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クリエイター名  夙川
SANTA SHOOTING

 漆黒に覆われた世界を孤独な一片の金属が突き進む。天の明かりと、地の明かりを背と腹で受け、漆黒を切り裂きながらそれは進む。雲を避け、音よりも速く一片の金属は飛び続けた。
 よく見るとその一片の金属は、さらに微細な金属の集合体だった。鋭角な先端から流線型に広がるクリップドデルタ翼、尾部からは灼熱の流束が噴き出て、圧倒的な推力を与えていた。そしてその中には一人の人間が、計器とスイッチ、そして酸素マスクに囲まれ繋がれ――虚空を切り裂く無機物の固まりは、有機物である彼を受け入れ、そして完成していた。
 夜闇を切り裂くその金属の塊の名は、F-35Aライトニング?U。沿岸部に配備された新式のレーダー・システム、SQUID(超伝導量子干渉素子)走査型監視システムの試験運用を行っている部署に配備されたばかりの新品の統合攻撃戦闘機だ。
 SQUIDシステムが、従来のレーダー・システムと違うのは、局所の完全走査を可能にした点と固定レーダー・サイトを必要としない点だ。兵装を全廃し、無人機化したF-35に搭載された大型のSQUIDにより、周辺の磁場環境を精密に完全走査、磁場を感知し、その形状データを照合することにより対象物を確認するという煩雑だが、精緻極まりない新式の手法だった。
 もちろん現在の走査範囲はそう広いとは言えなかったが、必要な場所に高精度の走査をかけれるという点では、早期警戒機とは桁違いの精度を理論、実際共に示している。事実、この技術を基にしたAWACS(早期警戒管制機)開発も既に内々では動いているらしかった。
 だけど残念ながら、搭乗者にとってそれはどうでもいい話で、高感度過ぎるそのシステムゆえの弊害に、日々ため息を吐いていた。
 「なんで俺は七面鳥を食べる暇も無く飛んでるんだ」
 F-35Aに接続された有機物がそう言って、基地の技術屋に向けてそうぼやく。SQUIDの感知するデータはその精度ゆえに膨大だった、たった一機の観測機に対してスパコンと数名の情報技術者が必要になるほどに。今日は12月24日、世間ではクリスマス、アラート任務さえなければ、のんびり過ごすはずだったのに――とため息を付く搭乗者に、技術屋の一人が苦笑しながら答えた。
 「SQUIDは神経質なんだ。動かしてからこの方、いつも何かでスクランブルが掛かっているだろ」
 「――に、してもだよ。こんなんで本当に実用化できるのか? 常時スクランブルじゃ、そもそも意味が無い」
 「マーヴェリック。それでもスクランブルの回数事態はそこそこ少なくなってるだろ。大体それにあんたの機体の飛行データ収集も兼ねてるんだし、まぁ七面鳥がなくなる前に戻ってきな」
 「――戻って、帰って。もうシャーリーンは寝てるだろうさ。ああ、畜生せっかくのクリスマスなのに」
 暖かな暖炉のある部屋で娘と七面鳥やケーキを食べることを思い描いて、またため息を一つ。喋りながらも手馴れた動作で搭乗者は機体の速度をまた一段階上げた。両翼に二基ずつ申し訳程度に据え付けられたAIM-9Xサイドワインダーの出番は恐らく無いだろうが、こんな仕事はさっさと終えて基地に戻るに限る。
 そして願わくば、家路に。
 漆黒を計器と、遥か航空の観測機、そして管制に従い突き進む。そろそろ目標地点に達する、高度と座標を確認――異常無し。

 ――また、何も無しか。大気中の磁場は宇宙から降る紫外線で変化する上、大気の状態によっても変動する。それこそ千差万別に。このシステムを導入してからというもの、大気状態とそれ以外を区別するためのパターン収集は最優先とされていた。そうでもしなければ、常時アラートだ。実際、最近はそうした事はほとんど無い――はずだったのだが。
 ため息を付いて、基地に通信を繋ぐ。
 「――外れだ。どうやら大気状態だった……なんだ、あれは」
 静かな呟きと共に、基地のスタッフが詳細を求めてがなりたてる。
 「何を見つけた。この波形パターンは類似も少ない、形状は超小型――多分日本製の軽自動車より小さいんじゃないか、そんな高さだってのにな」
 目を凝らす。超音速飛行のさなか、少しずつ大きくなるそれは相対速度ではそれほど速度差が無いようだった。減速をかけて、至近距離で視認。確かめるように計器を確認――M1.1超音速状態にも拘らずそれは生身で漆黒の中を突き進んでいる。木製のそりにのって、角の生えた鹿――トナカイに引かせる赤い服の人間――サンタクロースがそこには居た。再び計器を確認、急減速――下に潜って一回転して、アフターバーナーを全開にする。
 真紅の尾を引きながら、再び交差する彼はまごうことなく――それを再確認。計器をもう一度だけ確認、機械ならエラーを吐く事でイレギュラーとも付き合える。だけど彼は人間だった、極々当たり前の家庭を持つ、良識を持つ軍人だった。
 彼には、この高度、速度にそんなものが居る事を素直に認めることはできなかった。
 常軌を逸した現実を前に、人間が選べる選択は多くは無い。機械はルーチンに従った判断以外はエラーを吐き出すが、人間はエラーを吐き出せない。彼の選んだのは現実を認めるのではなく、彼の現実に則するように変える方だった。
 そこにサンタクロースが居ると報告して、誰が信じる。まだグレイやUFOの方が信憑性がある。なにより、認めてしまったら彼自身の信じてきたものが根底から崩れそうだった。コックピットの床にしっかりと足を踏みしめているはずなのに、不意に足もとが空虚な大気でできているような、そんな心細さに彼は襲われた。
 彼はそれに耐えて、マスターアームのロックを外し、狙う。
 AIM-9Xサイドワインダーを発射。幸い観測機とデータリンクされた、F-35Aのセンサーは正常にそれを捕らえていた。両翼に二基ずつ積まれた全長3mの傑作空対空ミサイルは狙い過たず目標に突っ込む。
 ――轟音と爆発、接近しすぎていたせいか爆風に煽られ機体が上向きに逸れる。漆黒を照らす爆発の後を確認できていなかった。さっきから、何ごとかを喚く無線を片手間に切断――全てが終わるまで。減速して大きく弧を描きながら、同高度後方座標に出る。
 SQUIDとのデータリンクは真っ白だった。周辺の磁場変化が激しすぎるとSQUIDはしばらく使えない、データリンクを切る。F-35Aのレーダーでは、目標を補足できるかどうかは定かではなかった。それでも目視ならと、彼は消えたはずの悪夢を探す。
 前方、左右――爆発があった周辺を過ぎ、その少し先に彼は小さな点のようなものを再度確認する。固定武装の25mm機関砲をためらいも無く彼はその点に撃ちこむ、アフターバーナーを吹かしそのまま一撃離脱するつもりで。
 近づくにつれ輪郭はより詳細に判別できた。赤い服はすっかりぼろぼろに焼け焦げていた。トナカイも首が無い、それでも空を駆け続けている。25mm機関砲の直撃弾を背中から受けたサンタクロースはゆったりとした動作で後ろを振り向くと、傍らの白い袋――焦げ後一つ無いそれから、リボンで可愛くラッピングされた小さな箱を取り出して放った。半ば恐慌状態を引き起こしていた彼はそれには気付かず、ただひたすらその現実から逃げるようにしてその場から飛び去った。
 不意に機体が大きく揺れて、制御できない減速が始まる。スロットルをいくら引いても反応が無い、エンジンが死んでいた。機体は錐揉みを始め高度ゼロまで位置エネルギーを運動エネルギーに転換しつつ、やがて終末速度に達し堕ちて行く
 差し迫る死を前にして彼はやっと平静を取り戻していた。思い出したように通信を開いて一言だけ彼は言伝た。その声は驚くほど落ち着いていた。錐揉みを始めた機体からは脱出することもできない。何より、どこに落ちるのかわからない機体を捨てて脱出するなんてことはできなかった。
 「娘に――まだ言っていなかった。代わりに頼む、メリー・クリスマス」

 機体は浅瀬に墜落し、後の調査ではバード・ストライクの様なものによってエンジントラブルが発生したとされている。鳥の飛ぶ高度ではなかったにも関わらず結局その一件はそれで片付けられた。調査資料には載ることは無かったが、エンジン内部には化学繊維の焦げ後がいくつか付着していて、それから紙の燃えカスも見つかっているのにも関わらず、である。それらの事象は、ただ黙殺された。
 事故調査委員会の誰もが知る由も無かったが、ある少女の部屋の一角にあるぬいぐるみの山には、その年ところどころ焦げ付いた熊のぬいぐるみが仲間に加わった。

 それからずっと後、SQUID走査型監視システムは当初よりだいぶ遅れて実戦配備されたが、たびたびイブの夜には未確認飛行物体が引っ掛かり、フー・ファイターとして戦闘機乗りの間で恐れられることになる。
 それはまた別の話。
 
 
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