。兄達も、ボートを繋いでから追いかけていく。 「私達も行きましょうか?」 ルイスがジョージに尋ねる。答えは予想していたけれど、必ずそのとおりになるとは限らない。 「皆で楽しんできなさい。ルイス君、よろしく頼むよ」 私はここで待っているから。その言葉に微笑んで頷いて、ルイスも子供たちの後を追った。
「どんな花が見えたの、シャロン?」 シメオンと二人がかりで探し出したのは、淡く桃色がかった白い花。小さな花が集まって咲いているため、ひとつの株で小さなブーケのようにも見える。 「きれいね、師人にみせましょうっと」 摘んでいいものかどうか迷ってから、この場所に呼べばいいのだと思いつく。 「師人、お姫様のご指名だ」 ほんの少し後ろの場所から、ロイが師人を手招きして花を示した。 「これは……ほら、いい匂いがするでしょう、ポプリなんかにすると良いですよ」 ぱっと見ただけではわかりにくいですが、薔薇の仲間なのだとわかりやすいように教える。 「花言葉とかもあるんだったっけ?」 シメオンも教えを請おうと尋ねた。 「育て方ほど詳しくはありませんが、確かこれは“爽やかな朝”だったと思います」 リアルブルーに居た頃はあまり興味のなかった事ではあるが、グリーヴ家という貴族の家ではこういった教養も必要だろうと思い覚えるようになった。特にバラ科の花はシャロンのためになるだろうと特に多く覚えている。 「あら、ますます我が家の白薔薇姫にぴったりじゃない」 「そうだな 似合っていると思う」 頷きながら言うのはアルバートにロイも同意する。今はまだ少女だけれど、将来、より大きく美しい薔薇の花束のような女性になるように。そんな願いも込めている。 「このおはな、すこしつんでもいいかしら?」 しばらくは花瓶に活けて そのあとポプリにしたいとシャロンは思う。これだけ皆が似合うと言ってくれるなら、とても相性のよい出会いなのだと思うから。 「このおはなのかおりでねむったら、すてきなゆめがみられるとおもうの」 毎朝の目覚めもきっと、素敵なものになると思うから。 「いいんじゃないかな、たくさん咲いているし、全部持っていけるほどじゃないだろう?」 シメオンの言葉に皆も頷く。 「ポプリに使う分だけ、分けてもらいましょうか」 屋敷に戻ったらポプリ作りもお手伝いしますねと師人もシャロンの背を押した。 「じゃあシメオンはシャロンと摘んでいてちょうだい。ロイは、それとは別に株ごといくつか掘り起こしておいて」 早速アルバートが指示を飛ばした。 「一人ですとあまり数が確保できない気がしますが……」 「寝てる子がいるでしょう、体力担当のジャックが」 シャロンのためなら起きるでしょう、とアルバート。 「アルバート様、俺も株分けを」 兄弟にばかり申し訳ないと話す師人の言葉はすぐに遮られる。 「貴方は私と一緒に監督しながら、この花を庭のどこに植えればいいか相談よ、大事なことだもの」 それが終わってからでも遅くないわ。
●スターショウ・パーティ
「わたくしがとりましたのよ、ロイにーさま」 仕留めたうさぎのご褒美は、ふわりと頭を撫でてくれる兄の優しい手。 「流石はグリーヴ家の一員だ」 ロイも外では見せない、家族に向ける特別な笑顔を見せる。 勿論獲物はそれだけではない。家族皆が食べられる程のになったジビエは、コックが腕によりをかけて夜のディナーにで供される予定だ。自然の恵みに、コックの腕に。感謝をささげていただくのだ。
「昼間は確かに暑かったけど。おかげで雲もなくてよかったね」 シメオンが夜空を見上げ、シャロンに笑顔を向ける。 今は皆が揃って、二階にあるテラスで小さな夜の星見パーティ。 星座の世界の案内役はアルバート。旅の語り部にはルイスも加わる。 美味しい食事も終えた後だから、大人達にはお酒とおつまみ。まだお酒の飲めない二人には、お酒に似せたノンアルコールのカクテルが用意された。 「アルにーさま、わたくしのほしはどれかしら?」 「そうねえ。生まれた日を12の期間に分けて、星座のグループを分けたり、一年間の誕生日ひとつひとつに、一つの星を当てはめたり。たくさんの考え方があって、一つに絞れないらしいのだけど……」 幼い頃にジャックやルイスに聞いた、星の話を思い出す。シャロンが喜びそうな話はどれだろう? 「どんな星にも、星座にも。どうして星になったのか、特別な物語があるの。星座同士の関わり合いが、その場所にもお話にも影響を与えていてね……?」 (流石アル兄さんは博識だ、星にまで詳しいとは) 男が英雄と呼ばれるようになった数々の物語を聞きながら、ロイもグラスを傾ける。また一つ、兄の美点を知って一層尊敬の念が強くなる。弟も妹も成長している様子が見られるし…… 「夜は酒が美味いな!」 酒の用意があるとわかると別腹とばかりにグラスをあけていくもう一人の兄、ジャックを横目で見やる。 「なんだよロイ、この酒はもうねぇぞ?」 「あれだけ食べてあれだけ眠って、まだ入るのかと思っただけです」 「働いたじゃねぇか、花掘り起こさせたの何処の誰だよ」 「シャロンの為です」 「ぐっ……かわいくねぇな」 「誉め言葉をありがとうございます」 別にお互い嫌っている訳じゃない。家族として認めあっているからこその軽口で、お互い楽しそうな表情をしているのは、本人達以外は知っている。 (またやっているのか) 膝の上で甘えてくる孫娘の頭をゆっくりと撫でながら、ジョージは言い合いを続ける二人を眺める。足して割ったらちょうど良さそうな二人だ、だからこそああして反発するような関係になるのかもしれない。 (素直じゃないところはそっくりだがな) 本気ではないとわかっているから静観もしているが。度が過ぎるようなら声を掛けよう。 「……おや、お姫様が眠そうだ」 シメオンが好む東方の話を、物語を読むような口調で語っていたルイスがシャロンの顔を覗き込む。 「皆の話ももっと聞きたかったけれど」 「まだねてませんのよ……」 むにゃり、半分寝ているような声でシャロンがうっすら目を開ける。 「まだ、明日もあるよ。続きは明日にしようね」 気を利かせた師人が毛布を持ってくる。それをシャロンにかけてやりながら、ルイスは額にお休みのキスを落とした。 「お姫様を運ぶのは、どの騎士にお願いしましょうか、義父上?」 「……アルバート、よろしく頼む」 もう一度優しく頭を撫でてから、ジョージが今宵の騎士を決める。 「畏まりました、お祖父様」 アルバートが抱き上げたシャロンの頬に額に、兄達からもお休みのキスが贈られる。 「良い夢を、白薔薇姫」
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