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クリエイター名  真知
降臨


「なあ、ほんまにやんの? それ」
「今更なに言ってんの。おまえは選ばれて、それを承諾した。もう決定済み」
「……したけどやなあ。これ、どない考えても怪しすぎやろ?」
 歐太(おうた)が辺りを見渡しながら言う。
 山深い雑木林の中、小さなお社があった。
 たいてい大きな神社には同じ敷地内に、こじんまりとした動物を祀ったお社があるものだ。
 『お稲荷さん』でいう『狐』とか、豊作を願って『馬』などが、石造や木造で安置されているのだが、ここの場合、辺りに大きな神社があるわけでなし、お社の外にも中にもそれらしき造形物がない。
 あるのは小屋(社と言えるのかどうか判別し難いほど古ぼけて痛んでいる)のみ。ではその小屋に某かの彫り物があるのかといえばそれもなく、象徴されるものがまったく見当たらないという外観だ。
 歐太は一応その辺りのことを訊いてみたのだが、こんなところに連れてきた張本人・和総(かずさ)はにべもなく答えた。
「そんなもん必要なかったんだよ。仏像を造るのって、単に人間が仏や神を実体化したかったのにすぎないからな。本来はそんな物体なんかなくても平気だったってことさ」
(なんでさも当然みたいに言うてんねん……)
 歐太が溜息をついたとき、和総も大きく息を吐き満足げに頷いた。
「よし! これでいいだろ。じゃ、始めるぞ」
 和総の視線の先を見ると、自分が立っている地面に訳のわからない幾何学模様が描かれていた。雑木林のぽっかり空いた空間にびっしりとだ。歐太はその中心に立っていることになる。
 和総は拝むように手を合わせると眼を閉じた。なにやら口中で呟きながら集中しているようだ。歐太は思わず天を仰いでしまった。
(早まったで、おれ。絶対に)


 歐太は転入してきてすぐ、隣の席になった和総と仲良くなった。
 和総の繊細そうで知的なイメージが崩れるのはあっというまで、見かけと違い皮肉屋で一本気なところがあると知った。
 その彼がある時こんなことを言った。
「なあ歐太。おまえ神様って信じるか?」
 一瞬何を言い出すんだと面食らったが率直に答えてみた。
「さあなあ? おる思たらおるし、おらん思たらおらんのとちゃうか。その人次第やろ。おれはどっちでもええけどな。都合のええ解釈しかできんから」
「正直なやつだ」
 歐太の回答に和総は満足したらしく、次には「こいつ大丈夫か」と疑いたくなるようなことを言い出した。
「おまえさ、神様にならない?」
 今度は間をあけず、歐太は和総の額に手をあてがった。和総は憮然としてその手を払い除け真顔で歐太を見返した。
「熱もないしふざけてもいないよ。真面目な話なの!」
「どこがやねん! 神様にならんか発言のどこが真面目やねん。おちょくっとるやないか!」
「充分真面目さ。信じてないおまえだから話してるんだよ。神様になるってのは正確に言うと神様に身体を貸すってことなんだ。日本の神様っていうのは、実在した人物が英雄とか怨霊になったその果てに祀り上げられたものなんだよ。でもさ、所詮、元人間だからね。西洋の神様と違って万物すべてを制する巨大な力を持ってるわけじゃないんだ。せいぜいが日本中を徘徊して人々の祈りを聞いてやることしかできなくてさ。しかも中にはお社に閉じ込められて霊体としても出られない神様がいる。じゃあ手っ取り早く生きてる人間の身体を借りれば済むんじゃないかってことでね。これは今に始まったことじゃないんだぜ。その時々ですでに身体を借りてる神様が媒体を見つけて仲間を降ろしてるんだ。そうやって巡回させていって日本の見回りをしてるってわけ。――どうよ、信じる? この話」
 今では呆れた眼で欠伸をかみ殺しながら聞いていたらしい歐太は、和総に涼しげな微笑を向けられて困惑しながらも、脱力した口調で返した。
「……信じるもなにも訳わからん。日本の神様いうんは生きとるもんの身体乗っ取って見回りなんかしとんのか? えらい迷惑やなあ。それでなにしてくれとるわけや? 今の世界に」
「万物の神様からの怒りを防いでるってところかな」
「はあ?」
 疑問符をいっぱい貼り付けた表情の歐太を、和総は面白そうに観察しながら説明を始めた。
「つまりさ、さっきも言ったように日本の神様は元々人間なんだ。だから人間の性質も生活基盤も把握してるわけさ。文明に対する向上心もよくよく知ってる。けど万物の神様は万物共通の神様だ。人間だけを贔屓目に見ない。だから人間が他の自然や動物に対して過剰なことをしようとすると天災を起こす。身の程を知れってね。すると日本の神様はこれを見過ごすことはできないから、これによる被害を小さくしようと頑張るんだ。まあ結果敵わないことが多いけどさ。やらないよりましだからね。それに生きてる人々は願ってくれてるから。護ってくれって」
「……その言い方。まさかおまえ、そうなん?」
 恐る恐る訊いてくる歐太に和総はにっこり笑った。
「当然じゃん。じゃなきゃこんな話するかよ」
「おまえ神様っ!?」


 その後、和総は歐太をあちこちの神社に引っ張り回し、時々同じように神様を宿している仲間に出会っては体験談を笑って聞かせ、ついには歐太が宿す予定の神様がいるお社へと連れてきたのである。
(ほんまに大丈夫なんかいな。人格を乗っ取られるわけやないて言うとったけど……役目は果たさないかんとかなんとか。まるでSFやな。しかもこいつは飄々としゃべりよるから、どんだけデカイ話なんか、わからんようになってくるわ)
 それでも承諾したのはなぜだろう。
 実際に神の姿を見たわけではない。霊体であるというが歐太は自分に霊感がないと自負している。見たことも感じたこともないのだから仕方がない。
 自分に降ろされる神の話を聞いた。
 『樹木の神』として祀られている神様らしい。
 伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と伊弉冉尊(いざなみのみこと)の神婚によって生まれた久久能智神(くぐのちのかみ)というのだそうだ。
 名前など聞かされてもピンとこなかったが、そいつが自分と同居することになるのなら領域侵犯はしないようにちゃんと話し合わなければと思った。
 結局、歐太は話を聞いているうちに納得してしまったのだ。理屈ではなく自然と自分の中に溶け込むかのように。それだけ和総のことを信用しているのだと気づき、のこのこついてきてしまったというわけだ。
 眼の前の和総は真剣だった。
 細く滑らかな曲線を描いていた眉がきりりとつり上がり、ひたすら呪文らしき言葉を呟いている。
(あのさあ、なんやおまえ、お経唱えてる坊さんみたいに見えるで?)
 歐太は苦笑しながら心の中で和総に話しかけた。
「聞こえてるぞ」
「なんでやっ!」
 ぴしゃりと突っ込んだが、それ以上追求できなかった。
 気のせいか地面が淡く光を放つように見え始めたのだ。木々のざわめきが聞こえなくなり大気に緊張感が走る。無音の世界が広がる。
 歐太自身ふわっと身体が浮きそうなイメージがよぎり、余計な思念が取り払われる気がした。
 すると視界の"眼に見えない靄"が消え去ったのか、歐太は眼前に捉えていた。和総の後ろに同じように手を合わせ呪文を唱えている神らしき人の姿を。髪を左右の耳の辺りで結い上げ白い装束を着た、和総のように涼しげな顔立ちの、名は大山祗神(おおやまずみのかみ)と言ったか。山の神を一手に統べる人らしい。
 ふいに歐太の口元から笑みがこぼれた。
(しゃあないなあ。つきおうてやろか、こいつに)
 その笑顔に応えるかのように、和総に憑いている神は眼を開け微笑んだ。
 見えない圧迫感が歐太を包み込んだとき、和総が厳しく叫んだ。
「霊神(れいじん)、降臨! 参らせッ!!」
 歐太は天空から光の柱が降りてくるのを見た。

 完。
 
 
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