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クリエイター名 |
夙川 |
自由電子レーザー兵器
オールドリバー・インダストリィのテストパイロット、トミー・フクダは整備技師を振り向いてこう言った。 「こいつは――第三国用のダンピング仕様かい」 安っぽい笑みを浮かべ小馬鹿にした態度で、トミーはこれまでダンピング機にしてきたように、ニヤつきながら機体を脚で小突いた。傍らの技師が静止する暇も無いほどの早業だった。 トミーには悪意は無かったのだろう。その行動はごく自然で、ありきたりな日常の延長線上に存在していた。けれども今回は、そしてだからこそこれまでのように問題無しとはいかなかった。 トミーの小突いた部分は装甲を隔ててセンサの密集した部分で、小突いたその機体はトミーがこれまで扱ったダンピング機と比べると価格が二桁ばかりも違う、文字通りの最新鋭機だったからだ。 結局トミー・フクダはブリーフィングを軽視するその性質に起因する、この軽挙一つで解任され、オールドリバー・インダストリィの最新鋭兵器キュクロープのテストは、同社所属のタキオ・マルティンに移ることになった。 トミーはこの裁定に不満を抱いたが、上層部の命令に抗弁し続けることはできない。結局別の汎用機のテストに回されることになった。 トミーと比べてタキオ・マルティンはブリーフィングもデスクワークも軽視しないと言う意味では、優れたテストパイロットだった。惜しむらくは、その操縦技能そのものを比較してしまうと、トミー・フクダという天才の前では凡庸でしかない点だった。 そのタキオ・マルティンが初めてキュクロープをその目で見たとき、こう言った。 「戦争はこれで変わる」 オールドリバー・インダストリィの作り上げた兵器キュクロープは、大気圏外を主戦場とするが圏内での運用も可能だった。けれどもそれだけなら、ライブフレンド・インダストリィの廉価版ですら既に備えた性能だった。 トミー・フクダが小馬鹿にし、そしてタキオ・マルティンが戦争の変遷を予期したキュクロープのデザインはその“一つ目”という名称が示すように、武装はたった一つ――そしてそれ以外には推進装置以外は一つも付いていない点だった。 従来の兵器は、広範を見るために複数のセンサー・アイが設置されていた。そしてそれだけでは足らずに、能動的に各種の探査線を放出しより明確に、より遠くを把握しようとしていた。 けれどもキュクロープには、汎用のレーザー射出孔が一つだけ、武装でもあるそれは出力そのものこそ従来のそれよりも高いかもしれない。しかし、見ることのできない兵器には長射程武器など無用でしかない。 もしも大気圏外で使おうとするのならばその差は致命的だった。 トミー・フクダは外観からそう判断した。 しかしタキオ・マルティンはそれが汎用であることを知っていた。 汎用――便利な言葉だが、それを実現することは難しい。探査線も攻撃用のレーザーも全て扱えるからこそ、一つで済む。軽量化も生産性も、整備性もこれ一つで跳ね上がる。 けれどもそれはこれまで実現しなかった概念だ。従来の固体素子を使ったレーザーでは、その物質特有の単一の波長しか発生させることができない。だからこそ、用途によっていくつも用意する必要があった。観測用に最低二種類、そして攻撃用の紫外線レーザーを最低でも一つ。 けれどもキュクロープに搭載されていたレーザーは、固体素子のそれではなく、その照射孔はただ一つだった。 自由電子レーザー技術。 それを可能にした技術を固体素子による固体レーザー技術と比較してこう呼ぶ。発生する波長は投入する電子ビームを変えれば、いくらでも変えることができた。もちろん電子ビーム自体も高品質に作る必要がある。 けれども電子ビーム自体は、十分こなれた技術だった。有名なところで最初期のディスプレイに使われていたブラウン管はその代表として挙げられるだろう。 ではなぜこれまで使われなかったのか、いくらでも波長は変えられるし、大元の電子ビームだって簡単に作れる。答えは簡単だ。 問題だらけだったからだ。固体素子と比べると、アンジュレーターと呼ばれる電子ビームからレーザーを取り出す装置も必要だった。 装置は大きく、手間隙かける分入れたエネルギーの割りに出せるエネルギーは小さかった。結局レーザーを使うなら、これまでは固体素子レーザーの一択だった。 けれども技術は発展する。 ある研究所で開発された、ミラーによるアンジュレーターの小型化技術、そして別の大学で開発された発生したレーザーのミラー収束技術、この二つのミラー技術を元に開発された自由電子レーザーは、これまでのそれとは隔絶していた。 キュクロープはそれを搭載していた。機体全長は従来とほとんど変わらない、エンジン部までせり出すようにして自由電子レーザーの装置部が機体の全長に無理やり合わせて装着されている。 電子ビームからレーザーを取り出すアンジュレーターは、磁石の並んだレールだ。当然長ければ長いほど良い――けれども長すぎれば搭載できない。それなら電子ビームの方を何往復もさせれば良かった。 後はそれをデザインするだけだったが、それが最大の難所だった。結局アンジュレーターの前後をパラボラみたいな曲面付きのミラーで挟み込み、レーザー射出孔に繋がるど真ん中の一部分だけ穴を開ければ、電子ビームは何往復もして――そしてレーザーはミラーで反射を繰り消すうちに真ん中の穴から飛び出していく。 もちろんそれだけではまだ出力は十分とはいえない、今度はさらにそのレーザーを細く絞ってやる必要があった。 適当な太陽光もレンズで集めてやれば、紙に火だって付く。基本コンセプトはそれと同じだ。縦と横の幅を集光ミラーで数千倍に絞ってやれば――出力も数千倍だ。けれども今度はアイデアよりもナノオーダーの精度誤差で集光ミラーを作ること、それから精度誤差が理論通りなのか測定することの方が難しかった。 結局――研究者に、技術者、それから企業スポンサーそれらを大量に投入してやっとできたのが、ぎりぎり収まるサイズの自由電子レーザー装置だった。 従来の兵器と比べるとレーザー装置は縦長だがスリム、そういった印象をタキオ・マルティンは受けていた。攻撃用の紫外線レーザーの出力は従来の数千倍、そして探査線もそれに準じる出力が可能と言われる割には、確かに小さかった。 「さすが、トライアーガイルってとこかな――これでコストはどの程度に」 タキオ・マルティンはレーザー射出孔でもある単眼がトップに迫り出し、後は翼と可変スラスタ二基というシンプルなキュクロープを眺めながら、技師に尋ねた。 自由電子レーザー装置には、誇示するようにトライアーガイル・エレクトロニクスの社章が刻み込まれていた。完成された精密機器は芸術品同様に、素養を持つ人間にしか本質を理解することは難しい。 タキオが汲めるのは、それがアドヴァンスドな技術で――こうして先駆けて実用化したトライアーガイル・エレクトロニクスを賞賛することだけだった。 「機体価格だけなら同じ、自由電子レーザー一基で従来機半分追加ってとこですね――最も自由電子レーザーそのものよりも、ミラーが高いんですわ。紫外線の収束に数ナノの精度誤差のミラーが要りますんで」 技師はそう答えて、見た目だけではシンプルすぎて侮ってしまいそうなキュクロープを自慢げに撫でた。 「――あの野蛮人にはその辺理解できなかったみたいですがね」 そう技師は嫌そうに続けた。キュクロープに携わった技師の一人として、トミー・フクダの所業を苦々しく思っているのが、タキオにも伝わった。
キュクロープ実用試験。 早い話が、大気圏外で規定のミッションをこなす実用試験の最終段階だ。 タキオ・マルティンはいくつもの試験の中で、キュクロープが戦争を変えうる兵器である事確信しつつあった。 「――最終ミッション、月軌道上の衛星目標撃破に入る」 タキオはそう言うと、キュクロープのスラスタ出力を上げて地球の衛星軌道上から月軌道にシフトしていく。その間もキュクロープの自由電子レーザーからは波長を変え、各種の探査波が照射される。その反射をキュクロープのセンサは捉え、座標、浮遊物――各種の情報をタキオに伝達した。 「――月軌道ミッションは裏側で接触・撃破を行うため、観測を密に願います」 オペレーターはブリーフィングで散々聞かされた内容をさらに繰り返す。 宇宙空間に浮かぶキュクロープは、従来の兵器とは違って翼の下にミサイルを積むことはできない。その代償にたった一基の自由電子レーザーを搭載していたが、タキオはその性能をテストの中でもっとも近くから見ていた。 「オペレーター、これほど凄いとは思わなかった。こいつの目は従来の奴の十倍は堅いし、そこまでレーザーだって届く」 タキオは、これじゃ他の武装は全部アウトレンジ扱いで破壊できるじゃないか、と言外に匂わせて返す。一部の長射程ミサイルや射出兵器の射程には届かなかったが、それでも回避もしくは撃墜するのは簡単だった。 「ええ、タキオさん。でも補助チップの解析速度と精度の向上があれば、さらに数桁延びる余地がありますよ」 順調な試験に、オペレーターの声も明るい。タキオは、戦闘機の背中に細長い筒状の装置を背負うようなデザインをしたキュクロープで、月軌道への道無き道を進んだ。 中ほどまで到達した頃、タキオはオペレーターに通信を入れた。 「付近に展開中の艦艇の情報を」 オペレーターはすぐさま検索を開始したが、軍や民間の航路からは外れていてその方面では何も情報が無かった。オペレーターは検索範囲を広げると、今度はすぐに見つかった。 「うちのテスト機がいる筈です。それにしてもキュクロープの日程も詰め込みですけど、そっちのテスト機はやばいくらい詰め込んでますね」 タキオの手のひらに嫌な汗が滲んだ。キュクロープの単眼が見通すその機体の動きは戦闘軌道そのものだった。敵対企業の妨害なら単機というのはまず無い――しかも同社となれば、嫌な心当たりがあった。 「テストパイロットはもしかして、トミー・フクダですか」 オペレーターが応えるよりも早く、同社所属の不審機より通信が入った。 「そうさ、俺さ――今日のためにさっきまでずっと詰め込みだった――終わらせるの大変だったぜ、チキショウ! 」 「トミーさん、無益なことは辞めましょうよ。お互いサラリー貰う身じゃないですか」 タキオはそう呼びかけるが、トミーは液燃ミサイルを射出することで応えた。 「うるせぇ――俺の操縦技術を見て死にやがれ! この雑魚! 」 トミーは今にも脳の血管をぶち破りそうな勢いで、ミサイルを全て順次送り出していく。キュクロープは既にロックオンを外すために、軸を複雑にずらしているのに、それに見事に合わせる腕はさすがとしか言えなかった。 「――許可でました。トミーのテスト機と比べたらキュクロープの方が優先ですからね、楽勝でしたよ」 そうオペレーターは躁気味に応える。おそらく上司相手に大立ち回りを演じた後なのだろう、息が弾んでいた。 「感謝する」 短く応えた、タキオはキュクロープの単眼、レーザー射出孔から紫外線レーザーを幾条も照射する。ミサイルの多くは回路を焼ききられ、その誘導機能を失った。そして放射され続ける幾条めかが狙い過たず、トミーのテスト機を貫いた。 回路を焼ききられたのだろう。テスト機がこのまま直進を続ければ、やがて重力が吸い寄せ大気圏が全てを焼き尽くす。トミーがどれだけ技量を持とうと、キュクロープの性能の前では無意味だった。 こうして最初の自由電子レーザー搭載機キュクロープはその初陣を、圧倒的な勝利で飾った。同時に戦争の形がこれで変わったのは、後に製作される機体のほとんどに自由電子レーザーは搭載された。そして補助チップの進化に伴い――戦争のレンジはそれ以前とは文字通り桁違いになってしまうのは、また別の話である。
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